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米国上場企業向けのSEC気候関連開示

米国上場企業向けのSEC気候関連開示

ESG・サステナビリティ
2026年1月20日

SEC気候関連開示規則は、「ESGの新トレンド」というより、米国上場企業に対して気候リスクを財務情報と一体で説明することを求めるSEC開示要件として位置づけられます。ここでいう「気候リスク」は、物理的リスクや移行リスクが事業戦略・ビジネスモデル・財務パフォーマンスに与える影響を含む概念であり、単なる環境報告ではなく、投資判断に直結する情報として扱われています。

本規則案では、温室効果ガス排出量の開示としてスコープ1・2の開示と検証(監査・保証)を求めるだけでなく、一定の場合にはスコープ3についても開示対象とし、気候関連目標や移行計画の内容、進捗状況についても説明することが想定されています。

また、SECの開示制度ではForm 10-K等の年次報告書において、取締役会・経営陣のガバナンス体制やリスク管理プロセス、シナリオ分析の結果といった定性的情報の開示が求められます。Form 10-Kとは、米国上場企業がSECに提出する年次報告書で、日本の有価証券報告書に相当するものです。なお、後述のForm 20-Fというのは、海外の企業がアメリカで上場している場合に、SECへ提出する年次報告書で、アメリカ企業向けのForm 10-Kの「海外企業版」といえます。Form 10-Kが米国企業を対象とし、原則としてUS GAAPで作成されるのに対し、Form 20-Fは米国外の企業が対象で、IFRSなど自国の会計基準も利用できる点が主な違いです。これらの開示要件はTCFDが策定したフレームワークをモデルとして採用しているため、既存の気候関連開示やISSB基準との整合性を図りやすい一方、財務諸表との接続や重要性(マテリアリティ)の判断などについて、従来以上に高度な説明責任が課される点が特徴です。

SECとしての目的は、一貫性・比較可能性・有用性を備えた情報を市場に提供し、投資家保護を強化することにあります。そのため、発行体には「どのリスクを重要と判断したのか」「どの前提やデータに基づいてスコープ1~3を算定したのか」「移行計画と資本配分がどのようにつながっているのか」を、整合的なストーリーとして示すことが求められます。裏側では、データの入手可能性や品質、内部統制・監査手続きの整備が大きな課題となり、多くの企業にとっては相応の準備期間と体制構築が不可欠です。こうした背景を踏まえると、SEC気候関連開示は、単発の開示プロジェクトではなく、中長期的な開示戦略とガバナンスの再設計を迫る枠組みであるとも言えます。

SEC気候関連開示規則に対応するうえでの最大の留意点は、三つの開示区分を「バラバラの書類」として扱わず、ひとつのストーリーとして整合をとることです。

定性的開示では、企業がどのように気候リスクを特定・評価し、戦略や移行計画に落とし込んでいるのか、取締役会・経営陣がどう監督しているのかを示しますが、ここで述べた内容は、そのまま気候財務情報開示としての指標や、監査済み財務諸表注記の数字と結び付いている必要があります。

温室効果ガス(GHG)排出量については、スコープ1・2のみならず、条件に応じてスコープ3もSEC開示要件の対象となり得ます。サプライチェーン全体を対象とするスコープ3は推計に依存する部分が大きく、データの入手可能性や品質、算定方法の妥当性がしばしばボトルネックになります。ここでは、「完璧な数値」よりも、合理的な前提・方法を選択し、その限界や不確実性を含めて透明性高く説明できるかが重要な留意点となります。

さらに、財務諸表に関する指標では、気候関連の事象やリスクが減損、引当金、資本的支出などに与える影響を注記として開示することが求められます。この部分は、監査・保証の対象となるため、会計方針や重要性判断、シナリオごとの影響額について、監査人と早期に協議しながら社内エビデンスと統制を整備しておくことが重要です。定性的開示で示した移行計画や目標と、財務数値の間にギャップがある場合、その理由をどこまで説明できるかも、訴訟リスクを抑えつつ投資家から信頼される開示のためのポイントとなるでしょう。

SEC気候関連開示規則の導入にあたっては、まず段階的な適用スケジュールを前提にした逆算整理が必要です。本規則案は、米国でForm 10-Kを提出する企業だけでなく、SECにForm 20-Fを提出する外国私企業(Foreign Private Issuers)にも適用されるため、日本企業を含むグローバルグループ全体での対応が求められます。とりわけ、大規模加速申告企業は他区分に先行して、スコープ1・スコープ2を中心とした気候財務情報開示を短期間で整備し、早期のロードマップ策定が重要になります。

また、提案されているSEC開示要件では、スコープ1・2排出量に関する指標が中心となりつつ、企業区分によってはスコープ3の開示も段階的に求められます。加速申告企業・非加速申告企業、小規模報告企業のいずれに属するかによって、初年度の対象会計年度やスコープ3開示の要否が異なるため、自社の区分に応じたタイムラインと準備項目の整理が不可欠です。特に、サプライチェーン全体を対象とするスコープ3は、データ収集と算定方法の妥当性が課題となりやすく、グローバル拠点・主要サプライヤーとの連携を前提にした中期的なデータ基盤づくりが求められます。

さらに、これらの気候財務情報開示は、将来的に監査・保証の対象となる可能性が高い点にも留意しましょう。会計方針や重要性判断をめぐり監査人との協議が増えることが見込まれるため、スコープ1~3の算定ロジックや前提条件、移行計画と投資計画の関係性について、早い段階から内部統制とエビデンス整備の方針を定めておくことが重要です。こうした導入プロセスを「単なるコンプライアンスへの取り組み」にとどめず、気候リスクを踏まえた中長期戦略の再点検の機会として活用できるかどうかが、SEC気候関連開示規則を競争優位につなげられるかどうかの分かれ目になるでしょう。

SEC気候関連開示は、もはや「ESGの一部」や自主的なサステナ報告ではなく、証券規制としての必須開示になりつつあります。したがって、対応の担い手はサステナビリティ部門やCSR担当だけでは足りず、IR・財務・法務・内部統制を含む全社的なガバナンス体制として位置づけ直すことが不可欠です。

その際に重視すべきなのは、「完璧なデータ」を目指して身動きが取れなくなることではなく、合理的なプロセス設計と一貫したストーリーづくりです。気候リスクの特定からシナリオ分析、財務影響の評価、取締役会による監督、KPI・目標設定までを、一つの筋の通った説明としてつなげられるかどうかが、投資家からの評価と説明責任の観点で問われます。

さらに、導入にあたっては、TCFDやISSB(IFRS S1・S2)、EU CSRDなど既存の枠組みとの整合と、訴訟リスクの管理が鍵となります。どこまでをmaterial(重要)と判断するのか、将来見通し情報の範囲と責任の線引きを明確にしたうえで、開示の根拠となる社内エビデンスと内部統制を整えていく必要があります。

そのための現実的な第一歩として、既存のTCFD報告書や統合報告書、ESGデータ管理の現状をSECルールやIFRS S1・S2の要求事項と比較し、改善余地を可視化するギャップ分析と、その結果を踏まえて特定の事業やテーマに絞った試行版の開示(パイロット開示)を作成し、社内レビューや監査人との対話を通じて実務上の論点や負荷感を検証するプロセスです。すでにTCFDやサステナビリティ報告を行っている企業であれば、SEC要求事項とのズレや既存データの精度・統制レベルを確認し、小規模なテスト開示を試行することで、社内の合意形成と体制づくりを前倒しで進めることができます。

SEC気候関連開示への対応は、単なる規制遵守にとどまらず、自社の気候リスクとビジネスモデルを改めて点検し、資本市場との対話力を高めるためのプロセスでもあります。今後の国際競争の中で選ばれ続ける企業となるための重要なステップとして、本稿で整理した視点を手がかりに、自社の現状と目指す姿を踏まえた「自社版ロードマップ」を描いていくことをお勧めします。

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