【税務Q&A】国外転出時課税の適用と納税猶予の活用
2025年4月14日
質問
日本在住のA氏は、時価1億5,000万円相当の上場株式を保有しています。A氏は過去10年間のうち5年以上日本に居住しており、今後5年から10年程度の米国への移住を計画しています。このようなケースでは「国外転出時課税」が適用されると聞きましたが、課税されずに済む方法はあるか教えてください。
回答
国外転出時課税の対象となることは避けられませんが、一定の手続きを行うことで、出国時のキャッシュアウトを回避し、将来の帰国時に課税を取り消すことも可能です。
具体的には「納税猶予制度」を利用し、5年以内(延長により最大10年以内)に帰国した上で、帰国後4ヶ月以内に更正の請求を行うことで、出国時の課税を取り消すことができると判断できます。
国外転出時課税とは
質問及び回答で言及されている「国外転出時課税」について説明します。
制度の概要
国外転出時課税制度は、一定の日本居住者が国外へ転出する際に、保有する金融資産について譲渡があったものとみなして課税される制度です。平成27年度税制改正により創設され、平成27年7月1日以降の国外転出から適用されています(所得税法60条の2)。
この制度の背景には、富裕層が含み益のある株式等を売却する前に国外へ移住し、日本での課税を免れることを防ぐという、租税回避の防止目的があります。
適用対象者(所得税法60条の2第5項)
以下の2要件を満たす場合、国外転出時課税の適用対象者となります。
- 国外転出時に所有する対象資産の時価の合計額が1億円以上であること
- 過去10年間のうち5年以上日本に居住していたこと(ただし、短期滞在や一部の在留資格による滞在期間は除かれる場合がある)
対象資産の時価の判定時期は、申告のタイミングにより以下の通り異なります(所得税法60条の2第1項)。
- 国外転出後に確定申告を行う場合:国外転出「当日」の時価
- 国外転出前に確定申告を行う場合:国外転出予定日の3ヶ月前の時価
②の場合、3ヶ月前以降に新たに取得した資産がある場合には、その取得時の時価で加算されます。また、含み損のある資産についても、評価損益の有無を問わず、時価で価額合算の対象となります。
対象資産(所得税法60条の2第1~3項)
以下の3種類が「対象資産」とされます。
- 有価証券等(上場株式・非上場株式、投資信託、匿名組合出資持分など)
- 未決済信用取引等(信用取引、発行日取引など)
- 未決済デリバティブ取引(先物、オプション、スワップなど)
NISA口座内の上場株式等も、対象資産の価額判定に含まれます。一方で、譲渡制限のある特定株式や税制適格ストックオプション等、一部の資産は除外されます。
課税内容
出国時点で資産を譲渡したものとみなして、含み益に対して所得税及び復興特別所得税が課税されます。実際に売却していなくても課税される点が大きな特徴です。
納税猶予制度
出国までに所轄税務署へ「納税管理人の届出書」を提出し、確定申告書に所定の付表を添付して提出するといった一定の手続きを行うことで、最大10年間(初回5年+延長5年)の納税猶予が認められます。
また、納税猶予を受けるには担保の提供が必要であり、一般的には上場株式などの流動性の高い資産が望まれます。非上場株式や匿名組合出資持分などは評価が難しく、猶予が認められにくい場合もあるため、慎重な対応が求められます。
猶予期間中は対象資産を継続して保有し、毎年「継続適用届出書」を提出する必要があります。
課税取消制度(所得税法60条の2第6項)
以下の要件をすべて満たす場合、国外転出時の課税を遡って取り消すことができます。
- 国外転出後5年以内(延長により最大10年以内)に 帰国すること
- 帰国時まで対象資産を継続して保有していること
- 帰国後4ヶ月以内に更正の請求(又は修正申告)を行うこと(所得税法151条の2、同法153条の2)
納税猶予の特例の適用を受けずに所得税を納付していた場合であっても、5年以内に帰国し、課税の取り消しを請求することで、納付済の税金が還付される場合があります。
質問に対する判断
本件に関して、国外転出時課税制度の適用性及び対応策について、掘り下げて考察します。
1. 国外転出時課税の適用要件との照合
以下の点から、A氏は国外転出時課税の適用対象者に該当すると判断できます。
- 対象資産性:A氏が保有する上場株式は、所得税法上の有価証券に該当し、課税対象資産に含まれます。
- 金額要件:評価額は1億5,000万円とされており、1億円以上の基準を満たしています。
- 居住要件:A氏は過去10年間のうち5年以上日本に居住しており、適用対象の「居住者」に該当します。
- 国外転出要件:今回の移住計画は「5年~10年程度の米国移住」とされており、1年以上の海外滞在が予定されているため、「国外転出」に該当します(短期出張や旅行は除かれます)。
2. 納税猶予制度と課税の取り消しの可能性
- 納税猶予制度
出国前に納税管理人の届出、担保の提供、確定申告を行うことで、最大10年間(5年+5年の延長)の納税猶予を受けることができます。
- 課税の取り消し
移住後5年以内(延長時は最大10年)に帰国し、且つ対象資産を継続して保有している場合、帰国後4ヶ月以内に更正の請求を行うことで、課税を取り消すことが可能です。
以上より、A氏は国外転出時課税制度の適用要件を満たしており、課税自体は原則として避けられせん。
しかしながら、移住期間が5年~10年であることを前提とすれば、納税猶予制度及び課税取り消し制度を活用することで、出国時のキャッシュアウト及び最終的な納税を回避できる可能性が高いと考えられます。
国外転出時課税制度は、要件・対象資産・手続・救済措置まで含めて制度設計が複雑であるため、移住計画の段階から帰国時の対応を見据えた十分な計画と、適切な手続きを講じることが重要です。