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関口 智史 Satoshi Sekiguchi

この記事の著者

関口 智史 Satoshi Sekiguchi

パートナー  / 社会保険労務士

タックスイコライゼーション(Tax Equalization, TEQ)とは:概要や必要性、適用される状況及び手続きについて解説

2025年2月28日

国際派遣が増加するビジネス環境において、企業が派遣従業員の税負担を公平に保つ仕組みの一つが 「タックスイコライゼーション(Tax Equalization, TEQ)」です。本記事では、この制度の概要から必要性、適用される状況、手続きなどをわかりやすく解説します。

タックスイコライゼーションとは?

タックスイコライゼーションとは、企業が派遣従業員の税負担を調整し、派遣先国で働く間も、派遣前(本国)の税負担と同程度に保つ仕組みです。

ポイント

  • 派遣従業員の税負担が派遣国の高税率の影響を受けないようにする。
  • 本国基準の税負担を維持し、派遣による不公平感をなくす。
  • 追加の税負担は企業が負担し、派遣従業員のモチベーションを維持。

なお、この仕組みの中核を担うのが、ハイポタックス(Hypothetical Tax, 仮想税額)です。ハイポタックスとは、派遣前の本国で想定される税額を基準として設定される仮想的な税負担額を指します。これにより、派遣先国の税制度に関わらず、従業員は本国基準の税額のみを負担することができます。

なぜタックスイコライゼーションが必要なのか?

(1) 派遣従業員の不安を軽減

派遣国によって税率が異なるため、高税率の国に派遣された場合、従業員にとって母国で勤務を続ける場合と比べて不利益となり、モチベーションが低下する可能性があります。タックスイコライゼーションを導入することで、派遣による税負担の変化を回避できます。

(2) 公平性の確保

同じ業務を行う従業員間で税負担の差が出ると、不公平感が生じます。タックスイコライゼーションを適用することで、社内での公平性を維持します。

(3) グローバル人材派遣の促進

従業員が派遣先国の税負担を気にすることなく国際経験を積むことができるため、企業の国際的な事業展開を支援します。

タックスイコライゼーションが適用される状況

企業が海外派遣者に対してタックスイコライゼーションを適用するのは、特定の状況下において派遣者の税負担を調整する必要がある場合です。この制度は、派遣者が海外赴任前の母国で勤務を続けていた場合と同等の税負担水準を維持し、公平性を確保することを目的としています。以下に、タックスイコライゼーションが適用されやすい具体的なケースを挙げます。

(1)高税率の派遣先国への赴任

海外派遣先国の税率が母国と比較して著しく高い場合、赴任者が過度な税負担を負わないよう、企業が補填を行うことがあります。たとえば、北欧諸国や一部のアジア諸国では高額な所得税が課されることがあり、派遣者の経済的な負担を軽減するためにタックスイコライゼーションが採用されることが一般的です。

(2)二重課税のリスクがある場合

海外派遣者が派遣先国および母国の双方で所得税を課される状況では、二重課税の問題を回避するためにタックスイコライゼーションが活用されます。これにより、赴任者の税負担が不当に増加するのを防ぎ、派遣中の経済的な安定性が確保されます。特に、租税条約が不完全な国間では、企業による調整が重要となります。

(3)長期派遣や管理職派遣

長期間にわたる派遣や高額所得を得る管理職の派遣では、所得に対する税負担が大きくなる傾向があります。この場合、タックスイコライゼーションを適用することで、赴任者が税金面で不利になることを避けることができます。特に管理職は高い報酬を得ることが多いため、この制度の恩恵を受けやすい層と言えます。

タックスイコライゼーションの仕組み

(1) 基本的な考え方

タックスイコライゼーションの基本的な考え方は、派遣従業員の税負担を派遣前の本国で支払っていた税額と同等に保つことです。具体的には、派遣前の本国基準で計算された仮想税額(Hypothetical Tax)を基準とし、それを超える税負担を企業が補填することで、派遣従業員の税負担が公平に保たれるよう設計されています。この仕組みにより、派遣従業員は派遣先国の異なる税制による不公平感や経済的な負担を感じることなく、安心して業務に集中することができます。

(2) 具体的な計算方法

タックスイコライゼーションの計算は、以下の手順に基づいて行われます。

①本国での税負担を基準に設定: 派遣前の所得税率や住民税、社会保険料を基に仮想的な基準税額を計算します。この仮想税額はHypothetical Taxと呼ばれ、派遣従業員が本国で勤務を継続していた場合に支払うべき税額を想定して設定されます。

②派遣先国での税負担を計算: 派遣先国の税率や税制に基づいて実際の税額を算出します。この際、所得税、住民税、社会保険料、さらには現地特有の税金など、派遣先国の全体的な税負担を考慮します。

③差額を企業が負担: 派遣先国での実際の税負担が本国基準の仮想税額を上回る場合、その差額を企業が負担します。これにより、派遣従業員が想定外の追加税負担を強いられることを防ぎ、税負担の中立性を保ちます。

(3) 従業員の負担

従業員は、派遣先国においても引き続き本国基準の税額を支払うことが求められます。これは、ハイポタックスとして計算されるものであり、本国での生活を継続する場合と同様の税負担を維持するための仕組みです。このようにすることで、派遣先国での税負担が過大または過小となることを回避し、税制の公平性を確保します。

日系企業におけるネット保証(手取保証)とは

日系企業においては、派遣者の手取収入を一定水準で保証する「ネット保証」と呼ばれる制度が一般的に採用されています。この制度では、派遣者が現地で発生する所得税や社会保険料等を企業が負担し、派遣者の手取り額が本国での給与に基づいて維持されるよう調整します。母国に源泉徴収制度や社会保険制度がない場合、国外に派遣されることにより手取額が少なくなってしまうこともあるためです。ただし、ネット保証には明確な規程が設けられていない場合が多く、これが想定外の税コスト負担を引き起こす原因となることがあります。

例えば、派遣者が本国で投資所得や不動産収入を得ている場合、それらの所得が赴任先国の税制下で課税対象となる可能性があります。このような非給与所得に対する取り扱いが曖昧である場合、最終的に企業がこれらの税負担を負うケースも散見されます。このようなリスクを回避するためには、非給与所得の取り扱いについて明確なルールを設け、派遣者に適切な説明を行うことが必要です。

加えて、予期しない税金や現地の税制変更にも対応するため、ネット保証の運用においては、税務や社会保険に関する専門知識を持つ担当者や外部コンサルタントのサポートが欠かせません。これにより、派遣者の安心感を高めるだけでなく、企業のリスクを軽減することが可能になります。

欧米企業におけるタックスイコライゼーションの特徴

欧米企業では、タックスイコライゼーション制度が主流です。この制度では、派遣者の税負担を中立的にすることを目的とし、ハイポタックスという仮想税額を基準に調整が行われます。具体的には、派遣者が母国にいた場合に想定される税負担を基にみなし税を設定し、派遣者がその税額を負担します。一方、派遣先国で発生する実際の税額との差分は企業が負担する仕組みとなっています。

この方式では、派遣者が得も損もせず、公平な税負担を実現することを目的としています。また、企業は給与所得にかかる税金のみを対象とし、派遣者の投資所得や不動産収入などの非給与所得については支援対象外とするケースが一般的です。これにより、制度運用の効率化が図られるとともに、企業側の負担も一定程度抑えられます。

ただし、タックスイコライゼーションの実施には、派遣者への十分な説明が求められます。特に、非給与所得や税制変更が派遣者の負担にどのように影響を及ぼすかについて、事前に透明性のあるコミュニケーションを図る必要があります。

タックスイコライゼーションおよびネット保証制度の運用の課題

タックスイコライゼーションおよびネット保証制度の運用には、それぞれ特有の課題があります。まず、どちらの制度においても、非給与所得や予期しない税金に対する取り扱いについて明確なルールを策定することが重要です。例えば、投資所得や仮想通貨収益、不動産収入などが赴任先国で課税対象となった場合、企業と派遣者の間で事前に合意を形成しておくことで、想定外の負担を防ぐことができます。

また、制度の透明性を高めるためには、派遣者への説明会や教育プログラムの実施が効果的です。これにより、派遣者が制度の意図やメリットを正しく理解し、企業と派遣者の双方にとって公平な運用が実現します。

さらに、これらの制度を効果的に運用するには、税務や社会保険に関する専門知識を持つ人材や外部コンサルタントの活用が不可欠です。特に、複数国にまたがる税制や社会保険制度を把握することが求められるため、専門的な知識を持つチームの構築が必要です。

最後に、運用コストも課題の一つです。タックスイコライゼーションでは計算や調整のプロセスが複雑化し、ネット保証では予期しない税コストが発生する可能性があるため、これらのコストを適切に管理する体制を整える必要があります。企業はこれらの課題を解決することで、海外派遣者の負担を軽減しつつ、効率的かつ公平な制度運用を目指すべきです。

まとめ

タックスイコライゼーションは、国際派遣従業員の税負担を公平に保つための重要な制度です。この仕組みを適切に導入することで、派遣従業員の満足度を高め、企業の国際事業展開を円滑に進めることが可能です。制度の設計や運用には専門知識が必要ですが、これを正しく行うことで企業と従業員双方に大きなメリットをもたらします。

日本ではネット保証という制度が一般的に採用されています。ネット保証は、派遣従業員の手取り収入を一定水準で維持する仕組みであり、派遣者の生活水準を守りながら、派遣先での安定的な勤務を支える役割を果たしています。これに対し、欧米ではタックスイコライゼーションが主流であり、派遣従業員の税負担を中立的に調整する仕組みが一般的です。

これらの制度はそれぞれ異なる特徴を持ちながらも、企業が国際派遣を円滑に進めるための重要な要素であり、従業員の心理的負担を軽減し、組織の効率的な運営を支えるものです。企業は、派遣先国の税制や労働環境に応じて最適な制度を選択・運用することで、国際事業展開の成功を目指すことができます。

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