日本で働く外国籍役員向け国外財産調書制度と個人所得税ガイド
2025年10月6日
国外財産調書制度の基本概要
国外財産調書制度とは、日本の税務当局が海外に保有する財産を把握し適正に課税するために導入された制度です。日本の居住者(後述する非永住者を除く)が、その年の12月31日時点で国外に合計5,000万円を超える財産を持つ場合、翌年に税務署へその内容を報告する義務があります。報告には専用の様式「国外財産調書」を使用し、財産の種類・数量・価額などを記載します。
提出期限:
原則として翌年6月30日までに提出する必要があり、確定申告の時期と異なる点に注意してください。
対象者:
国内に住所を有する居住者で、年末時点の国外財産の時価合計が5,000万円超の方が対象となります。ただし、非永住者(日本国籍がなく過去10年で5年以下の滞在者)は制度の対象外です。
提出不要な場合:
年末の海外資産合計が5,000万円以下の場合や、そもそも税法上の非居住者で日本に住所がない場合は提出義務がありません。また非永住者に該当する外国籍駐在員等も提出は求められません。
制度の目的は、高額な海外資産を持つ富裕層による国外への所得隠し防止にあります。適正な申告を促すため、後述するように提出の有無で加算税に差がつく特例も設けられています。
日本での個人所得税とその仕組み
日本の所得税は、個人の居住区分によって課税範囲が異なるのが特徴です。税法上は原則として1年以上日本に住所・居所があれば「居住者」となり、居住者以外の者は「非居住者」と判断されます。
さらに居住者のうち日本国籍がなく滞在期間が過去10年で5年以下の方は「非永住者」と分類されます。以下が各区分の課税範囲の概要です。
区分 | 日本国内源泉の所得 | 日本国外で生じた所得 |
---|---|---|
居住者(非永住者以外) | 課税対象 | 課税対象 |
居住者(非永住者) | 課税対象 | 一部課税 (※日本で支払・送金された部分のみ課税) |
非居住者 | 課税対象 | 課税対象外 (非課税) |
※「国内源泉の所得」とは、日本国内で働いて得た給与や日本企業からの報酬、国内不動産収入など、日本で発生した所得のことです。非居住者であっても、これら国内源泉所得には日本の所得税が課されます。
居住者(非永住者以外)の場合、日本国内外すべての全世界所得が課税対象となり、例えば海外の給与・利息・配当・不動産収入なども含めて、原則日本で申告し納税する必要があります。一方、非居住者であれば日本国内源泉所得に限って課税され、海外で発生した所得は日本では課税されません。また居住者のうち非永住者の場合は、日本国外で得た所得のうち日本に持ち込まれていない部分は課税されない優遇があります。
この非永住者の区分は外国籍の駐在員にとって重要で、初来日から5年以内であれば日本に持ち込まれない海外所得の一部が非課税となるメリットがあります。
所得税の計算は超過累進課税制度で行われ、課税所得金額に応じて税率5%から45%まで7段階の税率が適用されます(課税所得が増えるにつれ高い税率がかかる仕組み)。なお、これに加えて復興特別所得税(2.1%)と、地方税である住民税(約10%)がかかるため、個人の所得に対する実質的な最高税率は50%を超えることになります。
所得税の申告期間は毎年2月16日~3月15日で、この期間に前年1~12月分の所得について確定申告を行い、税額を確定させます。
外国籍役員が知るべき確定申告の要点
日本で働く外国籍の会社役員が確定申告を行う際には、いくつか特有の留意点があります。まず申告に必要な主な書類とスケジュールを押さえましょう。
申告に必要な書類:
勤務先から交付される源泉徴収票(給与所得の証明)は必須です。加えて外国人の場合、在留カードの写しやマイナンバーの記載も求められることがあります。また扶養控除を海外の家族について受ける場合は、親族関係を証明する書類(戸籍謄本や出生証明書等)や親族のパスポート写しなどの添付が必要です。これらを事前に準備しておきましょう。
提出方法と期限:
確定申告書は税務署への持参や郵送、あるいは国税庁のe-Tax(電子申告)で提出できます。毎年3月15日が申告・納税の期限です。遅れると延滞税が発生するため注意してください。
国外所得の申告要否:
前項で述べた通り、自身の居住者区分に応じて国外所得の申告範囲が決まります。永住者(日本の税法上)であれば海外所得も全て確定申告に含める必要があります。例えば海外子会社からの役員報酬や海外投資収益も申告対象です。一方、非永住者である間は海外で発生し日本に送金していない所得は日本では原則申告不要となります。ご自身が来日何年目でどの区分かを確認し、それに沿って国外所得の申告要否を判断しましょう。不明な場合は税務専門家に確認することをおすすめします。
確定申告は日本語の書類作成や税法の理解が必要なため、外国籍の役員の方は税理士など専門家に依頼するケースも多くあります。社内に税務サポートがある場合は積極的に活用し、自身でも提出期限や必要書類を把握しておくことが重要です。
国外財産調書が必要となるケース
国外財産調書の提出義務が生じるかどうかは、海外資産の評価額合計によって決まります。判断基準と具体例、ペナルティについて整理します。
まず資産額の基準と計算方法については、その年の12月31日時点で海外に所在する全ての財産の合計額が5,000万円を超える場合に提出義務が発生します。評価額は基本的に時価で算定し、外国通貨建て資産は円換算します(年末の為替レート等を使用する)。注意すべきは、ローンなどの負債は差し引かず総額で判定する点です。
例えば、海外に評価額6,000万円の不動産を持ち、5,000万円のローン残高があっても、「財産」の額は6,000万円となるため提出義務が生じます。実際に提出が必要な具体例として、年末時点で米国株や海外預金を合計して1億円相当保有していれば対象となります。
反対に、海外資産が4,000万円台で収まる場合は提出義務を免れます(しかし恣意的な資産移動には後述の注意点があります)。また前述のように非永住者は制度から除外されるため、外国籍役員でも来日5年目以内で非永住者に該当する場合、この調書提出は求められません。
仮に提出しなかった場合または虚偽の記載をした場合、「1年以下の懲役または50万円以下の罰金」という刑事罰の適用があります。さらに税務上も不利な扱いとなり、過少申告加算税・無申告加算税が加算されます。一方、期限内に適正に提出していれば、万一申告漏れが見つかった場合でも加算税が5%軽減される特例があります。
このように提出の有無でペナルティに差が出るため、基準を超える場合は必ず期限内提出を行いましょう。
VISA取得と税務コンプライアンスの関係
日本で働く外国籍役員にとって、在留資格(ビザ)の取得・更新と税務コンプライアンスは無関係ではありません。入管当局(出入国在留管理庁)は近年、国税庁と情報連携し、在留審査において申請者の納税状況を慎重に確認しています。具体的に、以下の点に留意しましょう。
ビザ更新時の納税証明提出
就労ビザの延長申請では、自治体が発行する課税証明書および納税証明書の提出が求められます。ここで契約通りの報酬を得て適切に納税しているか、住民税や所得税に滞納がないかがチェックされます。
在留資格変更時の注意
就労ビザから経営者ビザへ変更、あるいは永住権申請などステータスを変更する際にも、過去の納税実績が重要視されます。永住許可申請では通常直近5年間の課税・納税証明書を提出する必要があり、毎年安定した一定以上の収入があり税金をきちんと納めていることが審査基準となっています。
税務コンプライアンスが与える影響
税務上の不備があると、短期的にはビザ延長が許可されない、もしくは在留期間を短くされるといった不利益を被る恐れがあります。長期的には日本での信用を損ない、キャリアにも影響しかねません。
要約すると、「日本で働き続けるためには、税金を適切に納めていること」が大前提になります。ビザ取得・維持のためにも、日本の税法に基づいて適切に納税することが重要です。
未申告が引き起こすリスクと対策
確定申告を失念もしくは国外財産調書を提出しないままでいると、後で重大なペナルティやリスクに直面する可能性があります。未申告に関する主なリスクと対策は以下の通りです。
まず期限までに申告しなかった場合、本税とは別に無申告加算税が課されます。自主的に期限後申告をした場合でも原則税額の5%が課され、税務調査の通知後に申告すると10%(50万円超部分15%〜最大30%)に引き上げられます。
さらに納付が遅れれば延滞税も日割りで加算されます。また、隠蔽や仮装等の悪質な脱税行為に対しては、重加算税(35〜40%)が適用されることもあります。国外財産調書を出さないまま所得を隠していた場合は、前述のとおり過少申告加算税等がさらに5%上乗せされるため、合計で非常に重い負担となります。
未申告への対策としては、修正申告と期限後申告が挙げられます。申告漏れに気付いたら、できるだけ早く自主的に申告(修正申告・期限後申告)することが重要です。税務署の調査より先に手続きをすれば、加算税が5%で済むなどペナルティが軽減されます。過去に提出した申告の誤りも、法定申告期限から5年以内であれば修正申告により遡って是正可能です。仮に税金を納め過ぎていた場合は、原則として法定申告期限から5年以内であれば更正の請求により還付を請求することが可能です。
不安がある場合は放置せずに、専門家に相談の上で複数年分をまとめて自主申告することも検討しましょう。
実例に見る成功と失敗のポイント
上述した日本の国外財産調書制度と個人所得税を基に、日本法人に派遣された外国籍の役員に起こりうる成功事例と失敗事例を考えてみたいと思います。
【成功事例】
外国籍の役員が来日直後から税務専門家と連携し、海外資産の正確な評価と国外財産調書の期限内提出を実施した。その結果、税務調査で指摘事項がなく、ビザ更新も円滑に進みました。
【失敗事例】
役員が海外資産の一部を意図的に隠し、国外財産調書の提出を怠ったため、税務調査で大規模な所得隠しが発覚した。追徴税や加算税が重く課され、最悪の場合は刑事告発にまで至り、企業信用にも大きな影響が及びました。
これらの事例から、正確な申告と早期の専門家相談が税務リスク回避および在留手続きの円滑化のポイントになっていると考えます。
まとめ
日本で働くことになった外国籍役員にとって、まず自身の税法上の居住者区分を正確に把握し、国外財産調書制度や確定申告の基本事項、提出期限、必要書類などの要点を理解することが不可欠です。正確な申告を行い、税務専門家と連携することで、追徴税や加算税などのリスクを回避できるだけでなく、ビザ更新や在留資格の維持にも良い影響を与えます。
適切な税務対策は、企業の信用を守ると同時に、個人としてのリスク管理にも直結します。また、日本の税法は頻繁に改正されるため、最新の情報を常にチェックし、柔軟に対応する姿勢が求められます。税務専門家と連携しながら日頃からの適切な税務管理が、日本のビジネスに専念できる環境を構築できるでしょう。