海外から日本に赴任した駐在員のためのグロスアップ計算とは?
2025年4月4日
グローバルに展開する企業にとって、海外から日本に赴任する駐在員への対応は、人材管理の中でも特に繊細な分野です。税制や社会保険制度が異なる国からの駐在員に対して、日本での給与をどのように設計し、公平性や納税義務を担保するかは、大きな課題の一つとなります。その中でも重要なのが「グロスアップ計算(Gross-up Calculation)」です。本コラムでは、その考え方や必要性、関連制度との関係について解説します。
グロスアップ計算とは
グロスアップ計算とは、企業が駐在員の税負担や社会保険料を負担する場合に、本人が受け取るべき「手取り額」を確保するために支給額を調整する仕組みです。つまり、企業が税金等を肩代わりすることを前提に、あらかじめその分を加味して給与総額を増やす、という調整方法です。
グロスアップ計算が必要となる背景
たとえば母国と日本とで税率が大きく異なる場合、赴任者の手取りが大幅に減少してしまうことがあります。会社事情で赴任するにもかかわらず、これでは本人にとって不利益となってしまい、赴任意欲や業務パフォーマンスに影響を与えかねません。企業としては、赴任者が安心して業務に専念できるよう、手取り水準を母国勤務時と近づける必要があり、それを実現する手段がグロスアップ計算です。
グロスアップ計算の方法
グロスアップ計算では、まず「本人が手取りとして受け取るべき金額」を先に設定し、それに対して源泉徴収される所得税や住民税、社会保険料を逆算して、総支給額を導き出します。この際、以下のようなステップを踏みます。
- 想定手取り額の設定
- 税率・社会保険料率の確認
- 仮の総支給額に基づいた控除額の試算
- 手取りが目標に達するよう総支給額を調整
この一連の計算を繰り返して、最終的に正確な支給額を算出します。
関連制度との接続①タックスイコライゼーション
グロスアップ計算と密接に関わる制度の一つが「タックスイコライゼーション(Tax Equalization)」です。これは、赴任者が赴任先の税制によって過剰な税負担を負わないようにする仕組みで、母国での税負担額を基準にし、差額を企業が調整します。赴任者が赴任先で本来より多くの税金を負担することがないようにし、税制の違いによる不公平感を取り除くことが目的です。詳しくは「タックスイコライゼーション(Tax Equalization, TEQ)とは:概要や必要性、適用される状況及び手続きについて解説」をご覧ください。
関連制度との接続②シャドーペイロール
もう一つ押さえておきたいのが「シャドーペイロール(Shadow Payroll)」です。これは駐在員が日本の企業から給与を受け取りつつ、現地国の法令に従って税務処理を行うために設けられる、いわば「仮想的な給与計算」の仕組みです。日本に赴任する外国人駐在員に対しても、こうしたシャドーペイロールを構築して適正な納税を確保することが求められるケースがあります。詳しくは「シャドーペイロール(Shadow Payroll)とは:仕組みの解説及び運用方法や事例、導入時の注意点」をご覧ください。
グロスアップ計算の簡易モデル
たとえば、駐在員が日本で年間1,000万円の手取りを希望する場合、所得税や社会保険料を差し引いた後でこの金額に達するように総支給額を設定しなければなりません。
仮に税率と社会保険料率の合計が30%とすると、
手取り額 = 総支給額 × (1 – 0.3)
1,000万円 = 総支給額 × 0.7
総支給額 = 約1,428万円
同様に、手取り額として2,000万円を目標とする場合、税率と社会保険料率の合計が40%と仮定すると:
手取り額 = 総支給額 × (1 – 0.4)
2,000万円 = 総支給額 × 0.6
総支給額 = 2,000万円 ÷ 0.6 = 約3,333万円
このように、目標とする手取り額が高くなるほど、グロスアップ後の支給額も大幅に増加することになります。
上記の計算モデルでは一見シンプルな逆算のように思えるグロスアップ計算ですが、実際には所得税の累進課税や、社会保険料の料率・上限、各種控除(基礎控除、扶養控除など)といった要素が関係するため、正確な総支給額を導くには単純な計算では不十分です。そのため、仮の支給額を設定して試算し、目標の手取り額に達するまでに何度か試算を繰り返す反復計算が必要となります。
実務上の留意点
(1)税制の複雑性
日本の所得税および住民税は、累進課税制度を採用しているため、所得額に応じて税率が変動します。また、基礎控除、配偶者控除、扶養控除など、さまざまな控除項目が存在しており、これらが課税所得に与える影響を正確に把握する必要があります。駐在員の家族構成や住宅事情などによって適用できる控除が異なるため、個別事情を踏まえたシミュレーションが欠かせません。
(2)為替変動
給与が外貨建てで支払われるケースでは、為替レートの変動により、円換算後の手取り額が大きく変動する可能性があります。特に円高・円安の影響を受けやすい地域では、毎月の為替変動が駐在員の生活資金に直接影響を与えるため、為替リスクのヘッジ策(例:一定の為替レートを基準とした精算方法)を設けておくことが重要です。
(3)各国制度の違い
社会保険制度は国ごとに大きく異なります。日本においては、健康保険、厚生年金保険、雇用保険、介護保険などの加入が原則義務付けられており、外国人駐在員にも適用されるケースが多く見られます。ただし、国際的な社会保障協定(社会保障協定国)に基づき、母国での社会保険加入が継続される場合、日本での加入義務が免除されることもあります。これらの取り扱いを誤ると、企業および駐在員双方に不利益が生じる恐れがあるため、制度の確認と適切な手続きが必要です。
まとめ
グロスアップ計算は、企業の国際人事における公平性とコンプライアンスを担保する上で、重要な役割を果たす制度です。駐在員が安心して業務に集中できる環境を整えることは、企業のグローバル競争力にも直結します。
RSM汐留パートナーズでは、グロスアップ計算を含め、駐在員の給与設計、税務処理、社会保険対応まで一貫したサポートをご提供しています。ご関心のある企業様は、ぜひご相談ください。