商業登記関係 会社の唯一の取締役が音信不通になりました。会社の登記をする方法はありますか?
代表取締役が行方不明になった
株式会社の唯一の取締役(代表取締役)と連絡が取れなくなってしまった。しかし、会社は継続して活動していかなければならない状況だとします。
唯一の取締役と連絡が取れなくなってしまった以上、このままでは会社の運営が滞ってしまうため、新たな取締役を選任して業務を執行してもらう必要があります。
このような状況で、何とか新たに取締役に就いてくれる人は見つかったとします。
どのような登記手続きを取ることができるのでしょうか。
ここでは、出資者は現在の取締役とは別にいて、この出資者が株式の100%を保有していることを前提としています。
取締役の変更登記と登記申請人
株式会社の取締役が1名の場合、当該取締役は代表取締役になります(会社法第349条)。
会社の登記は、会社の代表者(または代表者から委任を受けた者)が申請をすることができます。
今回のケースでは、取締役を交代するという内容の変更登記を行うことになりますが、現在の代表取締役とは連絡が取れません。
現在の取締役の名前では登記申請をすることはできませんので、新しい代表取締役を選任し、この代表取締役が登記申請をすることを検討します。
印鑑を勝手に使うことはやめましょう
代表者とは連絡が取れないが、会社の実印は自由に使うことができるような状況のとき、登記手続きのシステム上は代表者の名前を申請書に記載して会社実印を押印すれば、登記をすることはできてしまいます。
法務局(登記官)は書面審査しかできないためです。
しかし、記名押印は本人あるいは本人の指示・委任のもとに行うものですので、勝手に会社実印を使うことは後でトラブルになる可能性があります。
会社実印が手元にあったとしても、連絡の取れない代表者に黙って使うことはやめておきましょう。
取締役を退任させる
まず、連絡が取れなくなっている取締役に退任してもらうことを検討します。
現在の取締役を残したままでも、新しい取締役を選任して当該取締役を代表取締役に選定、印鑑の届出をすれば会社の登記をすることはできますが、今後の業務執行に支障をきたしてしまいます。
取締役という地位から退任してもらう原因としては、主に「辞任」「任期満了」「解任」があります。
行方不明の取締役に辞任をしてもらうことは難しいので、今回のようなケースで取締役を退任してもらうには「任期満了」「解任」のどちらかになります。
取締役の任期が切れている
取締役の任期が切れていて後任者が選任されていない場合は、新たに取締役を選任することによって現在の取締役は任期満了により退任します。
任期中の取締役であっても、定款に記載されている取締役の任期を短縮することにより、現在の取締役を任期満了による退任をさせることは可能です。
任期を短縮させて退任させる方法は、解任のように株主総会の決議によって取締役を辞めさせることができますが、行方不明になり業務を執行できないのであれば当該行為は会社法第339条2項の「正当な理由」に該当する可能性が高いのではないでしょうか。
なお、有限会社や合同会社の役員には任期がありませんので、任期満了により退任することはありません。
取締役を解任する
取締役は株主総会の普通決議によって解任をすることができます(会社法第339条1項)。
取締役の解任に関する株主総会の決議要件につき、定款に別段の定めがされているときは定款に記載されている決議要件を満たすようにしなければなりません。
取締役を解任した場合の当該取締役からの損害賠償請求につき、業務を行うことができない取締役の解任であれば会社法第339条2項の「正当な理由」に該当する可能性が高いことは前述のとおりです。
なお、任期が切れている権利義務取締役を解任することはできません。
≫権利義務取締役の辞任・解任登記
辞めさせたいのであれば、解任をしなくても、後任の取締役を選任すれば解決します。
取締役の解任と本店への通知
役員の全員を解任する旨の登記申請をすると、法務局から当該会社へ、役員全員解任する旨の登記申請がされたことの通知がされることになっています。
取締役1名の株式会社において当該取締役の解任は、役員全員の解任に該当するため、当然にこの通知は送られます。
取締役が行方不明なのであれば、通知を見たことを契機とする登記申請についての争いが起こる可能性は低いと言えます。
取締役を新たに選任する
現在の取締役に退任してもらったら、新たに業務を執行する取締役を選任します。
取締役は、株主総会の決議によって選任することができます(会社法第329条1項)。
この決議要件は普通決議と似ていますが、特殊普通決議という要件ですので注意が必要です(会社法第341条)。
≫株主総会とその決議要件
株式会社の取締役が1名の場合は、当該取締役は自動的に代表取締役となります。
取締役の不在と株主総会の開催
株主総会は、原則として取締役が招集します(会社法第296条3項)。
一方で、株主総会は、株主の全員の同意があるときは、招集の手続きを経ることなく開催することができます(会社法第300条)。
また、株主が株主総会の目的である事項について提案をした場合において、当該提案につき株主の全員が書面等により同意したときは、当該提案を可決する旨の株主総会の決議があったものとみなされます(会社法第319条1項)。
100%株主であることが前提ですので、自分で提案をして自分でそれに同意をすることになりますが、株主が株主総会の目的事項を株主へ提案することにつき、取締役の承認が必要かどうかは見解が分かれています。
少なくとも提案者が株主、新しく選任された取締役を議事録作成者とするみなし株主総会議事録を用いて、本件登記申請をしたときは当該株主総会議事録で審査に引っかかることはないのではないでしょうか。
一時的に取締役の職務を行ってくれる人
取締役が欠けた場合等、必要があると認めるときは、利害関係人の申立てにより、裁判所は一時取締役の職務を行うべき者を選任することができます(会社法第346条2項)。
この取締役は「一時取締役」あるいは「仮取締役」と呼ばれています。なお、登記簿上は仮取締役と記載されます。
諸事情により必要となったときは、仮取締役の選任申立てを裁判所に行うことになります。
取締役解任、取締役選任の登記申請
唯一の取締役を解任し、取締役1名を選任したときは、その効力発生日から2週間以内に管轄法務局へ登記申請をします。
登記申請をするのは新しく選任された取締役です。
この登記の登録免許税は1万円(資本金の額が1億円を超える会社は3万円)です。
添付書類
上記登記申請の添付書類の一般例は次のとおりです。
会社の事情に応じて添付書類は変更することがあります。
- 株主総会議事録
- 株主リスト
- 就任承諾書
- 印鑑証明書(新取締役)
- 印鑑届書※
※登記の添付書類ではありませんが、登記申請書と一緒に提出します。
新取締役が印鑑カードを引き継がない場合は、印鑑カード交付申請書も提出することになるでしょう。
この記事の著者
司法書士
石川宗徳
1982年4月生まれ。早稲田大学法学部卒業。
司法書士。東京司法書士会所属
(会員番号:7210、簡易裁判所代理業務認定番号:801263)
2009年から司法書士業界に入り、不動産登記に強い事務所、商業登記・会社法に強い事務所、債務整理に強い事務所でそれぞれ専門性の高い経験を積む。
2015年8月に独立開業。2016年に汐留パートナーズグループに参画し、汐留司法書士事務所所長に就任。会社法及び商業登記に精通し、これまでに多数の法人登記経験をもつ。
また不動産登記や相続関連業務にも明るく、汐留パートナーズグループのクライアントに対し法的な側面からのソリューションを提供し、数多くの業務を担当している。