ESGと人的資本経営の関係性:日本の人的資本経営における重要性及び課題と今後の展望
2024年8月28日
近年、企業の持続可能な成長を支える要素として、ESG(環境・社会・ガバナンス)が注目されています。
特に人的資本経営は、ESGと密接に関連し、企業が競争力を維持しながら社会的責任を果たすために不可欠な戦略となっています。
本記事では、人的資本経営の概要、日本における課題、そして事例や今後の展望について解説します。
人的資本経営とは
人的資本経営とは、人材を「資本」と捉え、その価値を最大限引き出すことにより、中長期的な企業価値の向上を目指す経営手法です。従業員のスキルや知識、経験を最大限に活用することで、企業の競争力を高め、持続的な成長を実現することが目的です。
これまでの人材戦略は、人材を「資源」と捉えて、短期的な業績目標を達成するための人材配置やコスト管理に重点を置いていました。これは、労働力を一つの「コスト」として捉え、必要なスキルを持つ人材を適時に採用・配置し、効率的に運用することが主な目的でした。
一方、人的資本経営では、単なる雇用管理を超えて、従業員の能力開発やキャリアパスの提供、働きやすい環境の整備などが含まれます。また、従業員のモチベーションやエンゲージメントを高める施策も重要な要素です。人的資本経営を実践する企業は、組織全体のパフォーマンス向上やイノベーションの促進を目指し、企業価値の向上に貢献します。
ESGと人的資本経営の関係性
ESG(環境・社会・ガバナンス)は、企業の持続可能な成長を支えるために重要な三つの要素。人的資本経営は、特にESGの「社会(Social)」と深く結びついています。ESGの「社会(Social)」は、企業が社会に対してどのような影響を与えるかを評価する要素であり、これは主に従業員に対する取り組みで反映されます。この点、人的資本経営は、従業員を「資本」として捉え、彼らの育成、労働環境の改善、多様性の促進などを行います。
したがって、人的資本経営を強化することは、ESGのうち「社会(Social)」の要素を高めることになり、企業の社会的評価や持続可能な成長に繋がります。
人的資本経営の情報開示
近年、ESGの視点から投資先を選定するESG投資が注目を集めています。それに伴い、投資家に対して人的資本に関する情報を開示するニーズも高まってきています。なぜなら、上述した通り人的資本経営はESGと密接に関係しているためです。
その影響を受けて、2021年にはコーポレートガバナンスコードが改正され、企業に対し人的資本情報開示が求められるようになりました。また、2022年には内閣官房による「人的資本可視化指針」(URL:https://www.cas.go.jp/jp/houdou/pdf/20220830shiryou1.pdf)が公表され、人的資本の情報開示に関する指針を明らかにしました。具体的には、人的資本開示に関する7分野に分けて、合計19項目を推奨しています。
育成分野
- リーダーシップ
- 育成
- スキル/経験
エンゲージメント分野
- 従業員エンゲージメント
流動性分野
- 採用
- 維持
- サクセッション
ダイバーシティ分野
- ダイバーシティ
- 非差別
- 育児休業
健康・安全分野
- 精神的健康
- 身体的健康
- 安全
労働慣行分野
- 労働慣行
- 児童労働/強制労働
- 賃金の公正性
- 福利厚生
- 組合との関係
コンプライアンス/倫理分野
- コンプライアンス/倫理
なお、すべての分野と項目を開示することが求められているわけではありません。
日本におけるESGと人的資本経営の課題
日本におけるESGと人的資本経営にはいくつかの課題が存在します。具体的には以下の3点が挙げられます。
多様性の推進
日本の企業は依然として性別や年齢に関する偏見が強く、女性や外国人の登用が十分ではありません。多様性の推進が進まないと、ESGのうち「社会(Social)」の要素が満たされないだけでなく、企業の競争力にも悪影響を及ぼす可能性があります。
労働環境の改善
長時間労働や過労死など、日本の労働環境には依然として問題が多く、人的資本経営を実践する上で大きな課題となります。従業員の健康や働きやすさを確保するための制度改革が必要です。
人材育成の不足
技術革新が進む中で、新しいスキルや知識が求められていますが、企業によっては人的資本の育成に十分な投資が行われていない場合があります。これにより、ESGに関連する目標達成が難しくなります。
これらの課題に対処することで、より効果的な人的資本経営とESG戦略が実現されるでしょう。
日本企業における人的資本経営の事例
日本企業における人的資本経営に関する事例は、「人材版伊藤レポート2.0(実践事例集)」(URL:https://www.meti.go.jp/policy/economy/jinteki_shihon/pdf/report2.0_cases.pdf)にて公表されています。これは、経済産業省の「人的資本経営の実現に向けた検討会」よるもので、人的資本経営を実践する企業事例が紹介されています 。こちらを引用する形で、人的資本経営に関する事例を紹介したいと思います。以下、当該レポートの一部抜粋になります。
【旭化成】
経営戦略の実現に必要な人財ポートフォリオの構築のために、採用すべき人財の質と量を、事業軸と機能軸の両面から、毎年全社的に洗い出している。採用や育成で確保できない人財は、M&Aを通じた人財獲得や、コーポレートベンチャーキャピタルや少額投資を通じた企業とのコネクション強化で対応している。
【アステラス製薬】
経営陣と共に組織健全性に関する目標を設定し、HRデータの分析・経営陣への提示、事業リーダーの開発支援を通じて、人事が「経営層や事業部門と共に戦略を実現する」体制に着実に移行している。
【伊藤忠商事】
持続的な成長に必要な人材戦略を特定し、期待される成果を開示している。また、「労働生産性」が着実に向上している点を学生へ積極的に発信している。
【荏原製作所】
外部研究機関との共同研究や、学術分野からの専門家の招聘、退職者とのネットワーク形成等、社外人材の専門性を事業運営に活かし、知・経験のダイバーシティを向上させている。
今後の展望
今後の人的資本経営の展望には、以下のようなポイントが挙げられます。
テクノロジーの活用
デジタルトランスフォーメーションの進展により、人的資本経営においてもAIやデータ分析が活用されるでしょう。これにより、より効率的な人材経営やパフォーマンスの向上が期待されます。
サステナビリティの重要性の高まり
環境への配慮や社会的責任がますます重要視される中で、企業のESG戦略と人的資本経営が一層連携する必要があります。持続可能な成長を実現するために、ESGの観点からも人的資本に対する投資が求められます。
リモートワークの普及
リモートワークの普及に伴い、企業は新しい働き方に対応するための人的資本戦略を見直す必要があります。柔軟な勤務形態や働きやすい環境の整備が今後の競争力を左右するでしょう。
グローバルな視点の強化
国際的な基準やトレンドに対応するため、企業はグローバルな視点での人的資本経営を進める必要があります。ESGの国際的な基準に準拠することで、企業のグローバルな競争力が向上します。
まとめ
ESGと人的資本経営は密接に関連しており企業はこれを通じて社会的要素を強化し、従業員の能力を最大限に引き出すことができます。一方、日本の企業には多様性の推進や労働環境の改善といった課題が存在しています。日本企業における人的資本経営の事例から学び、今後の展望に対応するための戦略を構築することが重要です。今後は、テクノロジーの進展やリモートワークの普及、グローバルな視点の強化により、企業は持続可能な成長を実現し、社会的な信頼を獲得できるでしょう。