ホーム/コラム/ESG・サステナビリティ/国内外不動産企業のESG戦略――環境・社会・ガバナンスからみる共通点と相違点
シェア
前川 研吾 Kengo Maekawa

この記事の著者

前川 研吾 Kengo Maekawa

ファウンダー&CEO  / 公認会計士(日本・米国) , 税理士 , 行政書士 , 経営学修士(EMBA)

国内外不動産企業のESG戦略――環境・社会・ガバナンスからみる共通点と相違点

2025年11月21日

国内外不動産業界におけるESG取り組みの違い

近年、気候変動の深刻化、サプライチェーンにおける脱炭素要請、投資家によるエンゲージメントの強化、地域社会の課題の複雑化などにより、ESGはもはや任意の取り組みではなく、価値創造とリスク管理を同時に実現するための前提条件となっています。不動産業界は特に、建物のライフサイクル全体での環境負荷、居住者・就業者のウェルビーイング、災害レジリエンスに加え、雇用創出や文化の担い手としての役割も果たす都市の基盤インフラとして、ESGの影響が極めて大きい業界です。

一方で、ESGの基本的な方向性は世界共通であるものの、具体的な取り組み内容や優先順位には、各国・地域の制度環境、資本市場、都市構造、文化的背景に起因する違いが見られます。本稿では、日本と海外の主要不動産企業を対象に、E(環境)、S(社会)、G(ガバナンス)の三側面から、それぞれの取り組みの共通点と相違点を概観します。

日本と海外の不動産企業にける取り組み:E(環境)

国内大企業は、省エネ建築と再生可能エネルギー調達を両輪として脱炭素化を進めることで、エネルギーコストの削減とポートフォリオ全体の資産価値向上に加え、地域経済やテナント企業の脱炭素にも波及する効果を生み出しています。

主な取り組み主な効果・狙い
ZEB Readyの取得を拡大し、運用段階の一次エネルギー消費を大幅に抑制することで、CO₂排出削減とテナントの光熱費負担の軽減を同時に実現し、環境性能とコスト競争力の両立を図っています。CO₂排出削減、テナントの光熱費負担軽減、環境性能とコスト競争力の両立
ZEH水準を超えるGX志向型住宅を展開し、高断熱・高効率設備を通じて居住者の健康性・快適性を高めるとともに、長期的な住宅価値の維持・向上に貢献しています。居住者の健康性・快適性向上、長期的な住宅価値の維持・向上
RE100を達成し、使用電力の再生可能エネルギー化を推進することで、テナント企業のサプライチェーン排出削減やESG評価の向上を後押しし、テナント誘致力と投資家からの評価向上の双方につなげています。テナント企業のサプライチェーン排出削減、ESG評価向上、テナント誘致力・投資家評価の向上
再生可能エネルギー電力の導入や物流施設での太陽光一体型設備に加え、循環型森林経営を推進しています。CO₂削減、国産木材活用、地方林業の雇用創出、地域経済の下支え
非化石価値をテナントへ無償移転できるスキームの構築、緑地率向上やバリアフリー設計の普及を推進しています。テナントの脱炭素目標達成コスト軽減、災害レジリエンス・ウェルビーイング向上、長期稼働率の安定とエリア価値向上
DBJ Green Building認証の取得拡大により、環境性能やテナント快適性といった価値の可視化を進めています。金融機関からの評価向上、資金調達条件の改善、建設現場の安全・人権配慮の実効性向上と収益性向上の両立

一方、海外企業では、ポートフォリオ全体の最適化やデータドリブンな運用が特徴です。再生可能エネルギー比率の拡大、ZEB・ZEHの推進、第三者認証の取得などを通じて、環境性能の可視化のみならず、投資家評価やテナント誘致力などビジネス上のリターンも確保しています。

主な取り組み主な効果・狙い
分散型太陽光発電設備を大規模導入し、2030年までのカーボンニュートラル達成を掲げています。自社排出削減、エネルギーコスト安定化、テナントのサプライチェーン排出削減と事業継続性(レジリエンス)向上
再生可能エネルギー100%の達成とスコープ1・2排出の大幅削減を時限目標として明確化し、その進捗を定量的に開示しています。投資家からの信頼性向上、資本コスト低減を志向したマネジメント
全資産のグリーン認証取得とスコープ3排出の可視化・削減ロードマップの策定に踏み込んでいます。移行リスク・物理的リスクの早期把握、ポートフォリオ入れ替えによる長期的資産価値の維持・向上

共通点としては、環境パフォーマンスの向上が財務面や投資家評価に直結している点です。相違点として、国内企業は地域包括支援やコミュニティ形成、居住者の健康・働き方改善など社会課題解決に波及する取り組みを重視するのに対し、海外企業はScope 3排出管理やデータ統合を通じて、投資判断の高度化や資本配分効率の最大化を志向しています。

日本と海外の不動産企業にける取り組み:S(社会)

国内企業は、災害レジリエンスや地域包括支援を起点に生活の質向上を目指しつつ、雇用創出や地域投資にもつなげる動きが際立っています。建設現場の安全確保、人権配慮、バリアフリー設計、ウェルビーイングの追求といった取り組みは、災害時にも機能する都市インフラとして定着し、持続的なエリア価値を支えています。

主な取り組み主な効果・狙い
ABW設計やウェルビーイング配慮の共用空間、LGBTQ+の住宅取得課題への情報提供、ペアローン対応による居住のアクセシビリティ拡張。多様な世帯が住み続けやすい街づくり、安定的な需要の確保
災害時受入体制と魅力ある空間の提供を掲げ、安全性とにぎわいの両立を図る。就業・居住・来訪のいずれにとっても選好されるエリア形成
地域共生拠点や、農業・教育・福祉・再生可能エネルギーを束ねるモデルにより、空き家再生、コンパクトシティ、投資循環(クラウドファンディングを含む)へと波及する地域再生型の取組を具体化。地域経済の循環と社会課題の解決を同時に実現
BCP設計と帰宅困難者受入機能の整備、健康・快適性・多様性を反映した空間づくり、サプライヤーの人権・労働基準の底上げを同時に推進。災害時の事業継続性向上、テナント・従業員の安心感・ロイヤルティ向上
免震性能認証や文化イベントの継続。災害リスク抑制、地域の文化的魅力とコミュニティの絆強化、エリアブランド・集客力向上
医療・ライフサイエンスの集積や宇宙ビジネス拠点を通じて、研究開発・スタートアップ・大企業が連携する都市のエコシステムを形成。高付加価値な雇用創出、新産業の芽の育成

海外企業では、社会価値創出のスケール拡大と制度設計の両面を重視し、地域経済と企業価値の双方を底上げしています。標準化されたプログラムやデータに基づく展開により、国境や拠点を越えた社会的インパクトの波及を図る点が特徴です。

主な取り組み主な効果・狙い
財団を通じた教育・医療支援を継続し、資産ポートフォリオ全体で社会成果の可視化を強化。インパクト投資家・金融機関からの評価向上、事業展開地域との信頼関係と長期的ライセンス・トゥ・オペレートの確立
地域雇用とスキル研修を体系化し、物流拠点と人材育成を直結。安定的な雇用機会とキャリアパス提供、熟練人材を確保しやすいサプライチェーン構築
中小企業支援、若年層雇用、アクセシビリティ向上を商業施設横断で仕組み化。テナント構成の多様化、来館者基盤拡大、地域商業の活性化と賃料収入の安定化

この部分では、国内は生活者や地域に密着した現場型、海外はデータ・指標・制度に基づくグローバル型という、アプローチの違いが浮かび上がります。

日本と海外の不動産企業にける取り組み:G(ガバナンス)

ガバナンス面においては、日本でも海外でも、ESGを単なる公約にとどめず、実際の意思決定と資本配分を動かす経営管理指標として位置付けています。

主な取り組み主な効果・狙い
TCFD・GRESB等への対応に加え、自社ガイドラインとステークホルダーとの対話型の取組により、建設現場の安全・人権やバリューチェーンの労働環境まで統治範囲を拡張。レピュテーションリスク抑制、現場のエンゲージメント・生産性向上
TCFD・GRESBなどに基づく開示と、ESGを組み込んだ事業ポートフォリオ管理を推進。都市開発・再開発における環境・社会リスクを早期に織り込み、長期的資産価値の安定と投資家信認の確保
TCFD・CDP・GRESBに基づく開示を拡充し、外部評価を通じて透明性と比較可能性を向上。グリーンボンドやESGローンを活用し、調達資金を環境性能の高い開発・改修プロジェクトに紐付け。資金調達条件の改善、ポートフォリオ全体の脱炭素・高付加価値化を同時に推進
事業活動全体をESG対象と位置付け、KPIとPDCAサイクルにより進捗を管理。TCFD・CDP・GRESB等に基づく開示を通じて、環境・社会施策を中長期の収益性・リスク低減に結び付く投資として位置付け。投資家とのエンゲージメントを継続しつつ、ESGを経営・投資判断に組み込む
TCFD・CDP・GRESBへの対応に加え、グリーンボンドやESGローンを活用し、環境性能の高いビル・住宅への投資を資金使途として明確化。脱炭素と収益性の両立を示し、金融市場からの評価向上とポートフォリオ価値底上げ

国内企業は、地域再生やコンパクトシティ、災害レジリエンス強化などの都市運営上の目標に向け、事業・金融・開示を三位一体で活用する仕組みを構築。地域社会や居住者のウェルビーイングを統治の対象に含め、社会課題解決と投資循環の連動を実現しています。

一方、海外企業は、報酬連動や委員会設置などガバナンス制度の整備を先行させ、リスク管理精度の向上や資本コスト低減など具体的な効果につなげています。

主な取り組み主な効果・狙い
投資判断の前段階にESGリスク評価を必須化し、GRESBスコアをKPIとして運用。移行リスク・物理的リスクの高い案件を初期段階でふるい落とし、資本配分の質向上と保有資産全体のレジリエンス・収益安定性向上
ESGに関するKPIを役員報酬に連動させるとともに、取締役会直下にESG委員会を設置。ESG課題を経営アジェンダの中核に位置付け、意思決定の速度と説明責任を担保しつつ、中長期企業価値向上へのコミットメントを明確化
TCFD・SASBに準拠した開示とGRESB最高評価を長期にわたり維持し、資産運用と開示を統合。気候リスクを織り込んだポートフォリオ運用と投資家信認向上を同時に実現

こちらの表で見ると、国内では、事業・金融・開示を通じてコミュニティ形成支援や居住者のウェルビーイングまで統治の対象に含め、社会課題の解決と投資循環(クラウドファンディングを含む)とを結び付ける、いわばコミュニティ志向のガバナンスが重視されています。これに対し海外では、報酬連動や委員会設計など、ガバナンスの制度設計を先行して整備することで実装を加速し、リスク調整後リターンやコンプライアンス水準の底上げを図っている点に特徴があります。

まとめ

日本と海外の不動産企業のESG戦略は、事業・投資・都市運営にESGを組み込むという方向性では共通しています。しかし、日本は地域・生活者・災害といった文脈に基づくローカルかつ現場起点の実装、海外はデータ・指標・制度を軸としたグローバルかつポートフォリオ起点の実装という違いが際立ちます。

今後、日本企業がESGで競争優位を築くには、現場密着型・コミュニティ志向の強みを単発の好事例にとどめず、戦略とKPIに落とし込んで持続的に深化させることが不可欠です。その上で、海外企業の先行事例にあるインセンティブ設計やデータ基盤の整備も取り入れ、社会的インパクトと財務リターンの関係を定量的に示すことで、グローバル資本市場から評価されるESGストーリーとして確立していくことが求められます。

お問い合わせ