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固定残業代制度・管理監督者性のリスクとIPO審査における是正ポイント

固定残業代制度・管理監督者性のリスクとIPO審査における是正ポイント

人事・労務
2026年10月5日

IPO(株式上場)を目指す企業にとって、労務コンプライアンス体制の整備は避けて通れない課題です。上場審査では、主幹事証券会社や証券取引所から、労働基準法をはじめとする労働関係法令の遵守状況について具体的な説明を求められます。

中でも、固定残業代制度と管理監督者の取扱いは、指摘されやすく、是正にも時間がかかる論点です。この二つには共通するのは、適用要件や運用を誤ると、割増賃金の未払いにつながりやすいという点です。固定残業代制度では、通常の賃金との区分や差額支給などが適切に行われているか、管理監督者では、役職名ではなく職務内容や権限、勤務態様、待遇などの実態から労働基準法上の管理監督者に該当するかが問題となります。

さらに、過去にさかのぼって未払賃金を精算することになれば、発覚した時点で多額の支払いが必要になる場合もあります。

本稿では、この二つについて、どこが論点になり、どう是正するのかを解説します。末尾では、管理監督者をめぐる制度見直しの議論にも触れます。なお、N-3期からの準備スケジュール全体については、別稿「IPO準備における労務監査の全手順」をご参照ください。

1.固定残業代制度の仕組みと有効要件

固定残業代制度とは、あらかじめ一定時間分の割増賃金を、基本給や手当に組み込んで支給する制度です。残業代を固定給化することで採用競争力の強化を図ることができる、従業員にとって収入の見通しが立てやすくなる、といったメリットがあり多くの企業が導入しています。

制度を設けるときにまず決めておきたいのが、何に対する割増賃金を含めるのかという点です。時間外労働だけを対象とするのか、休日労働や深夜労働も含めるのか。これによって、必要な金額も、後で述べる差額計算の方法も変わります。ここが曖昧なまま運用されている例は少なくありません。

固定残業代が割増賃金の支払いとして有効と認められるには、判例上、次の要件を満たす必要があります。

  1. 通常の労働時間に対する賃金部分と、割増賃金に相当する部分とを判別できること。手当として支払っている場合は通常問題になりませんが、基本給に組み込んでいる場合は、基本給に含まれる固定残業代の金額を明確に区別しておく必要があります。
  2. その手当が、時間外労働等の対価として支払われるものであること。労働条件通知書や雇用契約書、就業規則等において、時間外労働等の対価として支払う手当であることが明確にされている必要があります。手当の名称も、固定残業代やみなし残業代といった、名称から割増賃金の対価であることが分かるようにしておくことを推奨します。
  3. 実際の割増賃金額が固定残業代の額を超えた場合に、その差額が支払われていること。固定残業代を支払っていれば残業代の支払いが完全に免除されるわけではありません。勤務実績から割増賃金を計算し、実際の割増賃金が固定残業代を超過している場合は、超過分を別途支払う必要があります。

また、固定残業代として設定する時間数にも注意が必要です。著しく長い時間外労働を恒常的に行わせることを前提とした固定残業代については、上記の要件を満たしていたとしても、公序良俗に反するものとして無効と判断される可能性があります。実際に、月80時間分の時間外労働に相当する固定残業代について、長時間労働を恒常的に行わせることを予定したものとして、公序良俗に反し無効とした裁判例があります。もっとも、何時間以上であれば一律に無効になるという明確な基準が確立しているわけではありません。そのため、固定残業代の時間数を設定する際には、実際の労働時間の状況も踏まえ、過度な長時間労働を前提とした制度設計になっていないかを確認することが重要です。

固定残業代が割増賃金の支払いとして認められない場合、割増賃金を別途支払わなければならないことはもちろん、固定残業代として支払っていた金額も含めて割増賃金の単価計算をすることになるため、未払賃金を支払う際のコスト大きくなってしまいます。

2.IPO審査における固定残業代制度の検証ポイント

IPO審査においては、証券取引所や主幹事証券会社が、上場後も継続的に適法な労務管理体制を維持できるかという観点から、固定残業代制度の運用実態を厳しく検証します。

特に重要なのは、前節で整理した判例上の要件に沿って、固定残業代制度が適切に設計・運用されているかという点です。就業規則や雇用契約書などの制度設計だけでなく、実際の給与計算においても、その内容に沿った運用が行われているかを確認します。形式上は制度が整っていても、実際の運用が伴っていなければ、固定残業代として適切に取り扱われない可能性があります。

これらの検証の結果、明確区分性に不備がある、あるいは超過分の精算が行われていないといった問題が発見された場合、制度の見直しから給与計算への反映、さらには過去に遡っての差額精算まで一連の是正作業が必要となり、相応の期間を要することになります。上場審査のスケジュールに直接影響しかねないため、早期の着手が推奨される領域です。

3.固定残業代制度の是正手順

固定残業代制度に問題が見つかった場合、まず重要なのは、その原因がどこにあるのかを整理することです。

固定残業代の不備には、制度設計そのものに問題があるケース、制度の内容と実際の運用が一致していないケース、制度自体には問題がなくても差額支給などの運用が適切に行われていないケースなどがあります。また、これらが複数重なっていることも少なくありません。

そのため、是正にあたっては、就業規則・賃金規程、雇用契約書、給与明細、勤怠データ、給与データなどを確認し、問題の所在と影響範囲を特定したうえで、必要な対応を整理します。

差額計算は「時間」ではなく「金額」で行う

ここで、実務でつまずきやすい論点を一つ取り上げます。固定残業代を超えた分の差額をどう計算するか、という問題です。

よく見られるのが、実際の時間外労働時間から固定残業代に対応する時間数を差し引き、その超過時間分だけを計算する方法です。固定残業代が30時間分として設定されていれば、実際の時間外労働が40時間だった月には、超過した10時間分を支給する。一見わかりやすい考え方ですが、ここに落とし穴があります。

固定残業手当の額が、設定している時間数分の割増賃金額に届いていないことがあるためです。制度を設計した当時の単価の計算に誤りがあった場合や、その後の昇給や手当の変更で単価が上がった場合、手当の額を実際に割増賃金に換算すると、30時間分ではなく20時間分にしかなっていない、ということが起こります。この状態で30時間を差し引くと、その差の10時間分がそのまま未払いになります。

確実なのは、金額で計算する方法です。まず、実際の時間外労働すべてについて割増賃金を計算します。そこから固定残業手当の額を差し引き、残額を差額として支給します。この方法なら、手当の額が何時間分に相当するかを毎月確かめる必要はなく、不足があれば自動的に差額として現れます。

制度設計に問題があれば就業規則や賃金設計を見直し、書面と実態に乖離があれば両者を整合させ、給与計算などの運用に問題があればその処理方法を改めます。未払賃金が生じている場合には、対象者・対象期間・金額を確認し、過去分の精算もあわせて進めます。

4.管理監督者性の判断要素と「名ばかり管理職」リスク

管理監督者とは、労働条件の決定その他の労務管理について、経営者と一体的な立場にある者をいいます。労働基準法上の管理監督者に該当する場合には、労働時間・休憩・休日に関する規定の適用が除外されるため、時間外労働や休日労働に対する割増賃金の支払義務は生じません。一方、深夜労働に対する割増賃金については、管理監督者にも支払う必要があります。

注意が必要なのは、社内で管理職として位置づけている役職と、労働基準法上の管理監督者とは、必ずしも一致しないという点です。該当するかどうかは役職名や肩書では決まりません。実際の職務内容・権限・待遇の実態に即して、個別に判断されます。

判断の要素としては、経営方針の決定過程にどの程度関与しているか、部下の採用や人事考課、労働条件の決定についてどこまで裁量を持っているか、自らの出退勤の時間について裁量が認められているか、基本給や役職手当といった待遇がその責任と権限に見合った水準になっているか、といった点が総合的に考慮されます。

これらの実態を伴わないまま、役職名だけで管理監督者として扱っているケースは「名ばかり管理職」と呼ばれ、裁判例でも繰り返し問題とされてきました。管理監督者に当たらないと判断された場合は、その従業員について過去分の割増賃金を支払う必要が生じます。対象者が複数いる場合、支払額が大きくなる可能性があります。

5.管理監督者性でIPO審査の論点となること

上場審査では、労働基準法上の管理監督者として、労働時間・休憩・休日に関する規制の適用除外として取り扱っている労働者について、その判断が実態に照らして適切かどうかが確認されます。

特に問題となるのは、社内では管理職として位置づけられていても、前述した職務内容や責任・権限、勤務態様、待遇などの実態からみて、労働基準法上の管理監督者に該当しないケースです。社内の役職区分だけで一律に管理監督者として取り扱うのではなく、実態に基づいてその範囲を整理しておく必要があります。

この点は、上場申請時に提出する資料にも表れています。東京証券取引所が公表しているグロース市場の記載項目では、従業員・労務の状況として、部署ごとに、会社が管理監督者(管理職)として認識している人数と、労働基準法上の管理監督者に該当する人数を一覧にし、両者に差異がある場合にはその理由を記載することとされています。したがって、社内の管理職と労働基準法上の管理監督者を区別して把握し、どの範囲を管理監督者として取り扱っているのか、その判断根拠を説明できる状態にしておくことが重要です。

また、部署ごとの月別平均時間外労働時間についても、管理監督者を含めて記載することとされています。管理監督者は時間外・休日労働に対する割増賃金の規制が適用されませんが、労働時間の状況まで把握しなくてよいわけではありません。健康確保の観点からも、管理監督者を含めた労働時間の状況を適切に把握しておく必要があります。

6.管理監督者の取扱いを是正する手順

まず、管理監督者として取り扱っている従業員を洗い出し、役職や職務ごとに整理します。そのうえで、実際の職務内容や責任・権限、勤務態様、待遇などを確認し、労働基準法上の管理監督者に該当するかを改めて検証します。管理監督者性は役職名だけで決まるものではないため、同じ役職であっても実態が異なる場合には個別の確認が必要です。

管理監督者性に問題がある場合には、その役職に今後どのような役割を担わせるのかを踏まえて是正方法を検討します。経営者と一体的な立場にある管理職として位置づけるのであれば、職務内容や責任・権限、勤務態様、待遇などを実態として管理監督者にふさわしいものに見直します。一方、そのような役割を担わせないのであれば、管理監督者としての取扱いを改め、労働基準法上の労働時間・休憩・休日に関する規制を適用し、時間外・休日労働について適切に割増賃金を支給する運用に切り替えます。

あわせて、これまで管理監督者として取り扱っていた期間についても検証が必要です。過去の実態から管理監督者に該当しないと判断され、時間外・休日労働に対する割増賃金が支払われていなかった場合には、対象期間や労働時間、未払賃金額を確認し、必要な精算を行います。将来に向けて職務内容や待遇を見直したとしても、過去の取扱いとは分けて検証する必要があります。

是正後は、管理監督者として取り扱う際の判断基準や確認手続を社内で整理し、新たな任命や役割変更の際に実態を確認できる仕組みを整えておくことが重要です。また、組織変更や権限変更によって実態が変わることもあるため、定期的に該当性を見直す運用としておくことが望まれます。

7.管理監督者をめぐる見直し議論

管理監督者の取扱いについては、現在、見直しに向けた議論が進められています。

厚生労働省が2025年1月に公表した「労働基準関係法制研究会報告書」では、管理監督者等について、本来は該当しない労働者が管理監督者等として扱われている場合があることを踏まえ、その要件を明確化する必要があるとされています。また、裁量労働制や高度プロフェッショナル制度には健康・福祉確保措置が設けられている一方、管理監督者等については労働基準法上の特別な健康・福祉確保措置が設けられていないことから、そのあり方についても検討すべきとされています。

もっとも、こうした見直しの具体的な内容や施行時期は、現時点では確定していません。2026年9月現在も、労働政策審議会において労働基準関係法制の検討が続いています。

一方、現行法のもとでも、管理監督者に該当するかどうかは、役職名ではなく職務内容や責任・権限、勤務態様、待遇などの実態に即して判断する必要があります。また、労働安全衛生法上、管理監督者についても労働時間の状況を把握する必要があり、一定の要件を満たした場合には長時間労働者に対する医師の面接指導の対象にもなります。

今後の制度改正を待つのではなく、まずは現行の基準に照らして自社の管理監督者の取扱いを確認しておくことが重要です。現在の運用を適正化しておくことは、今後見直しが行われた場合にも対応しやすい体制づくりにつながります。

8.RSM汐留パートナーズによる支援

RSM汐留パートナーズ社会保険労務士法人では、固定残業代制度と管理監督者の取扱いについて、現状の診断から、就業規則・賃金規程の改定、給与計算システムへの反映、過去分の精算まで一貫してご支援しています。グループ内の公認会計士・税理士とも連携しており、財務・税務デューデリジェンスと並行した効率的な対応が可能です。制度の運用に少しでも不安がある場合は、お気軽にご相談ください。

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