1. GRIの概要と目的
GRI(Global Reporting Initiative)は、1997年に設立された国際的な組織であり、組織の経済・環境・社会におけるパフォーマンスを測定・報告するための説明責任の仕組みを提供することを目的としています。
当初は、企業が責任ある環境行動の原則を順守しているかを検証するための枠組みとして構想されましたが、その後、人権・労働慣行・地域社会・ガバナンスなど、より広い社会課題へと対象を拡大し、今日では社会全体に向けたESG開示の基準としての性格を強めています。加えて、GRIは同業他社とのベンチマーキングを促進することも重視しています。共通の指標や開示項目に基づく比較が可能になることで、自社の取り組みの水準や課題が見えやすくなり、持続可能経営の改善サイクルが回りやすくなります。
こうした役割を担う枠組みとして成熟してきた一方で、なぜGRIが求められているのかという背景も改めて押さえておく必要があります。 その背景には、企業のESG情報が各社バラバラに開示され、社会やステークホルダーが影響の全体像をつかみにくかったことがあります。気候変動や人権、サプライチェーンなどへの懸念が高まる中、企業には財務情報だけでなく、社会・環境への正負の影響を一貫した基準で説明することが求められるようになりました。こうした要請に応えるため、社会全体に向けて責任ある行動と持続可能経営を可視化する共通言語として整備されたのがGRIであり、投資家向けの情報を重視するISSBなどの枠組みとも補完的に機能する位置付けにあります。
2. GRIスタンダードの概要
GRIスタンダードは、組織の活動がもたらす経済・環境・社会インパクトを、社会全体と多様なステークホルダーに対して説明するための社会基準であり、相互に連携するモジュール型のレポーティング・メカニズムとして設計された、持続可能経営を支える共通言語です。企業はこの枠組みを用いることで、自社の社会インパクトや地域貢献、働き方・サプライチェーンへの影響などを透明性高く体系的に可視化し、ステークホルダーに対して一貫した情報を提供できます。単なる情報開示にとどまらず、説明責任を果たすプロセスを通じて、意思決定や対話の質を高めることが期待されます。
GRIスタンダードは、共通スタンダード(1・2・3)、セクター別スタンダード(11〜)、項目別スタンダード(100・200・300・400シリーズ)という三層構造で設計されています。
まず中核となるのが、すべての組織に適用される共通スタンダードです。GRI 1は、スタンダードを利用する際の基本要件と原則を示し、何をどのような前提で開示すべきかというレポーティングの土台を定めます。GRI 2は、ガバナンス・戦略・方針・働き方など、報告組織そのものに関する開示事項を整理し、組織像を立体的に描きます。GRI3は、重要課題(マテリアリティ)を特定し、それらがもたらす社会インパクトをどのように管理しているかを開示するための指針であり、ESG上のリスク・機会と企業の責任ある行動を結び付ける役割を担います。
これに加えて、セクター別スタンダードは、石油・ガスや農業、水産養殖、漁業など、社会や環境に対する影響の大きい産業分野ごとに特有の論点を示すものです。約40の産業を対象に順次策定が進められており、各セクターに固有のリスク・機会や地域社会への影響を反映させることで、報告の質・完全性・一貫性を高めます。同じセクター内の企業が共通の観点で情報開示を行うことにより、投資家や地域コミュニティ、NGOなどはベンチマーキングを行いやすくなり、どの企業がどの程度責任ある行動を取っているかを比較しやすくなります。
さらに、項目別スタンダードは、廃棄物、労働安全衛生、税務といった個別テーマごとに、必要な開示項目とガイダンスを規定しています。各スタンダードには、テーマの背景や社会的意義に関する説明に加え、組織がそのテーマに関連する影響をどのように認識し、方針・目標・プロセスによって管理しているかを示すための項目が整理されています。これにより、職場の安全な働き方の確保や公正な税務慣行、地域社会との関係構築など、社会インパクトに直結するテーマを深掘りしながら、一貫したレポーティングが可能となります。
この文脈で特に押さえておきたいのが、近年注目を集めているGRIにおける労働分野の項目別スタンダードの改訂です。 現在進められている「Topic Standards Project for Labor」では、雇用、労使関係、労働安全衛生、多様性・非差別など既存の労働関連基準を、人権に基づくアプローチで再構成する検討が進んでいます。これは、単なる指標の見直しではなく、正社員・非正規労働者やサプライチェーン上の労働者を含め、企業が労働者に与える影響をどの範囲・どの深度で説明すべきかという考え方そのものを明確化する動きと捉えられます。
3. IFRSサステナビリティ開示基準との違い
本稿で取り上げるIFRS S1・S2は、IASBが策定する財務諸表作成のためのIFRS会計基準そのものではなく、企業のサステナビリティ要因が投資家の意思決定に与える財務的影響に焦点を当てた、ISSBによる開示基準です。しばしば比較されるGRIスタンダードと同じくサステナビリティ情報の開示を目的としつつも、その性格や主たるターゲットは両者で明確に異なります。簡潔に言えば、GRIは社会全体と幅広いステークホルダーに対する説明責任を軸とした社会基準であり、IFRSは投資家・債権者など資本市場の参加者に対する企業価値説明のための基準と位置付けられます。
GRI基準は、組織の活動が人権、労働慣行、地域社会、環境などに与える正負の影響を起点にしています。重要課題(マテリアリティ)の特定も、「社会にとってどれだけ重要な影響か」「ステークホルダーがどれだけ強い関心を持つか」が軸となり、企業価値への直接的な影響に限定されません。このため、地域貢献や働き方、サプライチェーン上の人権リスクなど、必ずしも短期的な財務数値に表れない論点も、社会インパクトの観点から幅広く取り上げることが求められます。
これに対してIFRS S1・S2は、投資家の意思決定に有用な情報を提供することを目的としています。重要性の判断は、サステナビリティ関連のリスク・機会が、資源や関係性への依存・影響を通じて企業価値にどのように作用するかという財務マテリアリティを中心に組み立てられます。開示対象も、ガバナンス、戦略、リスク管理、指標・目標といった企業価値に直結する要素が中心であり、財務報告と整合する形での情報提供が強く意識されています。
したがって、同じ気候変動や人権を扱う場合でも、GRIは社会や地域への影響を含めた広い意味での社会インパクトの可視化を重視し、IFRSサステナビリティ開示基準はそのうち投資回収、キャッシュフロー、資本コストなどに関わる部分を優先的に切り出して開示する、という役割分担になります。誰に対して、何のために、どのような意思決定を支援するのかという問いに対する答えが、両者で明確に異なることを理解しておくことが不可欠です。
4. まとめ:GRIとIFRSのコラボレーションが鍵となる
結論として、GRIとIFRSはどちらか一方を選択する対象ではなく、役割の異なる二つの基準をどのように連動させるかが重要となります。GRIは社会全体と幅広いステークホルダーに対する説明責任を果たすための社会基準、IFRS(ISSB)は資本市場との対話を支える企業価値説明の基準です。したがって、両者をマテリアリティの両輪として位置付け、GRIで広く論点を拾い、IFRSで投資家目線に精緻化する流れを設計できるかどうかが、本質的なESG開示の質を左右します。
この観点から、企業が取るべき方向性は次のように整理できます。第一に、マテリアリティ評価と指標設計を共通の土台で行うことです。GRIを用いて社会・環境への幅広い影響とステークホルダーの関心を洗い出し、そのロングリストから企業価値にとって重要な論点をIFRS S1・S2側の開示テーマにマッピングするプロセスを、明示的に設計する必要があります。そうすることで、サステナビリティレポートと有価証券報告書・統合報告書が別々のストーリーになることを防ぎ、一貫したメッセージを発信できます。
第二に、GRIとIFRSを支えるデータ基盤・ガバナンスを統合的に整えることです。KPIやデータソースを共通管理し、社会への説明と投資家向け開示が同じ数字・同じ前提に立脚する状態を目指すべきです。そのうえで、GRIは社会への説明責任を果たすための開示レイヤー、IFRSは資本市場との対話レイヤーとして役割を分担させれば、ダブルワークや矛盾を最小化しつつ、ESG情報を経営判断と資本配分に生かすことができます。
要するに、GRIとIFRSをそれぞれ個別に対応すべき基準として捉えるのではなく、共通のストーリーとデータ基盤の上に構築された二つの窓口として再設計することが、これからの企業に求められる対応方向性と言えます。
