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新地 皓貴 Hiroki Shinchi

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新地 皓貴 Hiroki Shinchi

パートナー  / 公認会計士 , 税理士

欠損金繰延制度の全体像と各国比較:外資系企業が知るべき税務戦略

2025年2月28日

欠損金の繰延制度とは:基本概要

企業活動において、一時的な赤字、すなわち欠損金が発生することがあります。欠損金の繰延制度は、発生した赤字を将来の黒字と相殺することで、税負担を平準化し、実際の経済実態に沿った課税を実現する仕組みです。

制度の根底にある考え方は、事業年度ごとに生じる一時的な損失を、企業全体の所得を正しく把握するために将来年度の利益と相殺し、適正な税負担へと転換することにあります。

また、欠損金は将来の税額軽減という意味で、会計上は「繰延税金資産」として扱われることが多く、資金繰りの改善にも寄与します。

企業が欠損金の繰延制度を活用するには、欠損金が発生した年度に適切な申告を行い、その後も継続して税務申告を行う必要があります。これにより、企業は景気や事業環境の変動に左右されず、長期的な経営計画の中で税負担をコントロールするメリットがあります。

日本の繰延制度の仕組みと特徴

日本における欠損金の繰延制度は、法人税法に基づき、原則として欠損金を翌期以降10年間にわたって繰り越し、各事業年度の所得計算上、損金として計上することが認められています。欠損金の発生年度に青色申告の承認を受け、その後も継続して申告することが条件となります。

さらに、企業の規模に応じて控除限度額が異なります。資本金1億円以下の中小法人の場合は欠損金全額を翌期以降の黒字と相殺できるのに対し、大企業ではその年度の所得の50%が控除上限となります。これにより、企業規模に応じた公平な課税が図られる仕組みとなっています。

また、日本では欠損金を利用するための申告要件や継続性の要件が厳格に運用され、税務上のリスクを回避するための内部管理体制が求められます。

各国の繰延年数の比較と違い

欠損金繰延制度は、国ごとに特徴が異なります。外資企業のCFOや経理部長にとっては、自国と日本の制度の違いを把握することが節税戦略上重要です。

【アメリカ】

アメリカでは2017年の税制改正により、欠損金の繰越期間が原則無期限となりました。これにより、過去に生じた欠損金を将来の黒字と無期限に相殺することが可能です。ただし、1年あたりの利用可能額はその年度の課税所得の80%までに制限されています。この80%ルールにより、いくら欠損金があっても、毎期一定割合の黒字には必ず税金がかかる仕組みとなっています。

【イギリス】

イギリスでは欠損金の繰越制度自体には明確な期間制限はありません。赤字は事業が継続している限り無期限に繰り越し可能ですが、実際の利用にあたっては、年間の黒字額に応じた控除枠の上限が設けられている場合があります。たとえば、一定の黒字額までは全額控除できる一方で、黒字が大きくなるとその超過部分については50%までしか控除できないケースも存在します。こうした制限は、損失利用を通じた過度な節税を防ぐためのものです。

【ドイツ】

ドイツでは欠損金の繰越自体に期間制限はなく無期限に利用可能です。しかし、欠損金の利用は年次の控除額が一定の割合に制限されるほか、組織再編により、過去の欠損金が消滅するルールが適用される場合があります。これにより、計画的な損失の利用が求められ、企業は慎重な管理を行う必要があります。

【シンガポール】

シンガポールでは欠損金の繰越期間は無制限ですが、株主が大幅に変更されると過去の欠損金が失効する場合があります。

このように、各国の制度は「無期限」と見える場合でも、実際には毎年の利用制限や引継条件などのルールが設けられており、単純に「いつでも全額控除できる」わけではありません。

海外進出を志す企業は、自国と海外の制度の違いを十分に理解し、グローバルな税務戦略を立案する必要があります。

無期限繰延の誤解とその背景

「無期限繰延」という言葉は、しばしば「欠損金を永久に利用できる」と誤解されがちです。実際には、各国ともに欠損金の繰越において、年次の利用枠や特定条件の制約が設けられており、無期限であっても一度の年度に全額を控除できるわけではありません。

たとえば、アメリカでは無期限繰越が認められているものの、1年あたりの控除は課税所得の80%までに制限されています。イギリスでも、グループ内での損失通算には上限があり、黒字額の一定割合までしか利用できません。

こうした背景には、過度な節税による税収減少の懸念や、欠損金を利用した不正なタックスプランニングを防止する意図があります。

各国は企業の再建支援や景気変動への対応策として欠損金繰越制度を導入しながらも、一定の税負担を確保するためのルールを併せて設けています。無期限という言葉に惑わされず、実際の適用条件や年次ごとの利用上限を把握することが、企業の節税戦略を正しく運用するためには必要となります。

日本の子会社設立後に留意すべき点

外資系企業が日本で子会社を設立する場合、日本独自の欠損金繰延制度の特徴を正確に理解することが重要です。留意すべき点は以下の通りです。

まず、日本では欠損金を適用するために、青色申告の承認とその後の継続的な確定申告が必須です。申告期限を厳守することにより、欠損金の繰越が可能となります。設立初年度から適切な申告手続きを行い、その後も毎期正確な申告を維持することが将来的な節税効果の鍵となります。

次に、欠損金には10年間という期限があるため、どの年度にいくらの欠損金が発生し、いつまでに利用しなければならないかを管理する必要があります。期限内に欠損金を有効に活用するためには、将来の黒字計画を明確にし、計画的に利益計上のタイミングを調整することが求められます。

また、子会社の資本金規模や出資構成も欠損金の控除枠に大きく影響します。中小法人として優遇措置を受ける場合、資本金を1億円以下に抑える戦略が有効ですが、親会社との出資関係によってはその優遇が受けられない場合もあるため注意が必要です。

さらに、グループ内での損益通算制度を活用する方法もあります。日本ではグループ通算制度が存在し、複数の子会社の損失とグループ全体の利益を相殺することが可能です。グループ全体で欠損金を最適に利用するために、合併や組織再編を検討するケースもあり、これによりグループ内の税負担をさらに最適化することが可能となります。

損益計算におけるリスクと最適化

欠損金の繰延制度を活用することは大きな節税効果をもたらしますが、一方でいくつかのリスクも伴います。損益計算の最適化を図るために、以下の点を考慮する必要があります。

まず、欠損金は発生順に適用されるため、最も古い赤字から順に充当されます。したがって、各年度ごとの黒字額とのバランスを調整し、欠損金を効率的に使い切る戦略が必要です。過剰な黒字が一度に計上されると、控除上限により一部の欠損金が使用できず、結果として節税効果が薄れる可能性があります。

また、税務申告の正確性も重要になります。申告漏れや誤った計算により、欠損金の利用が否認されるリスクがあるため、内部管理体制を強化し、税務専門家と連携して申告内容のチェックを徹底することが求められます。特に、株主構成の変更や事業再編など、制度上の引継ぎ条件に変動があった場合には、欠損金の利用可能性が制限される可能性があるため、慎重な対応が必要です。

さらに、将来的な税制改正のリスクも考慮すべきです。経済情勢や国際的な税制調整の動きに応じて欠損金制度を見直す可能性があり、制度変更により計画通りの節税効果が得られなくなるリスクも存在します。

こうしたリスクを最小限に抑えるためには、定期的な制度のチェックと長期的な税務戦略の見直しが不可欠です。

繰延制度を活用した成功事例

欠損金の繰延制度を効果的に活用した企業の事例としては以下が挙げられます。

【日本航空(JAL)】

日本航空は2010年に会社更生法適用で経営破綻し巨額の欠損金を抱えましたが、その後公的支援の下で再建し業績が回復しました。税務上は破綻前の多額の損失が繰越欠損金として計上され、再建後の黒字と相殺されることで、再建後の税負担軽減に寄与していました。

税制改正により欠損金の繰越控除可能期間が従来の7年から9年に延長されたことで、JALは最大9年間にわたり過去の欠損金で利益を相殺し続けることが可能となりました。

【Amazon】

米国の大手IT企業アマゾンは、創業以来長年にわたり事業拡大のための先行投資で利益を圧縮してきました。その結果、生じた巨額の繰越欠損金を蓄積していました。

米国税法に基づき、この累積赤字(Net Operating Loss, NOL)を将来の利益と相殺することで課税所得を減額しました。相殺できなかった欠損金は翌年度以降に繰り越すことで、税負担を先送りする戦略を取っています。

どちらの事例も、欠損金を戦略的に管理し、将来の黒字計画と連動させた点が成功の鍵となっています。

まとめ

欠損金の繰延制度は、企業が一時的な赤字を将来の黒字と相殺することで、税負担を平準化し、長期的な経営安定と成長を支える重要な仕組みです。日本では、10年間の繰越期間や中小法人と大企業で異なる控除上限、青色申告の要件などが設けられており、制度の運用には慎重な管理が求められます。

一方、アメリカ、イギリス、ドイツ、シンガポールなどでは、無期限繰越や年次控除枠、所有権変更のルールなど、各国で特徴的な制度が採用されています。外資系企業のCFOや経理部長は、各国の制度の違いを正確に理解し、自社の日本子会社における欠損金活用計画を立てることで、大きな節税メリットを享受することが可能です。

また、欠損金を活用した成功事例に見られるように、適切な内部管理体制と税務申告の正確性、そして将来の黒字計画との連動が、制度の最大限の効果を引き出すためのポイントです。経営戦略と連動した計画的な欠損金利用は、税務上のリスクを回避しながら企業価値の向上に貢献します。

日本市場で事業を展開する外資系企業にとって、欠損金の繰延制度は単なる節税手法にとどまらず、長期的な成長戦略の一環として捉えるべき重要な要素です。制度の特徴を正確に理解し、各国との違いを踏まえた上で、最適な税務戦略を構築することが今後の競争力向上につながるでしょう。

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