商業登記関係 取締役の報酬債権を現物出資して株式を発行(交付)する登記手続き
役員報酬として株式を交付する
取締役に対するインセンティブの関係で、役員報酬としてストックオプションではなく現物の株式を交付したいというニーズがあります。
取締役に現物の株式を与える目的としては、取締役に中長期的な企業価値の向上を促すインセンティブを与えることが挙げられます。
ところが会社法上は、単純に会社から役員へ無償で株式を「はい、どうぞ」と渡すことができません。
株式を無償で交付できるか
まず、株式会社が株式を新規発行あるいは自己株式を交付するには、募集株式の発行の手続きを踏まなければなりません(会社法第199条1項)。
次に、株式会社は無償で株式を発行することができないとされています(会社法第199条1項2号参照)。
また、交付する株式の対価として、「労務」を提供することもできません(会社法第199条1項3号参照)。
そのため、取締役への報酬として株式を交付するには、報酬たる金銭を一度役員へ交付しその金銭を募集株式の対価として振り込むか、報酬を受け取る権利(報酬債権)を現物出資することになります。
リストリクテッド・ストック
役員報酬として支給された一定の譲渡制限付株式は「リストリクテッド・ストック」と呼ばれています。
下記は経済産業省の資料ですが、リストリクテッド・ストックによる給与を届出が不要となる事前確定届出給与の対象とする制度整備が行われ、その交付に係る経済的利益について、株式交付日ではなく譲渡制限解除日にその日における価額により課税されることの明確化等が行われた、とあります。
≫「攻めの経営」を促す役員報酬~新たな株式報酬(いわゆる「リストリクテッド・ストック」)の導入等の手引~ 経済産業省産業組織課
なお、本ページ(リンク先のページではありません)では、リストリクテッド・ストックを導入するメリットや税制面については触れていません。
税制面のチェックは必須
役員報酬として株式を交付するときは、法人税法上の損金算入時期及び損金算入額や、所得税法上の所得税の課税の時期及び金額等については確認をしておいた方がいいでしょう。
税制面につきましては、顧問税理士へご確認ください。
金銭債権を現物出資する募集株式の発行手続き(公開会社)
公開会社における株式の譲渡制限は種類株式の他に、会社と役員との契約によっても実現をすることが可能とされています。
ここでは、種類株式を用いるのではなく会社と役員で、株式譲渡制限契約を締結する方法を前提としています。
株主総会の決議
株主総会を開催して、株主総会の普通決議によって取締役の報酬総額を決定します。
監査役にも報酬として株式を交付するのであれば、監査役の報酬総額も併せて決定します。
取締役の報酬と監査役の報酬を合わせて○○○○万円、というように合計金額を決議することはできず、取締役の報酬総額●●●万円、監査役の報酬総額●●●万円と分けて決議します。
取締役会の決議
取締役会を開催して、各取締役の報酬額を決定します。
併せて、募集事項についても決定します(会社法第201条1項)。この募集事項につき、いわゆる有利発行の場合は株主総会の特別決議によって決定しなければなりません。
加えて、公開会社におけるリストリクテッド・ストックの場合は、特定譲渡制限付株式の交付を受ける取締役と会社の契約締結に関する承認も行います。
総数引受契約または割当契約
株式を引き受ける取締役と総数引受契約または割当契約を締結します。
公開会社がリストリクテッド・ストックとして株式を取締役へ交付するのであれば、経産省の資料に割当契約書の記載例がありますので、そちらが参考になります。
(リストリクテッド・ストックの場合)少なくとも一定の期間あるいは条件が未達の場合は当該株式を譲渡できない旨を記載します。
≫「攻めの経営」を促す役員報酬~新たな株式報酬(いわゆる「リストリクテッド・ストック」)の導入等の手引~ 経済産業省産業組織課
効力発生
募集事項の決定で定めた払込期日に、引受人たる取締役は株主となります。
なお、公開会社が取締役会の決議によって募集事項を定めたときは、払込期日の2週間前までに、当該引受人に対して、当該募集事項を通知しなければなりません(会社法第201条3項)。
登記申請
募集株式の発行手続きにおいて、全て自己株式を交付した場合を除き、発行済株式数と資本金の額が変動します。
それにともない、効力発生日から2週間以内に、発行済株式数の変更と資本金の額の変更に関する登記申請を行います。
取締役へ自己株式のみを交付する場合は、発行済株式数と資本金の額が変動しないため登記は不要です。
金銭債権を現物出資する募集株式の発行手続き(非公開会社)
非公開会社においては、募集株式の内容の決定を株主総会の決議によって行い、割り当ての決議を取締役会(取締役会がない会社は株主総会)の決議によって行います。
なお、非公開会社の全ての株式には譲渡制限が付いていますので、譲渡制限に関する契約は不要と考えられます。
登記申請と添付書類
取締役の報酬債権を現物出資する募集株式の発行に関する登記の添付書類は、一般的には次のとおりです。ケースに応じて添付書類は変動しますので、ご事情に応じて作成ください。
- 取締役会議事録
- (株主総会議事録及び株主リスト)
- 総数引受契約書または割当契約書
- 資本金の額の計上に関する証明書
- 検査役の調査報告書
役員報酬の総額を決定した株主総会議事録は添付書類とはなりません。株主総会で募集事項を決定した場合にのみ添付します。
ところで、「5. 検査役の調査報告書」は、次の場合は添付が不要となります(会社法第207条9項)。
- 募集株式の引受人に割り当てる株式の総数が発行済株式の総数の10分の1を超えない場合
- 現物出資財産の総額が500万円を超えない場合
- 現物出資財産の価額が相当であることについて税理士等の証明を受けた場合
※当該税理士等の証明書が必要です。 - 現物出資財産が株式会社に対する弁済期の到来している金銭債権であって、この価額が当該金銭債権に係る負債の帳簿価額を超えない場合
※仕訳伝票等の帳簿が必要です。
そのため、役員報酬として株式を付与する多くのケースにおいては、検査役の調査報告書は不要になるかもしれません。
登記申請と登録免許税
現物出資に係る募集株式発行登記の登録免許税は、増加する資本金の額に1000分の7を乗じた金額です。
資本金の額が1000万円増加する場合は、登録免許税は7万円となります。
この記事の著者
司法書士
石川宗徳
1982年4月生まれ。早稲田大学法学部卒業。
司法書士。東京司法書士会所属
(会員番号:7210、簡易裁判所代理業務認定番号:801263)
2009年から司法書士業界に入り、不動産登記に強い事務所、商業登記・会社法に強い事務所、債務整理に強い事務所でそれぞれ専門性の高い経験を積む。
2015年8月に独立開業。2016年に汐留パートナーズグループに参画し、汐留司法書士事務所所長に就任。会社法及び商業登記に精通し、これまでに多数の法人登記経験をもつ。
また不動産登記や相続関連業務にも明るく、汐留パートナーズグループのクライアントに対し法的な側面からのソリューションを提供し、数多くの業務を担当している。