日本初のサステナビリティ開示(SSBJ)基準を紐解く・その3:柱2(テーマ別1)「 一般基準」
2025年4月10日
ポイント
本コラムシリーズ・その3では、SSBJ基準の2本目の柱、サステナビリティ開示テーマ別基準第1号「一般開示基準」(「一般基準」)を紐解いていきます。
本コラムシリーズ・その1でも触れたように、「一般基準」は、ISSBのIFRS S1の「コア・コンテンツ」に相当し、TCFD(「気候関連財務開示に関するタスクフォース」)による提言を基礎としています。その「コア・コンテンツ」とは、「ガバナンス・戦略・リスク管理・指標及び目標」の4つの構成要素を指し、それに基づくサステナビリティ情報開示が求められます。
TCFDとの関連では、既に日本において2023年1月に「企業内容等の開示に関する内閣府令」が改正され、上場会社等に対して、2023年3月期の有価証券報告書から新設されたサステナビリティの記載欄において、4つの構成要素に基づく開示を行うことが求められています。また、東京証券取引所が公表する「コーポレートガバナンス・コード」では、2021年6月の改訂において、プライム上場企業に対し、TCFD又はそれと同等のフレームワークに基づく開示の質と量の充実を進める必要があるとの考えが示されてきました。
一方これまでにTCFD等への対応を通して、上記4つの要素について馴染みがある場合でもあっても、これまでと同じことをやっていればよい、ということにはならなさそうです。その理由の1つとして、一般開示基準の隠れたキーワードにもなっている「レジリエンス(Resilience)」があります。
「一般基準」では、レジリエンスを「サステナビリティ関連のリスクから生じる不確実性に対応する企業の能力」(一般基準24項)と定義しています。レジリエンスはTCFDにも含まれていますが、「一般基準」では、戦略やビジネス・モデルにおけるレジリエンス評価が求められるなど、これまでの取り組みにさらに一歩踏み込んだレジリエンス対応が求められることに、留意する必要があると言えるでしょう(詳細は7.参照)。
「一般基準」目的・範囲
まず全体として、SSBJ「一般基準」の目的は、「財務報告書の主要な利用者が企業に資源を提供するかどうかに関する意思決定を行うにあたり有用な、当該企業のサステナビリティ関連のリスク及び機会に関する情報の開示について定めること」(一般基準1項)にあり、「企業の見通しに影響を与えると合理的に見込み得るサステナビリティ関連のリスク及び機会に関する情報を開示し」(一般基準2項)、そうとは「見込み得ないサステナビリティ関連のリスク及び機会に関する情報については、開示する必要はない」(一般基準2項)としています。
また、その範囲に関連して、「本基準は、サステナビリティ開示基準に従ってサステナビリティ関連財務開示を作成し、報告するにあたり、適用」(一般基準3項)するものであって、「本基準以外のサステナビリティ開示基準が、サステナビリティ関連のリスク及び機会に関する情報の開示について具体的に定めている場合、これに従わなければならない」(一般基準4項)と定めています。
なお、この一般基準のガバナンス~指標に至るまで一貫して使われている「サステナビリティ関連のリスク及び機会」について、本コラムシリーズのコラム2で注目した「適用基準」の中の「つながりのある情報」の視点から、その範囲を捉えておく必要があります。
ガバナンス
上記を留意しつつ、「コア・コンテンツ」の4つの構成要素それぞれに沿って、具体的なサステナビリティ情報の開示方法について、主な点を見ていきましょう。
まず、ガバナンスについて、サステナビリティ関連のリスク及び機会をモニタリングし、管理し、監督するために企業が用いるガバナンスのプロセス、統制及び手続を理解できるように、(1)監督責任を担う機関または個人、および(2)経営者の役割に関して、それぞれ次を含む情報を開示するよう求めています(一般基準8項~10項)。
(1)サステナビリティ関連リスク及び機会の監督に責任を負うガバナンス機関又は個人に関して
- リスク及び機会の監督に責任を負うガバナンス機関又は個人に与えられた役割・権限・義務などに関する記述に、サステナビリティ関連のリスク及び機会に関する責任がどのように反映されているか
- 上記リスク及び機会に対応するために定めた戦略を監督するための適切なスキル及びコンピテンシーについて、上記の機関又は個人がどのように判断しているか
- 上記の機関又は個人が、上記のリスク及び機会について、どのようにどの頻度で情報を入手しているか
- 上記の機関又は個人が、企業の戦略・主要取引に関する意思決定・当該企業のリスク管理プロセスなどを監督するにあたり、上記のリスク及び機会をどのように考慮しているか
- 上記機関又は個人が、上記リスク及び機会に関連する目標の設定をどのように監督し、それらの目標の達成に向けた進捗をどのようにモニタリングしているか
(2)経営者の役割に関して
- サステナビリティ関連のリスク及び機会をモニタリングし、管理し、監督するために用いるガバナンスのプロセス、統制及び手続における経営者の役割に関して、役割が具体的な経営者等又は経営者等が関与する委員会その他の機関に委任されている場合、その詳細
- その経営者等又は委員会その他の機関に対し、どのように監督が実施されているか
- 経営者が上記監督を支援するために、所定の統制及び手続を用いている場合、その統制及び手続は、その他の内部機能とどのように統合されているか
戦略
次に、戦略について、具体的には、次の事項を開示しなければならないとしています(一般基準12項)。
- 企業の見通しに影響を与えると合理的に見込み得るサステナビリティ関連のリスク及び機会
- 上記(1)のリスク及び機会が企業のビジネス・モデル及びバリュー・チェーンに与える影響
- 上記(1)のリスク及び機会の財務的影響
- 上記(1)のリスク及び機会が企業の戦略及び意思決定に与える影響
- 上記(1)のリスクに関連する企業の戦略及びビジネス・モデルのレジリエンス
特に12項(1)のサステナビリティ関連のリスク及び機会のうち、相互に関連し合う複数のリスク及び機会については、「適用基準」29項(1)に従い、「関連する項目の間のつながりを理解できるように情報を開示しなければならない」と、強調されています。
なお、上記(2)の「バリュー・チェーン」については、コラム1で述べたように、「報告企業のビジネス・モデル及び当該企業が事業を営む外部環境に関連する、相互作用、資源及び関係のすべて」(適用基準4項(12))を指します。
また、上記(5)の戦略とビジネス・モデルのレジリエンスについては、「サステナビリティ関連のリスクに関連する、報告期間の末日における戦略及びビジネス・モデルの」レジリエンスに関する定性的評価および定量的評価(「一般基準」24項)などが求められることに、留意が必要です(詳細7.参照)。
リスク管理
さらにリスク管理について、(1)サステナビリティ関連のリスク及び機会を識別し、評価し、優先順位付けし、モニタリングするプロセスを理解すること、(2)企業の全体的なリスク・プロファイル及び全体的なリスク管理プロセスを評価することができるように、次のような情報を開示するよう求めています(一般基準28~29項)。
企業がサステナビリティ関連のリスクを識別し、評価し、優先順位付けし、モニタリングするために用いるプロセス及び関連する方針に関する、下記を含む情報サステナビリティ関連のリスクを識別し、評価し、優先順位付けし、モニタリングするため用いるインプット等に関する情報(例えば、データの情報源及び当該プロセスの対象となる事業の範囲に関する情報)
- サステナビリティ関連のリスクを識別するためのシナリオ分析に関する情報
- サステナビリティ関連のリスクの影響の性質、発生可能性及び規模の評価方法に関する情報(例えば、定性的要因、定量的閾値又はその他の規準を考慮しているかどうか)
- サステナビリティ関連のリスクの優先順位付けに関する情報
- サステナビリティ関連のリスクをモニタリングする方法に関する情報
- プロセスの変更に関する情報
指標および目標
指標について
サステナビリティ関連のリスク及び機会に関連する企業のパフォーマンスを理解できるようにするため、企業の見通しに影響を与えると合理的に見込み得るサステナビリティ関連のリスク及び機会のそれぞれについて、次の事項の情報開示が求められます(一般基準32項)。
- 適用されるサステナビリティ開示基準が要求している指標
- 次のものを測定し、モニタリングするために企業が用いている指標
- 識別したサステナビリティ関連のリスク又は機会
- 識別したサステナビリティ関連のリスク又は機会に関連する企業のパフォーマンス
目標について
戦略的目標の達成に向けた進捗をモニタリングするために設定した目標及び企業が活動する法域の法令により満たすことが要求されている目標がある場合、目標のそれぞれについて、(1)目標を設定し、当該目標の達成に向けた進捗をモニタリングするために用いる指標、(2)企業が設定したか、企業が満たすことを要求されている、具体的な定量的又は定性的目標などについて、開示することが求められます(一般基準39項)。
「レジリエンス」について
最後に、上記の戦略4.(5) に示された「企業の見通しに影響を与えると合理的に見込み得るサステナビリティ関連のリスクに関連する企業の戦略及びビジネス・モデルのレジリエンス」の奥深いところをさらに見ていきましょう。
サステナビリティ関連リスクに関わる戦略とビジネス・モデルのレジリエンスの定性的評価および定量的評価(一般基準24項)について、「開示する情報には、次の事項も含めなければならない」(一般基準25項)とされています。
- レジリエンスの評価にあたり実施した手法
- レジリエンスの評価にあたり考慮した時間軸
上記のレジリエンス評価について、幅を持たせたものとなっており、企業の状況にあわせて開示する内容を柔軟に決定できる仕組みと言えるでしょう。一方、「一般基準」BC51によると、レジリエンスの定性または定量評価には、短期・中・長期的の時間軸からの評価が含まれる必要があり、具体的にここでいうレジリエンス評価は、「日常的なリスク管理プロセスを通じて、または経営計画の策定プロセスを通じて識別したサステナビリティ関連のリスクに対し、企業の戦略及びビジネス・モデルの調整が必要かどうかについて評価すること」と位置付けています。
上記の「調整が必要かどうかについて評価」については、「一般基準」BC51に示された例では、「たとえば、識別したサステナビリティ関連のリスクに対して、企業の戦略及びビジネス・モデルの調整が必要かどうかについて、サステナビリティ関連のリスク及び機会の監督に責任を負うガバナンス機関又は個人において検討している(あるいは変更していない)のであれば、その旨及び内容を開示すること」などが、挙げられています。
このように、自由度の高い記述が求められる一方で、短・中・長期の時間軸といった複眼的な視点を通して、定性・定量両方の手法を通してサステナビリティ関連リスクに関わる戦略・ビジネス・モデルをレジリエンス評価し、その評価の結果どのようなことを検討しているのかについても記述が求められる、というように、TCFDに求められてきたレジリエンスへの記述を一歩踏み込んだレジリエンス評価が求められることに、留意しておく必要があります。
概して、TCFDとSSBJのレジリエンスへの対応の違いについて、次のように表すことができるでしょう。
- TCFD:シナリオ分析を踏まえて、概念的な説明に重きが置かれている。
- SSBJ:TCFDの考え方を踏襲しつつ、ビジネスモデルの将来性、適応策の有効性といった点まで具体的に記述を求めており、適応力の説明責任が求められている。
つまり、TCFDを出発点にしつつ、SSBJではレジリエンスの概念と開示要求がより具体化・拡張されているといえます。
なお、コラムその2で触れましたが、「適用基準」では「サステナビリティ関連財務開示において、すべてのサステナビリティ関連のリスクに関する情報を提供するのではなく、「企業の見通しに影響を与えると合理的に見込み得るサステナビリティ関連のリスクに関する情報を提供すること」としており、したがって、「一般基準」も、すべてのサステナビリティ関連のリスクに対してレジリエンスの評価を行うことを想定してはいない(「一般基準」BC51)、という点も付け加えておきます。
まとめ
総じて、従来よりも自由度の高い記述が求められていること、さらに、「サステナビリティ関連のリスクから生じる不確実性に対応する企業の能力」としてのレジリエンスについて、TCFDに求められてきたレジリエンスへの記述を一歩踏み込んだレジリエンス評価が求められることに、着目していく必要があるといえます。