商業登記関係 代表取締役を辞任するときは司法書士に依頼してしまうのが無難
役員の辞任と登記
取締役や代表取締役、監査役が辞任したときは、辞任をした時から2週間以内にその旨の変更登記を行うことが求められます(会社法第915条1項)。
株式会社X(取締役会非設置会社)に取締役ABC(代表取締役A)がいた場合、取締役Aが取締役・代表取締役を辞任して、同日にDが取締役及び代表取締役に就任したのであれば、その辞任日(就任日)から2週間以内に登記申請を行います。なお、過料が科される可能性は生じますが、2週間を経過した日以降でも登記申請をすることはできます。
ところで、上記株式会社Xの例では新代表取締役であるDに当該変更登記を申請する義務があることになりますが、実際にDがその変更登記を申請するかどうか、あるいは申請することができるかどうかは別の話です。
特にAとしては辞任した以上なるべく早く登記をして欲しいでしょうし、Dとしても自身が代表者であることの証明書(登記簿謄本等)は必要でしょう。
(代表)取締役として名前が残り続けることのリスク
Aが取締役・代表取締役を辞任したとしても登記簿に代表取締役としてAの氏名が記載されている場合、第三者からすると株式会社Xの代表取締役はAであるように見えるため、株式会社Xと契約する相手は、いくら今の代表取締役はDであると言われても代表取締役Dと記載されている契約書に押印又は(電子)署名することは躊躇するはずです。
Aからすると勝手に名前を使われるリスクがあり、株式会社XからするとAが勝手に契約してしまうリスクがあります。加えて、契約の相手方からすると契約の有効性にリスクが生じますので、悪意のある人を除き良いことがありません。
代表ではない取締役として残っている場合も、(勝手に)取締役会長という役を付けられてしまうと同様のリスクが生じ得ます。
また、兼業や副業をしている方が転職をして、転職先が兼業・副業を禁止している、あるいは他の会社の代表者であることを禁止しているようなケースでは、取締役・代表取締役として名前が残ったままだと困ってしまいます。
辞任の登記を「できるのにしない」と「できない」
取締役が辞任をしたときに辞任の登記をすることは会社の義務ですが(会社法第915条1項)、前述のとおり実際に登記がされるかどうかは別の話であり、会社がいつまで経っても辞任の登記をしてくれないので困っているというご相談をいただくケースは少なからずあります。
取締役の辞任の登記を会社がしてくれないときは、最終的には裁判所の手続きを経て登記をすることもあるかもしれません(弁護士の先生にご相談ください)。
≫取締役(監査役)を辞任したのに、その登記申請を会社がしてくれないとき
ところで、登記がされない原因には ①登記ができるのにしないケースと ②そもそも登記ができないケースがあり、後者には ②a辞任をしても権利義務があり辞任の登記ができないケースと ②b辞任の効力は生じているが登記申請の添付書面が不足しているケースがあります。
①a 辞任をした取締役に取締役としての権利義務が残るかどうか
取締役を辞任をしても、当該取締役に取締役としての権利義務が残っている場合は辞任の登記をすることができません。また、権利義務取締役はその地位を辞任することができません。
≫株式会社の権利義務取締役、権利義務監査役とは何でしょうか。
典型的な例は、取締役会非設置会社で定款に取締役を2名以上置く旨の定めがあるときに取締役EFのうちEが辞任するケースや、取締役の員数につき特段の定めのない取締役会設置会社で取締役GHIのうちGが辞任するケースですが、前者の場合、商業登記は書面に基づく形式審査のため登記は受理・完了してしまうケースもあるかと思います。
一方で、登記は辞任の効力を生じさせるものではありませんので、法律上は取締役の権利義務を有していることになります。
権利義務取締役は、各社の状況によって対応は異なりますがその原因たる定款を変更することや、任期切れの取締役・新しい取締役を選任(再任)することで、多くのケースではそれを解消することが可能です。ただし、株主J、取締役Kのようなケースでは、Kが辞任したくてもJが後任を選任しない限りはその状況を解消することは大変かもしれません。
ところで、前述の株式会社Xにおいて仮にAが代表取締役の地位のみを辞任する場合、株式会社Xの代表取締役の選定方法が株主総会の決議であるときは当該Aの辞任につき株主総会の決議が必要です。この決議をしていないと、Aは代表取締役の地位のみを辞任することができません(登記もできません)。
取締役(代表取締役)を辞任するには辞任届を会社に提出するだけで良いと考える方は多いかもしれませんが、必ずしも辞任をする旨の意思を示すこと = 取締役(代表取締役)の職務から外れられるというわけではないことに注意が必要です。
①b 登記に必要な書類をもらっているかどうか
取締役の辞任は口頭でも成り立ちますが、取締役が辞任をした旨の登記を申請するには辞任を証する書面の添付が必要です。一般的には辞任届が該当します。
加えて、取締役Aは代表取締役として法務局に印鑑届出をしていますので、登記手続き上、取締役Aの辞任を証する書面には当該届出印(いわゆる会社実印)を押印するか、個人実印を押印した上で個人印鑑証明書を添付することが求められます。
この取締役Aの辞任届がPDFであれば公的個人認証サービス電子証明書等の法務省が指定する特定の電子署名が求められます。
辞任届はもらったけれども、登記手続きに使用できる辞任届をもらわずに退任した(代表)取締役と連絡が取れなくなってしまうと大変です。
会社側、辞任する側の双方にとってメリットがある
役員変更登記は一見簡単なように見えるけれども、確認事項や注意事項が非常に多い登記であると考える司法書士の先生は少なくないのではないでしょうか。私もそう思います。
任期が切れているのに重任登記がされていない、権利義務取締役なのに辞任の登記がされている、ある取締役が選任されたことで既存の権利義務取締役が退任していることに気付いていない等は見かけます。
役員の就任・退任の効力を法的に瑕疵なく成立させ、それを確実に登記簿に反映させることで不要なリスクを減らすことができ、会社の方が登記手続きに費やす時間を本業に使うことができます。
自分が取締役を退任(辞任)することや、自分が代表取締役に就任することにつき、確実に登記まで済ませたいと考えている方はお近くの司法書士にご相談・ご依頼いただくとスムーズと思います。
特に、前述の株式会社Xの取締役Aは自身の辞任登記が早く確実にされることのメリット(= 早く確実にされないことのデメリット)は小さくないのではないでしょうか。
この記事の著者
司法書士
石川宗徳
1982年4月生まれ。早稲田大学法学部卒業。
司法書士。東京司法書士会所属
(会員番号:7210、簡易裁判所代理業務認定番号:801263)
2009年から司法書士業界に入り、不動産登記に強い事務所、商業登記・会社法に強い事務所、債務整理に強い事務所でそれぞれ専門性の高い経験を積む。
2015年8月に独立開業。2016年に汐留パートナーズグループに参画し、汐留司法書士事務所所長に就任。会社法及び商業登記に精通し、これまでに多数の法人登記経験をもつ。
また不動産登記や相続関連業務にも明るく、汐留パートナーズグループのクライアントに対し法的な側面からのソリューションを提供し、数多くの業務を担当している。