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関口 智史 Satoshi Sekiguchi

この記事の著者

関口 智史 Satoshi Sekiguchi

パートナー  / 社会保険労務士

シャドーペイロール(Shadow Payroll)とは:仕組みの解説及び運用方法や事例、導入時の注意点

2025年2月21日

グローバル化が進む現代のビジネス環境では、企業が従業員を海外に派遣するケースが増えています。その際に重要になるのが、「シャドーペイロール(Shadow Payroll)」という仕組みです。この制度は、派遣先国の税務および社会保険の義務を適切に果たしながら、派遣元企業と従業員の双方を保護する役割を担っています。本記事では、その仕組みを詳しく解説し、運用方法や具体例、導入時の注意点についても深掘りします。

シャドーペイロールの基本概要

シャドーペイロールとは、実際の給与支払いが派遣元国で行われる一方で、派遣先国の税務・社会保険要件を満たすために、仮想的な給与計算を行う仕組みです。この制度を活用することで、派遣先国での法的リスクを回避し、税務・社会保険のコンプライアンスを確保できます。

ポイント

  • 派遣先国では、現地の税務および社会保険負担を目的とした「仮想給与」の計算が必要となることがあります。
  • 派遣先国の規定に沿った税金や保険料の支払いが、企業と従業員を法令違反から守る重要な手段となります。
  • 日本から海外に派遣された場合で、派遣先国で給与支払いが行われる場合であっても、従業員が日本の健康保険や厚生年金を含む社会保険制度を継続したいと希望することがあります。この場合、派遣先国での給与を基に仮想給与を設定し、日本の社会保険料計算基礎額として用いることが可能です。さらに、企業年金制度も継続される場合、本人負担部分を引き続き負担する仕組みが組み込まれることがあります。

このように、シャドーペイロールは、各国の異なる規制や制度に対応しながら、従業員の福利厚生を維持し、企業のコンプライアンスを確保するための柔軟なソリューションとなっています。

シャドーペイロールが必要な理由

シャドーペイロールが重要視されるのは、グローバルに事業を展開する企業が直面するさまざまな課題を解決するためです。以下に、その理由を詳しく説明します。

(1) 税務コンプライアンスの確保

多くの国では、従業員がその国で一定期間働く場合、所得税等の税金の納付が義務付けられています。(派遣先国から給与が支給されていないからといって、派遣先で納税しなくて良いわけではありません。)シャドーペイロールを利用することで、派遣先国の税務要件に従った正確な納税が可能になります。

(2) 社会保障の適用

派遣先国の社会保険制度に基づき、保険料を適切に計算し支払うことで、従業員の福利厚生を確保できます。

(3) 二重課税や罰則の回避

シャドーペイロールを導入することで、派遣元国と派遣先国間の二重課税を防止し、税務当局からの罰則リスクを最小限に抑えることができます。

また、シャドーペイロールは、タックスイコライゼーション(Tax Equalization)と連携して運用されることが多くあります。この場合、派遣される従業員の税負担を派遣前の本国基準で公平に保つために、仮想税額(Hypothetical Tax)が設定されます。これにより、シャドーペイロールで実際の税額を計算・申告する際にも、タックスイコライゼーションの目的である公平性が保たれます。

シャドーペイロールが発生する主な状況

シャドーペイロールが適用される状況には、以下のようなケースがあります。

(1) 派遣元国で給与を受け取りつつ派遣先国での勤務がある場合

例えば、日本の企業から派遣され、給与は日本で支払われるが、派遣先国で所得税や社会保険料を負担する必要がある場合です。

(2) 派遣元国での社会保険を継続したい場合

派遣先国の給与額を仮想的に日本基準に変換し、社会保険料を計算する仕組みが必要です。

(3) 多国籍勤務の場合

複数の国で働く従業員について、各国の勤務日数や給与額に基づき、税務および社会保険料を適切に分配します。

シャドーペイロールの具体的な運用方法

シャドーペイロールを効果的に運用するには、以下のステップを踏む必要があります。

(1)従業員情報の収集

給与データ、派遣期間、勤務日数、派遣先国の税法や社会保険要件を把握します。

(2)派遣先国の要件確認

現地の税務登録や社会保険加入要件を確認します。

(3)仮想給与の設定

派遣先国での税金や保険料を計算するために、仮想給与額を設定します。

(4)納税・保険料の支払い

計算された税金や保険料を現地の税務当局および社会保険機関に支払います。

(5)税務申告の提出

必要な税務申告書を準備し、派遣先国での提出を行います。

仮想給与の設定は、タックスイコライゼーションと連携して行われる場合、派遣される従業員が本国基準での税負担(Hypothetical Tax)を維持できるよう調整されます。これにより、派遣先国での税負担と本国基準の税負担との差額を明確化し、企業が補助する仕組みが構築されます。

メリットと課題

シャドーペイロールには、さまざまなメリットと課題が存在します。まずメリットとして、税務コンプライアンスの確保が挙げられます。これは、各国の税法や規制に準拠することで法的リスクを回避できる点で、企業にとって重要な利点です。また、社会保険の継続が可能になる点も見逃せません。従業員が国外で働く場合でも、福利厚生を維持することで安心感を提供し、モチベーションの維持や採用力の向上にもつながります。

一方で、課題もいくつか存在します。まず、各国の税務や社会保険制度を深く理解し、それに基づいた適切な運用が求められるため、業務が非常に複雑化するという問題があります。また、このような運用には専門家のサポートや専用システムの導入が必要となり、それがコストの増加を招く可能性があります。これらの課題に対処するためには、適切な体制を整え、専門知識を持つ人材や外部リソースを活用することが不可欠です。

このように、シャドーペイロールの導入は、企業にとって大きなメリットをもたらす一方で、その運用には慎重な対応とコスト面での考慮が必要です。

導入時の注意点

シャドーペイロールを導入する際には、いくつかの重要なポイントに注意する必要があります。

第一に、法規制の調査が欠かせません。各国の税務や社会保険に関する規定を詳細に確認し、適切な運用が行えるよう準備を進めることが重要です。これにより、法的リスクを回避し、現地の規制に確実に準拠することが可能になります。

次に、専門家の活用が鍵となります。グローバル人事や税務の専門家、さらには外部コンサルタントのサポートを受けることで、複雑な運用をスムーズに進めることができます。専門的な知識を持つ人材を活用することで、制度の運用や管理の精度を高めるだけでなく、企業全体の効率性も向上します。

最後に、従業員との合意形成も忘れてはなりません。シャドーペイロールを導入するにあたり、給与や保険料の負担に関する条件を事前に明確にし、従業員と合意を形成することが重要です。このステップを怠ると、後々トラブルにつながる可能性があるため、慎重な対応が求められます。

まとめ

シャドーペイロールは、国際派遣における税務および社会保険の複雑な課題を解決するための効果的な仕組みです。企業は、適切な運用を通じて法的リスクを回避し、従業員の福利厚生を維持することが可能です。この仕組みを成功させる鍵は、専門家の助言を受けながら各国の法規制を遵守することです。

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