今回のコラムでは、統合報告書の価値創造プロセスを構成する要素の一つ「ビジネスモデル」について解説します。ビジネスモデルという言葉は、事業戦略や起業の文脈で広く使われていますが、統合報告書で求められるビジネスモデルは、一般的に語られる「儲けの仕組み」とは少し趣が異なります。
この違いを理解しないまま統合報告書を作成すると、内容が「単なる事業紹介」にとどまり、本来示すべき「価値創造の仕組み」が伝わりにくくなってしまいます。
本稿では、一般的なビジネスモデルと統合報告書におけるビジネスモデルの違いを整理するとともに、最後に「マテリアリティ」と価値創造プロセスとの関係についても解説を加えます。
1.統合報告書におけるビジネスモデルの定義
IRガイドラインでは、統合報告書におけるビジネスモデルを次のように定義しています。
「組織のビジネスモデルとは、組織の戦略目的を達成し、短期・中期・長期に価値を創造するため、事業活動を通じてインプットをアウトプットおよびアウトカムに変換するシステムである。」
この定義が示すとおり、統合報告書において求められるビジネスモデルとは、「企業が中長期にわたり価値を創造し続けるための構造」を示すものです。単なる収益構造の説明ではなく、企業が持続的に価値を生み出す仕組みを、戦略との整合性を踏まえて示すことが重要です。
2. 一般的なビジネスモデルとは「儲けの仕組み」
まず、一般的なビジネスモデルについて整理します。
ビジネスモデルとは、企業がどのように収益を獲得するのか――いわば「儲けの仕組み」を示す枠組みです。近年、活用されている代表的なフレームワークとして、ビジネスモデルキャンバス(Business Model Canvas:BMC)があります。BMCでは、ビジネスモデルは次の9つの要素で構成されます。
- 顧客セグメント
- 提供価値(バリュープロポジション)
- チャネル
- 顧客との関係
- 収益の流れ
- 主要活動
- 主要資源
- 主要パートナー
- コスト構造
これらの要素は、製品やサービスの提供先をどのように設定し、どのように届け、どのように収益化するかといった「顧客価値の創出」と「収益構造の明確化」を主眼に置いています。つまり一般的なビジネスモデルは、自社が市場でどのように稼ぐのかを可視化するためのフレームワークと言えます。
3. 統合報告書で求められるビジネスモデルは「中長期的な価値創造の仕組み」
一方で、統合報告書が求めるビジネスモデルは、「企業が中長期にわたり価値を生み続けるための構造」を示すものです。したがって、一般的なビジネスモデルとの違いは、主に次の2点に整理できます。
① 短期ではなく「中長期的な視点」
一般的なビジネスモデルが、顧客への価値提供を通じて短期的に収益を上げる仕組みを中心に描くのに対し、統合報告書では「企業が長期にわたり持続的に価値を生み続けるための構造」を示すことが求められています。
市場環境の変化、社会課題、気候変動、人材獲得など、今後の不確実性を踏まえたうえで、中長期的に「どのように価値を創り続けるのか」を説明する必要があります。
② 顧客価値だけでなく「社会的な価値」の視点
統合報告書では、製品やサービスが顧客に提供する価値にとどまらず、より広いステークホルダー、ひいては社会に対してどのような正負の影響をもたらすのかまで視野を広げます。
企業の持続的成長には、経済価値(売上や利益など)だけでなく、環境負荷の低減、人材育成、地域社会への貢献、サプライチェーン全体への影響など、社会的価値の創出・毀損が企業価値を左右します。
そのため、これらの活動が中長期的に企業の主要な資本(人的資本、自然資本、知的資本など)へどのような影響を与えるのかを説明することも求められます。
こうした視点が欠けてしまうと、統合報告書の読み手が重視する問い――
「この会社は、この仕組みで長期的に価値を創造し続けることができるのか」
に十分に答えることができません。
よって、統合報告書のビジネスモデルは、単なる事業の流れ図や顧客向け価値の説明ではなく、企業の持続的成長の根拠を示す「価値創造の構造」を描くことが本質であると言えます。
4. 価値創造を伝えるためのビジネスモデル記述の要点
そのうえで、統合報告書におけるビジネスモデルを記述する際には、次の3点に着目することをお勧めします。
◆ポイント① 主要な資本や資源要素を明確に示す
ビジネスモデルは複雑になりがちですが、重要なのは価値創造の核となる資本の要素を明確に示すことです。次の点などを“デフォルメ”して整理することで、読み手にとって理解しやすくなります。
- 自社はどの資本を価値創造の源泉としているのか
- どのようなリソース(有形資産・無形資産)が価値創造を可能にしているのか
(例:独自の開発技術、企業文化、人材、蓄積されたノウハウなど)
◆ポイント② ステークホルダーとの関連性を明確に説明する
ステークホルダーとの関係性をどのように価値創造につなげているかを示すことも大切です。関係性が明確になるほど、ビジネスモデルのリアリティと厚みが増します。
たとえば、
- パートナーとの協働がどのように競争力につながっているのか
- ステークホルダーとの関係性が、事業基盤や中長期戦略にどのように寄与しているのか
といった「関係性のメカニズム」を描くことが有効です。ステークホルダーを単に列挙するのではなく、特に重要なステークホルダーを示し、その関係性を通じてどんな価値が生まれるのかまで示すことがポイントです。
◆ポイント③ 自社ならではの強み(オリジナリティ)を示す
ビジネスモデル記述で最も重要なのが、自社固有の強み(オリジナリティ)を明確に伝えることです。
オリジナル性を欠いたビジネスモデルは、読み手に「どの会社にも当てはまる」と受け取られてしまい、投資家の評価につながりません。
逆に、差別化できる要因を明確に示すことで、統合報告書全体の説得力は大きく高まります。
5. 多角化企業のビジネスモデル開示 ― シナジー創出の構造をどう示すか
複数の事業を展開する企業の場合、ビジネスモデルの記述はどうしても複雑になりがちです。しかし、IRガイドラインでは次のように示されています。
「複雑性を回避する努力は求められるが、重要事項は省略すべきではない。」
つまり、必要な情報を落とさずに、できる限り整理して簡潔に示すことが求められます。
そのためには、事業ごとにビジネスモデルを細分化したうえで、それぞれの特徴や価値創造の流れを明確に説明することが有効です。また、それら複数のビジネスモデルを企業としてどのように統合的にマネジメントしているのか――そして最も重要なのが、事業間でどのようなシナジーが発揮されているのかを示すことです。
このシナジーの説明があることで、企業全体として一体的な価値創造力を有していることが読み手に伝わり、理解しやすい価値創造プロセスにつながります。
繰り返しになりますが、統合報告書におけるビジネスモデルは、一般的にイメージされる「儲けの仕組み」ではなく、企業が中長期にわたり価値を創造し続けるための構造を示すものです。
ここで述べてきたポイントを押さえることで、単なる事業紹介にとどまらない、企業の価値創造の本質を読み手に伝える統合報告書へと近づいていきます。
6. 価値創造プロセスにおける「マテリアリティ」の位置づけ
さいごに、価値創造プロセスにおけるマテリアリティとの関係性について解説します。
これまで述べてきたとおり、価値創造プロセス(オクトパスモデル)では、「重要な資本」や「ビジネスモデルの中核要素」など、特に優先すべきポイントを明確に示すことが重要です。その「優先度」を示す役割を果たすのが、マテリアリティです。
マテリアリティとは、企業が中長期的に収益や価値を創造していくうえで、特に重要となる課題を指します。(マテリアリティの詳細については、本コラム「有価証券報告書『サステナビリティに関する考えおよび取組』における『リスク管理』および『戦略』に関する開示ポイント」(2025年6月9日掲載)もご参照ください。)
したがって、マテリアリティは、経営資源の配分や戦略の方向性を定めるための基盤となります。言い換えれば、価値創造プロセスの中で「何を優先し、どこを強調すべきか」を判断するための根拠となるものです。
このため、価値創造プロセスを描く際には、まず自社のマテリアリティを明示したうえで、資本やビジネスモデルにおいて強調しているポイントが、いずれもマテリアリティに基づいていることを示すことが重要となります。
これこそが、マテリアリティと価値創造プロセスとの本質的な関係性です。
7. さいごに
今回のコラムも、やや難解な内容であったかもしれません。
統合報告書は、「財務」と「非財務」という一見すると「つながり」が見えにくい情報を統合し、企業が価値創造を継続していく全体像を中長期的な視点で伝えることを目的としたレポートであり、決して簡単なものではありません。
さらに、絶対的な型が存在するわけではなく、一定の「自由演技」が認められているがゆえに、かえって難易度が高い側面もあります。
しかし、これまでにも述べてきた通り、押さえるべきポイントは明確に存在します。
重要なポイントをしっかりと踏まえつつ、企業としての想いや考え方を前面に出しながら、自社の持続可能性(サステナビリティ)を表現していけばよいと考えます。
また、最初から完璧な形を目指す必要はありません。社内での議論やステークホルダーとの対話を重ねながら、段階的に取組みの改善や表現のブラッシュアップを図っていく――そうしたプロセスこそが、企業の持続可能性を高め、ひいては企業価値の向上につながります。その点にこそ、統合報告書の存在価値の本質があるとも言えるでしょう。
表現方法については、他社の好事例を参考にすることも有益です。統合報告書については日本経済新聞社やGPIFやなどが、様々な視点から「優れている統合報告書」を評価および公表しています。こうした事例を参照することで、自社の統合報告書を客観的に見直すヒントが得られるはずです。
今後は本コラムにおいても、業界別に優れた統合報告書の特徴や工夫点などを取り上げ、実務に役立つ視点を発信していく予定です。
