不確実な時代における挑戦と自己研鑽の重要性

不確実な(VUCAの)時代と言われて久しいですが、そもそも人類の歴史において、確実な時代など存在したのでしょうか。

歴史を振り返れば、情報の非対称性のもとで、情報と資本を握る知的階級や支配層が、他者を先導し、時に支配する構造がありました。限られた人々だけが重要な情報を持ち、多くの人々はその枠組みの中で意思決定をせざるを得なかった時代も少なくありません。そのため、一見すると安定しているように映る時代はあったのかもしれません。しかし実際には、戦争、疫病、政変、技術革新、価値観の転換など、いつの時代も形を変えながら不確実さを内包し続けてきたのが実態ではないでしょうか。言い換えれば、不確実さは現代特有の例外ではなく、人間社会の本質の一部でもあるのだと思います。

この不確実さは、安定を望む方にとっては不安の種かもしれません。先が読めないこと、これまで通用していた前提が変わることは、確かに大きなストレスを伴います。しかし、現状を打破しようとする人々にとっては、不確実さは大きなチャンスでもあります。秩序や前提が揺らぐ時代だからこそ、新しい価値観や挑戦が受け入れられる余地が生まれます。既存のルールや序列が強固な時代には、新しい挑戦が入り込む余地は限られますが、変化の大きい時代には、これまでの常識が問い直され、新たな発想や行動力を持つ人に機会が開かれます。何かを成し遂げたい、あるいは自身の視座を高めたいと願う者にとって、不確実な時代にこそ可能性があり、これほど可能性に満ちた面白い時代はありません。

士業の世界も例外ではありません。法改正や制度変更、テクノロジーの進化、AIの普及、顧客ニーズの多様化により、これまで安泰に見えた業務領域が、一夜にして大きく変わることもあります。「国家資格があるから」「経験が豊富だから」「これまでのやり方で通用してきたから」という慢心は、時代に取り残される最大のリスクとなります。資格や経験に価値があることは間違いありませんが、それだけで将来の安定が保証される時代ではなくなっています。他方で、変化が大きいということは、それだけ新たな専門性や新たな役割を切り拓ける余地があるということでもあります。
不確実さを恐れるのではなく、むしろそれを原動力として新しい価値を生み出していく。そのために、たゆまぬ自己研鑽が必要不可欠であるのは間違いありません。学び続けること、変化に向き合うこと、自らの専門性を更新し続けることが、これからの時代を生き抜く前提になるのだと思います。組織の規模にかかわらず、常に野心を持ち、ベンチャーマインドを忘れずに挑戦し続けていきたいと思います。

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多様な価値観を包摂する組織づくり

私たちの組織には、多様な国籍や文化的背景、そして異なる信条や宗教を持つメンバーが集まっています。一人ひとりが異なる価値観を抱きながら、日々、共に働き、共に時間を重ねています。だからこそ、組織を預かる立場として、誰か一人の価値観や考え方が過度に前面に出ることで、他の誰かが居心地の悪さを感じることのないよう、常に意識していたいと思っています。

経営者や有資格者という立場には、時に強い信念や判断軸が求められます。迷いや不確実性のある環境下でも、自らの考えに基づいて意思決定し、進むべき方向を示していくことは大切です。しかし、だからといって自身の意見や信条を他者に押しつけることがあってはならないと、自戒を込めて思っています。信念を持つことと、それを周囲に強いることは、決して同じではありません。

経営者や難関資格者は、不確実な環境下にあっても、比較的、自らの歩みをコントロールできる立場にあります。しかし、すべてのスタッフが同じ状況にあるわけではありません。もちろん、一人ひとりがどこでも活躍できるスキルを身につけられるよう、自己研鑽を促す仕組みづくりには尽力しています。それでも、立場による心理的な安全性の違いには常に無自覚ではいられないと感じています。

経営者個人が信条や宗教的な背景を持つこと自体は、極めて自然なことです。人は誰しも、自分なりの価値観や人生観に支えられて生きています。しかし、それを声高に発信するのではなく、むしろ多様な価値観を包摂し、すべての人が安心して力を発揮できる環境を整えることの方が、組織においてはより重要だと考えています。それは、多様性を「同じにすること」ではなく、「違いを持ったまま尊重し合える状態」をつくることでもあります。そして、そのような環境をつくり続けることこそが、リーダーとしての真の責任ではないでしょうか。

社会がどのように変化しようとも、一喜一憂せず、流されることなく、関わる人々の人生を少しでも豊かにする。その一点を、これからも揺るぎない指針として大切にしていきたいと思います。

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「人が資本」の経営で見誤ってはいけないこと

お金はもちろん大切です。会社を経営する以上、利益を生み続ける必要がありますし、健全な経営のためには収益性から目を背けることもできません。ですが、「個人の財」を必要以上に、あるいは貢献以上に増やそうとするような強い執着を持って経営に臨む人とは、正直うまくやっていけない。これは、これまでの私自身の経験を通じて強く感じてきたことです。

なぜなら、私たちのような「人が資本」のビジネスにおいて、お金そのものを目的にした瞬間、従業員の給与が単なる「コスト」に見えてしまうからです。 本来、従業員はともに価値を生み出す大切な仲間であるはずなのに、見方を誤れば、利益を削る邪魔な存在のように映ってしまうことさえあります。そうなってしまえば、どれほど立派な理念を掲げても、どれほど美しいビジョンを語っても、その土台は少しずつ崩れていってしまいます。

私は、利益とは理念を貫いた結果であり、決して最初に置くべき目的ではないと考えています。理念を大切にし、信頼を積み重ね、従業員とその家族、顧客、そして地域社会に価値を提供し続けた先に、結果として利益がついてくるのだと思います。会社にとって利益は確かに不可欠です。しかし、その順番を取り違えた瞬間に、会社は数字を追うだけの存在となり、少しずつ魂を失っていくのではないでしょうか。こうして考えると経営というものは、理念と利益の両立を追求する「永遠の挑戦」ですね。深くて難しいテーマです。

それでも、私はお金のためではなく、理念のために会社を経営したいと思います。そして、その理念に共感してくれる仲間とともに、長く誇れる会社を築いていきたいです。結局のところ、お金よりも大切なこの「信頼」を守るために、私は経営をしているのかもしれません。

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「できない」を「経験不足」と捉え直す――組織を成長させる価値観の転換

独立してしばらくは、「なぜこんなこともできないんだ」と、部下に対しても、時にはクライアントに対してさえ思ってしまうことがありました。今振り返れば、本当に視野が狭く、器の小さい人間だったと痛感します。それでは事業も組織も大きくなるはずがありません。

当社は順調に成長してきたように見えるかもしれませんが、実は最初の5年間は「暗黒時代」でした。売上、利益、そして従業員満足度も悲惨な状態。経営者としての自分の未熟さが招いた結果であり、情けない限りです。

当時は無意識に言い訳をしていましたが、私個人の性格というより、大手監査法人という特殊な環境の影響が大きかったのだと思います。周囲はほぼ全員が公認会計士試験を突破した高学歴者。処理スピード、理解力、ストレス耐性、そのすべてが「できて当たり前」の世界でした。

しかし独立後、多様なバックグラウンドを持つメンバーと働く中で、私の価値観は徐々に変化していきました。

「できない」のではなく、
「経験していない」
「ただ知らないだけ」
「その土俵で戦ってきていない」

ほとんどの場合、ただそれだけのことなのだと気づきました。ある時、以前の自分なら確実に苛立ちを感じていたであろう場面で、不思議なほど穏やかな自分に気づきました。それは年を取って丸くなったからではなく、ワンストップファームを創業し、多様な人々と長く向き合ってきた結果なのだと思います。

今では、「できないこと」よりも「伸びしろがあること」の方が、ずっと面白いと感じられるようになりました。 RSMに加盟して丸3年。グローバルの仲間から「日本のGDPは世界4位なのに、なぜRSM Japanはまだこの規模なの?」とプレッシャーを受けることもありますが(笑)、それもまた大きな伸びしろです。自社も自分も、ポジティブにさらなる成長を目指していきたいと思います。

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立場が上がるほどに求められる自律と責任

組織においては、上に立つ人ほど厳しい言葉を受け止め、自らを律し、お手本にならなければなりません。立場が上がるというのは自由になることではなく、むしろ制約が増え、自己管理がより求められることを意味します。

独立した当初は一人で本当に自由でしたが、今はある意味で不自由です。色々な制約がありますし、Xもいつかはやめなければならない日が来るかもしれません(笑)。パートナーや取締役、執行役員に対して「ここは改善すべきだ」と愛を持って伝え続ける日々は、楽なものではありません。もちろん私自身ができていないことも多々あるのですが。

一方で、新しく入ったメンバーは大切に育てられるべき存在です。入社して間もない数年間は、ある意味守られる立場にあります。ただ、その状況に甘えるのではなく、できるだけ早く自立し、成長していくことが求められます。信頼関係がまだ十分にできていないうちは、当たり障りのない会話が中心になります。そのためか、私もその頃は仏のように優しいと自分で感じることすらあります。しかし関係が深まるにつれて、愛を持って厳しい指摘をせざるを得ない場面が増えます。たとえば知識や準備の不足を指摘したり、努力の必要性を伝えたりすることです。時に耳の痛い言葉になるかもしれませんが、成長を願っているからこそです。

ここを取り違えて、上席には甘く、下のメンバーには厳しい組織をつくってしまうと、不満が溜まりやすくなり長続きしません。「あの人は可愛がられて出世している」といった声が出てくるのは、健全な組織ではありません。どうしてもそう見えてしまうことはありがちですが。少なくとも弊社の場合、上席の立場は決して楽ではありません。無数の期限なき(常にASAPな)課題に追われ、体力的にもハードな出張や会食をこなしながら、それでもなお自己研鑽を求められ続ける…そんな毎日です。知識・経験・ノウハウを、体力と精神力を伴って提供し続けるのは容易なことではありません。それでも、この挑戦こそが仕事の醍醐味であり、私にとってはワクワクを感じる瞬間でもあります。

最近は「若い人が上を目指さなくなった」「競争に負けても悔しさを感じにくくなった」といった話を耳にすることもあります。多様な価値観や働き方が尊重される時代なので、それ自体は別に良いことだと思います。ですが、その中でもなお「上を目指したい」と本気で思う若手がいれば、きっと会社にとってダイヤの原石です。そういう方々はおこがましいですが、全力で育てていきたいと思います。

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20代で東京に出る意味

私は北海道で生まれ、大学までずっと北海道で過ごしました。公認会計士試験に合格したあと、見学に行った札幌の大手監査法人に入所するか、東京に出るか悩みましたが、思い切って東京を選びました。年齢を重ねてからの上京は、正直ハードルが上がります。例えば、東京と地方では時間の流れるスピードがやはり少し違うように感じます。また、歩くスピードや食べるスピードも少し速いように感じます笑

20代のうちに東京で挑戦することには

  1. 外国人を含む多様な人々との出会い
  2. 最新の情報や知識に触れる機会が多い
  3. 大きな仕事に携われる機会に恵まれる
  4. 自分のポテンシャルを試せる環境

など大きなメリットがあると思います。

東京で経験を積み、地元に戻って開業をしたり、家業を継いで活躍している方もたくさんいます。最近は私のまわりにも本当に多く、皆さん地元思いで素敵だなと感じます…!今の時代、東京と地方の両方を拠点に活動することも現実的だと思いますし、パンデミックとテクノロジーの進化を経て、海外と地元をつなぐような新しい働き方も可能になってきました。

そして、本当の意味で東京都心や横浜などの首都圏の中心部で生まれ育った人は実は少数派だということ。多くの方が地方や近郊から上京し、それぞれのフィールドで頑張っています。私も最初は不安でしたが、そんなことは全く心配はありませんでした。ふるさとを持ち、東京で挑戦できることは、実はとても魅力的なこと。ときには「うらやましい」と言われることもあります。そして辛くなればいつでも帰ればいいと思います。人生は一度きり。20代で迷っている方がいたら、ぜひ一度、地元を出てチャレンジしてみてほしいです。地方出身者代表として、心からエールを送ります。

一方で、地方創生について学びや実践を重ねる中、色々な選択肢があっていいと思うようになりました。ただ、一つ言えるのは、地方創生のため若者を地方に閉じ込めておくと、本当の地方創生には繋がらない。人が動き経験が循環し日本全国が活性化する、そんな循環型の経済こそ理想だと感じます。結局のところ、自分の選んだ道こそが正解となるように歩み続けることが大切であり、その挑戦が未来の自分や地域、そして社会をより豊かにしていくのだと思います。

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若いうちに恥をかき捨てよう

私はもう若者と言える年齢ではありませんが、海外の代表者、拠点長、パートナーたちと比べると、まだ若い部類かもしれません。

RSM各国のオフィスを訪れ、打ち合わせをして、執務用に会議室を借りて、食事もご馳走していただく…下手な英語でも、相対的に若いから許されている部分があるのかもしれません(もし許されていなければ、届かないかもしれませんが、この場を借りてお詫びします…)。

でもやはり、体力があって、恥をかいてもそのまま成長に変えられるのは、若さの特権だと思います。何歳までが若いかは人それぞれですが、若ければ若いほど失敗は許されやすく、的外れな質問すら笑って受け流してもらえるもの。相手もきっと覚えていません。

監査法人の時「アホな質問はすべてスタッフのうちにし尽くしてなるべく持ち越すなよ!年次が上がると恥ずかしくて聞けなくなるからな!」とよく先輩に言われたものでした。それを忠実に守りアホな質問をたくさんして成長しました。

ChatGPTがなくインターネットの情報自体も怪しい時代でしたので、先輩に何でも聞いていました。今は調べるツールが充実していて、ある意味過酷な時代だなあとも感じます。

ぜひ、恥を恐れず、どんどん挑戦して失敗してほしいです。社内でも海外でも、そして新しい業務にも。未熟さを理由に諦めず、「今だからこそできること」に思い切り飛び込めたらいいですね。

そんなこんなで私は自分より若い人には仏のようにめちゃくちゃ寛容です。

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課外活動のすすめ

Big4の監査法人にいると、自分次第ですが課外活動のチャンスはたくさんあります。最近は皆忙しすぎてそれどころではないのよと言われてしまいそうですが…。

その監査法人にずっと勤めるかどうかはさておき、公認会計士として30-40年以上の長いキャリアを歩む中で、先輩・同期・後輩・顧客との関係を良好に保つことは本当に重要です。

なぜなら、思っている以上にこの業界は狭いからです。公認会計士は間に1人入るとほぼ皆繋がっているとよく言われます。もちろん、海外にまで目を向ければ広い世界ですから、多少国内でこじらせても海外に出ちゃえば大丈夫かもしれませんが。

大手監査法人の名刺を持っているうちは絶好のチャンスです。たとえ準会員であっても名刺一つで軽んじられることはないでしょうし、銀行・証券会社・VC・PEファンド・弁護士・税理士・医師など、さまざまな分野のプロフェッショナルと接点を持てる可能性が一気に広がります。

いずれにせよ、皆が求めているのは長く信頼できる付き合いだと思います。だからこそこの環境を最大限に活かして、良い関係性を構築していくことが、将来の成功に繋がります。監査法人の最初の5年10年の努力でその後も楽にいけるとまでは言いませんが、必ず役に立つと思います。

本業だけでなく、人脈づくりや異業種との交流など、名刺一枚で広がる世界があります。飲み会の幹事を努めるなどもおすすめです。この業界はシャイな人も多いかもしれませんが、どなたかの参考になれば幸いです。

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【アジア的阿吽の呼吸と欧米的ビジネスライクのはざまで】

アジア諸国(インド除く)とのビジネスでは、文化的な近さもあって、ある程度わかり合える空気みたいなものが存在します。報酬に関しても、まずは無料相談から始まり、徐々に条件を調整していい塩梅に落ち着く…そんな流れも珍しくありません。

時には“阿吽の呼吸”のような感覚が求められる場面もありますが、さすがに国をまたいでそれを期待するのは難しいですよね。 阿吽で行けているつもりが全く噛み合っていなかったということも。

一方で、アメリカやイギリスでは、良くも悪くも非常にビジネスライク。無料相談という概念はあまりなく、初めから相談料に関して見積もりベースで話が進みます。

常にベストプライスを提示し、それで合意が取れれば進める、合わなければそこで終了。必要があれば、率直に予算を伝えて調整するというスタンスです。

皆さんは、どちらのスタイルが合っていますか?国内の業務で成功するためには高い専門性も必要ですが、やはりクライアントとのリレーション構築、場の空気を読む、期待値コントロールなど、当たり前ですが資格試験にはでてこない様々スキルが求められます(笑)国際案件に関わることが増えてきた最近では、私自身、こうした欧米式の合理的な進め方に徐々に心地よさを感じるようになってきてしまいました。

もともとウェットな関係づくりに強みを持っていた純ジャパニーズな私も、変化を遂げています。そして社内においても、これまでの関係性を大切にしつつもwin-winでいけるよう考えながらビジネスライクにも進める…そんな「融合」や「両立」ができるようになってきたと少しずつ感じています。

人のいい日本人が、その優しさから利を得られず没落しないように、主張すべきことはしっかり主張する。これからも日本人経営者、日本人資格者として頑張っていきたいと思います。

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レイキャビクと故郷・釧路が一見似ている点から地方創生を考える

2025年度の世界幸福度ランキング第3位のアイスランドに行ってきました(ちなみに日本は第55位です)。首都レイキャビクの人口は約14万人、都市圏全体では20万人ちょっと。北海道の釧路市とほぼ同規模で、どちらも漁業が盛んという共通点があります。そのため、以前からアイスランドには注目していました。また、自然が豊かで空気や水がおいしい点もよく似ています。

しかし、一人あたり名目GDPを見ると、アイスランドは約87,000ドル(世界第5位)。日本は約33,000ドルで、北海道や釧路市はさらにそれより低いのが現状です。都市の規模は似ていても、経済構造には大きな違いがあると実感しました。

ちなみに、北極海航路の活用によって釧路市がシンガポール(名目GDP世界第4位、約90,000ドル)のようになる、というフィクション作品『地面師たち 続編』を読んだことがあります。夢はありますが、私たちの生きている間にそれが現実化するのは難しそうです。だからこそ、現実的にはアイスランドから学べることの方が多いと感じます。

現地で訪れたカフェでは、コーヒー1杯が約1,000円、大きめのクロワッサンが1,300円。写真の朝食だけで約2,300円です。クロワッサンのクオリティは素晴らしかったですが、これまで訪れた国々の中でもアイスランドの物価は群を抜いて高いと感じました。ニューヨークのマンハッタンと同等かそれ以上、ロンドンの1.5倍はします。現地の方々も「生活者としては物価が高くて大変」と、パブで一緒に飲んでいた時に話してくれました。

一人あたりGDPが高くても、物価も高ければ手元に残るお金は多くはありません。ただ、アイスランドでは「自然や日常そのものに価値がある」という意識があり、それを産業や観光を通じて世界に届けています。一方で、北海道や釧路市にも同じように美しい自然や豊かな資源がありますが、それを「価値」として外に伝える仕組みがまだ整っていないのかもしれません。

経済危機を乗り越えたアイスランドは、地熱発電や水力発電などの再生可能エネルギーで、電力のほぼ100%を賄っています。また、アートや文学の発信地としても世界的に知られています。釧路にも温泉や湿原があり、阿寒にはアイヌ文化が根づいています。地元出身の有名漫画家や、カルーセル麻紀さんをはじめとする有名人もいます。もし私が行政の立場だったら、いろいろなアイデアが湧いてきそうです。

さらに、一人でも地方の魅力を英語で世界に発信できるインフルエンサーが現れれば、状況は大きく変わるのではと感じました。やはり、英語や国際交流、異文化理解の重要性に行きつきます。一筋縄ではいきませんが、日本の隅々までお金が血液のように循環していくといいなと思います。

思わず熱くなってしまい、長い独り言になってしまいましたが、事業を通じて少しでもできることから取り組んでいきたいと思います。

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