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前川 研吾 Kengo Maekawa

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前川 研吾 Kengo Maekawa

ファウンダー&CEO  / 公認会計士(日本・米国) , 税理士 , 行政書士 , 経営学修士(EMBA)

TNFD提言の理解と実践:その3・ガイダンスに見る地域・ステークホルダー連携

2025年6月4日

本TNFDシリーズのその2で触れましたが、地域・ステークホルダー連携は、TNFDの柱ガバナンスの中で3つの開示項目の1つに組み入れられています。また、一般要件の6つの柱のうちの1つにも組み込まれ、LEAPアプローチ(本TNFDシリーズコラムその1参照)全ての横断基盤としても描かれています。このように、単なる理念や標語としてではなく、TNFD実施におけるガバナンスおよび機能の中核として位置付けられていることが分ります。

このため、本コラムでは、TNFD発行のガイダンスGuidance on engagement with Indigenous Peoples, Local Communities and affected stakeholders Version 1 (2023)(下記、「当該ガイダンス」と総称)を土台に、TNFDを通してどのように、地域・ステークホルダーを組織のガバナンスと機能に落とし込んでいくかに焦点を当て、解説していきます(下記「」の部分は、当該ガイダンスからの引用)。

なぜ地域・ステークホルダー連携か

実は当初TNFDの草案では、地域・ステークホルダー連携は、ガバナンスの柱ではなく、戦略上の柱に位置付けられていました。しかし最終版では、ガバナンスの柱に据え置かれたという経緯があります。この変更に至った経緯は、次の3点を含めてTNFD草案へのグローバルなフィードバックと実証的検証を受け最終版に向けて枠組みを再検討した結果である、と見ることができます。

  • パブリックコメントによる強い反響
  • TNFDは多くの企業・金融機関と連携し、パイロット開示(実証的な開示テスト)を行っており、この過程で明らかになったことを反映
  • IFRS/ISSBや欧州のCSRD(企業持続可能性報告指令)との整合性を図った結果

この変更はどのような意味合いがあるのでしょうか。ここでは、経営的視点からの側面と、それが及ぼす実務的なインプリケーションの両面から解説していきましょう。

(1)経営的視点からの意味合い

経営的視点からみると、この変更が意味することは、地域・ステークホルダー(※)連携といった側面は「単なる手段ではなく、経営の中核的な要素である」とのメッセージと考えられます。具体的に、そのメッセージを紐解くと、次の2点を挙げることができます。

  • 本質的な変化の必要性を示唆
    TNFDの根幹の1つである自然への依存と影響およびリスクと機会に大きく関わるからです。TNFD対応の前提として、「現在の社会と経済の現状と将来の見通しは、根本的に生態系の機能と自然が提供するサービスに依存している。これらのサービスには、淡水、食料、木材の供給、野生受粉者による作物の受粉、土壌の質、水の流れ、気候の調節、洪水や暴風雨などの自然災害の軽減などが含まれる」ことへの理解が必須になります。これを前提として、そうした生態系や生態系サービスに最も近い距離に位置する地域との連携は、TNFD対応に欠かせないと考えられます。このように従来の体制では間に合わない本質的な変化の必要性を示唆しているのです。
  • 企業の信頼性や説明責任に関わる
    地域連携を含めてステークホルダーとの関係性が経営の意思決定にどう反映されているかを説明できなければ、透明性や持続可能性の信頼性が損なわれることになります。そのステークホルダーに、地域連携が重視されているということに留意が必要です。ESGや自然資本開示の潮流においては、こうした関係性が形式的でなく、統治構造に根ざしていることが評価されることに留意が必要です。

(2)実務へのインプリケーション(影響)

上記を踏まえ、実務へのインプリケーションについて、次の3点を挙げることができます。

  • 経営陣や取締役会は、地域連携をはじめとするステークホルダー連携を単なるCSRや広報活動で済ませるのではなく、意思決定プロセスの正式な要素として統合する必要がある。
  • 企業がTNFD対応を行う際は、地域連携を含めてステークホルダーとの関与がどのようにガバナンス構造の中に組み込まれているかを文書化し、説明できる体制づくりが求められる。
  • 単に文書化に終わらず、なお、地域連携を含むステークホルダー・エンゲージメントの基本として、当該ガイダンスでも「双方向のコミュニケーション」が不可欠と強調されていることを、現場のプロセスに落とし込むことが不可欠。

※ここでいうステークホルダーは、当該ガイダンスの中で「金融機関(投資家、その他の資本提供者、保険会社など)、政府機関、政策決定者、規制当局、国際機関、科学者、消費者、土地所有者、市民社会団体、同じ生態系と関わる他の企業やコミュニティ、先住民および地域コミュニティを含み」ます。

国際基準・デューデリジェンスの視点から

さらに当該ガイダンスを読み進めていくと、ここでいう「ステークホルダー・エンゲージメント」は、「人権デューデリジェンス(人権DD)と環境デューデリジェンス(環境DD)の一環」として位置付けられています。つまり、地域連携・ステークホルダー連携を、人権DD・環境DDとリンクさせて位置づけることにより、取締役・経営陣が主体的に関わる必要のある事項であることが、強調されているともいえます。

ここでいう「人権と環境DD」は、既に広く周知されているように、「国連ビジネスと人権に関する指導原則」(UNGPs)およびOECD「多国籍企業向け責任ある事業活動ガイドラインに定められた責任ある事業活動の国際基準」の中核でもあります。特にUNGPsの中で、上記「ステークホルダー・エンゲージメント」の基本として、組織は、影響を受ける可能性のあるステークホルダーの懸念を理解するために、言語や他の潜在的な関与の障壁を考慮した方法で、直接話し合いを行うことで、その懸念を理解するよう努めるべきである旨定められています。また、人権DDでは、組織がその事業モデルとバリューチェーン関係において、人々の基本的人権に及ぼす実際のおよび潜在的な負の影響を特定し、対応することが求められます。具体的には、関与する影響を回避し、防止し、軽減し、是正すること。さらにその取り組みの有効性を追跡し、報告し、説明責任を果たすことを含みます。こうしたことに関連して、TNFDガイドラインでは、「このことは、組織の自然関連の影響とそれに対する対応に適用され、これらの影響が地域コミュニティやステークホルダーの人権に影響を与える場合にも適用される」としています。

言い換えると、TNFDにおけるステークホルダー・エンゲージメントを、人権DDと環境DDに照らし合わせると、次のように捉えることができるでしょう。たとえば、どこかの地域の土地に企業が工場をつくる開発計画があるとします。その際、その地域コミュニティと直接コミュニケーションを通して話し合いの場を設けることが前提となります。さらにその際、単に一方的なコミュニケーションや文書通知で開発計画を伝えるのではなく、双方向のコミュニケーションを通じて、地域の人々にわかりやすい言葉を工夫し、ステークホルダーのコミュニケーションを阻むような障壁をできる限り取り払った上で、話し合いを行うこと。さらに、その開発を通して、その土地に住む地域の人々の基本的人権に及ぼし得る負の影響を特定し、回避し、防止し、軽減し、是正すること。さらにその取り組みの有効性を追跡し、報告し、説明責任を果たすことが求められることになります。

日本は、2020年「ビジネスと人権」に関する各省庁の行動計画を通して、人権DDを、また、環境省は、企業行動による環境への悪影響を特定・防止・軽減するための手段として、環境DDの普及と促進を行っており、こうした側面について既に重視して取り組んでいるとする企業も多いでしょう。

一方、当該ガイダンスでは、「こうした規制や施策に既に遵守しているからといって、TNFDが掲げていることに全て遵守しているとは限らないと」警告もしています。ポイントは、下記3や4に示すように、理念だけでなく、企業のガバナンス全体から、また機能面から、地域・ステークホルダー連携について見なおすということが、必要になると言えます。

エンゲージメント要件

上記のような地域コミュニティを含むステークホルダーに関わるエンゲージメントの要件とはいかなるものでしょうか。当該ガイダンスから次のポイントを引き出すことができます。

(1) 取締役会の積極的な関与

ガイドラインでは、取締役会が積極的な関与をする必要があるとして、世界経済フォーラムのグローバル・フューチャー・カウンシルが作成したガイドラインに基づき、組織の取締役会が影響を受けるステークホルダーとのエンゲージメントの適切性を判断する上でのチェック項目として次が示されています。

  • 組織は、影響を受けるステークホルダーが誰であるかを把握していますか?
  • 組織は、影響を受けるステークホルダーに対する潜在的な人権への悪影響を理解し、適切に対応するための適切なメカニズムを整備していますか?
  • 取締役会は、これらのメカニズムの監督と効果性を確保するために十分に関与していますか?
  • 取締役会は、これらのタスクを実施するための適切なスキル、経験、知識を有していますか?
  • 取締役会は、これらのタスクを実施するための適切な監視とレビューメカニズムを整備していますか?

(2) ガバナンス上のポリシー・プロセス・システムへの組み入れ

当該ガイダンスでは、次のように明記されています。「ステークホルダー・エンゲージメントは、組織のポリシー、プロセス、システムに正式に組み込まれる必要がある。」「それが効果的であるためには、地域コミュニテや影響を受けるステークホルダーとの関与に関する明確なポリシー枠組みを包含する必要がある。」特に次のことがポイントになります。

  • 「その枠組みは長期的な視点を持ち、関係構築に焦点を当て、ステークホルダーへの負の影響を回避することに主眼を置くこと。ステークホルダーにとっての成果を創出するとともに、相互利益の機会を特定すること。」
  • 「組織は、先住民族と地域コミュニティの権利を尊重し、先住民族、地域コミュニティ、および影響を受けるステークホルダーに対する強制、操作、威嚇、補償、および苦情を防止し、対処する強固なポリシーを確立すべきである。」

(3) 全社的な対応・明確な分担・説明責任・トレーニング

同様に、当該ガイダンスでは「地域コミュニティおよび影響を受けるステークホルダーとの関与は、明確に定義された戦略、目標、スケジュール、予算、および責任の分担を伴い、効果的に管理される必要がある」と明記されています。具体的には次のような関与が重要になります。

  • すべての従業員が、地域コミュニティやステークホルダーの関与に関するポリシーとプロセスを全従業員が理解していることを確保すること。
  • 組織の事業に関連して地域コミュニティ、および影響を受けるステークホルダーとの関与を行う第三者に対し、ポリシーおよび現在の関与プロセスやその結果としての合意について通知し、これらを支援し、妨げないよう確保すること。
  • 組織内の責任の明確な分担と説明責任を確立すること、特に上級管理層を含む組織内の責任の明確な分担と説明責任を確立すること。
  • エンゲージメントを担当する従業員が適切なトレーニングと経験を有し、現地の文脈と事業環境を理解していることを確認すること。
  • 正式なエンゲージメントプロセスに参加していない従業員が、自身の役割と責任を認識し、関連の支援を行う文化を構築すること。
  • 適切なプロセスと期待目標を確立し、先住民、地域コミュニティを含む影響を受けるステークホルダーとのかかわりにおいて生じた重要な問題、またはそれらのプロセスを通じて提起された重要な問題について、経営陣と取締役会に報告するための仕組みを整備すること。

その他にも、(4)資源の配置、戦略への組み入れ、(5)ステークホルダーのマッピングなどが、当該ガイダンスの中で詳しく述べられています。

エンゲージメント・デザインのためのアプローチ

上記のような要件をどのように社内に仕組づけるのか(エンゲージメント・デザイン)について、下記経営と実務の2つの視点からポイントをまとめておきます。

(1)経営的視点からみた中核的アプローチ

上記のような地域連携・ステークホルダー連携を仕組み付けるためのデザインとして、基盤になる考え方は、ずばり“multi-stakeholder place-based approaches”です。つまり、当該ガイダンスでは、多様なステークホルダーの参加型で且つそれぞれの地域の「場所」を重視したアプローチを推奨しています。

特に「場所」に焦点を当てたアプローチ、いわゆるplace-based approach(詳細下記(2)参照)について、経営的視点から次のことに留意が必要です。

  • 「自然関連リスクと機会は、組織の直接的な事業活動やバリューチェーンを超えて周辺地域に及ぶことが多い。」
  • 地域の現場または「場所」こそ、「組織と投資家がリスク評価における盲点が生じやすい部分であり、バリューチェーンにおける物理的リスクが、政策、法規制、評判リスクなどの移行リスクを引き起こす可能性がある部分である。」
  • 「これらのリスクは十分に予見されていない場合があり、組織の農場、施設、サプライチェーンと重なる広範な”風景”の中に、入れ子状のリスクが存在する場合がある。」
  • 上記すべてのことは、法規制対応、リスク対応という視点からだけでなく、「組織は新たな有用な視点を提供し、相互に有益な協業の機会を特定する可能性がある」からこそ、極めて経営上重要である。

(2)実務的視点からみたエンゲージメント・デザインのためのアプローチ

上記の考え方を実務上デザインする上で、重要と考えられる具体的なアプローチ法、または上記でいうアプローチの中でも実務上ポイントになることの幾つかを、挙げておきます。

  • Place-based approach:上記で挙げられているplace-based approachを実施する際に、実務的視点からみると、本TNFDシリーズ・その1のLEAPアプローチの中で述べたように、基本的に「自然関連のリスクや影響は場所によって大きく異なるため、自社の施設やサプライヤーがどの自然資本と接しているかを地図で可視化すること、またはそれぞれの場所での生態系サービスの状況や脆弱性を分析すること」が必要になります。ただし、次の点に留意が必要です。
    • 「地域コミュニティとの連携活動および市民社会との連携には、彼らのガバナンス構造への参画が含まれることが必須。」
    • 「地域の場所に焦点を当ててその場所固有の洞察やデータを共有し、景観におけるリスクと機会を特定し、共通の目標と戦略に合意することが不可欠。」
    • 「組織は、将来的に成果や結果がどのように精緻化されるか、およびそれが組織と地域コミュニティを含む影響を受けるステークホルダーにどのような影響を与えるかについて、密に話し合う必要がある。」
  • ランドスケープアプローチ:ランドスケープアプローチとは、しばしば持続可能でない部門別アプローチから脱却することを目指し、多様なステークホルダーが、競合する社会的、経済的、環境的な目標を調和させるための概念的枠組みです。ランドスケープアプローチは、地域レベルのニーズと行動(すなわち、景観内の異なるステークホルダーの利益)の実現を確保しつつ、景観外のステークホルダーにとって重要な目標や成果も考慮することを示唆するアプローチ(Global Canopy Programme, EcoAgriculture Partners, The Sustainable Trade Initiative, The Nature Conservancy and WWF , 2021)です。多様なステークホルダーの参画を実際に仕組みづける上で、有効なアプローチの一つとして当該ガイダンスの中で取り上げられています。
  • 社会的影響評価:社会的影響評価とは、経済的、社会的、文化的、市民的、政治的な次元を有する権利、および影響を受けるコミュニティの福祉、活力、持続可能性に与える可能性のある影響を、有益なものと有害なものの両面から評価およびそのプロセスのことを指します。すなわち、コミュニティの生活の質を、所得分配、物理的・社会的統合、個人の保護、コミュニティの保護、雇用水準と機会、健康と福祉、教育、住宅、インフラ、サービスなど、さまざまな社会経済指標によって測定されるコミュニティの生活の質を評価することに関わります。企業が事業を実施する際に地域に及ぼす影響を測る際に、こうした社会的影響評価を採り入れることも一つの方法となります。

本記事では、TNFDガイダンスにおける地域やステークホルダーとの連携の重要性についてご紹介しました。自然環境と事業活動との関係性を可視化し、地域社会との連携を深めていくことは、TNFDへの対応を進めるうえで重要な要素となります。今後もこうした観点を踏まえた情報発信を通じて、企業の皆さまの取り組みを支援してまいります。

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