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三宅 宏史 Hirofumi Miyake

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三宅 宏史 Hirofumi Miyake

インターナショナルタックスディレクター  / 税理士

日本における役員給与の税務とその留意点

2025年8月18日

役員給与の基本概要と日本のルール

役員給与とは、会社の取締役のような役員に対して支払われる報酬のことです。日本では、役員給与の金額や支給方法について税務上の厳格なルールが定められています。

これらのルールの背景には、役員給与を利用した利益操作(たとえば利益を役員報酬に振り替えて法人税を回避する行為)を防止する目的があります。一般社員への給与は通常ですと期中に増減しますが、役員給与を法人税法上の損金に算入するためには原則として事業年度中に自由に増減できません。役員給与の決定は通常、定款や株主総会の決議によって行われ、一度決めた金額は特別の事情を除いて年間を通じて維持する必要があります。

日本の法人税法では、会社が支払う役員給与のうち一定の範囲のものだけが損金(税務上の費用)に算入でき、その他の支出は損金不算入(税務上の費用として認められない)となります。損金に算入できない役員給与は、会社の課税所得を減らさないため法人税の負担が増えることになります。したがって、適切な形で役員給与を設定しないと、会社に余計な税負担やリスクが生じかねません。

以下では、役員報酬の設定に関する主要な税務上のルールとポイントについて詳しく説明します。

報酬設定に関する3つの主要ルール

日本の税法上、役員給与が損金算入するためには、原則として次のいずれかの形態で支給される必要があります。具体的には、以下の3種類です。

①定期同額給与
②事前確定届出給与
③業績連動給与の3つです。

この3種類に当てはまらない役員給与の支払いは、原則として法人税法上の損金として認められないため注意が必要です。なお、中小企業を含む未上場企業では、法人税法上、上記のうち①定期同額給与 と②事前確定届出給与のいずれかの方法しか認められていません。 それぞれの概要と要件は以下のとおりです。

定期同額給与
最も基本的な形態で、毎月同じ金額を支給する役員給与です。月額固定の役員報酬がこれに該当します。例えば毎月25日に100万円ずつ支給するといった形で、事業年度内の各支給時期(毎月)の支給金額がすべて同額であれば定期同額給与となります。定期同額給与を改定する場合には、原則として期首から3ヶ月以内にその期の報酬額を決定し、その後は事業年度を通じて同じ額を支給し続ける必要があります。

事前確定届出給与
事前に税務署へ支給額と支給時期を届け出た上で支給される役員給与で、定期同額給与と業績連動給与のいずれにも該当しない給与を指します。例えば役員に賞与を支5給したい場合、事業年度開始から一定期間内に所轄税務署へ所定の届出書を提出し、あらかじめ確定した金額とその支給時期を宣言する必要があります。届出書の内容どおりに支給すればその支給額は損金算入が認められます。

業績連動給与
会社の業績指標(例:利益額や株価など)に連動して支給額が決まる報酬です。業績目標の達成度合いに応じて変動するインセンティブ報酬と言えます。ただし、適用対象が主に上場企業とその完全子会社等に限られており、損金算入が認められる業績連動給与とするためには有価証券報告書への記載等種々の要件が設けられています。

以上の3つの類型に該当する役員給与は法人税法上の損金として認められます。逆に言えば、これらの類型以外の方法で支払われた役員への金銭や経済的利益は、たとえ実態として給与や賞与でも税務上は損金不算入となります。また、上記3つの類型に該当する役員給与であっても、不相当に高額な部分の金額は、損金の額に算入されないことにも留意が必要です。役員報酬の額や支給タイミングを決める際は、税法の規定に配慮しながら必ず上記いずれかの枠組みに沿うよう事前に計画しなければなりません。

個人の確定申告が必要となるケース

次に、報酬を受け取った役員個人の税務手続きに焦点を当てます。日本では給与所得者の多くは年末調整によって年間の税額が確定するため、自ら確定申告をする必要はありません。しかし、外国籍役員のような高額所得者や特殊な所得状況の場合、年末調整だけでは完結せず確定申告が必要となるケースがあります。

外国籍の役員であっても、日本の税法に基づき以下の状況に該当すれば所得税の確定申告が義務付けられます。

年間の給与収入が2,000万円を超える場合
年収が2,000万円超の給与所得者は年末調整の対象から除外されるため、確定申告を行い所得税を納める必要があります。

給与以外の副収入が一定額を超える場合
給与所得および退職所得以外の所得の合計が年間20万円を超える場合は原則として確定申告が必要です。

外国籍の役員は、日本における給与所得の有無や金額だけでなく、日本での居住状況、海外からの収入や支払い形態にも留意し、自分が確定申告すべきかどうかを確認する必要があります。

役員報酬と年金支払いの仕組み

日本で働く役員は、給与に対して所得税が課されるだけでなく、社会保険(厚生年金保険・健康保険)への加入義務にも直面します。役員であっても常勤で報酬を受け取る場合は、原則として会社の社会保険に加入しなければなりません。これは日本国籍・外国籍を問わず共通のルールです。

具体的には、代表取締役を含む常勤役員で報酬が支払われている場合、会社はその役員を厚生年金保険と健康保険の被保険者として届け出る必要があります。その結果、役員報酬から厚生年金保険料と健康保険料が天引きされることになります。 厚生年金保険に加入した役員は、在職中は毎月の給与・賞与に応じた保険料を納め、将来年金を受け取る権利を有します。

外国籍の役員であっても、一定の加入期間(原則10年以上)を満たせば、原則60歳以降に日本の年金を受給できます。ただし、多くの外国籍役員は日本に一時的に赴任しているケースもあり、長期加入せず帰国する場合もあるでしょう。

そのような場合に知っておくべき制度が「脱退一時金」です。 脱退一時金とは、日本での年金加入期間が短いまま帰国する外国籍の方向けに用意された年金の払い戻し制度です。日本で働く以上、社会保険料負担は避けられないため、会社のCFOや経理部長はそのコストを織り込んだ上で報酬パッケージを設計する必要があります。

また、役員本人としても、離任時に受け取れる脱退一時金について理解し、期間内に忘れず手続きすることが重要です。

外国籍役員が注意すべき税務ポイント

日本で働く外国籍役員の税務上の取扱いで特に重要なのが、その人の居住区分と課税対象となる所得の範囲です。日本の所得税法では、個人を「居住者」と「非居住者」に区分しており、さらに居住者は「非永住者」と「非永住者以外」に細分化されます。これによって課税される所得の範囲が大きく異なるため、外国籍の役員は自分がどの区分に該当するか理解しておく必要があります。

居住者
日本国内に住所(生活の本拠)を有するか、または現在まで引き続き1年以上日本に居所(継続的な滞在先)がある個人が原則として居住者に該当します。赴任などで日本に長期滞在する外国籍役員は通常この「居住者」とみなされます。居住者のうち、日本国籍があるか、過去10年以内に日本に5年超住んでいる者は「非永住者以外の居住者」となり、日本国内・国外を問わず全世界で得た所得が日本の課税対象となります。一方で非永住者は、居住者のうち日本国籍を持たず過去10年内の日本滞在が5年以下の居住者を指し、課税範囲が国内源泉所得と日本国内に持ち込まれる一部の国外源泉所得に限定されています。

非居住者
上記の居住者に当てはまらない個人が非居住者に分類され、例えば海外に居住する人をはじめ、日本に住所を持たず1年未満の短期滞在者などは原則として非居住者に該当します。非居住者に対しては、日本国内源泉所得のみが課税対象となります。

以上を整理すると、外国籍役員の課税範囲は「居住者か非居住者か」「非永住者か否か」によって異なることになります。

金額による税務リスクと回避策

役員給与の設定にあたっては、その金額の多寡によって生じる税務上のリスクにも注意が必要です。前述のとおり、不相当に高額な役員報酬は法人税法上損金算入が否認されることになります。ただし、税法上「不相当に高額」という規定は明確な基準が示されていないため、役員の職務内容や会社の業績規模、同業他社の同種役員報酬額などを総合考慮して判断されます。また、適正額を大幅に超える報酬は株主や他のステークホルダーから見ても不自然であり、税務リスクだけでなくガバナンス上の問題ともなりえます。

回避策としては、役員給与額の設定根拠を明確にし、会社の利益水準や業界相場に照らして妥当な範囲にとどめることが挙げられます。例えば、年度開始前に適正水準の報酬額を決定し、賞与やボーナスが必要であれば事前確定届出を行います。また、取締役会や株主総会の議事録に報酬決定過程や金額根拠を記録しておくことで、税務署から問合せがあった際にも適切に説明できるよう準備するとよいでしょう。

事例に学ぶ適切な報酬設定の実践

実際にあった事例から役員に対する適切な報酬設定を確認してみましょう。事例として取り上げるのが、野村ホールディングス株式会社における役員報酬制度です。

同社は報酬の透明性とガバナンスを重視し、「基本報酬」「業績連動報酬」「株式報酬」の3本柱で構成された報酬制度を導入しています。2025年3月期には、ROE(自己資本利益率)などの目標を上回る業績を達成した結果、代表執行役社長の報酬は大幅に増額されました。

内訳の大半は事前に設定された指標に基づく業績連動賞与であり、法令に基づく開示や報酬委員会による手続きが適切に行われています。これにより、税務上の損金算入要件を満たす税務戦略とインセンティブ設計の両立を図った実践事例として学ぶべき内容といえます。

参考資料;野村グループのガバナンスへの取り組み(2025年5月)

まとめ

日本における役員給与の税務ルールは法令から通達まで細かな定めがあり、外国籍の会社幹部にとって馴染みが薄い部分も多いでしょう。

まず原則として、役員給与は定期同額給与・事前確定届出給与・業績連動給与のいずれかの形式で支給しなければ、法人税法上の損金として認められません。加えて、役員個人としても所得税の確定申告要否の基準や、居住者区分による課税範囲の違いを理解しておく必要があります。

役員給与の適正な設定・運用は単に税務リスクを避けるだけでなく、会社のガバナンス強化や役員の長期的なモチベーション維持にもつながります。税理士等の専門家の協力を得るなど、税制を十分に理解し、法令順守のもとで最善の報酬スキームを構築することが、外国籍役員と企業双方にとって最良の結果をもたらすでしょう。

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