プロ野球やプロサッカーなどのプロスポーツ選手にとって、毎年の確定申告は避けて通れない重要なタスクです。その中でも、売上高が一定規模を超えると発生する「消費税」の申告は、仕組みが複雑で判断に悩まれる方も多いのではないでしょうか。
今回は、多くのプロスポーツ選手が利用を検討する消費税の「簡易課税制度」と、実務上のチェックポイントを整理して解説します。
1. プロスポーツ選手と消費税の関係
プロスポーツ選手は通常、球団やクラブと契約を結ぶ「個人事業主」として活動しています。そのため、消費税の納税義務については、原則として「2年前(前々年)の課税売上高が1,000万円を超えているか」で判定されます。 「特定期間」による納税義務の早期発生2年前の売上高が1,000万円以下であっても、前年上半期(1月〜6月)の売上高が1,000万円を超えた場合、その年から課税事業者になるルールがあります。
ただし、この判定において「売上高に代えて、給与支払額で判定することもできる」という点は非常に重要です。従業員等への給与が1,000万円以下であれば、納税義務を回避できる可能性があるため、精緻な確認が求められます。
2. 節税の鍵となる「簡易課税制度」とは?
消費税の納税額は、本来「受け取った消費税」から「経費として支払った消費税」を差し引いて計算します(原則課税)。しかし、スポーツ選手のように仕入税額が比較的少ない職種の場合、「簡易課税」を選択した方が納税額を抑えられるケースが多くあります。
簡易課税の仕組み
2年前の売上高が5,000万円以下であり、事前に「届出書」を提出している場合に限り、実際の経費を計算せずに、売上金額に一定の「みなし仕入率」を掛けて納税額を算出できます。
【参考】みなし仕入率の区分表
事業内容によって、以下の6つの区分に分けられています。
| 事業区分 | 業種の例 | みなし仕入率 |
| 第一種 | 卸売業 | 90% |
| 第二種 | 小売業 | 80% |
| 第三種 | 製造業・建設業など | 70% |
| 第四種 | 飲食店・その他の事業 | 60% |
| 第五種 | サービス業など(プロ選手はここ) | 50% |
| 第六種 | 不動産業 | 40% |
他の所得区分への波及リスク
簡易課税制度の適用は、事業ごとではなく「事業者単位」で行われます。そのため、プロスポーツ選手としての報酬(事業所得)について簡易課税を選択すると、それ以外の所得区分に含まれる課税売上についても、自動的に簡易課税が適用されます。
例えば、プロ選手が副業として不動産賃貸業(不動産所得)や、講演料、原稿料など(事業所得・雑所得)を得ている場合、それらすべてが簡易課税の計算対象となります。
「2年縛り」と還付の放棄
簡易課税を適用するには、原則として適用年度の「開始前日」までに届出が必要です。また、一度選択すると原則2年間はやめられないという制約があります。そのため、高額な投資を行う予定がある場合、簡易課税だと消費税の還付が受けられず大きな損失になる可能性があるため、事前のシミュレーションが不可欠です。
2割特例との選択
現在はインボイス制度導入に伴う激変緩和措置として、簡易課税(50%控除)よりも有利な「2割特例(80%控除)」が選択できる期間(令和8年分まで)があります。いずれも適用要件の確認は必須ですが、安易に簡易課税を選択せず、どちらが有利か慎重な判断が必要です。
取りやめの判断・タイミング
制度を利用する上で、選択届出書と同じくらい重要なのが「取りやめる際の手続」です。取りやめの届出(選択不適用届出書)の提出タイミングには慎重な判断が求められます。提出漏れにより原則課税よりも不利になるケースや、還付を受けられないことも考えられます。また、売上高が毎年安定して5,000万円を超えた後にも簡易課税制度を選択したままにすることで、予期せぬ課税が発生することもあるので注意が必要です。
3. プロスポーツ選手は「第何種」に該当するのか?
簡易課税を適用する際、プロスポーツ選手がどの区分に該当するかは納税額に直結するため非常に重要です。
結論から言うと、国税庁の見解ではプロスポーツ選手は「第五種事業(サービス業等)」に該当し、みなし仕入率は50%として取り扱われます。
なぜ「第四種(60%)」ではないのか?
一部では「プロスポーツ選手は日本標準産業分類に明記されていないため、その他の事業(第四種)に該当し、より高い控除率(60%)を適用できるのではないか」という議論があります。しかし、税務当局は以下の理由からこれを認めていません。
① 他の表現者・クリエイターとの公平性
世の中には、特定の技能や才能を武器に活躍する個人事業主が数多く存在します。
- フリーランスの俳優
- 落語家や演芸家
- 小説家、作詞家、作曲家
これらの職業はすべて、自身のスキルを提供して報酬を得る「サービス業」の側面が強く、簡易課税では一律に第五種事業(50%)と定められています。もし、同様に高い専門性を持ってパフォーマンスを提供するプロスポーツ選手だけを第四種(60%)として優遇すると、これらの職種との間で税負担の公平性が保てなくなります。
② 産業分類の解釈と「実態」の重視
日本標準産業分類では、例えばフリーランスの俳優が「劇団(8023)」に含まれる一方で、芸能事務所に所属する個々の俳優が明記されていないケースがあります。これは産業分類が統計調査を目的としており、すべての個人事業主を網羅していないためです。
そのため、プロスポーツ選手についても、単独の項目がないからといって「サービス業ではない」と判断するのではなく、その「事業の実態」で判断します。
プロ選手は、契約に基づいて試合に出場し、観客に対して「スポーツという娯楽」を提供しています。この実態は、産業分類上の「演芸・スポーツ等興行団(8025)」(大分類N:生活関連サービス業、娯楽業)に準じるものとみなされるため、第五種に分類されるのです。
取引ごとの区分集計
簡易課税を適用する場合、原則として、すべての売上取引を内容ごとに正しい事業区分へ振り分けて集計しなければなりません。
- 取引ごとの判定: 「選手報酬(50%)」「車両売却(60%)」「不動産賃貸(40%)」と、1件ずつの取引ごとに正確な判定が必要です。
例: 事業用車両の売却は「第四種(60%)」です。区分を怠り第五種(50%)で一括処理すると不利益を被ります。 - 区分経理を怠った場合の不利益: 複数の区分があるにもかかわらず一括で集計してしまうと、「その中で最も低いみなし仕入率」を全体に適用しなければならないという厳しいルールもあります。
例: 選手報酬(50%)と不動産収入(40%)を区分していない場合、全体に40%が適用され、多額の過払いが生じる可能性があります。
4. 複雑な税務処理は専門家への相談を
「どの書類を揃えればいいのか」、「いつまでに届出を出せば有利になるのか」など、ご自身で判断するのは不安なことも多いはずです。特に簡易課税制度は、一度選択すると原則として2年間変更できないといった厳格な制約があるため、事前のシミュレーションが欠かせません。また、簡易課税制度の適用可否や選択のタイミングは、個々の状況や今後の投資計画によって最適解が異なります。消費税や確定申告に少しでも不安や疑問をお持ちの際は、プロスポーツ選手の税務に精通した税理士へお気軽にご相談ください。経験豊富なスタッフが、あなたの競技生活を税務面から全力でバックアップいたします。
