日本初のサステナビリティ開示(SSBJ)基準を紐解く・その4:柱3(テーマ別2)「気候基準」
2025年4月17日
ポイント
本コラムでは、SSBJシリーズで公開しているその1~3のコラムに続いて、SSBJの三本目の柱「気候基準」を紐解いていきます。
大きな構成の観点からみますと、コラム3で扱った「一般基準」も「気候基準」も、TCFD(「気候関連財務開示に関するタスクフォース」)による提言を基礎としているだけに、どちらも「ガバナンス・戦略・リスク管理・指標及び目標」の4つの構成要素から成り、中身的にも対象がサステナビリティ情報開示か、気候関連情報開示かの違いに留まり、規定項目そのものは「一般基準」と「気候基準」は重なっている箇所も多く見られます。
一方「気候基準」は、気候関連のリスク(物理的と移行リスクの両方)その関連の機会に焦点を当て、企業の事業に影響し得る気候リスク・機会および「気候レジリエンス」(詳細後述)に関わる情報開示のための、詳細で具体的なガイダンスを提供しているところが、「気候基準」と「一般基準」の大きな違いとなります。他方、「気候基準」と「適用基準」及び「一般基準」とは一体のものであり、これらは同時に適用しなければならないとしていること(「気候基準」100項参照)に留意が必要です。
注目したいのは「気候基準」では、「気候レジリエンス」という言葉がキーワードの一つとして使われている点です。その「気候レジリエンス」について、「気候関連の変化、進展又は不確実性に対応する企業の能力」と定義され(5項(2)参照)、この定義に関わる具体的な解釈について、次のような示唆がなされています。
- 上記でいう企業の能力とは「気候関連のリスクを管理し、気候関連の機会から便益を享受する能力(気候関連の移行リスク及び気候関連の物理的リスクに対応し、適応する能力を含む)が含まれると考えられる」(別紙BC76)。
- 「気候レジリエンス」には、気候関連の変化、進展又は不確実性に対応する企業の戦略上のレジリエンスと、企業の事業上のレジリエンスの両方が含まれると考えられる(BC77)。
そうした理解を踏まえ、特に「戦略」に関する項目の中で、気候関連のシナリオ分析および気候レジリエンスの評価の詳細、さらに「指標および目標」に関する項目の中で細かなガイダンスが織り込まれているため、それらに着目していく必要があります。
下記では、一般基準と重なっている部分は最小限の記述に留めつつ、一般基準との「関係性」に焦点を当て、また上記で見るような「気候基準」の特徴をハイライトして紐解いていきます。特に4.「戦略」と6.「指標と目標」を重点的に紐解きます。
目的・範囲
まず、「気候基準」の目的は、「財務報告書の主要な利用者が企業に資源を提供するかどうかに関する意思決定を行うにあたり有用な、当該企業の気候関連のリスク及び機会に関する情報の開示について定めること」にあります(1項)。その上で、「企業の見通しに影響を与えると合理的に見込み得る気候関連のリスク及び機会に関する情報を開示」しなければなりません(2項)。
この基準の範囲として、ここで求められる情報開示の対象は、「企業がさらされている気候関連のリスク(気候関連の物理的リスク及び気候関連の移行リスクを含む。)及び企業が利用可能な気候関連の機会」(3項)です。
なお、上記でいう「気候関連の物理的リスク」とは、「気候変動によりもたらされるリスクで、事象を契機とすることがあるもの(急性の物理的リスク)又は気候パターンの長期的な変化によるもの(慢性の物理的リスク)」を指します(4項(2))。さらに「気候関連の移行リスク」とは、「低炭素経済に移行する取組みから生じるリスク」を指し、その移行リスクには、政策、法律、技術、市場及びレピュテーション・リスクが含まれます(4項(3))。また、「気候関連の機会」については、例えば、消費者のニーズ又は選好の変化に応じて、自社ブランドの評判を高める新製品及び新サービスを開発することなどが考えられます(BC27)。
気候リスクといえば、一般的に、大規模洪水やハリケーンなど急性の物理的リスクをイメージすることが多いですが、顕在化しにくい慢性の物理的リスクも含みますし、あらゆる側面から移行リスクや機会も捉えておく必要があることが、留意点と言えるでしょう。
ガバナンス
「気候基準」のガバナンスに関する定めは、全体として「一般基準」のガバナンスの定めと整合しており、「一般基準」における「サステナビリティ関連のリスク及び機会」という用語を「気候関連のリスク及び機会」に置き換えたうえで、全文が示されています(BC38)。
その上で、「気候基準」ガバナンスに関する開示において、「不必要な繰り返しを避けること」が言及されています(12項)。つまり、この言及は「一般基準」と「気候基準」が重なっていることと関連しているのでしょう。具体的には、気候関連のリスク及び機会について、他のサステナビリティ関連のリスク及び機会とは区別せず、全体的にガバナンスのプロセスや管理体制を構築している場合は、ガバナンスに対する全体的なアプローチを記述し、気候関連のリスク及び機会について採用するアプローチに関しては、具体的な記述を追加することが適切であるといったケースが考えられます。
戦略
「気候基準」の「戦略」は、13項から39項までカバーされています。まず、一般基準と同様に、「気候関連のリスクおよび機会」の情報開示するにあたり、「企業の見通しに影響を与える合理的に見込み得る気候関連のリスクおよび機会を識別すること」が要求されています。その際、ISSBが公表される「産業別ガイダンス」に定義される開示トピックを参照し、その適用可能性を考慮することを求めています(17項)。また開示の際、「一般基準」でも強調されたように、短・中・長期の時間軸などについて考慮することが必要になります(19項(3))。
さらに「一般基準」と同様に、「ビジネス・モデル」および「バリューチェーンに与える影響」、「財務的影響」を踏まえた開示が求められています(20項~24項)。なお、その財務的影響の開示において、「定量的情報の開示とその免除」についても規定が設けられています(25項~27項)。
その後の「企業の戦略及び意思決定」の項目では、「一般基準」と同様の記載として、「企業の見通しに影響を与えると合理的に見込み得る気候関連のリスク及び機会について、次の事項を開示しなければならない」とする中で、「企業の戦略及び意思決定において、気候関連のリスク及び機会にどのように対応してきたか、また、今後対応する計画であるか」(28項(1))などが求められていますが、「気候基準」には具体的にさらに次のことが求められています。
- 「報告期間の末日において資源を確保している方法および将来において資源を確保するための計画の内容を含める」(28項(2))。
- 28項(1)について、具体的には、次の事項を開示しなければならない(29項)。
- 気候関連のリスク及び機会に対処するために、現在のビジネス・モデル(資源の配分を含む。)を変更している場合には、その内容。また、将来におけるビジネス・モデル(資源の配分を含む。)の変更が予想される場合には、その内容
- 気候関連のリスク及び機会に対処するために、現在、直接的及び間接的な緩和及び適応の取組みを実施している場合には、その内容。また、将来における直接的及び間接的な緩和及び適応の取組みが予想される場合には、その内容
- 気候関連の移行計画がある場合、当該移行計画の内容(移行計画の作成に用いた主要な仮定並びに移行計画を実現するうえで不可欠な要因及び条件に関する情報を含む。)
- 気候関連の目標(温室効果ガス排出目標を含む。)(92項から99項参照)がある場合、当該目標を達成するための計画の内容
さらに、上述した「気候レジリエンス」の項目の中で、「気候関連のシナリオ分析」と「気候レジリエンス評価」について、詳細が述べられています(その詳細については、後述7.を参照ください)。重要な点として、「気候関連のシナリオ分析」は、「最低限、戦略計画サイクルに沿って更新しなければならない」とされ、報告期間ごとに実施することは要求していない(30項参照)一方、「気候レジリエンスの評価」については、「報告期間ごとに実施しなければならない」(30項参照)とされている点に、留意が必要です。
つまり、気候レジリエンスについて最新の状況を毎年評価し、その都度報告に反映することが要求される、という点を理解しておく必要があります(BC94参照)。このような規定は、気候レジリエンスの在り方はそれだけ、企業の重要な見通しに結びつくことを重視したものと見ることができるでしょう。
リスク管理
「気候基準」のリスク管理に関する定めは、「一般基準」の定めと整合しています。40項及び41項の定めについては、「一般基準」における「サステナビリティ関連のリスク及び機会」という用語を「気候関連のリスク及び機会」に置き換えたうえで、省略することなく全文が示されています(BC103)。また上記ガバナンスの場合と同様に、不必要な繰り返しを避けることを要求しています(42項)。
指標および目標
この項目については、43項~99項までかなり長い規定になっており、またテクニカルな指示が多いことから、極めて重要な点のみ2点指摘したいと思います。
1点目は、「一般基準」第32項(1)において定められているとおり(コラムその3参照)、本基準が明示的に開示を要求している指標については、企業がこれらの指標を事業において用いていない場合においても開示することが要求されているということです。このため、特に実際に温室効果ガス排出の測定および情報開示をはじめとする気候関連の指標については43~99項および別紙のテクニカルな指示事項について熟知しておく必要があります。
ただし、当該定めは、主要な利用者にとって有用となる可能性が高い情報を入手できるようにすることを確保することを目的としており、本基準に示されている指標を用いて事業を管理することは要求されないと考えられます(BC106)。
2点目は、TCFDとの違いに関わるものです。
TCFDの提言では、いわゆるスコープ3排出量について「企業は、可能な範囲で、スコープ1、スコープ2、および適切な場合にはスコープ3の温室効果ガス(GHG)排出量を開示すべきである」とされ、スコープ3の開示は企業の判断に委ねられ、任意であり、企業が自らの状況に応じて判断することが許容されています(注:スコープ1~3の規定については、ESG分野では広く周知されていると考えられることからここでは詳細を省きます)。これに対し、一方、SSBJの「気候関連開示基準」では、スコープ3排出量の開示がより具体的に求められています。
具体的には、「企業は、スコープ1、スコープ2、およびスコープ3のGHG排出量を開示しなければならない」(47項)とされ、スコープ3については、GHGプロトコルのスコープ3基準に従って、基本的には15のカテゴリー(6項(13)、BC114, BC149参照)に分類して開示すること求められています。これは、企業にとってより厳格な開示要件となっている点に、留意する必要があります。
「気候レジリエンス」について
最後に、「戦略」の中で述べた「気候レジリエンス」の詳細のポイントを見ておきましょう。
まず、気候レジリエンスの評価は、気候関連のシナリオ分析に基づく必要があるとし、また上述のように、その気候レジリエンス評価は、報告期間ごとに実施しなければならない(30項)ことを前提としています。その上で、識別した気候関連のリスク及び機会を考慮し、次の事項を開示しなければならない(31項)として、以下を挙げています。
- 実施した気候関連のシナリオ分析の手法及び実施時期(33項~38項参照)
- 報告期間の末日における気候レジリエンスの評価(第39項参照)
下記では、上記(1)(2)の詳細について詳細を見ていきます。
気候関連のシナリオ分析
気候関連のシナリオ分析に対して用いるアプローチを決定するにあたり、次の事項を検討しなければならないとしています(35項)。
- 気候関連のシナリオ分析に対して用いるインプットの選択
- 気候関連のシナリオ分析の実施方法に関する分析上の選択
特に気候関連のシナリオ分析に対して用いるアプローチの決定にあたり、次の事項を考慮するようにと挙げています(36項)。
(1)気候関連のリスク及び機会に対する企業のエクスポージャー
(2)気候関連のシナリオ分析のために企業が利用可能なスキル、能力及び資源
なお、上記(2)の点に関連し、今後の企業の人材育成の在り方についても、見直す必要がありそうです。また、実際に実施した気候関連のシナリオ分析の手法及び実施時期の情報開示の在り方については、基準に詳細が示されているので確認が必要です(38項)。
気候レジリエンスの評価
報告期間の末日における気候レジリエンスの評価について、次の事項に関する情報を開示しなければならないとして、リストが次のように示されています(39項)。
- 気候関連のシナリオ分析の結果が企業の戦略及びビジネス・モデルについての評価に影響がある場合、当該影響。これには、気候関連のシナリオ分析において識別された影響について、どのように対応する必要があるかを含む。
- 気候レジリエンスの評価において考慮された重大な不確実性の領域
- 気候変動に対して、短期、中期及び長期にわたり戦略及びビジネス・モデルを調整(適応を含む。)する企業の能力。これには、次の事項を含む。
- 気候関連のシナリオ分析において識別された影響に対応する(気候関連のリスクに対処すること及び気候関連の機会を利用することを含む。)ための、既存の金融資源の利用可能性及び柔軟性
- 既存の資産を再配置、別の目的へ再利用、性能向上又は廃棄する企業の能力
- 気候レジリエンスのための気候関連の緩和、適応及び機会に対する、現在の投資及び計画されている投資の影響
上記シナリオ分析とレジリエンス評価に関連して、留意点を2つ挙げておきます。まず1点目として、上記のようなレジリエンス評価の方法として、「気候関連のシナリオ分析に対する個々のインプットのみならず、分析を実施するにあたりそれらのインプットを組み合わせて得られる情報によっても情報がもたらされる」と提示されています(A16)。つまり、前のコラムでも触れた「つながりの情報」がここでも重視されていることに着目しておく必要があるでしょう。そのことを理解した上で、「合理的で裏付け可能な情報を考慮することができるように、分析上の選択(例えば、定性的な分析を用いるか、定量的なモデル化を用いるか)を優先順位付けする」(A16)ことが求められます。
2点目として、シナリオ分析とレジリエンス評価との関係性について、『「シナリオ分析」の概念と「気候レジリエンスの評価」の概念は区別され、気候関連のシナリオ分析は、企業を取り巻く環境に関する事象を考慮して分析するものとし、気候レジリエンスの評価は、企業自身の状況を考慮して評価を行うものとしている』と明示されています(BC80)。つまり、気候レジリエンス評価をする際、気候に関わるシナリオ分析に基づきながらも、企業そのものの現況との関係性も考慮に入れるという、本格的な評価が求められるといってよいでしょう。
まとめ
一言でいえば、「気候基準」はTCFDや「一般基準」を踏まえながらも、さらに戦略的且つ詳細な基準となっています。
全体的にみると、「気候基準」は気候に焦点を当てているとはいえ、企業の事業上のレジリエンスとの関連にまで踏み込んで「気候レジリエンス」を扱っている点に留意する必要があるでしょう。全体の事業と気候変動との関連は密接なものであり、事業と気候といった別々の視点ではなく、気候関連の変化・リスク・機会を俯瞰的に捉えた上で、企業の見通しを立てることが益々求められる傾向にあると捉えておく必要がありそうです。
総じて、詳細な部分だけに目を奪われずに、全体を見渡しながら詳細との関係性を捉える力、つまり、ここでも「木を見て森も見る」力が、企業に、そして企業を構成する人材に求められる時代になっていることが、本基準の紐解きを通して、あらためて浮き彫りになったと感じます。