商業登記関係 認知症になった取締役が、取締役を退任する方法
※令和元年会社法改正により会社法第331条1項2号が削除されたことにともない、本記事も一部修正しております。
取締役と認知症
日本は現在、超高齢社会であり人口のボリュームゾーンがこれから70歳、75歳を迎えようとしています。
取締役に就任している方が認知症になった場合、認知症の程度によっては取締役として職務を執行することが難しいかもしれません。
取締役としてその職務を執行することができないのであれば、取締役を退任してもらうことになるでしょう。
認知症の方が取締役を退任する
認知症の方が取締役を退任する事由としては、次のようなものが考えられます。
- 後見の開始
- 任期満了
- 解任
認知症の方が辞任することができるか
取締役は、その意思によって辞任をすることができます。
しかし、辞任をするためには意思能力が必要とされていますので、事理を弁識する能力を欠く常況にある(民法第7条)程度まで認知症が進んでいる取締役は、自らの意思で辞任をすることはできないことになります。
後見の開始
会社と取締役は委任関係に基づきますので、受任者が受任者が後見開始の審判を受けると委任は終了します(民法第653条)。
そのため、取締役が後見開始の審判を受けると会社との委任関係が終了することにより退任します。
この取締役退任の登記申請の添付書類として、後見開始の審判書(確定証明書付)または後見の登記事項証明書が必要です。
なお、会社法第331条1項2号が削除されたことにより、上記事由により退任した取締役も再度取締役に就任することはできます。
被保佐人・被補助人と取締役の資格
被後見人と同様に、被保佐人や被補助人も取締役になることが可能です。
また、保佐開始、補助開始の審判を受けでも委任関係は終了しませんので、当該審判を受けたとしても取締役を退任することはありません。
認知症であるという事実だけでは退任しない
取締役が認知症であると診断されたとしても、その事実だけでは自動的に取締役が退任することはありません。
後見開始の申立てをして、家庭裁判所から後見開始の審判がされたという事実をもって退任することになります。
後見開始の申立て方法は、次の裁判所のサイトをご確認ください。当事務所でも、後見開始の申立てのお手伝いをしております。
後見開始の申立てをせずに、あるいは後見開始を待たずに取締役を退任してもらうには、任期満了や解任の方法によることになるでしょう。
任期満了による退任
株式会社の取締役には必ず任期があり、任期が満了した取締役は退任します。
認知症となった取締役が、既に任期が満了していて退任の登記をしていないのであれば、その退任の登記を申請しましょう。
当該取締役の任期が満了しているけれども、≫権利義務取締役となっているときは、任期満了による退任登記をすることができません。
新たに取締役を選任する、あるいは定款を変更する等してその原因を解消することにより、任期満了により退任を目指すことになります。
権利義務取締役の解任
認知症となった取締役が権利義務取締役である場合は、当該取締役を解任することができません。
権利義務取締役を退任させるには、後任の取締役を選任する等により権利義務状態を解消しなくてはなりません。
任期が満了するまで待つ
認知症となった取締役の任期があと少しで切れるような場合は、任期が満了するまで待つという方法があります。
なお、任期が満了したとしても、後任者を選任する等しないと権利義務取締役として当該取締役も取締役という役職を継続することになります。
定款を変更して任期を短縮する
取締役の任期が10年である株式会社の取締役が既に4年その業務を行っている場合、あと6年その任期が残っていることになります。
株主総会の決議によって取締役の任期を2年に短縮する定款変更をすることにより、他の取締役とともに当該取締役の任期を満了させることができます。
解任された取締役は、その解任につき正当な事由がある場合を除き、解任によって生じた損害の賠償を請求することでき(会社法第339条2項)、これは任期短縮によって退任をさせた場合にも類推適用されるとされています。
それぞれのケースによって異なるかと思いますが、取締役の職務を全く行うことができない程度に意思能力が欠けている状況であれば、それは解任につき正当な事由に該当すると言えるケースも少なくないのではないでしょうか。
取締役を解任する
取締役は、いつでも、株主総会の決議によって解任することができます(会社法第339条1項)。
取締役の解任は、定款に別段の定めがない限り、株主総会の普通決議によって行います。
権利義務取締役を解任することができないこと、取締役の解任と損害賠償の関係については前述のとおりです。
取締役2名の株式会社が1名の取締役を解任した場合の登記
取締役ABの2名、代表取締役がBの1名である株式会社において、認知症となった取締役Bを解任し、取締役Cを取締役兼代表取締役として選任する場合の手続きはどうなるでしょうか。
まず、株主総会を開催して取締役Bの解任決議を可決し、続けて取締役Cの選任決議を可決します。
次に、Cを代表取締役に選定する必要がありますので、定款に定められている代表取締役の選定方法に従い、①株主総会の決議②定款に直接代表取締役を規定する場合は株主総会の決議で代表取締役を選定する等し、③取締役の互選で代表取締役を選定する場合は取締役ACの合意によって取締役Cを代表取締役に選定します。
添付書類
上記ケースにおける変更登記の添付書類は次のとおりです。
※代表取締役の選定方法が、取締役の互選と定款に定められている株式会社を想定しています。代表取締役の選定方法を株主総会としている会社は、下記の添付書類のうち※の書類が不要です。
- 株主総会議事録(解任・選任)
- 株主リスト
- 就任承諾書
- 取締役の互選書 ※
- 定款 ※
- 取締役ACの印鑑証明書
この他に取締役Cの「印鑑届書」、加えて印鑑カードを引き継がない場合は「印鑑カード交付申請書」を提出します。
登録免許税
取締役、代表取締役の変更登記に係る登録免許税は、資本金の額が1億円以下の株式会社においては1万円です。
資本金の額が1億円を超える株式会社においては3万円となります。
事業承継を検討する
上記は手続きについて述べていますが、後任者がいることや、株主総会を問題無く開催できていることが前提となっています。
実際には、後任者がいない会社や、認知症となった取締役が株式の大部分を保有している会社も多いのではないでしょうか。
いざ取締役が認知症となった後では、対応も後手後手となってしまい、また取れる対策も少なくなってしまうことが一般的です。
事業承継を検討されている方は、お早めに専門家へご相談されることをお勧めいたします。
この記事の著者
司法書士
石川宗徳
1982年4月生まれ。早稲田大学法学部卒業。
司法書士。東京司法書士会所属
(会員番号:7210、簡易裁判所代理業務認定番号:801263)
2009年から司法書士業界に入り、不動産登記に強い事務所、商業登記・会社法に強い事務所、債務整理に強い事務所でそれぞれ専門性の高い経験を積む。
2015年8月に独立開業。2016年に汐留パートナーズグループに参画し、汐留司法書士事務所所長に就任。会社法及び商業登記に精通し、これまでに多数の法人登記経験をもつ。
また不動産登記や相続関連業務にも明るく、汐留パートナーズグループのクライアントに対し法的な側面からのソリューションを提供し、数多くの業務を担当している。