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前川 研吾 Kengo Maekawa

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前川 研吾 Kengo Maekawa

ファウンダー&CEO  / 公認会計士(日本・米国) , 税理士 , 行政書士 , 経営学修士(EMBA)

カーボンニュートラル時代の不動産ESG―― ZEB・ZEH、認証制度とサステナビリティ推進の方向性

2025年11月18日

本稿では、不動産業界が具体的にどのようなESG施策を実行し、そこからどのような価値が生まれているのかを、環境・社会・ガバナンスの三側面で同時に深化しつつある実装の具体像として整理していきます。

ESG・サステナビリティと不動産――潮流と具体的な関わり

カーボンニュートラルへの転換がグローバルに加速するなか、不動産業界のESG(環境・社会・ガバナンス)に対する責任とリーダーシップは、これまでになく注目を集めています。不動産は世界のエネルギー消費の約3割、CO₂排出量の約4割を占めており、サステナビリティ課題とは切り離せない存在です。一方で、本業界は環境負荷の高い産業だという従来のイメージが、すでに過去のものになりつつあります。

実際には、不動産業界が果たしうる社会的インパクトは非常に大きく、ESG経営の潮流は業界全体に広がっています。建物の省エネルギー化や再生可能エネルギーの活用にとどまらず、地域社会との共生、ガバナンスレベルでの情報開示に至るまで、多層的な取り組みが展開されているのが現状です。こうした変化は、環境負荷の低減に資するのみならず、資産価値や賃料プレミアム、ファイナンス条件の改善といった経済的メリットにも結びついており、本業界における成長戦略の重要な要素として、ESGが位置づけられるようになってきました。

不動産分野におけるESGの推進は、単なる社会的要請の域を超え、不動産の価値創造のメカニズムそのものに構造的な変化をもたらしています。

環境面では、ZEB(ネットゼロエネルギービル)、ZEH(ネットゼロエネルギーハウス)の推進や、高断熱・高気密化、省エネ設備の導入、太陽光パネル等の再生可能エネルギーの活用、電力最適化システムの実装が進展しており、木材利用の促進や循環型建材の採用も加速しています。これらの取り組みは、CASBEE、LEED、BREEAM、WELLといった各種認証の取得と連動し、環境性能評価の向上とカーボンニュートラルへの道筋の具体化に寄与しています。環境認証が資産価値向上に結びつくという構図は、もはや市場における一般的な認識となっています(詳細は第3節で整理します)。

社会面では、地域再生に資する複合施設の開発、働き方改革を踏まえた柔軟なオフィス設計、災害対応力の高いレジリエントな建物づくりが進展しており、都市や生活者にもたらす便益が拡大しています。ガバナンス面では、ESGレポートやGRESB評価への対応を通じた情報開示の高度化に加え、SPCの活用によるリスク分散と管理強化、社内統制の整備が進み、国内外の投資家からの信頼向上に資する基盤が整えられてきています。

このように、ESGの推進は、もはや一過性の潮流やCSR活動の範疇にとどまらず、不動産会社の財務戦略、レピュテーション、そして市場競争力を支える中核的要素となりつつあります。

ZEB・ZEHとESG認証制度――不動産分野における環境性能向上と市場インパクト

ZEB・ZEH(ゼロエネルギービル/ゼロエネルギーハウス)は、日本の不動産ESG政策を象徴する取り組みです。なぜこの二つの制度が注目されているのでしょうか。その理由は明快で、不動産業界にESGの視点を根付かせ、産業全体の行動変容を強力に促す役割を果たしてきた点にあると考えられます。

ZEB(ネットゼロエネルギービル)

経済産業省資源エネルギー庁は、ZEBを「高度な設計・技術によって、大幅な省エネルギー化を実現した上で、再生可能エネルギーを導入することにより、年間の一次エネルギー消費量の収支をゼロとすることを目指した建築物」と定義しています。
参照:https://www.env.go.jp/earth/zeb/detail/01.html

ZEB認証に求められる要件は年々厳格化しており、その影響は建築・設計業界にとどまらず、不動産投資、ファイナンス、賃貸運用、テナント企業のエネルギー調達戦略にまで及んでいます。ZEB認証を取得したビルは、エネルギーコストの低減、投資収益性の向上、空室率の低下などの観点から魅力が高まり、ESGに積極的な投資家を引きつける重要な要素となっています。

新ZEH基準(2027年スタート)

ZEHとは、住宅の断熱性能を高め、省エネ機器によって消費エネルギーを削減し、さらに太陽光発電などでエネルギーを創出することで、年間の一次エネルギー消費量を実質ゼロに近づける住宅を指します。戸建住宅向けのZEHについては、新基準であるGX ZEHの導入により、断熱性能や再生可能エネルギー設備に関する要件が大幅に強化されます。
参照:https://www.enecho.meti.go.jp/category/saving_and_new/saving/general/housing/index03.html

これにより、新築住宅全体の環境性能が底上げされ、関連する建材、住宅設備、施工、流通といった幅広い業界への波及効果が期待されています。家主や管理会社に加え、住宅を購入・賃借する消費者の選択基準も変化しており、ZEHに対する信頼感が不動産価値を左右する新たなシグナルになりつつあります。

不動産業界におけるESG認証制度

不動産ESG認証制度(CASBEE、LEED、BREEAM、WELLなど)が普及したことで、建築・リノベーションに関する投資判断や賃料査定に、定量的な環境価値評価が反映されやすくなりました。加えて、認証を取得した企業にとっては、資金調達コストの低減、プロパティマネジメントの高度化、IR活動や対外的な広報における優位性など、実務面でのメリットも大きくなっています。こうした変化は、不動産業界にとどまらず、金融・物流・小売など他の業界にも広がり始めています。

世界的に見ても、ESG投資の流れは不動産分野に強く向かっており、大手機関投資家やREIT各社は、対象物件のESG認証取得を投資判断や融資条件に組み込む動きを加速させています。日本の不動産市場も、これらの枠組みと歩調を合わせることで、国際競争力を維持・強化する道筋を描いていると言えます。

不動産関連ESG認証制度の整理

以下の表では、不動産関連の主要ESG認証制度について、評価対象・認証名・概要・日本の取得件数を整理します。各制度の詳細な内容や最新動向については、公式サイトや有識者レポートもご参考していただければ幸いです。

評価対象認証名概要日本の取得件数
個別の建築物総合的環境性能DBJ Green Building環境・社会への配慮がなされた不動産を支援するために、2011年4月に日本政策投資銀行(DBJ)が創設した認証制度。対象物件の環境性能に加えて、防災やコミュニティへの配慮等を含むさまざまなステークホルダーへの対応を含む総合的な評価に基づき、社会・経済に求められる不動産を評価・認証するもの。2025年2月現在、467件
CASBEE不動産CASBEEとは、建築環境総合性能評価システムの略です。省エネルギーや環境負荷の少ない資機材の使用といった環境配慮だけでなく、室内の快適性や景観への配慮なども含めた建築物全体の品質を総合的に評価。CASBEE不動産は、不動産業界関係者が不動産評価の際に活用することを目的に開発された評価システムで、竣工後1年以上が経過したオフィス、店舗、物流施設、共同住宅、オフィス・店舗(改修)が評価の対象となります。2025年2月時点、前年比283件増の1,071件。集合住宅での伸長が目立ち、140件増。
LEEDLeadership in Energy and Environmental Designの略称で、米国グリーンビルディング協会(USGBC:US Green Building Council)が開発および運用を行っている、建物と敷地利用についての環境性能評価システム。2025年Q1時点、315件
BREEAMBRE Environmental Assessment Methodの略称。1990年にイギリスの建築研究財団が開発した環境評価システムであり、建物、コミュニティ、インフラ等の持続可能性評価を行うツール。エネルギー、健康と快適性、水、材料、廃棄物等の計 10 の項目において評価され、Pass, Good, Very Good, Excellent, Outstanding の 5 段階で評価される。2023年6月時点、7件(全て物流施設)
エネルギー性能BELSBuilding-Housing Energy-efficiency Labeling Systemの略称で、新築・既存の建築物において、省エネ性能を第三者評価機関が評価し認定する制度。2016年4月より、対象範囲が住宅に拡充されるとともに、建築物省エネ法第7条に基づく建築物の省エネ性能表示のガイドラインにおける第三者認証の一つとして運用を開始。2024年1月末時点、非住宅4,561件、住宅506,329件、複合用途32件
eマークeマーク(省エネ基準適合認定マーク)とは、既存建築物が省エネ基準に適合していることを示す表示制度のことです。eマークもBELSと同様に、国交省の定める省エネ性能表示のガイドラインにおいて、既存建築物の省エネ性能を表示する制度として位置づけられています。eマークは既存建築物のみに限定されています。2024年6月30日時点、約60万件
健康・快適性CASBEEウェルネスオフィスCASBEEウェルネスオフィス(CASBEE-WO)は、建物内で働く人の健康性・快適性・知的生産性・安全性などを評価する日本独自の認証制度です。従来の環境性能評価(省エネ・CO₂削減)に加え、人間中心のウェルビーイングを重視した評価ツールとして注目されています。2025年2月現在、7件
WELLWELLとは、公益企業であるIWBIによって創設された、健康・快適性に重点を置いた環境認証制度のことです。WELLの評価項目は人の健康・快適性に焦点を当てたものです。特にWELLの場合は、環境工学だけでなく医学的観点からも検証されている点が特徴です。2020年8月6日現在、42件が登録済、うち7件が認証
不動産会社・ファンドGRESBリアルエステイトWELLとは、公益企業であるIWBIによって創設された、健康・快適性に重点を置いた環境認証制度のことです。WELLの評価項目は人の健康・快適性に焦点を当てたものです。特にWELLの場合は、環境工学だけでなく医学的観点からも検証されている点が特徴です。2020年8月6日現在、42件が登録済、うち7件が認証
不動産生物多様性・自然資本ABINC(エイビンク)ABINC(エイビンク)は「いきもの共生事業所®認証」制度を運営する日本の認証機関であり、正式名称は「一般社団法人いきもの共生事業推進協議会」です。生物多様性に配慮した都市緑地や企業緑地の整備・運営を評価・認証する制度を提供しています。都市開発や企業活動において、生物多様性の保全と共生を促進することを目的とし、オフィスビル、商業施設、集合住宅、工場、物流施設などが対象となります。
JBIB(企業と生物多様性イニシアティブ)が策定した「いきもの共生事業所®推進ガイドライン」「土地利用通信簿」による定量評価(在来種比率、緑地面積、地域性など)が評価基準となります。
2025年3月時点、191件
全業種TNFD2020年7月にUNDP(国連開発計画)、WWF(世界自然保護基金)、UNEP FI(国連環境開発金融イニシアチブ)、英国環境NGOのグローバル・キャノピーの4団体によって設立されました。企業が自然資本および生物多様性に関するリスクや機会を評価し、情報を開示するための枠組みを構築することです。自然資本への影響をマイナスからプラス(ポジティブ)に転換する「ネイチャー・ポジティブ」を達成することを目指しています。生物多様性は1.生態系(例:森林、里山、河川、湿原、サンゴ礁)2.生き物(例:動物、植物、微生物)3.遺伝子(形、模様、生態の多様な個性に影響)のそれがあるといわれています。2024年と2025年の会計年度において、日本企業は154社がTNFD開示を公表予定
再生可能エネルギーRE100RE100は「Renewable Energy 100%」を目標とする国際イニシアティブで、参加企業が自社の事業活動で使用する電力を100%再生可能エネルギーで調達することを公言・到達することを目的としている取り組みです。参加企業は100%再エネ化の最終目標年を公表し、中間目標(例:2030年60%、2040年90% 等)や年間報告を行うことが期待されています。2022年3月現在、94社

参考資料

https://mec.disclosure.site/j/sustainability/activities/environment/certification/
https://www.env.go.jp/earth/zeb/detail/09.html
https://www3.abinc.or.jp/about/
https://www.asahi.com/sdgs/article/15060909?msockid=3ac80ce45e7267502bf319165f776683
https://www.env.go.jp/earth/ondanka/supply_chain/gvc/files/RE100_gaiyou_20250131.pdf

おわりに―― ESG・サステナビリティ推進における不動産業界の役割と今後の方向性

不動産業界は、ESG・サステナビリティ推進において、一般に想像される以上に強い影響力と実効性を持つ分野です。建物や都市のあり方そのものが、カーボンニュートラル、地域再生、レジリエンスの構築、人々の健康や快適性、さらには働き方・暮らし方の変革といった社会課題の解決と密接に結びついています。

認証や規制対応にとどまらず、日々の開発・運営・資産管理といった現場での実践が、そのままサステナブルな社会への移行を後押しする最大の原動力となっています。不動産業界が生み出す一つ一つの取り組みは、大きな経済波及効果をもたらし、多様な産業を牽引します。これからのフェーズでは、認証、情報開示、運用データの活用を一体的に高めることでESGの質を向上させつつ、不動産価値の再定義を進め、社会・環境・経済の好循環を実現するビジョンを描くことが求められています。

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