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松橋 亮太 Ryota Matsuhashi

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松橋 亮太 Ryota Matsuhashi

パートナー  / 税理士

建設業における工事契約及び代理人取引の収益認識基準がもたらした影響とは

2023年11月29日

はじめに

早期適用会社を除く会社では、2021年4月より2つの会計基準が適用されています。それは、企業会計基準第29号「収益認識に関する会計基準」(以下、収益認識基準)および企業会計基準適用指針第30号「収益認識に関する会計基準の適用指針」(以下、収益認識適用指針)です。

手掛けている事業により影響を受ける度合は異なりますが、建設業界においても多くの会社が新たに制定された会計基準への対応を求められました。そこで、建設業界では実際にどれほどの影響を受けたのか、大手及び準大手ゼネコン(総合建設業者)が開示している情報を例に説明していきます。

建設業における収益認識基準の重要な論点

各社から開示された情報を確認する前に、収益認識基準の適用によって発生する論点について説明します。この論点はA.~E.の5つあります。

A. 収益計上の方法及び時期
B. 保証サービスへの収益認識
C. 代理人取引に係る収益認識
D. 変動対価
E. 重要な金融要素

建設業は収益・費用を認識する際に、年度を跨ぐことが多いという特徴があります。そのため、収益認識基準を考える場合に切り離すことができない特徴となっています

5つの論点の例を確認しながら、企業にはどのような影響があったのか説明していきます。なお、スーパーゼネコン、中堅ゼネコン、住宅メーカー、海洋土木系、道路舗装系、設備工事系の30社が開示している情報を比較しています。そのため、全ての建設会社を網羅し比較しているわけではない点にご留意ください。

開示状況について

実際の開示状況について、上記5つの論点に沿って、順番に説明をしていきます。

A. 収益計上の方法及び時期

収益計上の方法及び時期として、建設業界においては3つポイントがあります。

  1. 工事進行基準の適用
  2. 原価回収基準の容認
  3. 代替的な取扱い

この論点は、工事の収益をどのように計上するかについて定めています。

①の工事進行基準の適用は、諸条件を満たし「一定の期間にわたり充足される履行義務」に該当すると認められる場合、当該期間にわたり収益を認識する、という工事進行基準に沿った方法で収益を認識するというものです。

②原価回収基準の容認は、工事進捗度を合理的に見積もることができない場合、発生費用を回収することが見込まれるに際は、発生原価を期間費用として処理するとともに、当該原価の回収可能部分に対応する収益を収益計上するというものです。

③代替的な取扱いは、以下の2点が主な内容となります。

  • 初期段階にて進捗度を見積もることができない場合は、進捗度を合理的に見積もることができる時から収益認識する
  • 履行義務充足までの期間がごく短い場合には一時点において収益を認識することが認められている

自社の業務や工事の実態に合わせて①~③の適用が必要となりました。

基本的に有価証券報告書の「会計方針の変更等」の開示を行っている建設業の全ての上場会社では上記の開示が行われています。

有価証券報告書の一部を引用し、事例として紹介します。

「(1)工事契約に係る収益認識

設備工事業における工事契約に関して、従来は、進捗部分について成果の確実性が認められる工事については工事進行基準を、その他の工事については工事完成基準を適用していたが、すべての工事について履行義務を充足するにつれて、一定の期間にわたり収益を認識する方法に変更している。履行義務の充足に係る進捗度の見積りの方法は、発生したコストに基づいたインプット法により行っている。進捗度を合理的に見積ることができないが、発生する費用を回収することが見込まれる場合は、原価回収基準にて収益を認識している。ただし、契約における取引開始日から完全に履行義務を充足すると見込まれる時点までの期間がごく短い工事契約については、一定の期間にわたり収益を認識せず、引渡時点において履行義務が充足されると判断し、当該時点で収益を認識している。」

引用 株式会社関電工 有価証券報告書(2021.12)

B. 保証サービスへの収益認識

工事契約では、工事が完了した竣工後の保証について定められる場合があります。

収益認識基準ではこの保証を2つに分類しています。完成物に不備があった場合無償で補修工事を行う保証(品質保証)と点検等のアフターサービスを含む保証(保証サービス)です。

このうち、工事契約において保証サービスに該当する保証が含まれる場合には、工事の完成と保証サービスの提供とを各個の履行義務として認識します。契約上の取引価格を工事の完成と保証サービスにそれぞれ配分し、同じように収益認識もそれぞれ行います。

保証の収益認識について、「会計方針の変更等」で具体的に記載している会社は比較した30社の中に存在しませんでした。その中で、住友林業は2020年3月期の早期適用時に開示を行った例があります。

これは該当する取引が無い場合や、総合的に見て重要度が低いため記載を省略している場合も考えられます。いずれにせよ、収益認識基準が与える影響はそれほど大きくなかった論点といえます。

C. 代理人取引にかかる収益認識

建設業では、建設会社が発注者から指定された協力業者を手配する取引以外にも、建築資材や機器等を販売する取引がなされる場合があります。建設会社が財やサービスを提供する当事者か代理人かを判断し、該当する立場によって異なる収益認識を行います。具体的には、当事者である場合は対価の総額で収益を認識し、代理人である場合は純額でそれぞれ収益を認識します。総額の場合は収益と費用の差額から利益を認識しますが、純額の場合は収益と費用を相殺し利益(損失)のみを認識します。

この種の取引について処理の方法を総額処理から純額処理に変更した会社は多く、この点多数の会社が開示を行っています。ここで、総額処理から純額処理に変更した場合、記載方法が変更されます。そのため、売上高には影響が出ますが、利益には影響がありません。開示を行った企業は多いかもしれませんが、損益計算書全体に与える影響は小さいとみられます。

また、代理人取引にかかる収益認識についても有価証券報告書の一部を引用し、紹介します。

「(2)代理人取引に係る収益認識

国内建築セグメントのうち商事事業に係る収益については、従来は、顧客から受け取る対価の総額を収益として認識していたが、顧客への商品の提供における当社グループの役割が代理人に該当する場合は、顧客から受け取る額から商品の仕入先に支払う額を控除した純額で収益を認識する方法に変更している。」

引用 株式会社大林組 有価証券報告書(2021.12)

D. 変動対価

工事の完成時期や性能評価の結果によって対価が変化する場合など、対価の額が確定していない状態で工事を進めるケースもあります。収益認識基準では、このような変動する可能性のある対価を「変動対価」として見積に関する取り扱いを定めています。

収益認識基準において、変動対価に該当する際の見積りは、「最も発生可能性の高い最頻値」又は「発生する額の確率を加重平均した期待値」のいずれか適切な方法による、としています。また、変動対価の不確実性が解消される際に、各報告期間末日に見積りを見直すことで収益の著しい減額が発生しないよう、変動対価の見積りに対して保守的に制限を加えています。

変動対価について有価証券報告書で触れている会社は2社あり、その中で積水化学工業株式会社の報告書を引用したものを紹介します。

「これにより、従来は販売費及び一般管理費に計上していた販売手数料の一部及び営業外費用に計上していた売上割引については売上高より控除している。また、顧客との契約における対価に変動対価が含まれている場合には、変動対価の額に関する不確実性が事後的に解消される際に、解消される時点までに計上された収益の著しい減額が発生しない部分に可能性が高い部分に限り、変動対価を取引価格に含めることとした。」

引用 積水化学工業株式会社 有価証券報告書(2021.12)

E. 重要な金融要素

回収までが1年を超えるなど期限が長い債権の場合、収益認識基準では契約に「重要な金融要素」が含まれていないか検討が必要です。

検討が必要となるケースは、支払う時期の違いにより割引の有無が生じる場合などが該当します。下記の条件で取引を行っている場合を例として考えてみます。

  1. 当月、1,000万円の財の引き渡しを行った
  2. 支払期限は1年半後、但し当月中に支払うと100万円の割引を行う

この例では、支払う場合と支払わない場合がある100万円が「金融要素」に該当します。

当該取引で当月に支払いを行うと、この100万円は支払う必要がなくなります。早期に支払うことで、支払期限に支払う予定だった100万円の金利を調整したと考えます。

このように、割引額を金銭貸借の金利とみなし、割引額が持つ金利調整と同様の性質を「金融要素」と呼びます。その金額の大きさで重要性が認められると、その割引には「重要な金融要素」があるとします。

収益認識基準では、重要な金融要素を含む契約での取引価格の算定を行う際に、対価の額に含まれる金利相当分の影響を調整します。この調整をした後、約束した財又はサービスが顧客に移転した時点で、顧客が支払うと見込まれる現金販売価格で収益を認識します。そして最後に、決済期日までの期間の間、金利に相当する額を各期の損益で受取利息等として配分します。そのため、行わなかった割引分の収益を受け取る際に注意が必要になります。

金利相当分の調整について具体的に開示しているのは1社で、それについても該当する部分を引用し紹介します。

「(2)割賦販売に係る収益認識

割賦販売について、従来は、割賦基準により収益を認識していましたが、財又はサービスを顧客に移転し当該履行義務が充足された一時点で収益を認識する方法に変更しています。なお、取引価格は、割賦代金総額に含まれる金利相当分の影響を調整しています。」

引用 株式会社NIPPO 有価証券報告書(2021.12)

おわりに

収益認識に関して建設業界で論点となる部分を実際の開示例と共に解説しました。建設業では、工事契約に係る収益、及び代理人取引に係る収益の認識方法が大きな影響を与えています。

会計方針の変更の影響を開示するのは基本的には適用初年度のみです。そのため、収益認識基準の影響額を知るには開示された年度の報告書でしか、読み解くことができません(早期適用会社を除く)。今回比較したほとんどの会社は四半期報告書の開示です。そのため、当初は影響が軽微であるとされていても、年度末の有価証券報告書の開示では影響があるとして開示する内容を充実させる企業も出てくるかもしれません。今後の有価証券報告書開示にも注目してみてください。

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