ESGというと「E(環境)」が注目されがちですが、実は多くの企業にとって話題にしやすく、案件化のきっかけにもなりやすいのが「S(社会)」です。働き方、人材育成、人権、サプライチェーン、製品安全、地域貢献──Sのテーマは業種や規模にかかわらず“自社に関係する論点”が必ず存在します。
一方でミドルマーケット(中堅・中小企業)では、専任体制や情報整理の余力が限られ、対応が属人的になったり、取引先からの要請に後追いになったりしがちです。
そこで本コラムでは、S領域で頻出する主要課題を6つに整理し、ミドルマーケットで起きがちなつまずきと、最初に整えるべきポイントをまとめます。
なぜ今「S(社会)」が重要なのか
Sは「良いことをしているか」という印象論ではなく、以下のような経営課題と結びつきます。
・採用・定着:働き方、育成、ハラスメント対応、心理的安全性
・取引継続:人権配慮、労働慣行、責任ある調達、適正表示
・リスク低減:不祥事、品質事故、情報漏えい、コンプライアンス違反
・信頼・ブランド:説明の一貫性、透明性、再発防止の実効性
特に近年は、サプライチェーン全体での人権配慮や労働慣行、情報管理、適正表示などについて、「説明できる状態(方針・運用・証跡)」が求められる場面が増えています。
そのためSは、後回しにしづらいテーマになりつつあります。
企業のS領域における主要課題(6テーマ)
ここでは、Sの論点を6つに整理します。まずは「自社にとって影響が大きい領域はどこか」を見立てることが出発点になります。
(1)働きやすい雇用環境・労働慣行(人的資本)
- 安全衛生、福利厚生、働き方など「安心して働ける環境」整備
- DEI(多様性・公平性・包括性)、ジェンダー平等、育児・介護との両立支援
- エンゲージメント向上、人材育成(スキル開発)、生産性向上
よくある論点
制度はあるが運用が浸透していない/評価・育成の仕組みが成長スピードに追いつかない
(2)人権尊重・ビジネスと人権への対応
- 強制労働・児童労働、差別、ハラスメント等の人権リスクの特定・管理(サプライチェーン含む)
- 説明責任・透明性・倫理行動・人権尊重の実践
よくある論点
方針や窓口はあるが、社内外に説明できる“運用の型”がない
(3)サプライチェーンの責任と透明性
- 調達先の人権侵害・労働問題への対応
- 責任ある調達、デューデリジェンス(国際規制対応含む)
- ESGリスクの可視化・モニタリング(地政学リスク・労働慣行含む)
- Scope3を含むバリューチェーン管理(気候×社会リスクの統合)
よくある論点
調達アンケート対応が場当たり的/サプライヤー管理が担当者依存
(4)製品・サービスの安全性と消費者保護
- 品質管理・製品安全、事故防止、適正表示、広告倫理
- 顧客データ・プライバシー保護(情報セキュリティ含む)
- 顧客満足度向上、苦情処理対応
よくある論点
トラブル時の初動フローが曖昧/データ管理ルールが現場で統一されていない
(5)地域社会との関係と社会貢献
- 地域社会との連携・共創(教育・文化・地域産業振興など)
- 災害復興・地域活性化への取り組み、社会インフラへの貢献
- 社会課題解決への投資(SDGsとの連動)
よくある論点
活動はあるが「目的・成果・事業とのつながり」を言語化できていない
(6)公正な事業慣行とコンプライアンス
- 腐敗・贈収賄防止、公正な競争、コンプライアンス
- ステークホルダーの利害尊重、透明性確保
- 社会的影響を踏まえた責任ある経営判断
よくある論点
規程はあるが教育・証跡が弱い/現場判断のブレが大きい
ミドルマーケットで起きがちな「つまずきパターン」
Sはテーマが広い分、典型的に次の状態に陥りやすい傾向があります。
- 兼務で回しており、優先順位が決まらない(結果、後追い対応になる)
- 制度や方針はあるが、運用が属人的(担当者が変わると止まる)
- 証跡が残らず、取引先要請に回答しにくい(「言っている」だけになりがち)
- 社内外への説明が整理されていない(活動の意義が伝わらない)
この状態を抜ける近道は、「全部やる」ではなく、重要論点を絞って“運用の型”を作ることです。
まず着手すべきポイント(3ステップ)
ステップ1:論点を絞る(全部を同時に追わない)
6テーマのうち、まずは以下の観点で優先順位をつけます。
- 事故・不祥事が起きた場合の影響が大きい領域(品質・情報管理・ハラスメント等)
- 取引先要請が増えている領域(調達・人権・情報管理等)
- 採用・定着に直結する領域(働き方・育成・職場環境等)
ステップ2:「方針」より先に「運用」を確認する
方針があっても、運用が回っていないと実効性が弱く見えます。
最低限、次の3点を押さえます。
- 誰が責任者か(役割分担)
- どう判断するか(基準・フロー)
- 何を残すか(記録・証跡)
ステップ3:証跡が残る仕組みにする
取引先要請や監査対応で困るのは「説明の材料が散らばっている」状態です。
会議体、教育記録、事故対応ログ、相談窓口の対応記録など、残すべき情報の型を決めておくと、対応が安定します。
自社の情報を整理する際に見るポイント
社内資料(規程、マニュアル、教育資料、事故対応記録など)や、公開情報(HP、統合報告書、サステナビリティ関連ページ等)を確認する際は、次の3つが要点です。
- 何を重要課題(マテリアリティ)としているか
- S領域で強調している取り組みは何か(人的資本、人権、調達、品質、地域など)
- 逆に整理できていない論点は何か(=会話の入口になりやすい)
自社点検に使えるチェック例
- 人的資本:評価・育成・働き方のルールは、現場で同じ運用になっているか
- 人権:相談窓口の受付〜調査〜是正〜再発防止まで、手順と記録はあるか
- 調達:サプライヤー情報(リスク・契約・確認事項)を継続管理できているか
- 品質/情報:事故・苦情・漏えい時の初動フローと判断基準が明確か
- 地域:活動の目的・成果・事業とのつながりを社内で説明できるか
- コンプライアンス:教育の実施記録、判断の根拠、例外対応のルールが整っているか
まとめ
ESGのS(社会)は、採用・定着、取引継続、品質・情報管理、コンプライアンスなど、企業の実務と強く結びつく領域です。ミドルマーケットでは、専任不在や属人化により「後追い対応」「証跡不足」に陥りやすい一方、論点を絞って運用の型を整えるだけでも、対応の安定度は大きく高まります。
「自社のS領域をどこから整理すべきか分からない」「優先順位をつけたい」という場合は、現状に合わせて
- 確認すべき論点の整理
- 想定リスクと優先順位
- まず整えるべき運用(手順・記録)のたたき台
を短くまとめたサマリーレポートとして作成することも可能です。ぜひお気軽にご相談ください。
