商業登記関係 事業承継における黄金株の設計と出口戦略
事業承継と黄金株
事業承継において黄金株が用いられることがあります。
黄金株とは通称で、一般的には拒否権付株式(会社法第108条1項8号)のことをいいます。
拒否権条項付株式とは、種類株式の一種であり、株主総会や取締役会で決議を要する事項につき、当該決議のほか、拒否権付株式を保有する株主による種類株主総会の決議も必要とする株式です。
この拒否権は非常に強力なもので、例えば株主総会で取締役Aを新たに選任したとしても、拒否権付株式を保有する株主がNOと言えば、会社は取締役Aを選任することができません。
事業承継での用いられ方
典型的な例としては、社長が長男へ会社を承継する場面において、少しずつ社長が保有する株式を長男へ移しながら、一方で社長自身の影響力を残すために社長が拒否権付株式(以下、このページでは「黄金株」といいます)を1株だけ保有するケースです。
長男が何株持ったとしても、一定の決議事項につき社長が拒否権を保有しておけば、社長の承諾無しには前に進めることができず長男が(社長の思う)間違った方向に進むことを防ぐことができます。
一定の移行期間を経て、長男が新社長として問題なく経営をすることができると判断できれば、黄金株を発行会社が取得する等して自己株式とし、自己株式の消却手続きを踏むことで黄金株を消却することが多いでしょう。
なお、自己株式の消却をしても発行済みの黄金株が0株になるだけで、黄金株に関する登記簿の記載を抹消するには株主総数の特別決議によって定款を変更(黄金株の規定を抹消)する必要があります。
黄金株の出口戦略
上記のとおり、黄金株は強力なものですので、誰がその株式を保有するかは会社にとって重要な事項です。
そのため、黄金株がどのような状況になれば誰に渡る可能性があるか、は黄金株を設計する段階でよく検討されることをお勧めします。
社長が持ってるのだから社長以外の人の手に渡るわけがないと思いがちですが、色々なケースが想定されます。
例えば、次のようなケースです。
譲渡、売買
黄金株が誰かに譲渡されたり売られたりするケースです。
黄金株が贈与や売買によって第三者の手に渡る可能性は低いものと思われますが、可能性はゼロではありません。
昔からある会社で公開会社のままである会社は、黄金株の導入を機に株式に譲渡制限を付け、非公開会社へ移行する対策が考えられます。
株式に譲渡制限を付けておけば、会社が把握していない第三者の手に黄金株が渡ったとしても、会社がその譲渡を承諾していないことにより、当該譲渡を会社に主張できません。
黄金株以外の株式(例えば普通株式)に譲渡制限を付けたくないのであれば、黄金株にだけ譲渡制限を付けるということも可能です。
株券の紛失
株券発行会社は、原則として株式につき株券を発行しますので、黄金株を発行するときはその株券も交付することになります。
ところで、株券を善意無過失に取得した第三者は、当該取得者がその所有権を得る可能性が生じます(善意取得)。
黄金株の株券の紛失リスクは会社の経営を左右し得ますので、株券発行会社においては株券不所持の申出をし、あるいはこれを機に株券不発行会社へ移行することを検討しても良いかもしれません。
認知症
黄金株の保有者が認知症になり、意思能力が無くなってしまう可能性があります。
議決権を行使するには意思能力が必要ですので、意思能力が無くなってしまえば議決権を行使することができなくなってしまいます。
黄金株の種類株主総会が必要であるのに、当該株主が議決権を行使することができないと会社を前に進めることができません。
成年後見人を付けたとしても、成年後見人が選任されるまでは時間がかかりますし、成年後見人がどのように議決権を行使するのかは未知数です(基本、全体の株主総会で承認されたことは承認するのでしょうか)。
これらの一つの対策としては、黄金株に取得条項を付けておくことでしょう。
この取得条項のトリガーは、例えば「成年後見開始の審判を受けたこと」が考えられます。
財源規制によって取得条項を発動することができないということが無いように、対価を無償とするか、対価を普通株式とする方法もあるでしょうか。
死亡
人はいつ亡くなるか分かりません。それは黄金株を保有している株主も同様です。
黄金株の保有者が亡くなったときは、当然に黄金株も相続財産に組み込まれますので、原則として黄金株は相続人の誰かが相続します。
非常に強力な権限を持つ黄金株が、相続人の誰に渡るのか不確定であることは、経営の安定を揺るがし得るリスクと言えます。
この対策としてはまず、死亡をトリガーとする取得条項を付すことが考えられます。
取得条項で黄金株の回収はカバーできそうですが、その他には、定款に相続人売渡請求を盛り込んでおき、黄金株の保有者が死亡したときに会社が買い取れるようにしておく方法もありそうです(財源規制あり)。
また、遺言で黄金株を誰に相続させるか指定しておくことも考えられるでしょうか。
ただし、遺言の場合、黄金株を相続させる予定の相続人が先に亡くなってしまったときは遺言のメンテナンスが必要です。
遺言が無効となってしまうと大変ですから、無効となる可能性の低い公正証書遺言を選択するのが良さそうです。
強力であるがゆえに要注意
黄金株の設定は、単純に拒否権を付けるだけであれば自社でできるかもしれません。
会社法第108条1項8号に倣うと、全ての決議(清算人会を除く)に拒否権を付けるのであれば、種類株式の内容は次のようになるでしょうか。
一方で、その黄金株の協力さゆえに、黄金株が将来どうなるかまで検討しておかないと、経営をスムーズに行うために導入した黄金株が経営のリスクとなり得てしまいます。
黄金株を保有する社長が、3年後には会社に返すからと口約束するだけでは、3年後に本当にそれが実現するかは誰にも分かりません。
黄金株を導入するときは、その出口戦略まで設計された上で導入することをお勧めいたします。
この記事の著者
司法書士
石川宗徳
1982年4月生まれ。早稲田大学法学部卒業。
司法書士。東京司法書士会所属
(会員番号:7210、簡易裁判所代理業務認定番号:801263)
2009年から司法書士業界に入り、不動産登記に強い事務所、商業登記・会社法に強い事務所、債務整理に強い事務所でそれぞれ専門性の高い経験を積む。
2015年8月に独立開業。2016年に汐留パートナーズグループに参画し、汐留司法書士事務所所長に就任。会社法及び商業登記に精通し、これまでに多数の法人登記経験をもつ。
また不動産登記や相続関連業務にも明るく、汐留パートナーズグループのクライアントに対し法的な側面からのソリューションを提供し、数多くの業務を担当している。