不動産登記関係 家族信託の基本
家族信託とは
家族信託という言葉はテレビでも取り上げられたことがあるほど認知度も上がってきており、当社にも家族信託についてお問い合わせをいただくことが少なくありません。
家族信託は特に、認知症や相続に対する対策として注目されています。
確かに家族信託には家族信託特有のメリットがあり、遺言や成年後見制度といった他の手段では行うことのできないことをできるという優れた点を有していますが、何でも解決できる万能の仕組みではありません。
とはいえ、家族信託でしか行えないことがあるというのも事実です。
当事務所のスタンスとしては、家族信託はあくまで遺言や成年後見制度等他の仕組みと同様に一つの仕組みとして考えておりますので、家族信託のような複雑に見える仕組みを使わなくても解決できるようなケースの場合は、他の方法による解決をお勧めしております。
信託とは
信託とは、委託者が信託契約や遺言によって、委託者が信頼できる人に対して、不動産や株式、金銭などの財産を移転し、受託者は信託目的に従って受益者のために信託財産の管理や処分等をする制度です。
家族信託という言葉
実は家族信託という言葉は、何かの法律に記載されている言葉ではありません。家族信託の根拠となる信託法にも家族信託という言葉は出てきません。
信託には大きく分けて商事信託と民事信託の2つがあり、民事信託のうち登場人物が家族(親族)である信託が家族信託と呼ばれています。
自分の財産を信じて託すことが信託ですので、自分の財産を誰に託すことができるのかを考えると受託者は家族(親族)であることが少なくなく、そのため民事信託の一定数は家族信託になります。
なお、家族信託という言葉は現在、一般社団法人家族信託普及協会が商標登録をしています。
商事信託と民事信託の違い
信託と聞くと信託銀行を思い浮かべる方が多いのではないでしょうか。
信託には商事信託と民事信託があり、信託銀行等が行っている業務は商事信託に該当します。
商事信託は、営利目的で信託銀行が受託者となり、委託者の財産の管理や処分を行うもので、受託者たる信託銀行等に報酬が発生します。信託銀行等が営利目的で業務として信託業務を行うため、(信託銀行等の規定により)一定額以上の財産や財産の種類でないと信託財産とすることができないことが多いです。
民事信託は、営利目的でない者が受託者となり、委託者の財産の管理や処分を行うものです。
家族信託が注目されている理由
家族信託が注目されているにはその仕組みの特徴と時代的な背景があります。
平成18年に施行された信託法により、信託が利用しやすいものとなりました。今までは認知症対策、相続対策といえば遺言や成年後見制度、生前贈与等でしたが、それらの方法では応えられない一部のニーズに家族信託であれば解消できます。
また、高齢者の数が今後増えていくこと、それに伴い認知症になる方の数も増えていくことが予想されています。遺言や成年後見制度等と並び、認知症や相続対策の一つの選択肢として家族信託のことを知っておいても損はありません。
家族信託の仕組み
家族信託とは、信託の一種です。
信託とは、財産所有者(委託者)が、契約または遺言によって、信頼できる人(受託者)に対して、その財産(信託財産)を移転し、契約または遺言によって定められた目的に従って、契約または遺言によって定められた特定の人(受益者)のために信託財産を管理・処分することをいいます。
家族信託においては、委託者=受託者であることが多く、受託者は委託者の家族(親族)です。
例えば、アパート経営をしている父が高齢になり管理することが難しくなってきたため、その管理を今から長男に任せたい、しかし家賃収入は父が得たいような場合、委託者兼受益者を父として、受託者を長男とするように設定するようなケースが考えられます。
遺言の方法によれば父が亡くなるまで効力を発生させることができず、生前贈与であれば基本的には家賃収入は長男のものとなる上に多額の贈与税が発生する可能性があります。また、成年後見制度であれば認知症になるまで待たなければなりません。
なお、家族信託は「信託法」に則った法的な仕組みですので、弁護士や司法書士等の法律専門家に一度ご相談されることをお勧めします。家族信託は契約や遺言により設定するものですので、委託者が認知症になってしまった後に修正することはできませんのでご注意ください。
家族信託の登場人物
家族信託には次のような登場人物がいます。最低限必要となるのは委託者、受託者及び受益者です。
- 委託者 ▶ 財産を託す人
- 受託者 ▶ 財産を管理・処分する人
- 受益者 ▶ 信託財産の利益を受ける人
- 信託監督人 ▶ 受益者のために、受託者を監督する人
- 受益者代理人 ▶ 受益者の権利を代わりに行使する人
- 信託管理人 ▶ 受益者がいないとき、受益者の権利を行使する人
家族信託はご家族構成等によってテンプレートを使用するのではなく、オーダーメイドをすることが大切です。
状況によっては信託監督人を付けた方がいいケースや、受益者代理人を付けておいた方がいいケースもあります。
家族信託はどのような人に利用されるか
家族信託はどのようなケースで利用されることが多いのでしょうか。
ここでは一般的な事例をご紹介します。
認知症対策
認知症対策として家族信託を利用できるケースがあります。
財産の所有者が認知症となり、意思能力が不十分な状態となってしまった後は財産の処分に一定の制限がかかってきます。
意思能力が十分なうちにその処分方法につき信託契約を締結しておくことにより、認知症となった後もその契約内容に従い受託者が委託者の財産を管理、処分することができるようになります。
例えば、次のように考えている人には家族信託を選択肢の一つとして入れておいてもいいかもしれません。
- アパートの管理、処分、修繕を家族に任せたいが家賃収入は欲しいと考えている。
- 数年後あるいは数年かけて不動産の購入をしていく予定だが、いつ認知症になるか不安だ。
- 数年後にあるいは数年かけて不動産を処分していく予定だが、いつ認知症になるか不安だ。
- 将来施設に入ったら空家となる自宅を、自分が施設に入った後に売却することを、今から家族に任せたい。
【重要】認知症になった後は、新しく家族信託を設定できません
遺言や成年後見制度ではできないことが家族信託ならできる!という言葉から、認知症になった人の財産を売却したいので家族信託を検討している、というお問い合わせをいただくことがあります。
家族信託は契約あるいは遺言による法律行為ですので、意思能力が不十分となった方は家族信託を設定することができません。
(意思能力が不十分となった)認知症の方がその所有不動産を売却するには、成年後見制度を利用して、成年後見人が代わりに売却するしかありません。
しかし、成年後見人が成年被後見人の不動産を売却するにはその売却が必要な理由が求められ、被後見人の居住用不動産であれば家庭裁判所の許可が必要となります。
また、居住用不動産でない場合でも家庭裁判所から理由は求められるでしょう。
認知症になる前に、早めの対策をすることが重要ということになります。
財産承継者の指定
家族信託でしか行えないこととして、不動産の取得者を一定限度まで指定することができる点が挙げられます。
最初はA(財産所有者)が財産を所有しているが、A死亡後はBが取得し、Bが死亡後はCが取得するということをAが決めることができます。
これは遺言では代替することができません。遺言ではBが取得するところまでしかAが決定できず、Bが当該財産をCへ承継させるかどうかはBの自由です。
予備的遺言によりBがAより先に亡くなったときはCが当該財産を取得する、という設定をAがすることは可能です。しかし、これはBがAより先に亡くなったという条件のもと、あくまでA→Cに承継されるだけで、A→B→Cと財産を承継させることはできません。
財産承継者を指定したいときとは
財産承継者をできるというメリットはどのようなケースで利用することができるのでしょうか。
例えば次のようなケースが考えられます。
- 先祖代々の土地を直系血族に承継していって欲しい。
- 自分の死後、財産を障害のある一人息子のために使用した後は、障害者支援団体に寄贈したい。
- 自分の死後、財産を子のうち障害のある長男のために使用した後は、長男の面倒をみてくれた次女に渡したい。
- 自分の死後、財産を内縁の妻のために使用した後は、自分の甥に渡したい。
- 自分の死後、財産を長女が相続するのはいいが、長女死亡後にその夫へ渡ることは避けたい。
30年という時間的制限
家族信託を利用したとしても、何代も先まで未来永劫に承継者を指定できるわけではありません。
信託設定から30年経過した後に、新たに受益権を取得した受益者が亡くなったときに信託は終了することになっています(信託法第91条)。
A→B→C→Dと受益権を移行させたいとAが思っていたとしても、Aが死亡し、Aが信託を設定してから35年後にBが死亡したときは、Cが最終的な受益者となるためDが受益権を取得することはできません。
こちらのコラムもご参照ください。
この記事の著者
司法書士
石川宗徳
1982年4月生まれ。早稲田大学法学部卒業。
司法書士。東京司法書士会所属
(会員番号:7210、簡易裁判所代理業務認定番号:801263)
2009年から司法書士業界に入り、不動産登記に強い事務所、商業登記・会社法に強い事務所、債務整理に強い事務所でそれぞれ専門性の高い経験を積む。
2015年8月に独立開業。2016年に汐留パートナーズグループに参画し、汐留司法書士事務所所長に就任。会社法及び商業登記に精通し、これまでに多数の法人登記経験をもつ。
また不動産登記や相続関連業務にも明るく、汐留パートナーズグループのクライアントに対し法的な側面からのソリューションを提供し、数多くの業務を担当している。