汐留パートナーズグループCEO 公認会計士前川研吾のブログ

うらやましくもあった出身大学の結束

先日は大学の同級生との食事会でした。私は北海道の大学なのでこちらにはあまり大学の同級生や先輩後輩がいません。ですので久々の集まりでとても楽しい時間を過ごせました。

東京に来たときは、監査法人や証券会社や経営者の皆様の出身大学が、慶応だったり早稲田だったり中央だったり(他にもたくさん)、なんだか、「仲間!」みたいなのがとても羨ましく思いました。

今でもひそかに羨ましく感じることもありますが、そろそろそんなものには負けることのない独自のポジションを主張できるようになってきたかなと思います(笑)

たくさんのお客様によくしていただいて、お仕事をお任せいただいていることに感謝しつつ、また、汐留パートナーズの皆のおかげで魅力的なお仕事を頂ける環境なので、とことんお客様とスタッフに恩返しせねばと思います。

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偉大な先祖!竹前権兵衛・小八郎兄弟

ものすごく個人的なことなのでCEOブログに書くべきことではないのですが、ブログは私のライフワークでもあり日記でもあるので、記録しておきたいと思います。

最近、偉大な先祖がいたことが判明して興奮しています。母方の先祖に昔々竹前権兵衛・小八郎という兄弟がいました。インターネットで調べても少し出てくる人です。祖母から漏れ伝え聞いた内容が本当であり書籍も出版されていました。潟(湖)を干拓し、水田造成をもくろみ、一身を賭して干拓事業を遂行した兄弟です。

竹前 権兵衛(たけまえ ごんべい)
1679年~1749年。父は竹前治郎助。家は代々信濃(現在の長野県)高井郡米子村の庄屋で、硫黄採掘・販売業を営む。紫雲寺潟の干拓を弟の小八郎の死後引継ぎ、1733年頃に完成させた。幕府は潟を全面収公して、権兵衛には無地代で500町歩を与え、権兵衛はこれを協力者と分かち、残り200町歩ほどを開発して米子、中島、竹島、苔実の4つの新しい村を立てその庄屋となった。

竹前 小八郎(たけまえ こはちろう)
生年不詳~1729年。権兵衛の弟。権兵衛に先んじて紫雲寺潟を視察し、自らの名で幕府に紫雲寺潟開発の願書を出す。開発許可を受け干拓を進める道半ば若くして亡くなる。小八郎の意思は兄権兵衛と協力者達が引継ぎ、干拓は完成する。

竹前権兵衛は、享保5年(1721年)に鷹目硫黄という黄色くキラキラした硫黄を江戸幕府に3900両分お買い上げいただいたようです。1両はいくらか換算は難しいようですが江戸時代の1両≒約25万円とすると約10億円です。

1721年 竹前権兵衛が米子硫黄鉱山で鷹目硫黄を掘り出し、江戸幕府から大金を得る。
1726年 弟である竹前小八郎の名で幕府に紫雲寺潟開発願書を提出。
1727年 幕府より竹前小八郎に開発許可が下りる。
1728年 協力者を得て干拓を進める。領民との紛争勃発。
1729年 竹前小八郎夭折、竹前権兵衛が開発の後を継ぐ。
1731年 領民との紛争解決。
1732年 干拓が完成する。

30,000人余りを雇用し、潟の水を日本海に流して耕地にするという大型公共工事みたいなものを、自腹でやるなんてなんてアグレッシブなご先祖様でしょう(もちろん後でしかるべきリターンは得られたのでしょうが)。最初権兵衛は硫黄鉱山の経営を続けるべく長野県にとどまって弟小八郎にこのプロジェクトを任せたのですが、途中で小八郎は亡くなってしまいました。新潟に移住してプロジェクトをやり遂げたご先祖様を尊敬します。

Wikipediaにも「紫雲寺潟」に「信州出身の竹前権兵衛、小八郎兄弟が自費での紫雲寺潟干拓を幕府に許可され」「当時の日本で多く見られた町人請負新田のなかでも最大規模」とありました。

【享保6年(1722年)の紫雲寺潟】

国土交通省北陸地方整備局 阿賀野川河川事務所 ホームページより
http://www.hrr.mlit.go.jp/agano/jigyou/pamph/ryuiki/ryuuiki0201.html

【紫雲寺潟があった所の現在】

私はその苗字を承継しておりませんが、ご先祖様だと思うと不思議な感覚になります。新潟県紫雲潟干拓事業の犠牲者を弔うため竹前権兵衛が建立したこの紫雲寺という寺院に、今も権兵衛・小八郎兄弟のお墓があるようなのでお墓参りに行きたいと思います。

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汐留カフェ&ダイナー”em”の写真撮影

先日emの店内と料理をプロのカメラマンさんに撮影していただきました☺

いつも私や会社のメンバーを取ってくださっているカメラマンの方です。同じものなのにやはり格段においしそうに見えます(実際おいしいです)🌴

歓送迎会やイベント等でご予約・貸切り頂くことも多くなってきており、この場を借りて御礼申し上げます!

女性スタッフも2名入りまして以前より少し?ハワイ感が増したemでした。

汐留カフェ&ダイナー”em(えむ)”
http://shiodome-em.com

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職業ならではの「職業病」いろいろ

職業ならではの「職業病」いろいろ。皆さんは思い当たるところありませんか?

■経理の方々の職業病
・出かけ先で原価率、税金の計算をしてしまう
・日常の出来事をいちいち脳内で仕分けをきってしまう
・数字や金銭など損得勘定に細かくなる

確かにこんなことありますよね(笑)ないですか?

その他こんな職業病も。

■営業の方々の職業病
・プライベートでも一定の壁をつくってしまう
・駆け引きする

■教員の方々の職業病
・ネクタイをしていてもスニーカーが当たり前だと思う
・子どもの授業参観で先生に協力をしてしまう
・つい図解して説明してしまう
・簡単な物事でも敢えて難しく、あるいは厳密に考える

■SE・プログラマー・WEBデザイナー
・「D」を「デー」、「T」を「テー」と言う
・ネットショッピングでわざと間違えて入力する
・休みでも起きたらまずパソコンを立ち上げないと始まらない
・電気店に展示されているパソコンのチューニングをしてしまう
・ゲームをしていてバグを探してしまう
・ただ見るつもりが、気になるとソース等をチェックしてしまう

自分は仕事もプライベートも一緒なので、ある意味この病気を病気じゃなくしました。

ライフワークバランスという言葉がありますが、実は自分はこの言葉はあまり好きではありません。

ライフは楽しいもの、ワークはつらいもの、と定義したら確かにバランスは重要ですが、どちらも楽しくてしょうがなかったらどうしたらいいでしょうか?(笑)

仕事は元来楽しいもの。そんな日々を汐留パートナーズとお客様と送りたいなと思いました。

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人間と同じようにサルも協力する?

「サル社会でも人間社会と同じように、協力しながら社会生活を営んでいることが分かった」というのを見ました。

人間とサルの嫌悪感情はとてもよく似ていて、身勝手な行動をするサルを他のサルたちが嫌うのと同時に、協力的なサルを他のサルたちが好む、という研究結果が出たそうです。

「人間は1人では生きられない」

これは、私の信念であり、汐留パートナーズも良きお客様・良きメンバーに恵まれていて、その結果今の自分・今の汐留パートナーズがあると日々感じ、感謝を忘れないようにしたいと思っています。

ですので、社内でも個人プレーに走ったり、非協力的であったり、自己中心的な考えを持つことことがないようにと、メンバーには話しています。そのために汐留パートナーズのフィロソフィーがあり、それに基づいて日々評価・昇進等が決まるようになっています。

私たちがクライアントに最高のサービスを提供するプロフェッショナル集団であるためには、社内の協力体制は絶対に不可欠です。

自分勝手な人間が増えているといわれている昨今ですが、人間も本来なら助け合いながら生活する動物です。ダーウィンの進化論では、僕たちはサルよりも進化しているはずの人間ですから、他人を助け合い、協力しながら生きて行く気持ちを忘れないようにしたいと思います。

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終戦記念日・「死んでも帰れぬニューギニア」から帰還

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本日は終戦73年目です。毎年8月15日が来るたび祖父を思い出すようになりました。昔はそんなことなかったのですが。記録に残しておきたいと思います。

私の祖父、前川吉秋(故)は上記の写真のように徴兵され(野戦高射砲第73大隊:国武常利少佐)、ニューギニアに派遣されました。当時は北海道の釧路の近くの庶路という町におりました。

ニューギニアは非常に厳しい戦局を迎えていました。また、環境も劣悪であり、直接の戦闘のみならず、マラリア、アメーバ赤痢、デング熱、腸チフスなどの熱帯性の感染症と飢餓による栄養失調と餓死で、多くの日本兵が命を落としました。

当時の日本兵が「ジャワの極楽、ビルマの地獄、死んでも帰れぬニューギニア」というほど、パプアニューギニアは本当に恐ろしい戦地だったとのこと。

日本軍は20万名以上がニューギニアの戦いに参加し、なんと生きて日本の土を踏んだ者は2万名に過ぎなかったと聞いて驚きました。10人に1人しか生き残れないなんて・・・。

もちろん当時20歳そこそこの祖父が生きて帰って結婚して父が生まれたからこそ、今の私があるわけです。そんな過酷な状況で生き残ったことにもきっと負い目を追っていたことでしょう。でもよく「死んでも帰れぬニューギニア」から帰還したなと思います。まだ生きていたら話を聞いてみたかったです。

私は、「争い」、「喧嘩」、「紛争」、「口論」などが大嫌いです。根っからの平和主義、誰かと誰かが喧嘩したり問題を起こしていると、その両方ともと距離を置きたくなってしまいます。そのくらい平和が大好きです。

もう二度と悲しい戦争が起きないでほしいですし、世界中の紛争もなくなることを祈っています。祖父は私が汐留パートナーズを創業した2008年に87歳で他界しましたが、以下の写真を見ると、なんとなく私に似ているような気がします。不思議です。

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汐留パートナーズ福利厚生施設(保養所)のご紹介

汐留パートナーズ株式会社はハワイビジネスを手掛けていることもありまして、汐留パートナーズ株式会社の役員、従業員及びその家族の福利厚生施設として、親睦保養の目的に当てるためハワイに福利厚生施設を有しています。

1.イリカイホテル&ラグジュアリー スイート

所在地:1777 Ala Moana Blvd, Honolulu, Hawaii 96815 アメリカ合衆国
URL:https://www.trumphotelcollection.com/jp/waikiki/

イリカイ・ホテル・アンド・ラグジュアリー・スイーツは歴史あるコンドミニアムです。オーシャンビューやシティービューを楽しむことができます。アラモアナショッピングセンターがとても近くて、アラワイヨットハーバーも目前なのでアクセス抜群の立地となっています。お部屋にはフルキッチンが常備されていまして、電子レンジや冷蔵庫もあります。滞在中に料理を楽しみたいという人にもおすすめのコンドミニアムです。また、プールやフィットネスクラブも充実しています。

サレントズトップオブザアイというイタリアンを楽しめるレストランが屋上にあります。そこからの眺めもとてもよくて人気があります。本格的な石釜ピザを堪能することができますし、上質なワインを楽しむこともできます。ワイキキビーチも近いのでハワイの観光目的の方には最適です。ワイキキエリアを無料で行き来できるシャトルバスのサービスも利用することができます。

2.トランプ・インターナショナル・ホテル・ワイキキ

所在地:223 Saratoga Road, Honolulu, Hawaii 96815 アメリカ合衆国
URL:http://www.aquahospitality.jp/hotels/aqua/ilikai/

トランプ・インターナショナル・ワイキキビーチウォークは、アメリカ合衆国大統領としても有名なドナルド・トランプ氏が展開するホテル・トランプが開発したホテル・コンドミニアムです。場所はワイキキビーチから数分の繁華街に位置しておりましてショッピングや観光に便利です。

完成したのは2009年で白を基調としたシンプルでスタイリッシュな内装です。最高の景色、アメニティサービス、インテリアはもちろんのこと、ワイキキビーチ、フォート・デルッシー公園、カラカウア通りにも近い立地の良さが魅力です。

豪華なエジプト大理石、オニキス、コアウッドを多用した内装は、伝統的でありながら、モダンなハワイアンフレーバーが程よく散りばめられています。広びろとしたベッドルームと、床から天井までワイドに広がる窓、大理石をふんだんに使用したバスルーム、最先端な機能を擁したフルキッチン等、素晴らしい作りになっています。

バスタブは、日本人好みの深めサイズになっています。ウォークインクローゼットには、乾燥機付き洗濯機が完備されています。また、快適に過ごすことができるように、アメリカのホテルでは珍しい24時間ルームサービスも利用することができます。

まだ始まったばかりの福利厚生制度ですが、利用料金は破格となっております!いつもいつもハワイに行くことはできませんがスタッフの皆さんがハワイに行く際に利用してもらえればという制度のご紹介でした。

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5月生まれの友人誕生会

5月生まれの友人の誕生会で、昨日は久々に深酒してしまいました。主役にもたくさん飲んでいただきました。

お互いかつて見たことがない様な泥酔状態でしたが楽しんでくれた様子。たまには人に迷惑をかけない程度に、飲んで発散ってのもありでしょうか。改めてお誕生日おめでとう。

個人的には自分が祝われるというよりも、誰かをお祝いしたい年齢になってまいりました。しかしながら、そうはいっても、なんだかんだいくつになってもお祝いされて嫌な気持ちはしないのではないでしょうか。最近そんな気もしています。

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東京タワーと増上寺

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昔から東京タワーと増上寺の組み合わせが好きです。港区のきれいだなぁと思うスポットです。港区はかなり詳しいんです。

東京に来たばかりの頃は三田に住んでいたので夜によく散歩しながら東京タワーまで歩いてきたものでした。田舎者だからか、なぜか東京タワーを見ると頑張ろうという気持ちになれました。

最近の自分がビジネスを頑張るためのエネルギー源は、汐留パートナーズの皆の笑顔とか言葉ですね。また、お客様にすごく喜んでもらえた瞬間ですね。今日も1日頑張ります。

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賢くないとお笑い芸人になれない

賢くないと継続して売れるお笑い芸人にはなれないと思われます。また、空気も呼んでいかねばなりませんし、業界での上下関係も大切にしていかないといけないでしょうし(笑)

事業と一緒で一瞬ヒットして売れることはできても「売れ続ける」ことはなかなか大変です。常に変化に対応しながら、新しいものを生み出してくイノベーションに対する貪欲さ。

チャンスがあればお笑い芸人の方とお知り合いになって、色々とお話を聞いてみたいと思います。

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