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長谷川 祐哉 Yuya Hasegawa

この記事の著者

長谷川 祐哉 Yuya Hasegawa

パートナー  / 税理士

国外転出時課税制度と外国籍役員の税務リスク

2025年6月13日

国外転出時課税制度の基本概要

株式等のキャピタルゲインについて、キャピタルゲイン非課税国や軽課税国への移住による課税逃れを防止するため導入されたのが国外転出時課税制度です。これは、一定の条件を満たす個人が日本から国外に転出する際、その時点で保有する一定の金融資産について譲渡があったものとみなして所得税を課す仕組みです。なお、非居住者への贈与等を対象とした国外転出(贈与)時課税制度については、本コラムでは割愛し、出国時の課税をメインテーマとして取り扱います。国外転出時課税が適用されるのは、次の2つの条件をともに満たす場合です。

  1. 多額の資産保有者であること: 日本から出国する時点で、時価評価で合計1億円以上の対象資産(後述)を保有していること。
  2. 長期の日本居住者であること: 原則として、出国前10年以内に日本に住んでいた期間が合計で5年を超えていること。

上記を満たす個人が国外へ転出する場合、出国時に対象資産を時価で売却したものとみなして課税されます。

その際に対象となる金融資産は以下の通りです。

  • 株式や投資信託などの有価証券
  • 信用取引に係る未決済のポジション
  • デリバティブ取引に係る未決済のポジション

これらの合計評価額が出国時に1億円以上であるかどうかで判定されます。なお、現金そのものや日本国内外の不動産などはこの対象資産には含まれません。

この制度には、課税そのものを猶予できる制度も用意されています。対象者が一定の手続きを行えば、課税された所得税の納税を最長で出国後10年(当初5年+所定の延長申請でさらに5年)まで猶予することが可能です。

国外転出時の譲渡所得とは

譲渡所得とは、不動産や株式などの資産を譲渡(売却)した際に生じる所得、つまり売却益を指します。通常、資産を実際に売却して初めて譲渡所得が確定し、その時点で所得税の課税対象となります。

「国外転出時の譲渡所得」とは、一定の条件を満たす居住者が日本から国外に移住(非居住者となること)する際に、その時点で保有する対象となる金融資産をあたかも売却したものとみなして発生した所得を指します。すなわち、実際には売却していない資産に対しても出国のタイミングで潜在的な譲渡益(含み益)に課税が行われることになります。

日本での個人所得税と譲渡所得の関係

日本の所得税では、個人の所得は様々な種類に分類され、それぞれ異なる課税方法が定められています。譲渡所得もその一つであり、たとえば株式や投資信託を売却して利益(キャピタルゲイン)が生じた場合、その利益は譲渡所得として課税対象になります。

上場株式等の金融商品に係る譲渡益には、原則として約20%(所得税及び復興特別所得税15.315%、住民税5%)の税率で課税されるのが一般的です。これら金融資産の譲渡益は給与所得など他の所得と分離する申告分離課税とされています。

この点、日本の居住者が海外資産を売却して得た利益については、その居住者が非永住者に該当しない限り、原則として日本で課税されます。つまり、日本に長期居住している個人であれば、通常は海外の株式を売却した利益であっても日本の所得税の課税対象となり得ます。反対に、日本を離れて非居住者になった後に上場株式等を売却した場合、通常その譲渡益は日本の課税範囲外となります。

この違いゆえに、過去には日本で蓄えた資産を売却する直前に低税率の国へ移住し、日本の譲渡所得課税を免れるといった租税回避も行われてきました。

外国籍役員が直面する税務リスク

国外転出時課税は日本国籍の有無にかかわらず適用される制度です。したがって、外国籍の役員であっても前述の要件(時価1億円以上の資産保有かつ5年超の居住)を満たせば課税の対象となり得ます。ただし、実務上、外国籍駐在員の方々については特例的な取扱いも存在します。日本の税法では、一定の在留資格(ビザ)で日本に滞在していた期間については、先の「10年以内に5年超居住」の判定から除外できることとされています。

注意すべきは、在留資格の種類によっては除外が適用されないケースがあるということです。そのため、外国籍役員であっても日本における滞在実態によっては国外転出時課税のリスクが存在します。「自分は課税対象外だと思い込んでいたが実は該当していた」という事態が最も注意すべきリスクと言えるでしょう。

税務申告における必要書類と手続き

国外転出時課税の対象となる可能性がある場合、日本を離れる前後で適切な税務手続きを踏む必要があります。

まず、出国に際しては通常、税務署に「納税管理人」の届出を行います。次に、出国する年分の所得税について確定申告を行い、出国時の含み益を申告します。確定申告書には対象資産の含み益等を記載し、原則として翌年3月15日までに提出します。

前述の納税猶予制度を利用するには、確定申告書に猶予適用の旨を記載し、申告期限までに猶予税額に相当する担保を提供します。納税猶予が認められると、対象資産の含み益に係る所得税の納付が一時的に保留され、毎年末の資産状況の届出(継続適用届出書)を継続する限り5年間(延長申請により最大10年)猶予されます。仮に納税猶予期間中に帰国して資産を引き続き保有している場合は、所定の手続により課税を取り消すことができます。

譲渡所得を巡る課税事例と対応策

実際に想定されるケースを取り上げ、国外転出時課税制度にまつわる問題点とその対応策について考えてみます。

【ケース:外国籍CFOが国外転出する場合】

日本で高額の株式など金融資産を保有したまま外国へ転出するケースでは、出国時に含み益に対して約20%の譲渡所得税が課されます。例えばシンガポールのようなキャピタルゲイン非課税国へ移ったとしても、日本で税金を支払う必要があります。

対策として、転出前に一部の資産を売却して資産評価額を1億円未満に抑える方法や、納税猶予制度を活用して帰国まで納税を先送りする方法が考えられます。

ただし、転出先の国が譲渡益に課税する場合には二重課税のおそれもあるため、日本にいるうちにある程度含み益を実現しておく(日本で課税を済ませる)など、転出先の税制も見据えた計画が重要です。

事前準備が鍵:リスク回避のポイント

国外転出時課税にまつわるリスクを最小限に抑えるには、事前の準備と計画が重要です。外国籍役員が実務上押さえておきたいリスク回避のポイントは以下の通りです。

早い段階で専門家に相談し資産状況を把握する

海外転勤や任期終了による転出の可能性が出てきたら、できるだけ早く国際税務の専門家に相談し、自身の対象資産の評価額や課税の対象となるかを確認しましょう。特に株式など多額の金融資産を保有している場合は、早期相談がリスク軽減の鍵になります。

在留資格と滞在歴の確認

自分の日本での滞在歴(居住期間)と在留資格の種別を確認し、国外転出時課税の居住要件に該当しうるか把握しておきます。外国籍駐在員の場合、自分の在留資格での滞在期間が居住期間判定から除外されるか否かを税務専門家に確認しましょう。

納税管理人の選任と書類準備

転出前に納税管理人の届出を済ませ、確定申告に必要な書類を整えておきます。特に出国時課税の対象となる資産がある場合、その取得価額や時価評価額を算出するための資料(購入時の契約書や証券会社の取引報告書、市場価格の評価明細など)を事前に揃えておきましょう。出国直前になり書類不備で正確な申告ができないといった事態を避けるためにも余裕を持った準備が必要です。

まとめ

国外転出時課税制度は、日本から海外へ資産を持ち出す際に発生し得る重要な税務上の論点です。本記事では、制度の概要から外国籍役員への影響、具体的な手続きや留意点、さらには想定ケースと対策まで幅広く解説しました。対象者に該当するケース自体は限られるものの、適用されれば多額の税負担が生じる可能性があり、準備不足による申告漏れ等には大きなリスクが伴います。

税務分野は専門性が高いため、社内外の専門家の助言を積極的に求めることも有効です。グローバルに活躍する外国籍役員にとって、日本と各国の税制をまたいだ資産管理と税務コンプライアンスは重要な課題です。そういった方々が国外転出に際して適切な計画を立て、税務リスクをコントロールする一助となれば幸いです。

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