商業登記関係 種類株式や新株予約権の希釈化防止条項(加重平均方式、フル・ラチェット方式)
種類株式の希釈化
種類株式を発行するときに、当該種類株式に対して、普通株式を対価とする取得請求権や取得条項を付けることがあります。
IPOを目指している会社であれば種類株式に取得条項を付け、上場をする前の段階で取得条項を発動させて種類株式を普通株式に転換させ、普通株式のみを発行する会社にできるようにしておくことが多いかと思います。
また、種類株主に普通株式への転換を保証するために、対価を普通株式とする取得請求権を付けるケースが多いでしょう。
なお、取得請求権や取得条項の行使の結果として種類株主に対して交付する普通株式は、多くのケースでは種類株式1株に対して普通株式1株です。
ダウンラウンドでの資金調達
ところで、種類株式が発行された後に、次のラウンド以降で当該種類株式よりも1株当たりの価額が低い金額で資金調達(ダウンラウンド)が行われる可能性もあります。
ここでは、設立時に普通株式50,000株(1株の発行価額100円)、次いでA種株式8,000株(1株の発行価額30,000円)を発行している株式会社Xが、新たにB種株式を8,000株(1株の発行価額15,000円)発行するという前提とします。
また、A種株式の発行以降にストックオプション(以下、「SO」といいます)を5,000個発行しており、当該SOは無償で、その1個の目的となる対象は普通株式1株とします。
A種株主は2億4000万円を出資し、B種株主はその半分である1億2000万円を出資しているのにも関わらず、1株の発行価額の差により、保有する株式数は一緒になります。
ダウンラウンドによる資金調達に備えて、種類株主の(普通株式への転換後の)持株比率が薄まることをある程度防止できるようにするため、希釈化防止条項が設けられることが一般的です。
希釈化防止条項が無い場合
上記の例で、ダウンラウンドとなるB種株式を発行したときに、A種株式の内容として希釈化防止条項が無い場合はどうなるでしょうか。
A種株主はB種株主の2倍の金額を出資していますが、1株の発行価額の差によって、次のとおりA種株主とB種株主の持株数はイコールとなります。
完全希釈化ベース持株割合とは、潜在株式を含めた株式数による割合を意味しますので、SOが行使されて普通株式が交付された、あるいは種類株式の転換権等が発動して普通株式が交付された後の株式数がそのベースとなります。
希釈化防止条項の内容
希釈化を防止する方式には、次の3つがあります。
- ブロードベース加重平均方式
- ナローベース加重平均方式
- フル・ラチェット方式
加重平均方式とは、株式会社Xにおいて、B種株式発行前の会社の価値と、B種株式発行後の会社の価値を足して、B種株式発行後の合計株式数で除した1株当たりの価額を、B種株式発行後の転換価額とする方法です。
一般的には、取得価額/転換価額によって種類株式から普通株式への転換比率が決定されますので、ダウンラウンドによる資金調達によって転換価額が下がることによって、転換比率が上がるようになっています。
ブロードベース加重平均方式
ブロードベース加重平均方式は、B種株式発行前の株式数として、完全希釈化ベースの株式数を用いる方式です。
完全希釈化ベースの株式数とは、潜在株式数もその株式数に加算する方法ですので、ブロードベース加重方式はナローベース加重平均方式よりも創業者側が有利となります。
A種株式がブロードベース加重平均方式を採用している場合の、各株主の持株割合は次のとおりです。
ナローベース加重平均方式
ナローベース加重平均方式は、B種株式発行前の株式数として、完全希釈化ベースの株式数を用いない(潜在株式数をカウントしない)方式です。
A種株式がナローベース加重平均方式を採用している場合の、各株主の持株割合は次のとおりです。
フル・ラチェット方式
フル・ラチェット方式は、A種株式の転換価額がB種株式の発行価額に変更される方式をいいます。
A種株式がフル・ラチェット方式を採用している場合の、各株主の持株割合は次のとおりです。
ダウンラウンド後の発行価額を転換価額にすることができるため、フル・ラチェット方式はA種株主にとっては非常に有利な方法であり、実務ではあまり見ることがありません。
それぞれの方式による持株割合の比較
この記事の著者
司法書士
石川宗徳
1982年4月生まれ。早稲田大学法学部卒業。
司法書士。東京司法書士会所属
(会員番号:7210、簡易裁判所代理業務認定番号:801263)
2009年から司法書士業界に入り、不動産登記に強い事務所、商業登記・会社法に強い事務所、債務整理に強い事務所でそれぞれ専門性の高い経験を積む。
2015年8月に独立開業。2016年に汐留パートナーズグループに参画し、汐留司法書士事務所所長に就任。会社法及び商業登記に精通し、これまでに多数の法人登記経験をもつ。
また不動産登記や相続関連業務にも明るく、汐留パートナーズグループのクライアントに対し法的な側面からのソリューションを提供し、数多くの業務を担当している。