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前川 研吾 Kengo Maekawa

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前川 研吾 Kengo Maekawa

ファウンダー&CEO  / 公認会計士(日本・米国) , 税理士 , 行政書士 , 経営学修士(EMBA)

リジェネラティブ農業とは何か─ESG経営における次の一手

2025年8月12日

気候変動、生物多様性の喪失、そしてサプライチェーンの不安定化——かつてない複雑さを伴う課題が、企業経営を取り巻いています。こうした環境の中で、従来のESG実践のアプローチや手法そのものにも、変革=イノベーションが求められる時代に入ったと言えるでしょう。そのイノベーションのひとつとして注目されるのが、「リジェネラティブ農業(環境リジェネラティブ農業)」です。

本稿では、リジェネラティブ農業の概念、実践手法、周辺キーワードとの関係性、さらにはネスレ社の事例などを交えながら国際的な潮流について解説し、ESG経営の“次の一手”を検討するための視座を提供します。

「リジェネラティブ」農業とは

「リジェネラティブ(regenerative)」とはそもそも、破壊された自然環境や生態系を「再生」することを意味し、単に負荷を減らすのではなく、正のインパクトを与える方向性を指します。農業分野においては、土壌の健康を回復させ、炭素を蓄え、生物多様性を育む方法として「リジェネラティブ農業」が注目されています。

リジェネラティブ農業が注目される背景には、「炭素隔離(Carbon Sequestration)」という重要なキーワードがあります。これは、植物や土壌に大気中のCO₂を取り込ませて蓄積させる働きで、農業はそのカーボンシンク(炭素吸収源)としての機能を担えると期待されています。この概念を農業と掛け合わせたのが「カーボンファーミング(Carbon Farming)」です。

カーボンファーミングは、農業や林業を通じて大気中の二酸化炭素(CO₂)を土壌や植生の中に「隔離(sequester)」することを目的とした一連の実践的な取り組みで、下記1)~5)は、その代表的な手法となります。これらは自然を活用して炭素を吸収・固定し、結果的に二酸化炭素排出を削減するという点で注目されています。

リジェネラティブ農業の具体的手法
リジェネラティブ農業とは概念的な用語ですが、実際には多くの農法が組み合わされて構成されています。以下に、代表的な手法を紹介します。

1) 不耕起栽培(No-Till Farming)
従来の農業では、収穫のたびにトラクターなどで耕すことが一般的でした。しかし、耕すことで土壌中の微生物が死滅し、炭素が大気中に放出されてしまいます。

不耕起栽培は、土を耕さず、地表に有機物を残したまま次の作物を植える方法です。これにより土壌の構造が保たれ、水分保持力や有機物含有量が増し、土壌中の炭素固定が進みます。

2) カバークロップ(被覆作物)
収穫のない期間に、土壌を裸にせず、植物(クローバーやライ麦など)を植えて地表を覆う手法です。これにより、土壌侵食を防ぐだけでなく、根圏微生物の活動を促進し、土壌の炭素固定にもつながります。さらに、害虫抑制や雑草の繁茂防止にも貢献します。

3) 輪作と間作(Crop Rotation / Intercropping)
同じ作物を連作すると、特定の養分が枯渇し、病害虫の温床になります。輪作は異なる作物を年ごとに切り替えて栽培することで土壌の多様性を保ちます。

間作は、同じ畝に異なる作物を同時に植える方法で、光・水・栄養の利用効率が上がり、リスク分散にもつながります。

4) コンポスト(堆肥)の活用
有機物から作られるコンポストは、化学肥料の代替となり、土壌微生物の活動を活性化させます。土壌の保水性や通気性が高まり、結果として農作物の品質向上や病害リスクの低減にもつながります。

5) アグロフォレストリー(Agroforestry)
農作物と樹木を組み合わせて栽培する手法です。森林のような生態系を模倣し、日射の遮蔽、水分調整、多層的な栄養循環など、自然の回復力を農業に取り込むことができます。熱帯地域のコーヒー農園などでは、木陰のなかでコーヒーを育てることで、気温上昇の影響を緩和しつつ、生物多様性も保っています。

企業の脱炭素戦略と連動

上記カーボンファーミングの様々な手法は、単体でも有効ですが、複合的に組み合わせることで、より高い炭素隔離効果と生態系回復効果が期待されます。とくに、森林は気候変動対策の柱の一つとして「自然由来の炭素吸収源」として重視されてきましたが、カナダやロシア、オーストラリアなどで相次いだ大規模森林火災の結果、何十年もかけて蓄積した炭素が一瞬で大気中に戻るという事態が相次ぎ、「森林吸収の不確実性」が増す中で、農業分野において、炭素隔離の分散化・多様化を進めながら様々なリジェネラティブ農業手法を複合的に進める、いわばカーボンファーミングの複合化が、今、重要な実践手法になりつつあります。

政策的にも二酸化炭素排出削減においてこうした分野、特に「農地・草地・土壌を利用した炭素隔離」が注目されています。国際機関(たとえばFAOやIPCC)は、土壌は世界第2の炭素貯蔵庫であり、その管理次第で巨大な炭素吸収源になり得ると指摘しています(FAO, 2020)。特に、耕地面積の多い国々では、耕作方法の見直し(不耕起栽培、カバークロップ導入、堆肥施用など)により、炭素の土壌固定が実現可能であるとされ、世界の土壌中に年間最大3〜5ギガトンのCO₂を隔離できるポテンシャルがあるとの試算もあります(IPCC Special Report on Climate Change and Land, 2019)。

カーボンファーミングは、単なる「環境貢献」の手段にとどまらず、企業にとっては「脱炭素戦略」の中核のひとつとして位置づけられつつあります。特に先進的な企業は、農業経営の持続可能性を高めながら、自社のスコープ3排出の削減や炭素クレジットの創出を通じて、ESG指標との整合性を図る動きを加速させています。具体的にどのような動きがみられるのか。次に、その先進事例を見ていきましょう。

先進事例
企業がカーボンファーミングを重要視する主な背景に、スコープ3排出(間接排出)との関係にあります。たとえば食品・飲料・化粧品・繊維などの企業は、自社の温室効果ガス排出量の大部分が農業・原材料調達の段階に集中しています。こうしたスコープ3排出を「オフセット」するために、自社のサプライチェーン上でカーボンファーミングを導入する企業が増えています。

例えばスイスに本社を置くネスレ、英国に本社を置くユニリーバ、米国に本社を置くマースなどは、リジェネラティブ農業を農家に奨励し、土壌炭素の蓄積による削減量を第三者機関で検証し、企業のカーボンニュートラル戦略の一部として報告しています(具体的事例は下記参照)。

こうした取り組みはサプライチェーンの強化だけでなく、ESGにおける「E(環境)」の定量的インパクトとして、炭素排出の削減や炭素隔離などの成果の報告が可能になり、企業価値向上の文脈も含まれていると理解することができます。

■事例:ネスレの場合
ネスレは、世界有数の食品企業として、コーヒーやカカオなど農産物に大きく依存しています。そのため、原材料を安定的に確保するには、農業の長期的な持続性が欠かせません。このネスレのリジェネラティブ農業の取り組みは、温室効果ガスの排出削減ともリンクさせているのが特徴的です。実際、リジェネラティブ農業はネスレの『ネットゼロ(温室効果ガス排出量実質ゼロ)ロードマップ2023』の重要な部分を占めています。

またネスレは2022年、「Nescafé Plan 2030」を発表し、2030年までに10億スイスフラン(約1.2兆円)以上を投資する計画を示しました。この計画では、コーヒーの生産農家が土壌の健康を改善しながら収量を維持・向上させられるよう、リジェネラティブ農業への転換を支援しています。具体的には、次のような方法を採り入れて実践しています
https://www.nestle.co.jp/sites/g/files/pydnoa331/files/2022-10/20221004-nescafe-plan-2030-jp-pr.pdf

  • カバークロップ(被覆作物)の植え付けにより、土壌の保護を支援
  • 土壌にバイオマスを追加することで、土壌有機物を増加させ、土壌の炭素隔離を促進有機肥料を取り入れ、土壌の健全性に不可欠な土壌の肥沃化に貢献
  • アグロフォレストリー(森林農法)や間作の利用を増やし、生物多様性の保全に貢献
  • 既存のコーヒーの木を剪定、あるいは病害や気候変動に強い品種に植え替え、コーヒー栽培地の再生や生産者の収量の増加を支援

こうした動きに基づいてネスレは Nescafé Plan 2030 の進捗について、2018〜2022年にかけて14カ国の7,000名以上のコーヒー農家を対象に、Rainforest Alliance と連携してインパクト評価を実施しました。その進捗報告書によると(https://www.nestle.com/sites/default/files/2024-05/nescafe-plan-2030-progress-report-2023.pdf)、 この第三者評価により、インタークロッピング(間作)、マルチング、統合雑草管理などが導入された農家で、リジェネラティブ農業を導入した農家での収量向上(5〜25%)、GHG排出削減(15〜30%)が報告されています。

このように、ネスレはNescafé Plan 2030を通して、Rainforest Allianceによる現地評価のもと具体的に報告し、リジェネラティブ農業を脱炭素戦略と連動させて、企業価値を高めています。

市場取引拡大、課題
上記のような動きと並行して、カーボンファーミングによって蓄積された土壌中の炭素を「炭素クレジット」として市場で取引する動きも広がっています。とくにオーストラリアでは、政府主導のクレジット制度(Australian Carbon Credit Units)において、カーボンファーミングの成果が正式にクレジット化されています。また、民間主導ではVerraやGold Standardといった国際認証機関が、農業由来の炭素削減をクレジット化するプロトコルを開発しています。しかし、土壌炭素の変化を正確に測定・報告・検証(MRV)することは依然として技術的・コスト的にハードルが高く、標準化や透明性の確保が今後の課題と見られます。

「ネイチャーポジティブ」から捉えるリジェネラティブ農業

ESG経営的に企業の戦略から見える上では、リジェネラティブ農業をより広い文脈「ネイチャーポジティブ(Nature Positive)」から捉えることも、重要な局面になります。「ネイチャーポジティブ」が企業文脈で語られるようになる端緒の1つとなったのが、World Business Council for Sustainable Development(WBCSD, 持続可能な開発のための世界経済人会議)(注:企業が持続可能性を通じて経済と社会に貢献することを目的とする国際的な経済団体で、日本企業を含めて約200社が加盟しており、自然資本、気候変動、食品・農業、循環型経済などの分野で世界的な指標やガイドラインを策定・推進)が2021年に打ち出した提言です。その中でWBCSDは、企業活動が2030年までに自然環境の純喪失(net nature loss)を止め、自然資本を回復・再生する方向に転換すべきと提言しました。この提言は、ダメージを抑えるだけでなく、環境再生=プラスの効果をもたらすという積極的な企業姿勢を求めるものです。

ネイチャーポジティブの初期の重点分野は森林でした。これは、森林が二酸化炭素の吸収源であり、視覚的にも評価しやすく、自然資本として扱いやすい対象だったということも関係しているでしょう。しかしWBCSDは、すぐにこのフレームワークを農業にも適用し始めます。農業が世界の自然損失の大きな要因である一方で、逆にその改善が大きな再生効果を持ち得るという認識が広がっていきました。そこから農業を環境破壊の主体から、自然再生の主体へと転換する視点が打ち出され、企業のサプライチェーン全体に「ネイチャーポジティブ」な価値創造の可能性があることが強調されました(5.参照)。

この文脈で重要なのが、生物多様性と農業の関係です。従来の集約的・単一作物型の農業は、土地の過剰利用、農薬・化学肥料の大量投入、景観の単一化などにより、生態系の多様性を著しく損なってきました。対して、リジェネラティブ農業は、土壌の健康回復や、在来種の利用、カバークロップやアグロフォレストリーといった多様性を重視する手法を通じて、生物多様性の保全と再生を志向する農業です。この点で、リジェネラティブ農業はネイチャーポジティブの実装手段として極めて親和性が高く、企業が自然回復を目指す際の有力な選択肢となり得ます。

戦略的アプローチのための視座

これまでの解説を踏まえて、ESG経営の視点からどのようにリジェネラティブ農業に戦略的にアプローチしていくかについて検討する上で、前述のWBCSDによる指標は1つの参考になると考えられます。WBCSD は、WBCSD傘下の「One Planet Business for Biodiversity(OP2B)」リジェネラティブ農業を推進する企業連合の協働で、「Regenerative Agriculture Metrics(RAM)」と呼ばれるアウトカムベースの指標(成果評価指標)の整備を行ってきました。その詳細を見ていきましょう。

成果評価指標RAMの詳細
RAM指標では、農地・景観・企業レベルを横断して測定可能な「11のリジェネラティブ農業アウトカム(気候・生物多様性・水・土壌・社会経済など)」を定義し、一貫した評価指標を提供しています( https://www.wbcsd.org/actions/a-global-framework-for-regenerative-agriculture/)。 RAMで設定されたのは、以下のような環境、社会、経済の成果を測る11項目です。

  1. 温室効果ガス排出の最小化(Minimize GHG emissions)
  2. 土壌に隔離される炭素の増加(Increased sequestered carbon)
  3. 生態系の健全性の改善(Improved ecological integrity)
  4. 栽培される作物の生物多様性の増加(Increased cultivated biodiversity)
  5. 農薬リスクの低減(Reduced pesticide risk)
  6. 水質汚染の最小化(Minimized water pollution)
  7. 生態的水の流れの改善(Improved environmental flows)
  8. 土壌の健康状態の改善(Increased soil health)
  9. 農家の経済的利益の増加(Increased financial benefits)
  10. 社会的利益の増加(Increased social benefits)
  11. 福祉の向上(Increased wellbeing)

このような成果指標が運用されることで、リジェネラティブ農業が単なる農業手法(例:カバークロップ導入)に終始することなく、「改善された土壌の状態」「水質汚染の削減」「収量や収入の向上」といった、自然の再生から社会経済への正の波及に至るまで評価することができ、「ネイチャーポジティブ」にリンクした、また社会経済にもつなげていることから、それを超えた方向に仕向けることができるようになります。また、企業が農家やサプライチェーンにおいて期待する成果と、報告指標とをリンクさせることで、調達先や投資判断を「成果ベース」で行いやすくなります。さらに、透明な MRV(測定・報告・検証)により資金調達や協働体制の信頼性も向上することになるでしょう。

実際、すでに大手食品・アグリ企業など多くが、こうしたアウトカム指標をサステナビリティ報告書や ESG開示に組み込んでいます。農業手法だけではなく、「CO₂排出削減量」や「多様性指標」「水利用効率向上」など、成果として定量的に示しています。このように指標や成果が可視化されることで、調達戦略上、リジェネラティブ農業を行う農家に対する優遇や契約条件の整備に繋がりやすくなる傾向にあります。

こうした解説がESGの次の一手に参考になれば幸いです。

参考文献
FAO (2020) — “Recarbonizing Global Soils”
https://www.fao.org/documents/card/en/c/cb1818en

IPCC Special Report on Climate Change and Land (2019)
https://www.ipcc.ch/srccl/

 

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