商業登記関係 吸収分割の手続き
吸収分割
会社法第2条によると、吸収分割とは、株式会社または合同会社がその事業に関して有する権利義務の全部または一部を分割後他の会社に承継させることをいいます。以下、吸収分割によって権利義務を承継する会社を承継会社といい、吸収分割によって承継会社に権利義務を承継させる会社を分割会社といいます。
吸収分割手続きには、最短で1.5ヶ月の期間、通常は2ヶ月程度の期間がかかるため、思い立ったとしても明日すぐに吸収分割ができるわけではありません。また、吸収分割は効力発生日までに一定の手続きを経なければならないため、スケジュールを立てて手続きに抜けや漏れがないようにすることが重要です。
吸収分割のできる会社
分割会社は株式会社または合同会社に限られています。承継会社は株式会社、合同会社、合資会社または合名会社がなることができます。
特例有限会社と吸収分割
特例有限会社は吸収分割における承継会社となることができません。特例有限会社を吸収分割における承継会社とする場合は、その前提として特例有限会社を株式会社へ移行しなくてはなりませんので、この手続きもスケジュールに組み込む必要があります。
なお、特例有限会社は吸収分割における分割会社となることができます。
分社型会社分割と分割型会社分割
吸収分割における分割対価は分割会社に交付されます。これを分社型吸収分割、分社型分割といいます。
これに対して吸収分割における分割対価を、分割会社の株主等に取得させることも可能です。これを分割型吸収分割、分割型分割といいます。分割型吸収分割においては、分割対価が承継会社から直接分割会社の株主に渡るわけではなく、一度は分割会社に交付されることになるので、分割型会社分割は「分社型会社分割+剰余金の配当」ということになります。剰余金の配当の他に、全部取得条項付種類株式を利用することもできます。
吸収分割のスケジュール
4月1日を効力発生日とするスケジュール例です。
1月中旬 | 分割の準備 (分割契約内容、債権者の確認等) | 分割の準備 (分割契約内容、債権者の確認、労働者との協議等) |
2月1日 | 取締役会決議 (分割契約承認、株主総会招集決定) 官報公告の申込み | 取締役会決議 (分割契約承認、株主総会招集決定) 官報公告の申込み |
2月10日 | 分割契約の締結 | 分割契約の締結 労働者への事前通知 |
2月25日 | 官報に分割公告が掲載 債権者への個別催告 契約書等の事前備置 | 官報に分割公告が掲載 債権者への個別催告 契約書等の事前備置 |
3月1日 | 株主総会招集通知 反対株主等への通知 | 株主総会招集通知 反対株主等への通知 |
3月25日 | 株主総会決議(分割契約承認) 債権者異議申述期間満了 | 株主総会決議(分割契約承認) 債権者異議申述期間満了 |
4月1日 | 分割の効力発生 | 分割の効力発生 |
4月1日以降 | 分割の登記申請(2週間以内) 分割に関する書類の事後備置 | 分割の登記申請(2週間以内) 分割に関する書類の事後備置 |
吸収分割の一般的な手続き
吸収分割の一般的な手続きは次のとおりです。吸収分割を行う会社の事情等により、他の手続きが必要となるケースもあります。手続きに瑕疵があると吸収分割が無効となる可能性がありますので、手続きが不安な場合は税務・労務・法律・登記・許認可まで全てワンストップで対応ができる当グループまでご相談ください。
吸収分割契約の締結
吸収分割をする会社は、分割契約書の締結が必須です。分割契約書には最低限、次の事項を定める必要があります。
- 承継会社・分割会社の商号・住所
- 吸収分割の対象となる資産等
- 吸収分割の対価に関する事項
- 効力発生日
- 分割型分割である場合はそれにかかる一定の事項
書面の事前備置
承継会社・分割会社は債権者保護手続き等の分割手続きを行う日から、一定の事項を記載した書面等を本店に備え置かなければなりません。承継会社・分割会社ともに効力発生日から6ヶ月を経過するまで備え置きます。
以下は一定の事項の一例です。
【承継会社】
- 分割契約の内容
- 分割対価の相当性に関する事項
- 分割型分割である場合はそれにかかる一定の事項
- 計算書類等に関する事項
- 効力発生日以降に承継会社の債務の履行の見込みに関する事項
【分割会社】
- 分割契約の内容
- 分割対価の相当性に関する事項
- 分割型分割である場合はそれに係る一定の事項
- 計算書類等に関する事項
- 効力発生日以降に承継会社の債務の履行の見込みに関する事項
官報公告
承継会社・分割会社はその債権者の保護のために、基本的には官報公告によって、吸収分割をすること、吸収分割をする相手の商号・住所、原則として貸借対照表の要旨、債権者が一定期間異議を述べることができる旨、掲載しなければなりません。
これは会社の公告方法として日刊新聞紙や電子公告を定めている場合も同様です。
分割公告と一緒に貸借対照表の要旨も掲載する場合は、官報申込みから10~11営業日程度、貸借対照表の要旨を掲載しない場合は5~6営業日程度、申込みから掲載まで要します。
債権者への個別催告
官報公告と併せて、各債権者への各別の催告も必要とされています。
この各債権者への催告は、定款で公告方法を日刊新聞紙や電子公告と定めているときは、官報公告に加えて定款の公告方法による公告を行うことにより省略することができます。公告方法が官報である会社は各債権者への催告を省略をすることはできません。
⇒いわゆるダブル(二重)公告
吸収分割において債権者保護手続きが不要なケース
分社型吸収分割において、吸収分割後も分割会社に対して権利行使をすることができる債権者には、債権者保護手続きが不要とされています。
これは、債務が分割会社に留まる場合に限られず、承継会社に債務が移転する場合でも、分割会社が連帯保証をするケースや重畳的債務引受けをするケースも含まれます。
但し、吸収分割後も分割会社に対して権利行使をすることができる債権者であっても、当該債権者を害することを知りながら行われた吸収分割においては、当該債権者は承継会社に対しても債務の履行を請求することができるとされています。
会社分割に伴う労働契約の承継等
分割会社から承継会社へ承継される事業で働いている従業員は、会社分割に伴う労働契約の承継等に関する法律に基づき、事前の通知を受ける権利や異議を申し出る権利が与えられており、分割会社はその従業員に対する一定の手続きをしなければなりません。
吸収分割にかかる決議をする株主総会開催日の2週間前の日の前日までに、一定の事項を書面によって通知する必要があります。
株主総会招集通知と反対株主等への通知
株主総会を開催するときは、原則として総会日の1週間前、公開会社においては2週間前までに招集通知を発送しなければなりません。非公開会社でかつ取締役会非設置である会社は、定款で1週間よりも短い期間にすることも可能です。
1週間前に招集通知を発送する必要のある会社は、発送日から株主総会開催日まで、まる7日間が必要となります。例えば3月25日(水曜日)に株主総会を開催するときは、3月17日(火曜日)までに招集通知を発送しなければなりません。
なお、書面投票または電子投票を実施する場合は、非公開会社においても2週間前までに招集通知を発送する必要があります。
承継会社・分割会社ともに、その株主等に対して、効力発生日の20日前までに吸収分割をする旨等を通知または公告をする必要がありますが、これを単独でする必要はなく、株主総会の招集通知と併せて通知をしたり、分割公告と併せて公告をしたりすることもできます。
株主総会の決議
簡易吸収分割の場合は、差損が生じる場合等を除き株主総会の決議は不要となりますが、原則として吸収分割の効力発生日の前日までに株主総会の【特別決議】による承認が必要となります。
承継会社が種類株式発行会社である場合は、種類株式にかかる種類株主総会の決議も必要となるケースがあります。
吸収分割の効力発生
吸収分割においては、登記が効力発生要件ではないため、吸収分割契約書において効力発生日と定めた日に吸収分割の効力が発生します。そのため、効力発生日として法務局が開いていない土日祝日を定めることも可能です。
吸収分割の登記申請
吸収分割の登記は、効力発生日から2週間以内に、吸収分割承継会社の変更登記と吸収分割会社の変更登記を【同時】にしなければなりません。
【承継会社にかかる登記申請添付書類(一例)】
- 吸収分割契約書
- 分割契約を承認した株主総会議事録(承継会社・分割会社)
- 債権者保護手続き関係書面
- 新株予約権証券提供公告をしたことを証する書面※あまりケースとしては多くありません。
- 分割会社の登記事項証明書(承継会社と管轄法務局が異なる場合)
- 資本金の計上証明書
- 株主リスト(承継会社・分割会社)
- 委任状(司法書士に依頼する場合)
(または株券を発行していないことを証する書面・・・株主名簿など)
(分割会社の会社法人等番号を記載した場合は不要)
【分割会社にかかる登記申請添付書類(一例)】
- 印鑑証明書
- 委任状(司法書士に依頼する場合)
書面の事後備置
承継会社・分割会社が株式会社であるときは、吸収分割の効力発生日以後遅滞なく、法務省令で定められている事項につき記載した書面または電磁的記録を作成しなければならず、効力発生日から6ヶ月間会社の本店に備え置かなければなりません(会社法第791条、第801条)
法務省令で定められている事項とは、吸収分割の効力が発生した日、当該分割により承継した重要な権利義務等です。
この記事の著者
司法書士
石川宗徳
1982年4月生まれ。早稲田大学法学部卒業。
司法書士。東京司法書士会所属
(会員番号:7210、簡易裁判所代理業務認定番号:801263)
2009年から司法書士業界に入り、不動産登記に強い事務所、商業登記・会社法に強い事務所、債務整理に強い事務所でそれぞれ専門性の高い経験を積む。
2015年8月に独立開業。2016年に汐留パートナーズグループに参画し、汐留司法書士事務所所長に就任。会社法及び商業登記に精通し、これまでに多数の法人登記経験をもつ。
また不動産登記や相続関連業務にも明るく、汐留パートナーズグループのクライアントに対し法的な側面からのソリューションを提供し、数多くの業務を担当している。