商業登記関係 資金調達(エクイティファイナンス)をするときに利用される種類株式の内容
種類株式を用いた資金調達
中小企業、特にIPOを目指すベンチャー企業においては、種類株式を用いて資金調達が行われることがあります。
細かい記載の仕方や、会社・投資家の有利不利による内容の違いはありますが、当該種類株式の内容には一定のパターンがあります。
ここでは、下記サイトにある「資料6:別紙Ⅰ_発行要項および定款変更(WORD形式:33KB)」を基に、その種類株式の内容を確認します。
≫中小企業者のためのエクイティ・ファイナンスの基礎情報(中小企業庁)
下記種類株式の内容はあくまで一例ですので、各会社及び投資家の状況によって調整ください。
発行可能株式総数
当会社の発行可能株式総数は●株とし、普通株式の発行可能株式総数は●株、A種優先株式の発行可能種類株式総数は●株とする。
種類株式を設定するときは、発行可能株式総数の他に、発行可能種類株式総数も定款に定めます。A種優先株式だけでなく、普通株式も種類株式に該当しますので、普通株式の発行可能(種類)株式総数も忘れずに記載します。
ここでは普通株式とA種類株式という名前の種類株式となっていますが、種類株式の名称は自由に設定することが可能です(例:A種株式、S種類株式、甲種類株式など)。
条文のタイトルが単に「発行可能株式総数」となっていますが、これを「発行可能株式総数及び発行可能種類株式総数」としている会社もあります。
多くの会社では発行可能種類株式総数=発行可能株式総数となっている印象ですが、各発行可能種類株式総数の合計>発行可能株式総数とすることも問題ありません。
剰余金の配当
株式会社は、剰余金の配当について異なる定めをした内容の異なる2以上の種類の株式を発行することができます(会社法第108条1項1号)。
(1)当会社は、●年●月●日〔注:払込期日から3年を経過した日〕(以下「優先配当開始日」という。)以降の日を剰余金の配当に係る基準日として剰余金の配当をする場合、当該剰余金の配当に係る基準日(以下「配当基準日」という。)の最終の株主名簿に記載又は記録されたA種優先株式を有する株主(以下「A種優先株主」という。)又はA種優先株式の登録株式質権者(以下「A種優先登録株式質権者」という。)に対し、配当基準日の最終の株主名簿に記載又は記録された普通株式を有する株主(以下「普通株主」という。)又は普通株式の登録株式質権者(以下「普通登録株式質権者」という。)に先立ち、A種優先株式1株につき、A種優先株式1株に係る払込金額相当額(但し、A種優先株式につき、株式の分割、株式無償割当て、株式の併合又はこれに類する事由があったときは、その比率に応じて、取締役会決議をもって適切に調整される。以下「A種払込金額」という。)に年率5%を乗じて算出した額の金銭について、配当基準日が属する事業年度の初日(但し、配当基準日が優先配当開始日の属する事業年度に属する場合は、優先配当開始日とする。)(同日を含む。)から配当基準日(同日を含む。)までの期間の実日数につき、1年を365日(但し、当該事業年度に閏日を含む場合は366日)として日割計算により算出される額の配当金(以下「A種優先配当金」という。)を支払う。但し、すでに当該事業年度に属する日を基準日としてA種優先株主又はA種優先登録株式質権者に対してA種優先配当をしている場合、A種優先株式1株当たりのA種優先配当金の額は、かかるA種優先配当の合計額を控除した額とする。
配当を行うときは、普通株式に優先してA種優先株式が配当を受けるという内容です。優先する金額は払込金相当額の5%ですので、A種優先株式1株当たりの払込金額が10,000円の場合、1株当たり500円を普通株式に優先して配当を受けることができるように設計されています(A種優先株式が発行されて4年以上経過している前提)。
ここでは優先する配当額を払込金額相当額の5%としていますが、固定の金額とすることもできます(例:1株につき500円など)。
株式分割や株式無償割当てを行った後も変わらず1株につき払込金額相当額の5%あるいは500円を配当することは会社側も許容できないでしょうから、その場合調整される旨が記載されています。
A種優先株式の払込金額が1株10,000円、5,000株保有、優先配当額2,500,000円/年であるところ、1株を100株に分割したときに調整がされない場合、優先配当額が250,000,000円/年になってしまいます。なお、調整がされる場合は、優先配当額は変わらず2,500,000円/年です。
短期的には利益が生じにくい構造、あるいは利益を配当に回すくらいなら事業へ再投資して欲しいというニーズからか、IPOを目指すベンチャー投資では剰余金の優先配当が設けられないケースも少なくありません。
(2)ある事業年度において、A種優先株主又はA種優先登録株式質権者に対して支払ったA種優先株式1株当たりの剰余金の配当の額がA種払込金額に年率5%を乗じた額に達しないときでも、その不足額は翌事業年度以降に累積しない。
非累積型の規定です。
累積型とは、優先配当額(例えば2,500,000円/年)を支払えなかった場合、それを翌事業年度に持ち越しますので、翌事業年度の優先配当額に前事業年度の優先配当額額が加算される仕組みであり(例えば5,000,000円/年)、非累積型はそれをよく事業年度に持ち越さない仕組みです。
思ったより利益が出ず、剰余金が配当できない事業年度もあるでしょうから、非累積型にしておくケースが多いでしょう。
累積型の場合、配当できなかった事業年度が続くと、それ以降に配当しなければならない金額が増え会社の負担が大きくなってしまいます。
(3)A種優先株主又はA種優先登録株式質権者に対して、A種優先配当金を超える剰余金の配当は行わない。
非参加型の規定です。非参加型とは、会社がA種優先株主に優先配当を行った後に普通株主に配当を行うときに、A種優先株主が普通株主と一緒に配当を受け取ることができない規定です。
5年後に取得請求権を行使して元本回収、それまでは年5%の配当を得るというようなインカムゲイン目的の投資であれば非参加型も見かけますが、IPOを目指すベンチャー投資においては、剰余金の優先配当が付いているときは参加型が多い印象です。
普通株式1株、A種優先株式1株発行している会社が、まずA種優先株主に500円配当し、その後2,000円を会社が配当しようとしたときに、普通株主に1,000円、A種優先株主に1,000円を配当するのが参加型、普通株主に2,0000円全て配当するのが非参加型です。
(4)A種優先配当金の額の計算上生じた1円未満の端数は切り捨てるものとする。
配当金に端数が生じないよう調整しています。端数、良くない。
残余財産の分配
株式会社は、残余財産の分配について異なる定めをした内容の異なる2以上の種類の株式を発行することができます(会社法第108条1項2号)。
(1)当会社は、残余財産の分配をする場合、A種優先株主又はA種優先株式登録株式質権者に対し、普通株主又は普通登録株式質権者に先立ち、A種優先株式1株につき、A種優先株式1株に係るA種払込金額に1.5を乗じた金額(以下「A種優先残余財産分配金」という。)を支払う。
IPOを目指すベンチャー投資において残余財産の分配の優先は非常に重要な条項です。この条項に、みなし清算条項や財産分配契約を加えて、投資家が不利になる解散やM&A等によるイグジットを防ぐことは必須でしょう。
≫ベンチャー企業への投資における残余財産分配優先権とみなし清算条項
このサンプルでは優先分配額がA種払込金額の1.5倍となっていますが、払込金額の1倍というケースが多いです。
「A種払込金額」は剰余金の優先配当の項で定義付けされていますので、株式分割などがあったときはA種優先株主が受け取れる金額が調整されます。
(2)A種優先株主又はA種優先株式登録株式質権者に対して、A種優先残余財産分配金を超える残余財産の分配を行わない。
非参加型の規定です。
残余財産が多く残るのであれば、投資家も出資額以上にできるだけ回収したいと考えるでしょうから、優先分配額が出資額の1倍の場合は特に、参加型であることが多いでしょう。
実務上も、参加型をよく見かけます。
(3)A種優先残余財産分配金の額の計算上生じた1円未満の端数は切り捨てるものとする。
分配金に端数が生じないよう調整しています。端数、良くない(2回目)。
取得請求権
株式会社は、その取得請求について異なる定めをした内容の異なる2以上の種類の株式を発行することができます(会社法第108条1項5号)。
(1)A種優先株主は、当会社に対して、●年●月●日〔注:払込期日から3年を経過した日〕以降いつでも、その保有するA種優先株式の全部又は一部を当会社が取得するのと引換えに金銭を交付することを請求することができる。なお、かかる請求は、対象とする株式を特定した書面を当会社に交付することにより行うものとする。
出資してから一定期間経過した後、投資家が資本回収をできるように定めている条項です。
一定期間が経過後にまた金銭に変えることができる条件は投資家にとってリスクヘッジになる反面(ただし、財源規制があります)、発行会社側としては取得請求権を行使されるとキャッシュが出ていくリスクが生じる点はマイナスかもしれません。
IPOを目指すベンチャー投資においては、種類株式に金銭を対価とする取得請求権を付けるケースよりも付けないケースの方が多く見かけるでしょうか。あるいは、金銭対価の取得請求権が付いていても、そのトリガーが事業譲渡又は会社分割による(実質的に)全部の事業の譲渡とされていることがあります。
また、株主が種類株式を取得後いつでも行使ができて、かつ、その対価を普通株式とする取得請求権が付いているケースはよく見かけます。上場する前提で各種種類株式を普通株式に転換するための手段の一つとなりますが、取得条項と比較して、(行使してもらうことが前提となりますが)会社法第234条の適用を受けないため対価の端数を切り捨てることができるというメリットがあります。端数、良くない(3回目)。
(2)A種優先株式1株の取得と引換えに交付される金銭の額は、A種払込金額に1.5を乗じた金額とする。
取得請求権を行使するとA種優先株式を失う代わりに出資額の1.5倍の金銭を得られる設計です。投資家に有利な内容に見えます。
なお、金銭が対価の場合、財源規制があるため分配可能額(会社法第461条)が無いときは取得請求権を行使することができません。
取得条項
株式会社は、取得条項について異なる定めをした内容の異なる2以上の種類の株式を発行することができます(会社法第108条1項6号)。
(1)当会社は、●年●月●日〔注:払込期日の翌日〕以降いつでも、取締役会が別に定める日の到来をもって、金銭の交付と引換えにA種優先株主が保有するA種優先株式の全部又は一部を取得することができる。
会社がA種優先株式を強制取得できる条項です。
IPOを目指すベンチャー投資では金銭を対価とする取得条項の例は少ないでしょうか。株式公開を申請することの取締役会決議+証券会社の要請をトリガーとして、対価を普通株式とする取得条項は必ず付いている印象です。
実務上、上場するときは種類株式を廃止していることが条件となるため、上記株式公開等をトリガーとする取得条項は有用です。
(2)A種優先株式1株の取得と引換えに交付される金銭の額は、A種払込金額に1.5を乗じた金額とする。
金銭が対価の場合、財源規制があるため分配可能額(会社法第461条)が無いときは取得条項を発動することができません。
対価が発行会社の株式であれば、分配可能額の心配をする必要はありません。
希釈化防止条項
サンプルでは取得請求権、取得条項の対価が金銭ですので、株式分割や株式併合などがあったときのみ対価となる金銭が調整されるよう設計されています。
一方で、対価が普通株式であるときは、次回以降の資金調達がダウンラウンドとなったときにA種優先株主のダメージを減らすために希釈化防止条項が盛り込まれます。
フルラチェット、ナローベース、ブロードベースの順で、A種優先株主側が有利となります。
≫種類株式の希釈化防止条項(加重平均方式、フル・ラチェット方式)
議決権
株式会社は、株主総会において議決権を行使することができる事項について異なる定めをした内容の異なる2以上の種類の株式を発行することができます(会社法第108条1項3号)。
A種優先株主は、当会社の株主総会において、議決権を行使することができない。
議決権を排除している条項です。
ベンチャー投資においても、議決権のない種類株式は稀に見かけます。
議決権を排除した場合も、投資契約において事前承認を求めたり、投資家が指名した取締役を経由して意見するなどして、実質的に投資家をスルーできない仕組みとなっているケースも少なくありません。
種類株主総会の決議の排除
上記の議決権排除は、A種優先株主につき(全体の)株主総会における議決権がない旨の規定です。
(1)当会社が、会社法第322条第1項各号に掲げる行為をする場合においては、法令に別段の定めがある場合を除くほか、普通株主及びA種優先株主を構成員とする種類株主総会の決議を要しない。
種類株主総会における議決権を排除しています。ただし、種類株式の追加、種類株式の内容を変更するなどの場合は、種類株主総会が必須です。
≫(株式会社)種類株主総会の決議を排除できる事項・できない事項
次のラウンドでB種優先株式を設定する場合、A種優先株式の内容が無議決権であったとしても、全体の株主総会のほか(普通種類株主総会及び)A種優先種類株主総会の決議も求められます。
投資契約、株主間契約でA種優先株主を無視して勝手に進められないことがほとんどですので、種類株主総会の決議といった会社法上の手続きは少なくしておくことには良い面もあります。
(2)当会社が普通株式又は普通株式を目的とする新株予約権に関する募集事項の決定を行う場合には、会社法第199条第4項又は同法第238条第4項の規定による普通株主を構成員とする種類株主総会の決議を要しない。
(3)当会社がA種優先株式又はA種優先株式を目的とする新株予約権に関する募集事項の決定を行う場合には、会社法第199条第4項又は同法第238条第4項の規定によるA種優先株主を構成員とする種類株主総会の決議を要しない。
普通株式又はA種優先株式を追加発行する場合、普通株式又はA種優先株式を目的とする新株予約権を発行するときに必要となる種類株主総会を排除しています。
この条項がない場合、普通株式を目的とする新株予約権を発行する際の普通種類株主総会を忘れがちなので注意が必要です。
株式の併合又は分割、募集株式の割当て等
(1)当会社は、株式の分割又は併合をするときは、普通株式及び優先株式の種類ごとに同時に同一の割合でこれを行う。
株式の分割又は併合を特定の種類の株式のみ行われると、他の種類の株式につき議決権比率や株式の価値が変動してしまいますので、それらを行うのであれば全種類の株式を一緒にやりましょうという条項です。
(2)当会社は、株主に募集株式又は募集新株予約権の割当てを受ける権利を与えるときは、それぞれの場合に応じて、普通株主には普通株式又は普通株式を目的とする新株予約権の割当てを受ける権利を、優先株式を有する株主(以下「優先株主」という。)には当該優先株式又は当該優先株式を目的とする新株予約権の割当てを受ける権利を、それぞれ同時に同一割合で与える。
同上
(3)当会社は、株式無償割当て又は新株予約権無償割当てをするときは、それぞれの場合に応じて、普通株主には普通株式の株式無償割当て又は普通株式を目的とする新株予約権の新株予約権無償割当てを、優先株主には当該優先株式の株式無償割当て又は当該優先株式を目的とする新株予約権の新株予約権無償割当てを、それぞれ同時に同一の割合で行う。
同上
拒否権、役員選任権
種類株式には拒否権や役員選任権を付与することができますが、IPOを目指すベンチャー投資においては、最近はあまり見かけません。
運営の煩雑さなどを含めた総合的なコストが上がってしまうからでしょうか。
その代わりに、投資契約において特定の事項における種類株主の事前承認が必要と定める、種類株主に取締役指名権を付与することで、投資家のニーズを満たすケースの方が多いかもしれません。
なお、種類株式と異なり、投資契約の取締役指名権に基づき取締役を指名したとしても、当該取締役が株主総会において選任されるかは未知数であり(ほとんどのケースでは選任されますが)、選任されなかったことによる救済は契約違反による損害賠償がメインとなります。
投資契約による縛りはその点で、取締役が選任されるかにつき種類株式よりも効力が弱いとも言えます。取締役選任権付種類株式であれば、必ず取締役を選任することができるからです。
この記事の著者
司法書士
石川宗徳
1982年4月生まれ。早稲田大学法学部卒業。
司法書士。東京司法書士会所属
(会員番号:7210、簡易裁判所代理業務認定番号:801263)
2009年から司法書士業界に入り、不動産登記に強い事務所、商業登記・会社法に強い事務所、債務整理に強い事務所でそれぞれ専門性の高い経験を積む。
2015年8月に独立開業。2016年に汐留パートナーズグループに参画し、汐留司法書士事務所所長に就任。会社法及び商業登記に精通し、これまでに多数の法人登記経験をもつ。
また不動産登記や相続関連業務にも明るく、汐留パートナーズグループのクライアントに対し法的な側面からのソリューションを提供し、数多くの業務を担当している。