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ISO42001:AIの使い方に国際ルールを入れるためのISO

ISO42001:AIの使い方に国際ルールを入れるためのISO

テクノロジー
2025年12月9日 2 min. read

ChatGPTをはじめとする生成AIの登場により、私たちのビジネス環境は劇的な変化を遂げました。議事録の作成からプログラミングのソースコードの生成、マーケティングコピーの作成までツールなど、AIはもはや「未来の技術」ではなく、日々の業務に欠かせない「道具」となっています。 

しかし、その圧倒的な利便性の裏側で、企業は新たな不安やリスクに直面しています。 AIは必ずしも正確な情報を出力するわけではなく、「差別的な回答をしたらどう責任を取るのか?」 「入力した顧客情報や機密情報が、勝手に学習に使われてしまわないか?」 「AIの判断ミスで損害が出た場合、開発者と利用者のどちらが責任を負うのか?」など、これまでとは全く異なったリスクが存在します。 

AI開発や利用に関するルールは、これまで、企業ごとの自主的なルールや、各国が独自に定めるガイドラインに委ねられている部分が多く、基準となる明確なルールが存在しない状況でした。しかし、国境を越えてボーダレスに展開されるAIビジネスにおいて、バラバラの基準のままでは、各国が求める法規程の遵守が難しく、結果としてAI利用における信頼性を担保することが難しくなっています。 

そこで2023年12月、満を持して発行されたのが、世界初のAIマネジメントシステムに関する国際規格「ISO/IEC 42001」です。本記事では、ISO 42001とは一体どのような規格なのか、なぜ今これほどまでに注目されているのか、そして企業がこの規格に取り組むことで得られる経営的なメリットについて、背景にある社会課題とともに詳しく解説します。 

ISO/IEC 42001は、組織が責任を持ってAIシステム開発、提供、または使用するためのマネジメントシステム(AIMS: Artificial Intelligence Management System)の要件を定めた国際規格です。簡単に言えば、「人工知能を安全・安心・公正に使うための仕組み作り」における国際的な基準といえます。ここでは、その具体的な特徴を3つのポイントで解説します。
 

① AI特有の「ライフサイクル」と「継続的学習」への対応 

品質管理の「ISO 9001」や情報セキュリティの「ISO 27001」と同様に、ISO 42001もPDCAサイクル(計画・実行・評価・改善)を回すことが基本です。しかし、AIには従来のシステムとは異なる特徴があります。それは、運用開始後もデータを学習し続け、挙動が変化する可能性がある点です。 ISO 42001は、AIシステムのライフサイクル全体(企画・設計・データ収集・開発・テスト・展開・運用・廃棄)をスコープとしており、運用中のモニタリングや再学習時のリスク管理まで含まれています。「一度作って終わり」ではなく、進化し続けるAIに合わせて管理体制もアップデートし続けることが求められます(1)
 

② 「リスクベースアプローチ」の徹底 

この規格の核心は、画一的なルールを押し付けるのではなく、組織やAIの用途に応じた「リスクベースアプローチ」を採用している点にあります。 例えば、人命に関わる医療AIや自動運転AIと、社内向けのチャットボットでは、求められる管理レベルが全く異なります。ISO 42001では、自社のAI利用がもたらすリスク(個人の権利侵害、公平性、安全性など)を特定・評価し、そのリスクの大きさに応じた適切な管理策(コントロール)を実装することを求めています。
 

③ 対象は「開発者」だけでなく「利用者」も 

最も重要な点は、適用範囲の広さです。この規格は、AIを開発するITベンダーやテック企業だけのものではありません。 

・他社のAIモデルを利用して自社サービスを提供する企業 

・人事評価や経理業務などでAIツールを活用する一般企業(ユーザー企業) 

これらすべてが対象となります。つまり、「ビジネスプロセスの中でAIに関わるすべての組織」に関係する規格です。経済産業省も本規格の発行を大きく取り上げており、日本国内においても今後のAIガバナンスの要となる基準として位置づけられています。 

AI技術の進化スピードは、法規制や倫理観の整備スピードを遥かに上回っています。この「技術とルールのギャップ」こそが、現代企業が直面する最大の経営リスクの一つであり、ISO 42001が必要とされる背景には、複雑に絡み合う社会的課題が存在します。 

まず挙げられるのが、高度なAI特有の「ブラックボックス化」とそれに伴う倫理的なリスクです。ディープラーニングなどは高度な技術により構成され、常に学習し続けることと評価のプロセスが不透明であることから、無意識のうちに特定の性別や人種を差別する「AIバイアス」や、事実に基づかない回答をする「ハルシネーション」といった問題を引き起こしかねません。こうした制御不能なリスクに対し、企業が「どのように管理・監督しているか」を客観的に証明できなければ、たった一度のミスで社会的な信頼を一瞬で失墜させる危険性を孕んでいます 

さらに、企業内部に目を向ければ「シャドーAI」の問題も深刻化しています。現場の従業員が業務効率化を急ぐあまり、会社の許可なく無料のAIツールを使用した結果、機密情報を漏洩させてしまうケースが後を絶ちません。しかし、リスクを恐れて全面禁止にすれば、AIを用いた業務革新は停滞し、結果として、競争力を失うことになります。「禁止か、放任か」という二元論ではなく、適切なガバナンス下で技術を活用するための指針が、今まさに求められています。 

では、企業がコストと労力をかけてISO 42001に取り組むメリットはどこにあるのでしょうか。単なる「認証取得」というステータス以上の、実質的な経営的価値について解説します。
 

メリット①:ステークホルダーからの「信頼」の獲得 

AIに対する社会的な不安感が根強い中、ISO 42001認証を取得していることは、「この企業はAIを適切に管理し、倫理的に扱っている」という客観的な証明になります。また企業によっては、自社に関するデータをAIツールへのデータ入力を禁止しているケースも存在することから、顧客や投資家、取引先に対し、AIに対する適切な対応が取れている点や、自社のAIサービスや社内システムが国際基準の安全性を持っていることをアピールできる点など、ブランディングや競争優位性の確保に直結します。今後、官公庁の入札要件や、大手企業のサプライチェーン選定基準として、「ISO 42001への準拠」が必須化されていく可能性は極めて高いでしょう。
 

メリット②:経営層の「説明責任」とリスク回避 

仮に自社のAIが差別的な判断や事故を起こした際、「現場の担当者に任せていた」「AIが勝手に処理を行った」などでは説明責任を果たすことは出来ず、明確な要因を追求する必要があります。ISO 42001は、トップマネジメント(経営層)の関与と責任を明確に求めており、規格に沿ってリスクアセスメントを行い、対策を講じ、その記録を残しておくことは、万が一の事故や訴訟リスクが発生した際に、企業が「やるべき注意義務(デューデリジェンス)を果たしていた」ことを証明する強力な盾となります。
 

メリット③:イノベーションの加速 

ルールを作ると開発スピードが遅くなることは事実である一方で、明確なガードレール(安全基準)がない状態では、現場は「どこまでやっていいかわからない」ため、上述したシャドーITによる意図しない情報漏えいなどのリスクが生じます。ISO 42001によって「ここまでは安全、ここからは要確認」という基準が明確になることで、開発者や利用者は安心してAI活用に挑戦できるようになり、結果としてDX(デジタルトランスフォーメーション)が加速します。
 

メリット④:既存のマネジメントシステムとの統合 

ISO 42001は、他のISO規格(ISO 9001やISO 27001)と同じ「ハイレベルストラクチャー(HLS)」という構造を採用しています。そのため、すでに情報セキュリティ(ISMS)や品質管理(QMS)のISOを取得している企業であれば、既存の仕組みにAI特有の管理項目を追加・統合する形で、比較的スムーズに導入・運用することが可能です。これは、重複する管理コストを削減し、効率的なガバナンス体制を構築する上で大きな利点となります。 

「目的と適用範囲」、「引用規格」、「定義」、「組織の状況」、「リーダーシップ」、「計画策定」、「支援」、「運用」、「パフォーマンス評価」、「改善」の10項目で構成されている規格の詳細は多岐にわたりますが、中心となるのは「AIリスクアセスメント」「AIシステム影響評価」です。 

  1. AI方針の策定: 組織としてAIをどう活用し、どう管理するかという基本方針(ポリシー)を経営層が宣言します。 
  2. リスクの特定と評価: 自社が扱うAIシステムが、人権、公平性、安全性、セキュリティなどにどのような悪影響を与える可能性があるかを洗い出します。これには、データのバイアスやプライバシー侵害のリスクも含まれます。 
  3. 管理策(コントロール)の実装: 特定したリスクに対し、適切な対策を講じます。例えば、学習データの品質管理プロセスの確立、AIモデルの透明性の確保、AIの判断を人間が最終確認する監視(ヒューマン・イン・ザ・ループ)の仕組み導入などです。 
  4. 継続的なモニタリング: AIは学習によって挙動が変化する可能性があります(ドリフト現象)。導入して終わりではなく、パフォーマンスや公平性を監視し続ける体制を作ります。 

AI技術は、蒸気機関やインターネットに匹敵する、社会の根幹を変える技術です。その強大な力をビジネスに取り入れるためには、相応の「制御する力」が求められます。ISO 42001は、企業に過度な制限を課すものではなく、「責任あるAI(Responsible AI)」を実現することで、社会からの信頼を勝ち取り、持続可能な成長を実現するための戦略的なフレームワークです。 

「AIを本格的に利用していないため自社は対象外」と考えている企業も多いかもしれません。しかし、SaaS(Software as a Service)などにAI機能が組み込まれ始めている今日においては、企業は無意識のうちにAIユーザーになっているケースが多く見られます。法規制が厳格化してから対応するのではなく、いち早く国際標準に準拠した体制を構築することは、将来のリーガルリスクを低減するだけでなく、他社との差別化を図り、新たなビジネスチャンスを掴むための大きな武器となります。 

AIの導入を検討されている方、あるいは既存のAI利用におけるリスク管理に不安を感じている方は、ぜひ一度、ISO 42001の枠組みを参考に自社のガバナンス体制を見直してみてはいかがでしょうか。技術の導入とルールの整備は、車の両輪です。この両方が揃って初めて、AIは真の価値を発揮します。
 

参考文献 

(1)AIマネジメントシステムの国際規格が発行されました (METI/経済産業省) 

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