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前川 研吾 Kengo Maekawa

この記事の著者

前川 研吾 Kengo Maekawa

ファウンダー&CEO  / 公認会計士(日本・米国) , 税理士 , 行政書士 , 経営学修士(EMBA)

TCFD提言の理解と実践:気候関連財務情報開示における動向

2024年8月1日

TCFDの開示は、企業の持続可能性に関する重要な要素の一つです。ESG(環境・社会・ガバナンス)全般に関する詳しい情報は「なぜ今後ESGへの取り組みが必要となるのか:企業における重要性とその影響、背景とは」の記事を合わせてご覧ください。

TCFDとは

TCFDとは、“Task Force on Climate-related Financial Disclosures”の略称であり、気候関連財務情報開示タスクフォースと呼ばれます。この組織は2015年に金融安定理事会(FSB)によって設立され、気候関連の財務情報開示の標準化を目指しています。

TCFDは、気候変動が金融市場に及ぼす影響を評価し、企業がそのリスクと機会を適切に報告するための枠組みを提供することを目的としています。これにより、投資家やその他のステークホルダーが、気候変動の影響を理解し、より良い意思決定を行うための情報を得ることができます。

TCFD提言の概要

TCFDはこれまでに関連するガイダンスや刊行物など様々なものを発表しています。そのうち最も主要なものは「Final Report: Recommendations of the Task Force on Climate-related Financial Disclosures(気候関連財務情報開示タスクフォースによる提言 最終報告書)」であり、これはTCFD提言と呼ばれています。

このTCFD提言では、気候関連に関しては以下4つの要素を開示することを企業に対して推奨しています。

  • ガバナンス
  • 戦略
  • リスク管理
  • 指標と目標

それぞれ詳しく見ていきましょう。

ガバナンス

ガバナンスでは、関連リスクと機会に対する組織のガバナンス体制を開示することが求められます。具体的には、取締役会が気候関連リスクと機会をどのように監督し、経営陣がどのように評価し、管理しているかを明示します。

戦略

戦略では、気候関連リスクと機会が組織の事業、戦略、および財務計画にどのように影響を与えるかを開示することが求められます。短期、中期、長期の視点から、気候変動が事業活動に与える影響を評価し、それに基づいた戦略を立案することが重要になります。

リスク管理

リスク管理では、気候関連リスクをどのように特定、評価、管理するかを開示することが求められます。企業は、気候関連リスクを他のリスク管理プロセスと統合し、一貫性を持たせる必要があります。

指標と目標

指標と目標では、気候関連リスクと機会を評価し、管理するために使用する指標と目標を開示することが求められます。具体的には、温室効果ガス(GHG)排出量、エネルギー消費量、その他の関連指標を用いて、目標を設定し、その進捗状況を報告することが求められます。

TCFD提言の有価証券報告書への影響

TCFD提言は有価証券報告書の記載にも影響を与えています。

法改正によりサステナビリティに関する開示が義務化され、有価証券報告書の記載項目に「サステナビリティに関する考え方及び取組」が新設されることになりました。

この項目では、TCFD提言の考え方に基づき、それぞれの要素を記載・開示することが求められています。

具体的には、TCFD提言の4つの要素のうち、「ガバナンス」と「リスク管理」についてはすべての企業が開示する必要があり、一方で「戦略」と「指標と目標」については重要性を勘案して開示する項目になっています。

TCFD提言に基づく開示の重要性

TCFD提言に基づく開示は、投資家やその他のステークホルダーにとって重要な情報を提供します。気候関連リスクと機会の透明性が高まることで、以下のようなメリットがあります。

  • 投資判断の改善:投資家は、企業の気候関連リスクと機会を評価し、持続可能な投資先を選定するための情報を得ることができます。これにより、投資ポートフォリオのリスクを適切に管理し、長期的なリターンを最大化することが可能になります。
  • リスク管理の強化:企業は、気候関連リスクを適切に評価し、対策を講じることで、将来的なリスクを軽減することができます。これには、物理的リスクに対する適応策の導入(防災対策、インフラの強化など)、移行リスクに対する戦略の策定(炭素排出削減目標の設定、低炭素技術の導入など)が含まれます。
  • 信頼性の向上:透明性の高い情報開示は、企業の信頼性を高め、ステークホルダーとの関係を強化します。投資家、顧客、従業員、コミュニティなどのステークホルダーは、企業が気候変動に対して責任ある行動を取っていることを確認でき、企業のレピュテーションを向上させることができます。

TCFD提言に準拠した開示事例

TCFD提言に準拠して情報開示を行っている企業の事例は、各業界にわたって多岐にわたります。例えば、以下のような企業がTCFD提言に準拠した開示を行っています。

【トヨタ自動車】

  • ガバナンス:取締役会は、気候関連リスクと機会を監視し、戦略と行動計画を監督しています。取締役会は燃費・排出ガス規制、低炭素技術の進捗をモニタリングし、2023年には電動車の電池投資やパワートレーン技術の研究開発を承認しました。最終的な意思決定も取締役会が行い、複数の会議体がリスクと機会を評価・管理します。
  • 戦略:「マルチパスウェイ戦略」を採用し、地域とお客様に対応した多様なモビリティを提供します。短期的にはエネルギーセキュリティを確保しつつ、再生可能エネルギー、電気、水素などに対応するモビリティを提供します。2019年にTCFD提言に賛同し、1.5℃と4℃のシナリオ分析を実施しました。
  • リスク管理:グローバルな事業活動に関わるリスクを特定、評価、対応しています。リスクは「影響度」と「脆弱性」の観点で評価され、各部署がリスクを抽出し対応策を実行します。「CN戦略分科会」や「サステナビリティ分科会」でリスク評価を実施し、取締役会に報告します。
  • 指標と目標:GHG削減目標を設定し、プロジェクト関連の財務計画に反映しています。電動車の販売台数目標や次世代電池技術の開発を進め、水素事業戦略では関連商品の開発・生産を加速します。また、カーボンニュートラル燃料の導入を視野に入れ、液体燃料やバイオ燃料対応車両の投入を進めています。

(参考 トヨタ自動車-有価証券報告書:https://global.toyota/jp/ir/library/securities-report/

【積水ハウス】

  • ガバナンス:気候変動対応をESG推進委員会の重要議題として位置づけ、取締役会に報告しています。委員会の下に環境事業部会を設置し、全社横断で具体的な検討を行い、決定事項を全グループに展開。経営層への報告と指示を通じて、タイムリーな監視・監督を確保しています。
  • 戦略:脱炭素化に向けシナリオ分析を実施。物理的リスクと移行リスクを評価し、2030年までに2013年比46%削減の目標を設定。シナリオ分析に基づき、戦略の見直しと主要リスク・機会の対応を行っています。
  • リスク管理:TCFD提言に基づき、気候変動関連リスクと機会の評価を実施。主要リスクと機会は、ESG推進委員会で検討し、取締役会に報告しています。リスク管理委員会を通じて、全グループでのリスク管理体制を構築しています。
  • 指標と目標:「2050年ビジョン」でCO2排出ゼロを目指し、2030年までに詳細なCO2削減目標を設定しています。2020年度には50%削減を達成し、目標を上方修正しています。

(参考 積水ハウス-有価証券報告書:https://www.sekisuihouse.co.jp/company/financial/library/yuho/

今後の動向

TCFD提言の採用は、世界中で急速に進んでいます。今後の動向として、以下の点が注目されます

まずは、規制の強化が考えられます。日本では既に東証プライム上場企業に対してはTCFD開示が義務化されていますが、今後は義務化の対象企業や開示項目が拡大されていくことでしょう。

また、デジタル技術の進展により気候関連情報の収集・分析・開示が効率化されることが予想されます。AIやビッグデータ解析の活用が進むことで、より精緻なリスク評価が可能になります。

加えて、昨今ESG投資の拡大に伴い、TCFD開示を重視する投資家が増加しています。これにより、企業が持続可能なビジネスモデルを構築するインセンティブが発生すると考えられます。

まとめ

TCFD提言は、企業が気候関連リスクと機会を適切に評価し、透明性の高い情報開示を行うための枠組みを提供しています。

これにより、投資家やステークホルダーはより良い意思決定を行うことができ、企業は持続可能な成長を実現するための道筋を描くことができます。

今後もTCFD提言に基づく開示の重要性は増していくと考えられ、企業はこの枠組みを活用して気候関連情報の開示を一層強化することが求められます。

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