商業登記関係 J-KISS型新株予約権を「次回株式資金調達」時に取得する手続き
J-KISS型新株予約権と次回株式資金調達時における転換
J-KISS型新株予約権(以下単に「J-KISS」といいます。)の行使においてよく見かけるケースは、シリーズAまでにJ-KISSを用いて資金を調達し、シリーズAの調達のタイミングと同時にJ-KISSを行使をして転換対象株式(普通株式又は種類株式(A-1種優先株式等))に転換するものです。
「新株予約権の行使の条件」
(1)本新株予約権は、次回株式資金調達が発生することを条件として行使することができる。ただし、次回株式資金調達が転換期限までに発生しない場合、又は次回株式資金調達の実行日若しくは転換期限以前に支配権移転取引等を当会社が承認した場合はこの限りではない。
シリーズAにおいては、株主総会の決議によって種類株式を加える定款変更を行い、投資契約・株主間契約・その他合意等を締結した後に、払込期日(払込期間)に出資の履行が行われることが多いですが、この出資の履行と同じタイミングでJ-KISSを転換対象株式に転換してもらう、あるいは転換することになります。
J-KISSを行使してもらう
J-KISSを転換対象株式に転換する一つの方法は、J-KISS保有者にJ-KISSを行使してもらう方法です。
J-KISSは新株予約権の一種ですので、行使をするときは当該新株予約権の行使に際して出資される財産の価額(会社法第236条1項2号、以下「行使価額」といいます。)の払込みが必要であり(会社法第281条1項)、J-KISSは発行時に多額の資金を発行会社へ払い込んでいることや、J-KISSの行使価額は1円と少額であることもあってか、この行使価額の払い込みは見落としやすいかもしれません。
行使価額の払込みがないと新株予約権の行使の効力は生じません。加えて、この行使価額に関する払込みがあったことを証する書面は新株予約権の行使に係る登記申請の添付書面となりますので、発行会社の預貯金口座に、行使価額につき行使日以前の日付の入金履歴がないと当該登記が通りません。
J-KISSの行使の効力発生には、①J-KISS保有者に行使をしてもらい、②行使価額を発行会社の預貯金口座に払い込んでもらう必要があります(会社法第281条1項)。J-KISSを含む新株予約権の行使は書面による必要はありませんが、J-KISSの行使をしたことを証する書面は登記の添付書類となるため、行使をしたことの証拠という観点からも口頭ではなく書面又は電磁的記録による方法が良いかと思います。
行使価額の払い込みは行使日と同日が望ましいかと思いますが、払い込みが先行していてもJ-KISS行使に係る登記申請の添付書類としては耐えられます。通帳に記録されている振込名義人はJ-KISSの行使者と異なっていても同様です。
J-KISSの取得条項を発動させる
新株予約権には取得条項を付けられるところ(会社法第236条1項7号)、J-KISSにも取得条項が付いていて、その内容の一つは次のとおりです。
「会社が新株予約権を取得することができる事由及び取得の条件」
(1)株式を対価とする本新株予約権の取得条項
当会社は、次回株式資金調達を行うことを決定した場合には、当該取引の実行日までの日であって当会社の株主総会(当会社が取締役会設置会社である場合には取締役会)が別に定める日において、その前日までに行使されなかった本新株予約権を全て取得するものとし、当会社は本新株予約権を取得するのと引換えに、当該本新株予約権の発行価額をその時点における転換価額で除して得られる数の転換対象株式を交付する。
なお、上記の転換対象株式の数の算出に当たって1株に満たない端数が生じたときは、会社法第234条の規定に従って金銭を交付する。
J-KISSの行使と異なり、取得条項の発動は発行会社側にイニシアチブを取ることができます。
この取得条項を発動させるには、株主総会(取締役会設置会社である場合には取締役会)において取得する旨及び取得する日を決議し(会社法第273条1項)、J-KISS保有者に対して取得する日の2週間前までに通知をすることになります(会社法第273条2項)。
この取得日は、上記「会社が新株予約権を取得することができる事由及び取得の条件」に記載のとおり【当該取引の実行日までの日】であることが求められます。
J-KISS保有者のうち、J-KISSを行使してくれるか分からない人・法人がいるときは、この取得条項を発動させることも検討する価値があります。
この通知から取得日までの期間が2週間を下回ってしまう場合、その期間を短縮することにつきJ-KISS保有者から同意を得ることでクリアすることができます。
増加する資本金の額につき、J-KISSを取得条項に基づき取得したときはJ-KISSが行使された場合と異なり、端数があれば金銭による精算が必要なことと、当該精算行為と1円の払い込みがないことにより、行使された場合よりも低い金額となります。
J-KISSの一部又は全部を取得し、転換対象株式を発行したときはその登記手続きをします。次回株式資金調達にともなうJ-KISSの行使又は取得の場合は、当該資金調達に係る登記も同時に行うことになるでしょう。
この記事の著者
司法書士
石川宗徳
1982年4月生まれ。早稲田大学法学部卒業。
司法書士。東京司法書士会所属
(会員番号:7210、簡易裁判所代理業務認定番号:801263)
2009年から司法書士業界に入り、不動産登記に強い事務所、商業登記・会社法に強い事務所、債務整理に強い事務所でそれぞれ専門性の高い経験を積む。
2015年8月に独立開業。2016年に汐留パートナーズグループに参画し、汐留司法書士事務所所長に就任。会社法及び商業登記に精通し、これまでに多数の法人登記経験をもつ。
また不動産登記や相続関連業務にも明るく、汐留パートナーズグループのクライアントに対し法的な側面からのソリューションを提供し、数多くの業務を担当している。