相続関係 遺言関係 後継者の最低限のリスクヘッジとしての一行遺言
後継者と株式の相続
株式会社Xを代表取締役社長A(株式会社Xの株式を100%保有)が創業し、後継者であるAの長男Bが一緒に働いているというケースがあったとします。
株式会社Xにおいて、社長Aも長男Bも、株式会社Xの他の役員・従業員も長男Bが次期社長であることを認識しています。
ところで、社長Aが亡くなった後、誰が株式会社Xの社長になるでしょうか。
当然に長男Bが社長になりそうに思えますが、この答えは社長Aの株式を誰が相続することになるかによって変わる可能性があります。
法定相続と遺産分割協議
社長Aが亡くなった後、株式会社Xの株式は相続財産に組み込まれます。つまり、相続人が当該株式を相続します。
社長Aの相続人が長男Bのみである場合は当該株式は全て長男Bが相続しますし、長男B以外の相続人が全員相続放棄をするのであれば、同様に長男Bが当該株式を全て相続します。
もし、社長Aの相続人が複数いる場合、当該株式を誰が承継するのかは相続人全員による遺産分割協議の結果に委ねられます。
相続人が複数いるのにも関わらず、社長Aも長男Bも、当然に後継者である長男Bが株式を承継する、と思い込んでしまっているケースも少なくありません。
社長Aが相続人となる親族を集めて、口頭で株式は長男Bが相続するように伝えても、残念ながら相続が発生した後は株式の帰属先は遺産分割協議次第です。
人はいつ亡くなるか分からない
人は、いつか亡くなります。これは必ず訪れる未来です。
人がいつか亡くなることは分かっていますが、人がいつ亡くなるのかは分かりません。
そうであれば最低限、経営上のリスクヘッジとして、社長Aが亡くなった後の株式の行先だけは遺言で決めておくべきではないでしょうか。
もし仮に、社長Aの相続人が長男Bと、長男Bと仲が悪い次男Cの2名であるようなケースで遺言を残さないのであれば、社長Aが亡くなった後の株式会社Xは結構大変かもしれません。
取締役の選任に関する議決権割合
取締役は、株主総会の決議によって選任します(会社法第329条1項)。
定款の定めによって異なりますが、原則として、議決権の過半数を有している株主が取締役を選任することができます。
社長Aが亡くなった後は当然に長男Bが社長だと思っていたところ、長男Bが議決権の過半数を持てないのであれば、長男Bは取締役にすらなれない可能性もでてきます。
株式会社にとって株式は、非常に重要な要素であることを経営者は理解する必要があります。
合同会社の持分も同様
合同会社の持分も、株式同様に相続財産の対象となります。
持分を相続した人が社員となり、社員でない人は業務執行社員や代表社員となれないため、少なくとも後継者には持分を相続してもらうことは必須です。
そのためには株式会社の株式と同様に、合同会社においても後継者が持分を相続できるよう遺言をのこしておくのが良いでしょう。
なお、合同会社の場合は、社員が死亡した場合における当該社員の相続人が当該社員の持分を承継する旨を定款で定めておくと、持分を相続した相続人が当然に社員となることができます(会社法第608条1項、2項)。
株式に関する遺言を書いてもらいましょう
株式を誰が何株保有するかは、会社運営の根幹をなす非常に重要な要素です。
そして、株式は相続財産に組み込まれるため、誰が相続するかは社長Aが亡くなった後でないと分かりません(長男Bと仲が悪い相続人も、株式を相続する権利があります)。
だからこそ経営者には遺言が必須であり、経営者には株式が間違いなく後継者に承継されるよう対策をしておく義務があると考えます。
逆に後継者には、自分が株式を相続できるよう経営者に遺言を書いてもらうことは必須です。いつか遺言を書いてくれたらいいなと待っている間にも、人は亡くなってしまうかもしれません。
特定の財産のみに関する遺言も有効
よくある勘違い①として、遺言には自分の全ての財産を記載しなければならない、というものがあります。
これは誤りで、遺言には特定の財産についてのみ記載することもできます。
長男Bは、最低限のリスクヘッジとして、社長Aに株式に関することのみの遺言でもいいので書いてもらうのが良いでしょう。
何度も申し上げますが、人はいつか必ず亡くなり、そして亡くなるタイミングは分からないのです。
遺言は後で変えられる
よくある勘違い②として、遺言は一度書くと後で変えられない、というものがあります。
遺言は何度でも書き直すことができますし、その全部又は一部を撤回することもできます。
株式を長男Bに相続させる旨の遺言を書いた後、気が変わって長女Cに株式を相続させると書き直すこともできますので、まずは一旦、現状ベースで遺言を書いても問題はないかと思います。
これを機に、全ての財産に関する遺言の作成も
遺言を一行書けば全て解決、というわけではありません。後継者の方は最低限、株式に関する遺言だけでも書いてもらった方が良いという主張です。
株式に関する内容だけではなく、他の財産についても遺言に記載できるようであれば、そちらの方が良いでしょう。
税務面や資金面、必要に応じて相続人が受け取る財産の平等性や遺留分についても考慮した遺言があると、相続人の多くは安心できるのではないでしょうか。
株式に関する一行遺言の記載例
一行遺言の記載例は次のとおりです。自筆証書遺言の場合は、必ず本人が自署していただいた上で、押印(実印が理想)ください。
自筆証書遺言は要式に不備があると無効となる可能性が高いです。不安な方は、要式に不備がないかお近くの専門家に確認してもらってください。間違えた場合の損失が大きい行為を自分で完結することには大きなリスクが伴います。
遺言者汐留一郎は、次のとおり、遺言をする。
遺言者は、遺言者の有する株式会社●●●●(本店:東京都港区東新橋一丁目5番2号)の株式を全て、遺言者の長男汐留二郎(19●●年●月●日生)に相続させる。
2022年3月27日
東京都港区東新橋一丁目5番2号
遺言者 汐留一郎 (印)
公正証書遺言が無難
遺言には大きく分けて自筆証書遺言と公正証書遺言の2つの種類があります。
どちらも法的には有効ですが、自筆証書遺言には厳格な要式が定められているため、これに従っていない場合は無効となるリスクがあり、また、本人が書いたのか、意思能力はあったのか等争われるリスクも付きまといます。
自筆証書遺言を法務局に預ければ、遺言者の死亡後の検認手続きは不要となり、遺言の紛失や書き換えられるリスクは減りますが、法務局は遺言の有効性まで保証してくれるわけではありません。
株式(に限らずですが)の相続は大切な事項ですので、自筆証書遺言と比較して上記リスクを下げてくれる公正証書遺言が無難といえます。
どうしても自筆証書遺言にする場合は、要式に不備がないかお近くの専門家に確認してもらい、法務局に保管してもらうのが良いのかなと思います。
この記事の著者
司法書士
石川宗徳
1982年4月生まれ。早稲田大学法学部卒業。
司法書士。東京司法書士会所属
(会員番号:7210、簡易裁判所代理業務認定番号:801263)
2009年から司法書士業界に入り、不動産登記に強い事務所、商業登記・会社法に強い事務所、債務整理に強い事務所でそれぞれ専門性の高い経験を積む。
2015年8月に独立開業。2016年に汐留パートナーズグループに参画し、汐留司法書士事務所所長に就任。会社法及び商業登記に精通し、これまでに多数の法人登記経験をもつ。
また不動産登記や相続関連業務にも明るく、汐留パートナーズグループのクライアントに対し法的な側面からのソリューションを提供し、数多くの業務を担当している。