日本の育児支援制度は、休業・給付・社会保険・自治体制度が相互に関係しており、海外各国の人事・労務制度とは異なる運用が多く見られます。そのため、日本で事業を開始・拡大する外資系企業が制度設計や海外本社への説明で戸惑いやすい論点について、外国人専門家の視点で記事を執筆しました。
近年、グローバル企業において、育児と仕事を両立する従業員への支援は単なる福利厚生制度ではなく、DEI(Diversity, Equity & Inclusion)、従業員のウェルビーイング、人材定着、ESG等とも密接に関連する重要な経営テーマとして位置付けられるようになっています。特に、共働き世帯の増加や高度専門人材の流動化が進む中で、育児とキャリア形成の両立支援は、日本国内企業のみならず、外資系企業・クロスボーダー組織においても重要性を増しています。
一方、日本の育児関連制度は、海外企業から見ると独特な制度構造を有しています。例えば、
- 「休業制度」と「所得補償制度」が分かれている
- 給与ではなく雇用保険給付として支給される
- 保育園入園状況によって休業延長可否が左右される
- 男性育休制度が近年急速に拡大している
- 国・自治体双方による支援制度が存在する
等、日本独自の制度運用が見られます。
海外制度と比較すると、日本の育児関連制度は比較的複雑かつ独特な運用が多いと言えるでしょう。そのため、海外本社主導でグローバル人事ポリシーを設計する際、日本制度とのギャップが生じるケースも少なくありません。
本稿では、日本における育児と仕事を両立する従業員への支援制度について、グローバル人事・給与計算・社会保険実務の観点から整理します。
1. 育児と仕事の両立支援は「福利厚生」から「経営課題」へ
欧米企業を中心として、近年は「従業員を単なる労働力ではなく、複数の社会的役割を持つ存在として捉える」という考え方が広がっています。従業員は、専門職、親、介護者、パートナー等、複数の役割を同時に担っています。そのため近年のグローバル人事では、育児支援、柔軟な働き方、復職支援、従業員のウェルビーイング、DEI等を、「従業員体験」の一部として統合的に設計する傾向が見られます。育児と仕事の両立支援を単なる福利厚生制度ではなく、「人材戦略」や「組織競争力」の一部として位置付ける企業も増えてきました。
日本でも、少子化対策や女性就業継続支援の観点から、育児関連制度の改正が継続的に行われています。
2. 「休業」と「給付」が別制度である日本
海外本社から最も質問を受けやすいポイントの一つが、「育児休業中の所得補償は、誰が負担しているのか」という点です。実務上は、「給与計算で処理するのか」「政府給付なのか」「会社負担なのか」等について、海外本社側から確認を受けるケースも少なくありません。
日本では、育児休業そのものは労働法上の権利である一方、育児休業中の所得補償は、原則として雇用保険制度から支給されるという整理になっています。そのため、多くの場合、会社が給与として支払うのではなく、一定要件を満たした場合に、従業員本人へ「育児休業給付金」が支給されます。また、日本では原則として子が1歳になるまで育児休業を取得できますが、一定条件下では1歳6か月、さらに2歳まで延長できるケースがあります。代表的な例としては、保育園へ入園できない場合、または配偶者の事情変更等が挙げられます。海外企業からは、「なぜ保育園事情が休業期間へ影響するのか」という疑問が生じるケースもありますが、日本では育児支援政策と雇用継続支援が比較的密接に結びついている点が特徴と言えます。
3. 2022年導入の「産後パパ育休」と男性育休の拡大
2022年4月施行の育児・介護休業法改正により、「出生時育児休業(いわゆる産後パパ育休)」制度が導入されました。この制度により、男性従業員についても、子の出生直後に柔軟な休業取得が可能となっています。
従来、日本では、長時間労働、性別役割分担、「育児は女性中心」といった企業文化が比較的根強く存在していました。しかし現在は、男性育休取得率の公表義務、ESG対応、DEI推進、人材定着施策等とも関連し、企業側にも育児と仕事の両立支援体制の整備が求められています。もっとも、制度が存在することと、実際に取得しやすい環境が整っていることは、必ずしも一致しません。特に日本では、制度上は取得可能であっても、チーム体制、人員配置、マネジメント層の理解度等によって、実際の利用しやすさに差が生じるケースも見られます。
実務上は、
- チーム内業務調整
- マネジメント層とのコミュニケーション
- 復職支援
- キャリア継続支援
等も含めた運用が重要となります。
4. 近年の制度改正と育児と仕事の両立支援の拡大
日本では、近年も育児・介護休業法関連制度の見直しが継続しています。例えば、子の看護等休暇については対象範囲拡大が進められており、従来の病気・けが対応のみならず、学校行事等への対応も含めた柔軟な制度設計が議論されています。また、小学校低学年段階までを視野に入れた両立支援の必要性も、実務上重要視されるようになっています。さらに、育児と就業継続の両立支援として、日本では短時間勤務制度も広く利用されています。例えば、所定労働時間短縮、時差勤務、柔軟な働き方等の制度運用が行われています。
加えて、自治体レベルでの支援も拡大しています。例えば東京都では、一定条件下において、育児に伴う短時間勤務による収入減少への支援制度が導入されています。そのため、企業側としては、法定制度のみならず、自治体支援制度を含めた情報把握が求められる場面もあります。また、日本では少子化対策財源の確保に向けた制度整備も進められており、2026年4月からは「子ども・子育て支援金制度」も開始されています。
このように、日本の育児と仕事の両立支援制度は、単なる企業福利厚生に留まらず、社会保障制度、雇用政策、ESG、人材戦略等とも密接に関連している点が特徴と言えるでしょう。
5. グローバル人事・給与計算実務との接点
育児と仕事の両立支援は、単なる福利厚生制度ではなく、給与計算、社会保険、雇用保険、勤怠管理、海外本社制度などとも密接に関係しています。例えば、育児休業給付申請、社会保険料免除、時短勤務管理、復職後給与調整、海外赴任者等に関する取扱い、海外本社への制度説明等、多くの実務論点が存在します。特に外資系企業では、グローバル人事ポリシー、日本ローカル制度、給与計算ベンダー、人事システム間で制度理解に差異が生じるケースも少なくありません。そのため、日本実務に即した制度運用・社内規程整備・給与計算対応が重要となります。
また、外資系企業やクロスボーダー組織においては、海外本社のグローバル人事ポリシーや福利厚生制度を、日本の労働法・社会保険制度・実務運用へどのように落とし込むかが課題となるケースも少なくありません。特に、育児・介護関連制度については、日本独自の制度設計や運用実務も多いため、就業規則・各種社内規程との整合性を含めた検討が必要となる場合があります。
近年では、法定制度対応のみならず、「育児と仕事を両立する従業員が継続的に働ける組織設計」自体を、企業競争力の一部として捉える動きも広がっています。そのため、制度理解のみならず、日本特有の実務運用や組織文化も踏まえたグローバル人事対応が、今後さらに重要になると考えられます。当社では、外資系企業における人事労務・給与計算・海外赴任者等への対応を含め、多言語環境下での制度整備・実務運用支援を行っております。
