企業が想定すべき主な人権リスク(26類型)
2025年5月23日
企業が想定すべき主な人権リスクは、以下の図の通り、26の類型があります。ただ、人権リスクの類型は以下の26類型が全てではなく、社会や環境の変化に伴い、企業に求められる人権への取り組みも時代とともに変化していくことを想定する必要があります。
# | 人権リスク | 解説 | 事例 |
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1 | 賃金の不足・未払、生活賃金 |
| 管理者が、残業中の労働者のタイムカードを通常の終業時刻に打刻し、残業代を支払わない |
2 | 過剰・不当な労働時間 |
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3 | 安全で健康的な作業環境(労働安全衛生) | 労働に関係して負傷及び疾病(人の身体、精神又は認知状態への悪影響)が発生すること |
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4 | 社会保障を受ける権利 | 傷病や失業、退職等で生活が不安定になった時に、社会保障制度へアクセスする権利が侵害されること | 労働者に対し、契約上合意された業務災害手当を給付しない |
5 | パワーハラスメント | 優越的な関係を背景とした言動であって、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものであり、労働者の就業環境が害されること | 皆の前で起立させたまま、大声で長時間怒鳴り続ける |
6 | セクシャルハラスメント | 労働者の意に反する性的な言動に対する労働者の対応によりその労働者が労働条件について不利益を受けたり、性的な言動により就業環境が害されること |
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7 | マタニティ・パタニティハラスメント | 妊娠・出産等に伴う勤務時間の制限や育児休業等の利用に関して、職場の上司等からの言動によって、当該労働者の就業環境が害されること | 上司に妊娠を報告したところ「他の人を雇うので早めに辞めてもらうしかない」と言われる |
8 | 介護休業等ハラスメント | 介護休業等の制度を利用することへの妨害や、同僚・上司からの嫌がらせ等により、当該労働者の就業環境が害されること | 介護休業を申請する旨を周囲に伝えたところ、同僚から繰り返し批判的な発言をされ、取得を諦めざるを得ない状況に追い込まれる |
9 | 強制労働 | 処罰の脅威によって強制され、また、自らが任意に申し出たものでない全ての労働 | 海外の取引先の工場で、地域住民や外国人労働者が強制的に業務に従事させられている |
10 | 居住移転の自由 | 本人の意思に反して居住地や移動を決定すること | 企業の事業活動により、地域住民が立ち退きを余儀なくされる |
11 | 結社の自由・団体交渉権 | 労働者の労働組合加入の自由決定権を侵害したり、従業員による結社の決定を妨げること | 採用試験応募者に対し、労働組合に加入しないことを採用の条件として提示する |
12 | 外国人労働者の権利 | 外国人であることを理由に賃金、労働時間、その他の労働条件において差別的な扱いを受けること | 日本国籍でないことのみを理由に、外国人求職者の採用面接への応募を拒否する |
13 | 児童労働・こどもの権利 | 児童労働(原則15歳未満の労働と18歳未満の危険有害労働)や「こどもの権利」を侵害すること |
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14 | テクノロジー・AIに関する人権問題 | ICT(情報通信技術)やAI(人工知能)等の新しい技術の普及に伴い、人々の名誉毀損・プライバシー侵害や差別等の人権問題が生じること | 差別的バイアスを含む情報をAIが学習し、偏見や差別に基づいたサービスが提供される |
15 | プライバシーの権利 |
| 従業員や顧客、又は他の個人に関して有する個人情報の秘密保持を怠る |
16 | 消費者の安全と知る権利 |
| 製品の欠陥が発覚したにもかかわらず、迅速かつ適切なリコール手続を実施しない |
17 | 差別 | 人種、民族、性別、言語、宗教等、遂行すべき業務と何ら関係のない属性を理由に、特定個人を事実上、従属的又は不利な立場に置くこと | 採用の基準を満たす人の中から、性別や年齢、国籍等を基準として採用する |
18 | ジェンダー(性的マイノリティを含む)に関する人権問題 | ジェンダー(社会的・文化的に形成された性別)に基づき、就職機会や賃金、労働環境などの待遇において差別又は不当な扱いを受けること |
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19 | 表現の自由 | 外部から干渉されることなく意見を持ち、求め、受け取り、伝える権利を妨げること | NGOやジャーナリストによる自社に対する批判的な発言を妨害する |
20 | 先住民・地域住民の権利 | 企業活動により、先住民や地域住民のあらゆる人権を侵害すること | 企業活動により水資源が汚染され、地域住民が清潔な飲料水を入手することが困難となる |
21 | 環境・気候変動に関する人権問題 | 事業活動において環境を破壊し、地域住民の「良い環境を享受し健康で快適な環境の保全を求める権利」を侵害すること | 産業事故により、周辺環境を破壊し、地域住民への健康被害・生計への悪影響等を生じさせる |
22 | 知的財産権 | 個人や企業等に属する知的財産権(著作権や特許権等)を侵害すること | 個人がインターネットに公開しているデザインを企業が公開資料に無許可で使用する |
23 | 賄賂・腐敗 | 事業を行う中で、不正、違法、又は背任に当たる行為を引き出す誘因として、贈与その他の利益を供与又は受領すること、又は受託した権力を個人の利益のために用いること | 環境基準を満たしていないプラントに関する許認可の獲得を目的として、検査機関の職員に対して金銭を提供する |
24 | サプライチェーン上の人権問題 | 企業のサプライチェーン上で人権侵害が発生すること | 自社の原料の調達先の工場において、労働者が劣悪な環境での労働を強いられる |
25 | 紛争等の影響を受ける地域における人権問題 | 国家間戦争や内戦を含む、様々なレベルの武力紛争や暴力が蔓延している地域や国に関連して発生する人権問題のこと |
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26 | 救済へアクセスする権利 | 企業が人権への負の影響を引き起こした際に、被害者が効果的な救済を受けるための苦情処理メカニズムへのアクセスが確保されないこと |
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出典
法務省「ビジネスと人権」に関する企業研修 投影資料(PowerPoint)
企業活動においては、事業の種類や地域、業務形態によってさまざまな人権リスクが潜在しています。特に、国際的な人権デューデリジェンスの潮流を受け、企業は従来のコンプライアンス対応にとどまらず、より包括的かつ実効的なリスク評価と対策が求められるようになっています。
本記事で紹介した26の人権リスク類型は、労働環境や多様性・差別、プライバシー、地域住民との関係、消費者保護など、幅広い分野にまたがっており、企業は自社の事業活動がそれらの権利にどのような影響を及ぼし得るかを丁寧に洗い出す必要があります。
実際のリスク管理においては、リスクの類型ごとに影響の程度や発生可能性を評価し、優先度を定めたうえで、予防措置や是正措置を講じることが重要です。また、ステークホルダーとの対話や情報開示の強化も信頼構築に不可欠な要素です。
今後、法的規制やサプライチェーン全体への責任が一層強まるなか、企業は人権リスクを単なるリスク管理にとどめず、持続可能な経営戦略の中核として据えることが求められるでしょう。
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