本コラムでは、SSBJ基準を全5回で解説するシリーズの第5回として、第1回「主要3基準・適用対象・ISSBとの関係」、第2回「適用基準」、第3回「一般基準」、第4回「気候基準」を振り返り、SSBJ基準から見える傾向と今後の方向性、企業に求められる対応を整理します。
SSBJ基準は、一言でいえば、TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)提言における4つの構成要素(ガバナンス、戦略、リスク管理、指標及び目標)を、気候からすべてのサステナビリティ関連のリスク及び機会に拡大するための、また、これまでのTCFDへの企業の取り組みをさらに強化するための基準と位置付けることができます。
1. SSBJ基準から見える2つの傾向
その中身を俯瞰して、いわば鳥の目と虫の目の両方で見渡すと、SSBJ基準から見える傾向として、大きく2点を挙げることができます。
(1)「つながり」を多面的に捉える
第一に、企業の見通しと、サステナビリティ関連のリスク及び機会との間、そして気候関連のリスク及び機会との間の「つながり」を多面的な視点から捉え、その構造と関係性をしっかり見据える必要性が強まっています。
具体的には、次のような側面の「つながり」が重視される傾向にあります。
- 三本の矢のつながり:企業の見通しと環境・社会・ガバナンス(ESG)、気候対応という、いわば三本の矢のつながり
- 外部環境とのつながり:外部環境、より具体的には「バリュー・チェーン」とのつながり。バリュー・チェーンとは、「報告企業のビジネス・モデル及び当該企業が事業を営む外部環境に関連する、相互作用、資源及び関係のすべて」を指します(適用基準第4項(12))。
- 情報間のつながり:「つながりのある情報」(適用基準第29項)を軸とした、複数の情報間のつながり
「情報間のつながり」に含まれる主な内容
- さまざまなサステナビリティ関連のリスク及び機会の間のつながり
- ガバナンス、戦略、リスク管理並びに指標及び目標に関する開示の間のつながり
- サステナビリティ関連財務開示と、その他の財務報告書の情報との間のつながり
- 記述的な情報と定量的な情報との間のつながり
- 気候レジリエンス評価などに用いるシナリオ分析における、個々のインプット情報のつながり(情報を組み合わせて得られる情報)
このように多面的な「つながり」を重視し、その構造と関係性を継続的に捉えることによって、企業のサステナビリティ視点と財務的視点の両方を同時に見据えたガバナンスや戦略の在り方を含めて、定期的な見直しにつなげていくことが重要です。
こうしたサステナビリティ関連情報開示の在り方が、SSBJ基準の本質的な狙いになっていくだろうと考えられます。
(2)「不確実性」に対応する
第二に、企業には、サステナビリティに関わる「不確実性」への対応が求められる傾向にあります。
この不確実性は、すでに顕在化している気候変動の影響(極端気象、大洪水、海面上昇、熱波、山火事など)や、今後ますます顕在化していくと考えられる気候危機にも関わります。
さらに、気候のみならず、サステナビリティ全体に関わる環境や社会が気候リスクとも絡まり、さまざまな負の連鎖が見られることにも関連します。
こうした時代において、明日どこで何がどのように起きるかを予測することが難しいという「不確実性」に対して、企業がどのようなアプローチを取るのか。それが、企業の事業や社会の持続可能性にも関わってきます。不確実性への対応が、企業に大きく問われる傾向にあると見ることができます。
上記のアプローチに関連して、第3回「一般基準」や第4回「気候基準」で取り上げたように、「サステナビリティ関連のリスクから生じる不確実性に対応する企業の能力」としての「レジリエンス」を定期的に評価し、その評価に基づいて企業の対応を更新することが求められていくでしょう。
2. ISSB・SSBJ基準の今後の方向性
ISSBまたはSSBJのサステナビリティ基準は、今回発表されもので完結したわけではありません。実際、国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)は、既に2024年4月に「生物多様性・生態系・生態系サービス(BEES)」および「人的資本」に関するリスクと機会の開示に焦点を当てた新たなリサーチ・プロジェクトを開始しています。
(1)自然関連開示の基準開発
自然資本については、気候関連情報開示をさらに一歩踏み込んで、より具体的に企業活動と生物多様性や生態系への影響との関係、生物多様性劣化や生態系崩壊が企業の事業に及ぼす影響、つまりTNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)に関わる範囲、またはそれを超える範囲も、射程に入れていく方向性にあると理解することができます。
(2)人的資本に関するリサーチ
人的に資本に関連して、そのようにBEESを射程に入れることは、従業員のスキル、経験、健康、エンゲージメントなども高めていくことに関係するようになっていくでしょう。
このように自然資本と人的資本を、財務資本や社会的資本と並行して、企業ガバナンスや戦略の根幹に取り込み、サステナビリティ情報開示を進めていく方向性にあるといえます。
なお上記BEESと人的資本に関するリスクと機会の開示に焦点を当てたプロジェクトについて、ISSBは2025年6月に、フィードバックへの対応及び今後2年間の作業計画とあわせて、アジェンダ協議に関するフィードバックの要約を公表する予定としています。
3. 企業に今後求められる3つの対応
これまでに述べてきたことを踏まえると、企業に今後求められるものとして、大きく3点を挙げることができます。
(1)紙面上にとどまらない本質的な対応
1点目は、前述したSSBJ基準を取り巻く傾向に対して、紙面上だけにとどまらない、本質に根ざした対応を行うことです。
特に、「1.(1)『つながり』を多面的に捉える」で取り上げた、企業の見通しと環境・社会・ガバナンス(ESG)、気候対応という三本の矢は、もともと重なっている部分が多くあります。
それらの「関係性」を戦略的な視点から社内でもう一度見直し、その関係性を捉え直した上で企業の見通しを立てることが、極めて重要と考えられます。
また、「外部環境とのつながり」については、SSBJ基準では報告企業自体だけでなく、バリュー・チェーンも考慮する必要があります(適用基準第4項(12))。
そのため、製品またはサービスの提供や供給、流通、消費に至るまでの「つながり」を捉え直すことが不可欠になります。
(2)統合思考で「つながり」を捉える
2点目として、1点目とも関連しますが、つながりを見極め、関係性や構造を捉え、詳細と全体を同時に見るという思考が重要になってきます。
ある程度のつながりは、AIでも抽出できるかもしれません。しかし、その企業の関係者だからこそ、また実際に経営や運営に携わっているからこそ、実践知から捉えられるものがあります。そのため、現場の人材の知識、思考及びスキルが関与することが不可欠になってきます。
これに関連して、ISSB(国際サステナビリティ基準審議会)は「統合思考(Integrated Thinking)」を重視しています。この「統合」という言葉は誤解を生みやすいものですが、上から一元的にコントロールするという意味ではありません。
IFRS財団は、ISSBがValue Reporting Foundation(VRF)の統合報告フレームワークなど、既存の投資家向け報告の取り組みを基礎としていることを説明しています。VRFは、国際統合報告評議会(IIRC)とSASBが統合して設立された団体で、その後、IFRS財団に統合されました。
統合報告フレームワークでは、統合思考を、組織のさまざまな運営単位や機能単位と、その組織が利用し、または影響を与える「複数の資本」との関係を積極的に考慮することと定義しています。これは、「資本間の関連性」や「長期的な価値創造と戦略との整合性」を意識したもので、統合思考に基づくアプローチと明示的に呼ばれています。
こうした統合思考は、別の言葉でいえば、システム思考や、コラムシリーズで繰り返し述べてきた「木を見て森も見る」思考とも関連します。詳細な部分だけに目を奪われず、全体を見渡しながら詳細との関係性を捉える力、すなわち「木を見て森も見る」力が、企業に、そして企業を構成する人材に求められているといえます。
(3)SSBJ基準に対応できる人材を育成する
3点目として、1点目や2点目とも深く関わることですが、従来とは異なる人材育成が今後、企業に求められていくといえるでしょう。ガバナンスや戦略においても、こうした統合思考、すなわち「木を見て森も見る」思考ができる人の関与が必要です。また、SSBJ基準に関わる実務において、レジリエンス評価や、その評価に必要なシナリオ分析を行う人材にも、統合的思考力、あるいは「木を見て森も見る」思考力といったスキルや能力が、ますます求められる時代に入っています。
4. SSBJ基準の今後と企業対応のまとめ
このように、SSBJ基準は、紙面上の対応にとどまらず、企業全体のプロセスや体制にも大きく関わってきます。ある意味では、この機会に、ここで述べたような観点から事業全体やガバナンス、戦略の在り方などを見直すよい機会になるかもしれません。
法的な仕組としては第1回でも記載しましたが、現時点では強制適用時期は定められていません。しかし既に、「サステナビリティ情報の開示と保証のあり方に関するワーキング・グループ(WG)」によって、時価総額3兆円以上の企業には2027年3月期から義務化し、1兆円以上の企業は2028年3月期から義務化、さらに時価総額5,000億円以上の企業には、2029年3月期から義務化、2030年以降、プライム全企業適用義務化の案が明らかになっています。
このように、あっという間にそうしたことが法的にも義務付けられる時に近づきそうです。
国外に目を向けても、欧州各国のみならず、アジア太平洋地域においてサステナビリティ開示基準の導入、または導入に向けた動きが進んでいます。
こうした国内外の動きに留意しながらも、最終的には、自社のビジネスが現在及び将来において、財務資本のみならず、その財務資本に影響し得る自然資本・人的資本・社会・関係資本といった多様な資本をどのように生かし、持続可能な企業価値をどのように創造していくのかという、戦略的なビジョンを描くことが重要になってくるのではないでしょうか。
