【税務Q&A】優先株式を発行している場合の税制適格ストックオプションの権利行使価額の考え方
2025年10月16日
質問
当社はIPOを視野に入れたスタートアップであり、前期にベンチャーキャピタル(VC)へ優先株式を発行し、その際にバリュエーションを実施しています。
このたび、従業員向けに税制適格ストックオプションの付与を行うこととなりました。
税制適格要件を満たすための権利行使価額について、既に実施したバリュエーションの価格を考慮する必要があるのでしょうか。また、どのように設定するのが妥当でしょうか。
なお、当社の優先株式は、残余財産の優先分配を受ける参加型種類株式に該当します。
回答
税制適格ストックオプションの権利行使価額要件は、ストックオプションの付与契約を締結した時点の株価以上であることが求められます。
対象株式が非上場株式(取引相場のない株式)の場合には、一定の条件の下で、財産評価基本通達の方法を用いて価額を算定すること(以下「特例方式」)が可能です。
なお、特例方式での算定にあたり、貴社が優先株式を発行している場合には、その内容を考慮したうえで、普通株式の価額を個別に算定する必要があります。
したがって、本件では、特例方式により財産評価基本通達をベースに算出した額から優先分配相当額を控除して算定した普通株式の価額以上であれば、セーフハーバールールが機能し、税制適格ストックオプションの権利行使価額要件を満たすことが可能です。
制度の概要と趣旨
ストックオプション制度
ストックオプション制度とは、企業が役員や従業員などに対し、あらかじめ定めた価格で自社株式を購入できる権利(ストックオプション)を付与する仕組みです。
◼ 企業側のメリット
付与時には原則として現金支出を伴わず、優秀な人材の確保やモチベーション向上の手段として活用できます。
◼ 従業員側のメリット
自社の業績が向上すれば、株価の上昇により値上がり益を享受できるため、勤労意欲を高めるインセンティブ報酬として機能します。
このように、企業と従業員の双方にメリットがあることから、特にスタートアップ企業を中心に広く導入が進んでいます。
税制適格ストックオプション制度
ストックオプションは通常、権利行使時における時価と権利行使価額の差額が給与所得として課税されます。一方、一定の要件を満たす「税制適格ストックオプション」の場合には、課税タイミングが株式売却時まで繰り延べられるという特徴があります。
さらに、課税区分も給与所得ではなく株式の譲渡益となるため、給与所得等の税率よりも低い税率が適用されるケースがあります。その結果、税負担の軽減を見込むことが可能となります。
権利行使価額要件
税制適格ストックオプションに関する主な要件の一つに、権利行使価額に関する要件があります。
企業が税制適格ストックオプションを設定する際には、付与契約締結時における1株あたりの時価以上の価額で権利行使価額を設定しなければなりません。
この権利行使価額の設定は、従来より税務上の重要な論点とされています。時価を適切に算定できなかった場合には、税制適格要件を満たさず、結果として権利行使時に給与課税が生じるなどの税務リスクが発生する可能性があります。
そのため、税制適格要件を満たすうえで、1株あたりの時価の算定は非常に重要なテーマとなります。
時価算定とセーフハーバールール
上場企業とは異なり、非上場企業の株式の時価評価は容易ではありません。従来は明確な指針が存在せず、納税者にとって制度利用の大きな障壁となっていました。
この課題を踏まえ、国税庁は2023年に租税特別措置法関係通達29の2-1を新設し、「契約締結時における一株あたりの価額」の算定方法を明示しました。これにより、一定の条件を満たす場合には、当該評価額がセーフハーバーとして機能し、納税者が安心して制度を活用できる環境が整備されました。
セーフハーバールール
セーフハーバールール(Safe Harbor Rule)とは、一定の条件を満たして行動することで、法的な責任や違反を問われないとされる「免責の枠組み」を指します。
グレーゾーンとなっていた基準が明確になることで、納税者が安心して制度を利用できるようになることが期待されています。
関係通達と解説
租税特別措置法通達29の2-1(1株あたりの価額)
本通達は、上場企業及び非上場企業における税制適格ストックオプションの権利行使価額の設定に関し、最低限度の価額(いわゆるセーフハーバー)を評価する方法について定めたものです。
◼ 原則方式
所得税基本通達(23~35共-9)に示された例に基づき、原則方式によって「1株あたりの価額」を算定することが規定されています。
ただし、非上場企業においては、この方式を適用できるケースが限られているため、実務上はあまり利用されていないのが現状です。
◼ 特例方式
一定の条件を満たす場合には、財産評価基本通達(178~189-7)に基づく特例方式によって「1株あたりの価額」を算定することが認められています。
非上場企業においては、この特例方式が実務上、より現実的な評価手法として広く利用されることが想定されます。
◼ 実務上の留意点
特例方式を用いる際、企業が種類株式を発行している場合には、その内容を勘案して、普通株式の「1株あたりの価額」を個別に算定する必要があります。
財産評価基本通達における非上場株式の評価の概要
取引相場のない株式(非上場株式)は、株式を取得した者が会社の経営支配力を持っている同族株主等か、それ以外の株主かの区分により、それぞれ原則的評価方式又は特例的な評価方式(配当還元方式)により評価します。
◼ 原則的評価方式
会社の規模に応じて、「大会社」「中会社」「小会社」のいずれかに区分し、その区分に応じて「類似業種比準方式」「純資産価額方式」、またはこれらの「併用方式」により評価を行います。
◼ 配当還元方式
1年間の配当金額を一定の利率(10%)で還元して株式の価額を評価する方法です。一般的に、原則的評価方式による評価額よりも低い価額となる傾向があります。
◼ 実務上の留意点
- 新株予約権を与えられた者が、発行会社にとって同通達188の(2)に定める「中心的な同族株主」に該当する場合、当該株式会社は常に「小会社」に該当するものとして取り扱います。
- 「純資産価額方式」の計算にあたり、発行会社が土地(土地の上に存する権利を含む)又は上場株式を有している場合、これらの資産について、ストックオプションの付与契約時における時価で評価を行います。
- 「純資産価額方式」の計算にあたり、同通達186-2により計算した評価差額に対する法人税額等に相当する金額は控除しません。
残余財産の分配に係る優先株式を発行している場合
国税庁が公表している「ストックオプションに対する課税(Q&A)」では、スタートアップ企業等が残余財産の分配に係る優先株式を発行しているケースについて、以下のような評価方法が示されています。
この場合、特例方式により評価された純資産価額から、優先株式に分配される純資産価額を控除することにより、普通株式の1株あたりの価額を算定することとされています。
質問に類する計算例
前提条件
- 直近期末の純資産価額(相続税評価額):1,210万円
- 発行済株式数
a. 普通株式:10,000株(1株発行価額:100円)
b. 優先株式: 500株(1株発行価額:20,000円) - 優先株式の内容
優先株主であるVCに対しては、残余財産のうち1,000万円を優先的に分配し、その後、残余の財産については普通株式と優先株式の双方に均等に分配(参加型)。
- 評価方法:特例方式(純資産価額方式)
算定方法
- 直前決算に基づき、会社の資産及び負債の価額を相続税評価額ベースで算定する。
- 上記1.で算定した資産価額から負債の価額を差し引いて純資産価額を算定する。
- 算定した純資産価額から、優先株式に分配される純資産価額を控除する。
- 上記3.で算定した全株式に対応する純資産価額を、ストックオプション付与契約時における発行済株式総数で除して、普通株式の1株あたり価額を算定する。
【特例方式(純資産価額方式)による株価の算定】
– 1,210万円(①)-1,000万円(③)=210万円
– 210万円÷10,500株(② a.普通+b.優先)=200円
したがって、200円以上で権利行使価額を設定すれば、税制適格ストックオプションの権利行使価額要件を満たすこととなります。
実務上のポイント
- 普通株式に転換することが予定されている種類株式であっても、付与契約時に種類株式である場合は、種類株式として取り扱います。
- 純資産価額については、直前の決算に基づき算定して差し支えありません。ただし、以下の場合には、ストックオプションの付与に係る契約時に仮決算を組み、純資産価額を算定する必要があります。
- ストックオプションの付与契約日が直前期末から6月を経過し、且つその日の純資産価額が直前期末の純資産価額の2倍を超える場合
- 直前期末から付与契約日までの間に株式を発行している場合(①に該当する場合を除く)
②の場合には、直前期末の純資産価額に株式の発行時に払い込みを受けた金額を資産額に加算し、純資産価額を算定して差し支えありません。
- 純資産価額がマイナスになる場合、普通株式の価額は0円となります。この場合の権利行使価額は、備忘価額の1円以上の任意の価額とすることとなります。
質問に対する判断
貴社はIPOを視野に入れた企業であり、現時点では非上場企業に該当します。
非上場企業が税制適格ストックオプションの権利行使価額要件を検討する際には、特例方式に基づき財産評価基本通達に準じた算定を行うことが可能です。
一般的に、VCバリュエーションは将来収益を織り込むため高額になりやすい一方、税務評価は過去実績を重視するため控えめな水準となります。
このため、特例方式による評価額は、一定の条件下でセーフハーバーとして機能し、税務上の安全性を担保する役割を果たします。
したがって、当該評価額以上で権利行使価額を設定する場合、VCバリュエーションを必ずしも参照する必要はありません。
今回の通達新設により、権利行使価額要件に関する一定の目安が示されたことで、評価方法の指針は明確化されたといえます。
もっとも、非上場株式の評価は依然として税務上の複雑な論点の一つであるため、検討にあたっては税務専門家の助言を得ながら慎重に進めることが望ましいでしょう。