相続関係 遺言関係 遺言を書いた方がいいケース①-子どものいない夫婦-
子どものいない夫婦の相続人
子どものいない夫婦の場合、多くの方が誤解をしていることがあります。それは、夫が亡くなった場合に子どもがいないのであれば、夫の財産は全て妻のものになる、相続人は妻だけのはずだというものです。
夫の兄弟姉妹にも相続権があります
しかし、亡くなった人の財産を誰が相続するのかは法律で決まっており、亡くなった夫の親が生きているのであれば、夫の財産のうち妻がその3分の2、親がその3分の1ずつ財産を相続することになっています。亡くなった夫の両親あるいは祖父母とも既に亡くなっていたとしても、夫の兄弟姉妹が生きているのであれば、夫の財産のうち妻がその4分の3、兄弟姉妹がその4分の1ずつ相続することになっています。夫の兄弟姉妹が既に亡くなっているのであれば、その兄弟姉妹の子、つまりは亡くなった夫の甥や姪が相続することになります。このことを代襲相続と言います。
子どものいない夫婦-Xさんのケース-
それでは子どもがいない夫婦で、夫の相続財産が評価額3000万円のマンションと預貯金200万円というケースではどうなるでしょうか。
突然夫に先立たれたXさんは、当然に夫の財産が全て自分のものになると思い込んでいました。しかしある日突然義兄と義姉から、それぞれ400万円ずつ請求されてしまいました。義兄と義姉の言い分は、単なる言いがかりではなく、正当な権利に基づくものだったのです。
法律上、義兄と義姉の言い分は正当な権利に基づくものです。
前述したとおり、夫婦の間には子どもがおらず、夫の両親は既に他界されているため、夫の財産は妻が4分の3、夫の兄弟姉妹(この場合は兄と姉の2名)がそれぞれ8分の1ずつ相続すると法律で定められているからです。預貯金が200万円しかないのであれば、義兄と義姉分の両方を合わせた800万円(3200万円×8分の2)を現金で用意することはおそらく難しいでしょう。だとしたら長年夫と一緒に住んできて住み慣れている自宅マンションを売却して現金を用意することになってしまうかもしれません。
どうすれば妻の平穏な生活を守ることができたか
Xさんのケースでも、Xさんの生活を思い、義兄と義姉が自分の権利を一切主張せずに、相続放棄手続きを取ったり、亡くなった夫の財産を全てXさんのものとするという内容の遺産分割協議に協力をしてくれるのであればXさんは夫の財産を全て相続することができます。
しかし自分に数百万円、数千万円をもらう権利が目の前に転がっていれば、全員が全員相続放棄をしてくれるとは必ずしも限りません。亡くなった夫の兄弟姉妹の中に、亡くなった夫の妻と親しくはない人もいるかもしれません。もしそうであるのであれば、亡くなった夫の財産をその妻に全て譲るあるいは気持ち程度の金銭を亡くなった夫の兄弟姉妹に渡すことで問題が解決する可能性は、必ずしも高いとは言えないかもしれません。
夫が遺言を書いていれば……
結論から申し上げますと、亡くなった夫が「全財産を妻に相続させる」という遺言をのこしていれば、夫の財産は義兄と義姉の何の協力も要せずに全て妻が相続することになり、妻は今までどおり平穏な暮らしを送ることができたでしょう。
兄弟姉妹には遺留分がない
遺言をのこしておけば夫の財産が全て妻のものになるのは当たり前と思われるかもしれません。しかしここで重要な点は、兄弟姉妹には遺留分がないということです。
各相続人には亡くなった人の財産のうち最低限の財産を受け取る権利というものが法律で決められています。これを遺留分と言います。
例を挙げると、夫に子どもがいる場合、夫が「全財産を妻に相続させる」という遺言をのこしておいたとしても、子どもは相続財産のうち法定相続分(2分の1)の半分にあたる4分の1については受け取る権利を主張できることになっています。Xさんに子ども(大変な親不孝者で何十年も音信不通で顔も合わせていないとします)がいた場合、たとえ「全財産を妻に相続させる」という内容の遺言をのこしておいたとしても、相続財産の4分の1にあたる800万円は子どもが妻(子から見れば母)に請求することができます。
しかし兄弟姉妹が相続人になる場合はこの遺留分がありません。つまり、遺言をのこしておけば義兄や義姉はなんら権利を主張することができなくなってしまうのです。
兄弟姉妹は既に亡くなっていても……
兄弟姉妹は既に亡くなっているからうちは大丈夫とお考えの方もご注意ください。
兄弟姉妹が既に亡くなっていたとしても、その子どもである亡くなった夫の甥や姪がその兄弟姉妹分の相続する権利を承継することになります。夫の兄弟姉妹と疎遠となっている方であれば、その子にあたる亡くなった夫の甥や姪とは何十年も連絡を取り合っていないという方も多いかと思います。そのような人たち(夫の兄弟姉妹や甥姪)と夫の遺産について話し合うなんて、しかも相続財産を放棄してくれとお願いするなんてそう簡単にできるものではありません。
子どものいない夫婦の遺言
今まで見てきたとおり、子どものいない夫婦は特に遺言をのこしておいた方が良いと思います。しかし、法律的に有効な遺言をのこしておかないとそれが原因でトラブルになってしまう可能性があります。紛争を予防するために遺言をのこしたのに、それが元になって紛争が発生してしまったら元も子もありません。
法律的に有効な遺言の作成は専門家に依頼することをお勧めします。数万円、十数万円で将来のトラブルを予防できるのであれば活用すべきだと思います。せっかく遺言をのこしたのにも関わらず、内容や形式に不備があったためにその遺言が無効となってしまったとしても、亡くなってしまった後では遺言を書き直すことはできません。
この記事の著者
司法書士
石川宗徳
1982年4月生まれ。早稲田大学法学部卒業。
司法書士。東京司法書士会所属
(会員番号:7210、簡易裁判所代理業務認定番号:801263)
2009年から司法書士業界に入り、不動産登記に強い事務所、商業登記・会社法に強い事務所、債務整理に強い事務所でそれぞれ専門性の高い経験を積む。
2015年8月に独立開業。2016年に汐留パートナーズグループに参画し、汐留司法書士事務所所長に就任。会社法及び商業登記に精通し、これまでに多数の法人登記経験をもつ。
また不動産登記や相続関連業務にも明るく、汐留パートナーズグループのクライアントに対し法的な側面からのソリューションを提供し、数多くの業務を担当している。