終戦記念日・「死んでも帰れぬニューギニア」から帰還

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本日は終戦73年目です。毎年8月15日が来るたび祖父を思い出すようになりました。昔はそんなことなかったのですが。記録に残しておきたいと思います。

私の祖父、前川吉秋(故)は上記の写真のように徴兵され(野戦高射砲第73大隊:国武常利少佐)、ニューギニアに派遣されました。当時は北海道の釧路の近くの庶路という町におりました。

ニューギニアは非常に厳しい戦局を迎えていました。また、環境も劣悪であり、直接の戦闘のみならず、マラリア、アメーバ赤痢、デング熱、腸チフスなどの熱帯性の感染症と飢餓による栄養失調と餓死で、多くの日本兵が命を落としました。

当時の日本兵が「ジャワの極楽、ビルマの地獄、死んでも帰れぬニューギニア」というほど、パプアニューギニアは本当に恐ろしい戦地だったとのこと。

日本軍は20万名以上がニューギニアの戦いに参加し、なんと生きて日本の土を踏んだ者は2万名に過ぎなかったと聞いて驚きました。10人に1人しか生き残れないなんて・・・。

もちろん当時20歳そこそこの祖父が生きて帰って結婚して父が生まれたからこそ、今の私があるわけです。そんな過酷な状況で生き残ったことにもきっと負い目を追っていたことでしょう。でもよく「死んでも帰れぬニューギニア」から帰還したなと思います。まだ生きていたら話を聞いてみたかったです。

私は、「争い」、「喧嘩」、「紛争」、「口論」などが大嫌いです。根っからの平和主義、誰かと誰かが喧嘩したり問題を起こしていると、その両方ともと距離を置きたくなってしまいます。そのくらい平和が大好きです。

もう二度と悲しい戦争が起きないでほしいですし、世界中の紛争もなくなることを祈っています。祖父は私が汐留パートナーズを創業した2008年に87歳で他界しましたが、以下の写真を見ると、なんとなく私に似ているような気がします。不思議です。

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