はじめに:制度変更を現地法人の実務にどう反映するか
台湾は、日本企業にとって地理的・文化的な距離が近く、製造、IT、流通、サービスなど幅広い分野で事業を展開しやすい市場です。一方、現地法人や支店を安定的に運営するためには、税率や申告期限を把握するだけでは十分ではありません。最低賃金や社会保険料の見直し、越境デジタルサービスに対する営業税、雇用や昇給を促す税制優遇など、給与計算、請求、税務申告、証憑管理に直結する制度の動向を継続的に確認する必要があります。
また、台湾の税務実務では、会計上の処理がそのまま税務上も認められるとは限りません。固定資産の耐用年数や投資損失の認識時期について、法令上求められる要件や証拠書類を満たしていなければ、税務調査において所得金額を修正される可能性があります。
海外子会社を有する企業では、財務部門における職務分掌、銀行口座や印鑑の管理、内部監査の実施状況なども重要な経営課題です。制度改正への対応だけでなく、不正や誤謬を防止するための管理体制も併せて整備することが求められます。
本稿は、台湾のRSMメンバーファームであるRSM Taiwanからの情報提供と現地の実務事例をもとに、台湾における労務・税務制度の動向と、日本企業が現地事業の運営に当たって確認しておきたい実務上のポイントをまとめたものです。
1. 最低賃金・労働保険制度の見直しと労務管理への影響
台湾では、物価や経済情勢を踏まえて最低賃金が段階的に見直されています。台湾労働部は2025年9月26日、2026年1月1日から月額最低賃金を現行の28,590台湾ドルから29,500台湾ドル(約3.18%増)に、時給を190台湾ドルから196台湾ドルに引き上げることを発表しました。この引き上げは2017年以降10年連続であり、約247万人(台湾人労働者約208万人、外国人労働者約39万人)が対象となる見込みです。最低賃金の改定に伴い、労働年金制度における標準報酬月額の区分や、労働保険料の計算基準なども毎年連動して調整されます。
最低賃金の改定は、最低水準に近い給与を受け取る従業員だけに影響するものではありません。企業内の給与等級、パートタイム従業員の時給、残業代の計算基礎、社会保険料、採用時の提示条件などにも波及する可能性があります。
日本企業の台湾拠点では、給与テーブルや雇用契約書の記載を確認するとともに、給与計算システムの設定や保険料控除額が2026年1月からの新基準に対応しているかを検証する必要があります。給与額そのものだけでなく、手当、賞与、時間外労働に関する計算方法も含めて確認することが重要です。
また、台湾では職場における不法侵害やハラスメントの防止に関する指針も随時見直されています。企業には、問題発生後の調査や処分だけでなく、相談窓口の設置、管理職への教育、通報者の保護、再発防止策などを含む予防的な対応が求められています。
日本本社で整備したハラスメント方針をそのまま適用するだけでは、現地の法令や労働慣行に十分対応できない場合があります。台湾の制度に即した社内規程を整備し、現地従業員が実際に利用できる相談・通報体制を構築することが大切です。
2. 越境EC事業者に対する営業税登録基準
台湾に固定的な営業拠点を持たず、台湾の個人消費者に電子サービスを提供する海外事業者については、一定の売上高を超える場合、営業税の税籍登録が必要となります。台湾財政部は、国内の小規模事業者向け基準額(月額5万台湾ドル)との均衡を図るため、2025年4月7日付で、この年間売上高基準額を従来の48万台湾ドルから60万台湾ドル(5万台湾ドル×12か月)に引き上げました。2025年4月6日以前にすでに旧基準額(48万台湾ドル)を超えていた事業者には、引き続き旧基準に基づく取扱いが適用されます。
この登録基準は、台湾国内の小規模事業者に対する取扱いや経済環境などを踏まえて今後も見直される可能性があるため、判定時点で適用される最新の売上高基準を確認する必要があります。
対象となり得るのは、動画・音楽配信、クラウドサービス、オンライン広告、アプリ、電子書籍、オンライン講座、プラットフォーム利用など、インターネットを通じて台湾の消費者へ提供される幅広いサービスです。
日本企業が台湾に法人を設立していない場合でも、台湾向けの売上高が基準額を超えれば、現地での税籍登録、営業税の申告・納付、クラウドインボイスの発行などが必要となる可能性があります。
登録基準の金額だけに注意するのではなく、台湾向け売上を継続的に把握できる管理体制を整えることが重要です。特に、顧客が個人消費者であるか事業者であるかによって税務上の取扱いが異なる場合があるため、契約や請求書、顧客登録情報を通じて取引先の属性を確認できるようにしておく必要があります。
台湾の納税者番号などを有する事業者向けの取引では、購入者側が営業税を申告する取扱いとなることもあります。そのため、営業部門やシステム部門だけで判断するのではなく、税務担当者を含めて契約、請求、顧客情報、税区分の設定を一体的に検討することが望まれます。
申告漏れやインボイスの不発行があった場合には、追徴や行政処分の対象となる可能性があります。台湾向けのオンラインサービスを提供している企業は、現地拠点の有無にかかわらず、自社の取引が登録対象に該当しないかを定期的に確認する必要があります。
3. 経済環境の変化に対応した営業税の還付措置
台湾では、海外の関税政策や国際的な経済環境の変化によって、売上や資金繰りに影響を受ける企業を支援するため、過払営業税の還付について柔軟な取扱いが設けられることがあります。通常、一定の事由以外で生じた過払営業税は、将来の納税額と相殺するために繰り越すことが原則ですが、政策変更などにより事業活動への影響が認められる場合には、所定の要件を満たす企業について、地方国税局が還付申請を受け付ける制度が設けられています。対象となる可能性があるのは、有効な営業税登録を有し、関係省庁による救済や補助の対象となった事業者、または海外の関税政策などによって営業収益が減少したことを示せる事業者です。還付額には一定の上限(1納税者あたり30万台湾ドル)が設けられ、上限を超える過払額については、将来の営業税との相殺に繰り越されます。
この措置は、2025年前半の米国関税政策による急激な事業環境の悪化を背景に導入されたものですが、その後の状況は大きく動いています。2026年2月12日、米国と台湾は「相互貿易協定(Agreement on Reciprocal Trade)」に署名しました。台湾側が対米関税の99%を撤廃・削減する一方、米国側は台湾原産品に対するIEEPA関税を20%から15%に引き下げる(2,072品目は相互関税免除としMFN税率のみ適用)内容です。ただし、この協定は台湾の立法院での審査など双方の国内手続きを経て発効するものであり、本稿執筆時点ではまだ正式発効前の段階です。
日本企業の台湾子会社が営業税還付の申請を検討する場合には、単に輸出取引を行っているという事実だけでなく、政策変更と売上減少や資金繰り悪化との関連性を説明できる資料が必要です。もっとも、上記の関税合意により今後は対米関税負担が緩和される見通しであるため、還付制度の対象となるかどうかは、2025年当時の影響だけでなく、直近の関税環境の変化も踏まえて改めて確認することが重要です。
具体的には、売上高や受注高の推移、顧客からの発注変更通知、取引条件の変更、関係省庁による支援決定など、影響を客観的に示す資料を整理しておくことが重要です。還付可能額が限定的であっても、資金繰りの改善につながることがあります。影響を受ける可能性のある企業は、利用できる支援制度や申請期限、および関税環境の変化に伴う制度の見直し状況を適宜確認し、必要に応じて専門家へ相談することが望まれます。
4. 中小企業の新規雇用・昇給を支援する税制
台湾では、中小企業による採用や賃上げを後押しするため、新規雇用や従業員の昇給に関する割増損金算入制度が設けられています。この制度の対象となるのは、資本金や常時雇用する従業員数について法令上の規模要件を満たす中小企業に限られ、外国企業の台湾支店や駐在員事務所は適用対象から除外されています。日本企業では、台湾現地法人がこの規模要件を満たすかどうかをまず確認する必要があります。
具体的な優遇の内容は、新規雇用と昇給の二つの場面で異なります。一定の年齢層(若年層または高齢層)に属する台湾国籍の従業員を複数名新たに採用し、給与総額の増加や最低賃金以上の給与水準といった要件を満たした場合には、対象従業員に支給した給与を通常よりも多く損金に算入できます。また、若年従業員を対象に、法定最低賃金の引き上げのみを理由としない実質的な昇給を行い、当年度の平均給与水準が前年度を上回っている場合には、給与増加額の一部について追加的な損金算入が認められます。
これらの制度は、実際に支払った給与を通常の費用として計上したうえで、一定額を追加的に所得から控除できる点に特徴がありますが、控除によって課税所得をゼロ未満にすることはできず、税務上の欠損が生じている企業では適用できません。また、最低税負担制度との関係で、優遇措置に対応する所得を基本所得の計算上別途加算しなければならない場合もあります。表面的な割増控除率だけで節税効果を判断せず、企業全体の課税所得や最低税負担を含めて試算することが重要です。
適用に当たっては、労働保険の加入記録、給与明細、従業員別の給与データ、前年度との比較資料、申告書などの整備が必要となります。採用や昇給を決定した後に資料を集めるのではなく、人事、給与、経理、税務の各担当者が事前に情報を共有し、対象者の判定から証憑の保存まで一貫した運用を構築することが望まれます。
5. 税務・内部統制事例から見る日本企業の留意点
制度改正への対応と同様に重要なのが、日常的な会計処理と証憑管理です。
台湾の税務調査では、外国親会社の会計方針に基づいて設定した機械設備の耐用年数が、台湾の税務上認められる最低耐用年数よりも短かったため、減価償却費の一部が否認された事例があります。日本本社やグループ共通の会計方針を採用している場合でも、台湾の税務申告では現地の耐用年数表を確認し、必要に応じて申告調整を行わなければなりません。会計上の耐用年数と税務上の耐用年数が異なる場合には、その差額を一時差異として継続的に管理する必要があります。
投資先の破産により投資損失を計上した事例では、破産管財人による配当計画の通知だけでは、税務上の損失を認識するための証拠として不十分と判断されたケースもあります。経済的に損失が発生していることが明らかであっても、税法上求められる法的手続が完了していなければ、損金算入が認められない可能性があります。投資先の清算や破産に関する損失を計上する際には、裁判所の決定書など、必要な証明書類がそろっているかを確認することが重要です。
また、海外子会社における従業員の不正により、多額の資金が流出した事例も公表されています。こうした事例は、子会社の規模が小さいことや、グループ内での重要性が低いことを理由に管理を緩めるべきではないことを示しています。送金の申請、承認、実行を同一人物に集中させないこと、銀行口座や会社印の管理権限を明確にすること、銀行残高や取引明細を本社または独立した部門が定期的に確認することが、不正防止の基本となります。
長期間同じ担当者に業務を任せている場合や、現地の財務担当者が少人数である場合には、業務の属人化や権限集中が起こりやすくなります。本社による定期的なモニタリングや内部監査、外部専門家によるチェックを組み合わせることが有効です。
おわりに:制度の把握だけでなく業務プロセスへの反映を
台湾における労務・税務制度の変更は、給与計算、採用、請求、インボイス発行、税務申告、資金繰りなど、現地法人の幅広い業務に影響します。
制度の概要を把握していても、社内規程やシステム、証憑管理、承認フローに反映されていなければ、実際のコンプライアンスリスクを抑えることはできません。
特に日本企業では、日本本社の会計方針や承認ルールと、台湾の法令・税務実務との間に差異が生じることがあります。現地担当者だけに対応を委ねるのではなく、本社の経理、税務、人事、内部監査部門が連携し、制度変更や業務上のリスクを定期的に確認する体制が重要です。
台湾での事業運営や制度変更への対応に当たっては、法人形態や事業内容、取引の実態によって必要な手続が異なります。自社への影響を早めに確認し、必要に応じて現地事情に詳しい専門家へ相談することをお勧めします。
本稿の作成にあたり、RSM TaiwanのManaging Partner & Audit PartnerであるJoanne Kuo氏をはじめとする専門家チームより、現地の実務に基づく貴重な知見をご提供いただきました。
当社は、RSM Taiwanをはじめとする現地専門家と連携し、日本企業の台湾進出および現地事業運営を支援しています。会社設立などの進出準備から、会計・税務申告、給与計算・労務管理、越境取引への対応、海外子会社の内部統制整備まで、台湾ビジネスの各局面に応じたサポートが可能です。台湾での事業展開や既存拠点の管理体制についてお困りの際は、まずはお気軽にご相談ください。
