IPO準備会社がバックオフィス業務についてアウトソースできること・できないこと
2023年9月11日
IPO準備会社は、急成長する場合が多く会社規模の拡大に比べて人材が追いついていかないことが多い傾向にあります。限られた人材は、営業部門などのキャッシュを直接稼ぐ部門に優先的に充てざるおえず、中でも管理部門における人員配置は後手になる場合が多いです。このため、いわゆるバックアオフィス業務と呼ばれる業務についてはアウトソーシングを活用することが珍しくありません。
しかし、すべてのバックオフィス業務を外部に出してしまうことには問題があります。以下では、IPO準備会社がアウトソーシングできる業務とできない業務について詳細に解説をしていきます。
IPO準備会社のバックオフィス業務の概要
バックオフィス業務は、管理部門と呼ばれる総務部、人事部、経理部、情報システム部といった部門が担う業務になります。ただIPO準備会社と上場企業、また上場企業でも売上高数兆円規模の会社では、これらの部門が担当する業務範囲も相当に異なります。
IPO準備会社でいうバックオフィス業務とは、主に総務部(許認可申請業務、在留資格業務など)、経理業務(税務申告書業務、年末調整・法定調書作成業務など)、人事業務(給与計算業務、社会保険加入・脱退手続業務、労働保険加入・脱退業務、退職関連業務など)を指します。
バックオフィス業務のアウトソーシングのメリット
IPO準備会社がアウトソーシングを行うことにより主に下記のようなメリットがあります。
(1) 経営資源の有効活用
アウトソーシングを導入することにより、IPO準備会社は売上高・利益獲得に直結するいわゆるフロント部門の仕事に限られた人員を集中配置することが可能となります。当然のことながら、管理部門も上場のためには決して疎かにすることはできませんが、そもそも売上高・利益が獲得できなければIPOどころか会社の維持すらできません。
アウトソーシングを導入することで管理部門の作業工数を減らし、その分をフロント業務に費やすことが可能となります。
(2) 業務スピードと品質の向上
上場にあたり、IPO準備会社は上場申請の直前々期(N-2期)、直前期(N-1期)、申請期(N期)において、監査法人等による準金商法監査(金融商品取引法第 193 条の 2 第1項の規定に準じて、IPOを目指す企業に対して行われる監査)の監査証明業務を受けます。このため、一定期間内に、税務基準ではなく上場企業に適用されている企業会計基準に従った決算書を作成する必要があります。企業会計基準による会計処理は、税務基準による会計と比べると遥かに複雑です。また決算書が企業会計基準に従って作成されていることから、税務と会計に差異が発生し税務申告書の作成も、従来に比べ複雑になります。
このためIPO準備会社の管理部のみで、一定期間内に監査法人による会計監査に耐えられる決算書を作成することは一般に困難です。これらの業務についてアウトソーシングを利用することで、質の高い成果物を一定期間内に入手することが可能となります。
(3) コスト削減
IPO準備会社が、企業会計基準による決算書や税務申告書の作成が可能な従業員を採用する場合、一般に高額な人件費が発生します。このため管理部門には、CFO又は管理部長に関しては高度な会計・税務知識をもった人員を配置し、その他のメンバーについては、高度の専門知識は求めず、人員数も少数におさえアウトソーシングを活用し管理部門のコストを抑えるといった方法を採用することが可能となります。
アウトソースできる業務
上記のとおりIPO準備会社は、管理部門業務についてアウトソーシングを活用することにより、一般に業務が効率化できますがすべての管理業務についてアウトソースすることは困難です。管理業務の中には、社内のビジネスモデルの理解が必要である業務や社内の内部事業の習熟が求められる業務などが存在するためアウトソーシングすることで却って業務の効率性が悪化する可能性があります。以下ではまず、アウトソース可能な業務について説明します。
(1) 税務申告書作成業務
税務申告書の作成は、決算書を基に作成します。税務申告書の作成はこの決算書をベースにして税務上の特有の処理を加えて作成するため、作成に必要な情報さえあれば、あとは税務の専門知識さえ有していれば作成することが可能です。
このためIPO準備会社の多くは、税務申告書作成業は、税理士法人等にアウトソーシングしていることが一般的です。なおこれはIPO準備会社だけでなく上場会社の中にも、税務申告書作成業務をアウトソーシングしている会社は多く存在します。
(2) 給与計算・年末調整業務
給与計算は、アウトソーシング先に社員の入社時に雇用通知書や労働条件通知書を送付し、アウトソーシング先が従業員マスタに個人情報を入力し、各月ごとに各従業員の残業時間情報を送付、退職時には退職届等を送付すれば、アウトソーシング先は給与計算を実施するこができます。
年末調整調整業務についても、扶養控除等(異動)申告書や配偶者控除等申告書などをアウトソーシング先に提出すればアウトソーシング先が業務を実施できます。なおこちらも、IPO準備会社だけでなく上場会社の中にも、税務申告書作成業務をアウトソーシングしている会社は多く存在します。
(3) 社会保険手続業務
社会保険加入・脱退手続は、アウトソーシング先が、事業所の状況(強制適用又は任意適用)、従業員の状況を把握できれば、健康保険、厚生年金保険、新規適用届や健康保険、厚生年金保険、被保険者資格取得届など必要書類を代理で作成し提出することが可能です。このため、アウトソースできる業務となります。
(4) 在留資格業務
在留資格業務は、IPO準備会社が外国人を雇用する場合に必要となります。アウトソーシング先に対象者の情報提供を行い、在留資格に応じた申請書を提出することで業務をアウトソーシング先が当該業務を実施することが可能となります。
(5) 許認可業務
許認可業務は、IPO準備会社の実施する業務が行政機関からの許認可が必要な特定業務を実施する際に必要となる業務です。この場合も、アウトソーシング先がIPO準備会社の実施業務を把握すれば、必要書類を代理作成・提出できるためアウトソースが可能な業務となります。
部分的にアウトソースできる業務
次に部分的にアウトソース可能な業務について解説していきます。
(1) 税金計算業務
税金計算業務は、申告書作成業務を実施しているアウトソーシング先も実施しますが、IPO準備会社もエクセルなどを使用し、大まかな理論納付額を独自に算出しておく必要があります。具体的な別表などの詳細な申告書は完全にアウトソーシング先が作成することになりますが、納付額はIPO準備会社自身も理論値を算出し、アウトソーシング先が申告書で算出した金額と大幅な乖離がないかを確認する必要があります。大きな差異が発生していた場合、アウトソーシング先の算出結果をむやみに受け入れるのではなく、当該差異要因を分析し、最終的にIPO準備会社が納得した納税額とする必要があります。
(2) 内部監査業務
内部監査とは、IPO準備会社の内部統制の一部であり、IPO準備会社の内部統制が正常に機能しているかどうかを確認することです。当該業務を実施するのは、上場会社では、内部監査部門が設けられていることが多く、当該部門が内部監査を実施することになります。当該部門は、他部門と独立していることが求められ、会社組織図では、社長直属下に配置されます。IPO準備会社の場合、人材リソースの限りから当該部門が存在しないことが多く、自社で実施する場合、管理部門の従業員が兼務で実施する可能性が高く、独立性の観点からも問題となる可能性があります。このためIPO準備会社では、当該業務をアウトソースしている会社が見られます。
しかし、内部監査業務をアウトソーシングする場合は公正・独立性は担保されると考えられますが、完全にアウトソーサー任せにすることは上場審査において問題になる可能性があります。社長等が内部監査の重要性を認識したうえで、定期的にアウトソーシング先から報告を直接受けるなど、主体的に関与していくことが必要となることに留意する必要があります。
(3) 内部統制業務
2015年5月29日に「金融商品取引法等の一部を改正する法律」の施行により、IPO準備会社の新規上場を促すことを目的として、社会・経済的影響力の大きな新規上場企業(新規上場時の資本金が100億円以上又は負債総額が1,000億円以上を想定)を除き、新規上場後3年間に限り「内部統制報告書」に対する公認会計士監査が免除されています。
しかし、内部統制報告書の提出は免除されていないため、上場準備期間中に内部統制を構築し、評価と監査が可能となるように内部統制の状況を文書化するといった準備が必要となります。上場審査上も財務報告に関わる内部統制の評価・報告体制の準備状況が確認されます。このため、IPO準備会社においても当該業務を実施する必要がありますが、人材リソース不足から、IPO準備会社の社内だけでは、実施することができないことが多くアウトソーシングすることも珍しくありません。
なお、内部統制業務についても他部門の独立性が求められることから、アウトソーシングは、公正・独立性は担保されると考えられますが、完全にアウトソーサー任せにすることは上場審査において問題になる可能性があります。当該業務においても、社長等が内部統制の重要性を認識したうえで、定期的にアウトソーシング先から報告を直接受けるなど、主体的に関与していくことが必要となることに留意する必要があります。
また、内部統制業務実施の上では、IPO準備会社の営業活動・購買活動等の十分な把握が必要となるため、アウトソーシング先に対する社内協力に一定の手間がかかることに留意する必要があります。
(4)開示書類作成業務
上場審査(主幹事証券審査および証券取引所審査)では、上場申請書類として「新規上場申請のための有価証券報告書(Ⅰの部)/(Ⅱの部)」や、「新規上場申請者に係る各種説明資料」を提出します。(市場変更の場合は、「上場市場の変更申請のための有価証券報告書(Ⅰの部)/(Ⅱの部)」という名称になります)。Iの部は、外部公表資料であり、審査にあたり会社の状況を要約して伝える資料です。ほぼ同様の内容が上場時の 「有価証券届出書」や「目論見書」さらには上場後の「有価証券報告書」に引き継がれます。
一方でⅡの部は外部に公表されることはありませんが、IIの部の構成内容は、申請理由から始まり、会社の沿革、事業の内容、企業グループの概況等、その内容は申請会社のすべてにわたるものとなっており、ボリュームも申請書類の中で最も多くなっています。上場審査は、上場申請書類の記載内容等をもとに、審査質問やヒアリングが実施されるため、正確かつ明瞭な記載が求められます。これらの書類作成には現在・過去の膨大な会社データが必要となり、完成させるには業務に熟達した者であっても相当な工数を要します。
IPO準備会社では、通常「上場準備室」などの名称を持ったプロジェクトチームを編成し、当該プロジェクトチームを中心に作成に取り掛かりますが、自社内の人員のうち当該プロジェクトに参加できる知識と経験を有する人材には限りがあるため、多くのIPO準備会社がアウトソーシングを活用しています。なお、上場審査においては、当該書類の記載内容をもとに質問が実施されることから、IPO準備会社自身がその記載内容を十分把握しておく必要があります。
また作成には広範囲に及ぶ社内情報が必要であることから、そのすべてをアウトソースすることは却って効率性と品質を低下させてしまう可能性があります。このため事前にアウトソーシング先と事前ミーティングを実施し、アウトソースする部分を明確化するなど対応が必要となります。
原則としてアウトソースできない業務
IPOを目指すにあたり、インサイダー情報の漏洩防止やディスクロージャー体制の整備という観点が極めて重要になります。管理業務の中には、上記の観点から可能な限り自製化を目指したほうが望ましい業務が存在します。
(1) 経理業務
経理業務は社内の日々の取引を凝縮したものであり、インサイダー情報の塊であるため、外部漏洩した場合のリスクを極力低下させておく必要があります。また上場後には有価証券報告書などの継続開示が絶対となります。この継続開示書類の提出が可能か否かがアウトソーシング先次第であるという状況は上場企業として大きな問題があります。このため、原則自製化が求められます。なお人材不足等の観点からどうしても一部業務はアウトソーシングを活用せざるを得ない場合であっても、経理事務に関する最終処理、経理事務方針の決定等、会社として最終的な判断等が求められるものは内製化させる必要があります。
(2) キャッシュ・マネジメント業務
資金は、利益以上に重要なものであり、資金繰りに問題が生じた場合、IPOどころか倒産の可能性もあります。また資金調達の問題で上場延期や中止に追い込まれる可能性もあります。このため、資金管理に問題が生じやすいIPO準備は、キャッシュ・マネジメントについて社長及びCFOが最重要項目として責任をもって取り組む必要があり、原則アウトソーシングすべきでない業務といえます。なお社内で決定したキャッシュ・マネジメント方針についてアドバイスを求めるという形でIPOコンサルタントなどの専門家の力を借りるのは特段問題ないと考えられます。
アウトソーシングする場合のセキュリティへの対応
IPO準備会社は、上場にあたり、内部統制を整備することが求められます。このため情報漏洩リスク等を十分に低下させるためにセキュリティ対応を行う必要があります。具体的には、下記が有効です。
- アウトソーシング先との情報交換をする際には、個人所有の外部記憶装置(USBメモリ等)をシステム上使用不可とすること
- アウトソーシング先が使用するシステムにアクセスできるIDの付与者を限定すること及びパスワード管理方法、変更の頻度について取決めを行う
- 電子メールの誤送信防止システムの導入
- 紙媒体での情報保存の禁止
- 資料データの管理について従業員相互間で監視や二重確認などの方策を社内に徹底。
アウトソーシングする場合のコンプライアンスへの対応
人事、総務、経理、ITといった管理部門のバックオフィス業務は、個人情報から契約書や稟議書、決算書等極めて重要度の高い情報を扱います。万が一情報漏洩した場合、利害関係者へ甚大な被害を与えることになり、アウトソーシングすることに対してコンプライアンスの観点から問題とされる場合があります。
しかしIPO準備会社の場合、人材の制約からバックオフィス業務のすべてを自社内で実施し、上場を果たすことは極めて困難です。アウトソーシング先と秘密保持契約などの締結を実施することは当然として、アウトソーシング先の選定を慎重に行い、経理業務などは原則として自製化を行い、アウトソースする範囲を明確化し、上記で記載したような情報漏洩対策を実施すれば、上場審査上もコンプライアンスへの対応で特段重大な問題となることはないと考えられます。
上場後にアウトソーシングできる可能性のある業務
(1) 経理業務
上場後においても、内部統制上、経理業務は原則自社内で完結することが望ましいです。しかし、上場会社の中には、財務報告に係る内部統制が整備され、その運用状況は有効である場合、経理業務について社内での作業のマニュアル化がなされ、一定の知識を有している従業員であれば時間さえかければ誰でも作業可能なレベルにまで非属人化が進んでいる会社も存在します。こうした会社の場合は、経理事務に関する最終処理、経理事務方針の決定等を除き、アウトソースすることが可能であり、アウトソーシングを実施することでコスト削減、効率性の向上が見込めます。
(2) キャッシュ・マネジメント業務
キャッシュ・マネジメント業務についても原則、自社内で完結することが望ましいです。ただ、財務に関する内部統制の整備・運用状況が有効であり、IPO準備会社ほどシビアな資金調達が求められる状況にない上場会社の場合は、財務に関する内部統制の有効性から、業務の効率性を重視することで、アウトソーシングを活用することが会社にとって望ましい場合が存在します。
成功するためのアウトソーシングのベストプラクティス
アウトソーシングを活用ことによりIPO準備会社は、人材不足の問題やコスト削減、品質の向上などのメリットを享受できますが、アウトソースする範囲を誤るとメリットは全て瓦解することになります。
このため、アウトソーシングのベストプラクティスとしては、まず、上場審査を見越し、まずは自社内での実施を検討してみること。次に費用対効果の観点、自社のセキュリティレベルを把握し、自社にとってアウトソーシングが可能な業務領域を明確化することが考えられます。
まとめ
人材不足に悩むIPO準備会社の中には、バックオフィス業務を軽視し、すべてをアウトソーシング先に丸投げしようとする会社が存在します。このような態度は上記で記載したとおり上場審査において問題となる可能性があります。あくまで現状の自社によってアウトソーシングが可能な業務領域を明確にした上で、可能な部分のみに限定しアウトソーシングを活用することがIPO準備会社にとって望ましい判断といえます。