芸能人やプロスポーツ選手が自身のマネジメントや資産管理を目的に設立する法人は、実務上「支配芸能法人」と呼ばれます。本人やその親族が株主となり、本人の芸能活動や競技活動のマネジメントを主軸とする「個人事務所」の実態は、この法人格を持った企業です。
なぜ、多くの一流スターやアスリートが個人事業主ではなく、法人を設立するのでしょうか。そこには、単なるイメージ戦略だけではない、緻密な税務上のメリットが存在します。
1. 会社設立が大きな節税につながる背景
かつて納税額ランキング(長者番付)が公表されていた際、誰もが知る大御所芸能人の名前が意外にも上位にないケースがありました。その背景には、報酬を個人で直接受け取るのではなく、自身が設立した法人を通じて受け取る「スキーム」の活用があります。
個人と法人の「実効税率」の格差
日本における個人の所得税は、所得が増えるほど税率が上がる超過累進税率を採用しています。
個人の負担:
所得税、住民税、個人事業税を合わせると、高所得者の実効税率は最大約55%に達します。
法人の負担:
法人税、法人住民税、法人事業税を合わせた実効税率は、30%前後に抑えられています。
近年の政策では、法人実効税率は下げ止まりの傾向にありますが、依然として個人と法人の税率差(タックス・ギャップ) は顕著です。この税率差を背景とした法人への利益留保や、法人に認められる経費算入範囲の活用は、中長期的な資産形成において極めて有効な戦略となります。
2. 支配芸能法人で活用できる主要な税務上の取扱い
法人化することで、個人事業主とは異なり、法人税法の枠組みで各種規定の活用を検討することが可能となります。
① 役員報酬による「給与所得控除」の活用
本人の報酬を「事業所得」から「給与所得(役員報酬)」に切り替えることで、個人事業主には認められない「給与所得控除」を享受することが可能になります。法人は支払った報酬を損金(経費)に算入し、受け取る個人側では実際の支出の有無に関わらず「給与所得控除」を享受できるため、結果として所得が圧縮されることになります。
② 他者への給与支給による所得の分散効果
親族などを役員や従業員として登用し、その職務実態に見合った適正な報酬を支給することで、本人に集中していた所得を分散させることができます。
日本の累進税率下においては、単一の個人に所得が集中する構造と複数人に分散される構造とで、世帯全体の総額が同じであっても適用される税率が異なり、結果として税負担が変わるという特徴があります。
一般的には、所得が複数の受領者に分散されることで、世帯全体として適用される税率が低くなる傾向があります。
③ 退職所得課税の活用と生命保険の機能
将来受け取る「退職金」へ所得が振り替えられることで、分離課税の適用や、課税対象額が実質的に半分になる優遇措置の利用が期待できます。役員退職金は他の所得とは切り離して課税されるため、比較的低い税率でまとまった資金を個人に移転できるという大きなメリットがあります。
また、法人として自分や親族、従業員などを被保険者とする生命保険に加入することも有効な選択肢です。個人では「税引後の手残り」で保険料を払う必要がありますが、法人であれば課税前の利益を原資として拠出することも可能です。
これにより、万一の保障を確保しながら、法人の利益を原資とした効率的な資産形成が可能となり、最終的には低税率の退職金として取り崩す“出口戦略”も実現できます。
④ 出張旅費規程に基づく費用処理
社内規定に基づき支給される適正な出張旅費(日当)は、法人では全額損金として計上可能です。社内規定を整備し、遠征やロケの際の出張旅費(日当)の支給を検討できます。
法人:
支給額を全額経費として計上。
個人:
実費弁償的な性格を鑑み、所得税法上「非課税所得」として取り扱われます。
⑤ 法人契約の「借上げ社宅」制度
住居を法人名義で契約し、本人に社宅として貸し出します。税法上の計算(賃貸料相当額)に基づく自己負担分を徴収することで、賃料の大部分を法人の損金として処理し、個人の可処分所得を実質的に向上させる構造となります。
⑥ 車両の法人所有
事業活動に使用する車両を法人の資産として管理します。減価償却費、維持費、公租公課等を法人の損金として計上できますが、適正な費用計上のためには、事業用と私用の区分を明確にすることが重要です。⑦ 消費税の免税メリット
新設法人を設立する場合、資本金などの一定要件を満たせば、最大で2期間の消費税が免税となります。プロ選手の報酬規模によっては、この消費税負担の免除は極めて大きな資金メリットとなります。
⑧ 子会社設立による軽減税率と交際費枠の拡大
事業規模の拡大に伴い別法人を設立した場合、所得800万円以下の部分に対する「軽減税率」や、交際費の損金算入限度額(年間800万円)などの中小法人特例を個々の法人で重複して享受できる制度上の枠組みが存在します。
3. 運営上の留意点:事業実態を伴わない法人は否認される
法人化には各種のメリットがありますが、税務当局も厳格にチェックを行っています。
売上の計上基準: 所属事務所や球団との契約主体を「法人」に切り替える必要があります。これが認められず個人契約のままだと、単なる「租税回避行為 」と見なされるリスクがあります。
実態の維持:
法人が単にギャラや報酬を受け取るだけの「トンネル会社」や「ペーパーカンパニー」になってはいけません。適切なマネジメント実務や、役員としての役務提供の実態が不可欠です。
公私の峻別:
私的な支出を法人の経費に計上する行為は、税務調査において「役員賞与」と認定され、重加算税の対象となる恐れがあります。特に美容代や衣装代等については、事業遂行上の必要性を客観的に立証できる運用が必要です。適正な「節税」の範囲をしっかりと守り、「脱税」と見なされるリスクを避けるためにも、両者の線引きを明確にしたうえで適切に管理していくことが重要です。
4. 法人化を検討すべき年収の基準
法人の設立・維持には、社会保険料の強制加入や専門家報酬といった固定コストが発生します。こうした負担を踏まえると、「年収5,000万円程度」の水準を超える場合に、法人化のメリットがより明確に感じられるケースが多いと考えられます。
年収5,000万円以上:
設立コストや管理コスト(税理士報酬や社会保険料)を差し引いても、法人格を活用した十分なメリットを享受できます。
年収2,500万円前後:
管理の手間やコストを考慮すると、メリットとデメリットが相殺される「分岐点」となるケースが多いラインです。
また、年収の多寡だけでなく、その収入が数年にわたって維持される「安定性」も重要な判断基準となります。
結び
マネジメント会社の設立は、適切に運用すれば将来に向けた資産形成の強力な武器となります。一方で、法的な合理性や実態を欠いた運用は、税務上の否認のみならず、社会的信頼(レピュテーション)を損なう致命的なリスクを招きかねません。なお、本稿で概説した税務上の諸制度は、あくまで標準的な仕組みを私見として整理したものであり、実態を伴わない租税回避を推奨するものではありません。
経験豊富な税理士のサポートを得ながら、現状の収益構造に合わせた最適なスキームを構築することをお勧めいたします。
