日本の人事・給与計算実務では、諸外国と異なり、「所定」と「法定」を区別して管理する場面があります。そのため、日本で事業を開始した外資系企業や海外本社の人事担当者が制度設計や運用面で戸惑うことが少なくありません。本稿では、こうした日本独自の労務・給与計算実務について、外国人専門家の視点も踏まえて整理します。
外資系企業の日本進出やグローバル人事統合プロジェクトにおいて、しばしば論点となるのが、日本独特の「所定」と「法定」という考え方です。
例えば、海外本社側や地域統括の人事担当者から、
- 「契約時間を超えているのに、なぜ法定残業ではないのか」
- 「土曜日出勤なのに、なぜ休日労働割増が発生しないのか」
- 「代休を付与したのに、なぜ休日手当が必要なのか」
といった質問を受けるケースも少なくありません。
これは、日本の労務管理において、法律上の基準(法定)と、会社と従業員との間で定める勤務条件(所定)を区別して管理するという特徴があるためです。もっとも、この考え方は海外企業にとって必ずしも直感的なものではありません。
米国では、FLSA(Fair Labor Standards Act/公正労働基準法)を中心として、主に週単位で時間外労働を管理する実務が一般的であり、日本のように「法定休日」と「所定休日」を区別したうえで割増賃金を整理するケースは限定的です。また、管理職区分(適用除外/非適用除外)による取扱いの違いも大きく、日本のように多層的な休日区分を前提とする制度設計とは考え方が異なる場合があります。
欧州においても、EU Working Time Directive(EU労働時間指令)等を通じて、労働時間の上限規制や最低休息時間等は定められていますが、日本のような「所定休日」「法定休日」の区分管理を中心とした給与計算実務とは制度趣旨が異なるケースが見られます。
さらに、中国実務においては、「標準工時制」「総合計算工時制」「不定時工時制」等の工時管理制度は存在するものの、日本ほど「所定労働時間」という概念を独立した給与計算上の管理概念として厳密に運用するケースは一般的ではありません。
そのため、海外本社主導でグローバル人事ポリシーや勤怠システムを設計する際、日本特有の「所定」と「法定」の考え方が、実務上のギャップとして顕在化するケースも少なくありません。
日本の労働基準法では、原則として、1日8時間・週40時間を法定労働時間としています。これは、法律上の上限時間という位置付けです。一方、所定労働時間とは、会社が就業規則や雇用契約等で独自に定める勤務時間を意味します。
例えば
- 9:00〜17:30(休憩1時間)
- 1日7.5時間勤務
と定めている場合、この「7.5時間」が所定労働時間となります。
つまり、日本実務では、法定労働時間=法律上の基準、所定労働時間=会社と従業員との約定という二層構造で労働時間管理が行われています。この点は、海外企業にとって理解しづらいポイントの一つと言えます。
例えば、
- 所定労働時間:7.5時間
- 実労働時間:8時間
の場合、0.5時間分は会社の所定労働時間を超えています。
しかし、法定労働時間(1日8時間)は超えていないため、この0.5時間は直ちに法定時間外労働とはなりません。
日本実務では、所定外労働と法定外労働を区別して管理するケースがあります。さらに、日本では休日についても、法定休日と所定休日を区別して管理することが一般的です。例えば、土日休みの会社であっても、
- 日曜日=法定休日
- 土曜日=所定休日
として運用されるケースがあります。
そのため、「土曜日出勤=直ちに法定休日労働」とは限りません。このような整理は、割増賃金計算や給与計算システムの設定に直接影響します。例えば、所定外労働、法定外労働、深夜労働、法定休日労働では、適用される割増率が異なる場合があります。特に、海外本社主導でグローバル人事システムや勤怠システムを導入する場合、日本独自の「所定」と「法定」の区別を考慮せずに制度設計を行うと、日本給与計算実務との間で運用上の問題が発生するケースも見受けられます。
また、時間外労働や休日労働への対応方法としては、割増賃金支払だけではなく、「振替休日(振休)」や「代休」といった制度運用が採用されるケースもあります。もっとも、日本では「振休」と「代休」は異なる制度として整理されており、割増賃金支払義務への影響も異なります。例えば、事前に休日と労働日を入れ替える「振替休日」の場合、休日労働自体が発生しない整理となるケースがあります。一方、休日労働後に休暇を付与する「代休」の場合には、休日労働自体は既に発生しているため、法定休日労働割増の支払が必要となるケースがあります。
この点は、海外企業における“Time Off in Lieu(代替休暇)”の考え方とは異なる場合があり、グローバル人事運用上の誤解が生じやすい論点の一つです。
なお、「所定」と「法定」の概念をどのように整理する場合であっても、法定労働時間を超える時間外労働や休日労働を行わせる場合には、原則として36協定(時間外・休日労働に関する協定届)の締結・届出が必要となります。
特に外資系企業では、日本法人設立直後であること、海外本社主導で制度設計を行っていること、日本独自のルールへの理解が十分ではないこと等の理由から、36協定や就業規則整備が後追いとなるケースも見受けられます。
日本において適切な労務運用を行うためには、単にグローバルポリシーを導入するだけではなく、日本の労務実務・給与計算運用・社会保険実務との整合性を踏まえた制度設計が重要となります。
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