IPOに関わる論点について
季節もすっかり秋めいてまいりましたが、皆様お加減にお変わりはございませんでしょうか。
今月のニュースレターでは「IPOに関する論点」について取り上げます。株式上場は、会社の信用力・知名度の向上、資金調達、優秀な人材獲得など、会社にとって非常に多くのメリットがあります。
一方、上場準備においては規程の整備、内部統制制度の構築、内部監査の実施といった社内体制の構築のほか、会計では税務会計から財務会計への移行や各種書類の準備、労務においては厳格な労務管理や三六協定の締結・届出といった労働法規の遵守、また株式やストックオプションの発行に伴う登記など、様々な対応が必要になります。
今回のニュースレターでは、そんな上場準備にあたって必ず検討・確認が必要となる論点をピックアップしてお届けいたします。

はじめに
IPOとは、Initial Public Offeringの略で、 自社の株式を一般投資家に開放し、株式市場にて自由に売買できるようにすることです。 IPOをして上場企業になると、資金調達手段の多様化や会社のステータスの向上など、 様々なメリットがあるのと同時に、経営者の経営責任や会社の社会的責任は増大します。 そのため、IPOにあたっては、証券取引所の厳しい審査をクリアする必要があります。今回は会計的論点を考慮しつつ、IPOの全体像を捉えるべく、IPOまでのスケジュール、IPOに向けた会計・開示上の留意点、上場申請に必要な書類について取り上げたいと思います。
IPOまでのスケジュール
一般にIPOの意思決定から実際にIPOするまでには、3年以上の期間がかかります。なぜなら、IPOを行う期を申請期(X期)として、 その直前期(X-1)及び直前々期(X-2期)における公認会計士等による監査証明が上場申請に必要になるからです。各時期別に対処すべき事項を以下の通り、まとめてみました。
時期 | 対処すべき主な項目 | 具体的な実施事項 |
直前々期以前 (~X-2期) |
IPOの意思決定、関係者の選定、問題点抽出及びスケジューリング |
主幹事証券会社・監査法人・顧問弁護士等の関係者の選定、監査法人によるショートレビュー及び問題点抽出と改善にあたってのスケジューリング、事業計画の見直し、資本政策の策定、関連当事者等との取引・関連会社の整備に関する改善計画策定 |
直前々期 (X-2期) |
社内体制・規定の整備 | 監査開始、経営管理体制・規定の整備完了 |
直前期 (X-1期) |
社内体制・規定の運用、申請書類作成 | 経営管理体制・規定の完全な運用、株式事務代行機関・証券印刷会社の選定、上場申請書類の作成 |
申請期 (X期) |
定款変更、引受審査、上場審査、必要書類の作成・提出 | 証券取引所への上場申請・審査、管轄財務局への有価証券届出書の提出及び目論見積の配布 |
IPOに向けた会計及び開示上の留意点
未上場会社の会計処理は、一般的に税務会計に重点が置かれていることが多いですが、 上場にあたって求められるのは企業会計基準での財務諸表の作成です。よって税務会計では考慮していなかった各種引当金や減損損失及び資産除去債務の計上、金融商品や棚卸資産の評価、税効果会計の導入、時価の算定基準や収益認識基準など財務会計特有の考え方を理解し、対応する必要が出てきます。また 開示では、関連当事者取引は重要な審査項目にもされており、取引の存在自体の合理性や取引条件の妥当性を検証する必要があります。 その他、キャッシュ・フロー計算書や連結財務諸表の作成も求められることになります。
上場申請に必要な書類と内容
上場申請には多くの書類が必要ですが、とりわけボリュームがあり、計画的な作成が必要なのは、「新規上場申請のための有価証券報告書(Ⅰの部)」及び「新規上場申請のための有価証券報告書(Ⅱの部)」です。Ⅰの部には、 上場会社が毎期作成する有価証券報告書と同様の項目が含まれるため、上場後との期間比較ができるよう継続性に留意する必要があります。Ⅱの部は、Ⅰの部よりも詳細な内容であり、実質的な上場審査資料となります。
おわりに
IPOは、会社が独力で成し遂げられるものではありません。外部関係者と協力して、綿密なスケジュールを立てた上で、効率的に準備を進める必要があります。IPOを目指す経営者の方、IPO実務担当者など興味のある方は、弊社までお気軽にお問い合わせください。
はじめに
近年、未払残業問題、過重労働問題等連日のようにニュースで取り上げられているように、企業における労務管理体制への関心は非常に高まっております。その影響から、IPO審査においても労務管理体制への問いは厳しくなってきております。その中でも未払残業代の問題については、適正な財務諸表を作成する上で、直接的に影響するため非常に重要性が高い問題になります。今回は、未払残業代の発生原因や適正な労務管理体制についてお伝えいたします。
未払残業代の発生原因
未払残業代については、経営者が労働者に対して故意に支払わないものだけをさしているのではありません。予期せぬ未払残業代が発生する原因をご紹介いたします。
労働時間管理体制が適正に置かれていないこと
タイムカードがない等、勤怠管理をそもそも行っていないことは当然に問題となりますが、近年では勤怠管理システムを導入していても、パソコンの使用履歴等と勤怠情報に差異があることで未払残業が発覚する場合がございます。また、勤怠の承認プロセスが適正に行われていないことで、残業管理が適正でないと判断される場合もあるので注意が必要です。
割増賃金の基礎となる手当について適正に計算されていない
割増賃金の基礎となる賃金から除外できるものについては、限定的に列挙されており、以下の①~⑦の手当となります。①家族手当、②通勤手当、③別居手当、④子女教育手当、⑤住宅手当、⑥臨時に支払われた賃金、⑦1ヶ月を超える期間毎に支払われる賃金 になります。これらの手当については、名称で判断されるわけではありません。これらの諸手当は、実態で判断されることになり、それぞれの手当の解釈を正しくできていないために、割増賃金の一時間当たりの単価計算が適正に行えていないことにつながり、未払残業代が発生する場合がございます。
管理監督者の取り扱い誤り
管理監督者とは、監督若しくは管理の地位にある者のことをいいます。管理監督者に該当するものは、労働時間、休日などに関する規制が適用されず、残業代などを支払わなくてもよいと定められております。管理監督者については、経営者と一体的立場といえるかどうかで判断されることになります。しかしながら、管理職の方について適正な検討がなされないまま、安易に管理監督者としての取り扱いをしてしまっていたところ、管理監督者として認められないこととなり、残業時間や休日労働時間が割増賃金の対象となり未払残業が発生してしまう場合等がございます。
労務デューデリジェンスの重要性
前項のように未払残業代を認識できずに財務諸表を作成してしまった場合においては、発生している債務を認識できていないこととなります。IPOにおける労務監査は、任意監査となっており、必須ではございません。そのため、労務債務を適正に認識することができず、IPO審査時に問題が発覚し、IPOの申請が遅延するということにつながります。
IPO審査をスムーズに行うためには、必要な時期に労務デューデリジェンスを行い、労務管理体制の問題点を洗い出し改善すること、及び現在時点の労務債務を正しく認識することが重要となっております。労務デューデリジェンスの着手時期については、会社によってことなるものの、令和2年4月1日以降未払賃金の時効が2年から5年(当分の間3年)に改正されていることから、N-3期には監査を受けておくことをお勧め致します。
おわりに
上記の通り、労務監査は任意監査となっているために、監査の内容やその精度については、対応する社会保険労務士のIPOに対する知見や法改正へのキャッチアップ等によって差がでてきてしまうことがあります。弊社では、IPOを目指す会社への労務監査について様々な経験を有しておりますので、是非お気軽にご相談ください。
はじめに
IPOをすることそれ自体に特段、登記手続きは必要とされておらず、上場会社の登記簿には上場している旨の記載はありません。 そのため、IPOの登記というものは存在しません。一方で、IPOをするまでによく行われる登記手続きがありますので、その一部をご紹介したいと思います。ここでは、監査等委員会設置会社・指名委員会等設置会社ではない株式会社を前提としています。
株式の譲渡制限規定の廃止
上場会社を除き、多くの株式会社は、その発行する全部の株式の内容として譲渡による当該株式の取得について株式会社の承認を要する旨の定款の定めを設けています。IPOの時期が近づいてきたら、IPOをする前提として、当該定款の定めを廃止し、株式を自由に譲渡できる状態にします。
株式の譲渡制限規定を廃止して公開会社に移行すると(IPOをすることとイコールではありません)、取締役と監査役の任期が満了し退任するため、同じ人が継続して取締役や監査役である場合でも、その再任の手続きと登記が必要となります。
また、上場会社には社外取締役を置く義務がありますので、それに備えて、上場してからではなく、上場するまでにどこかのタイミングで社外取締役を選任しておきます。
取締役会、監査役会及び会計監査人の設置
公開会社は取締役会+監査役が必須となりますので、取締役会を設置していない会社は 取締役会を設置します。また、IPOを目指すにあたり監査役会を設置し、会計監査人設置するのであればその旨の手続き及び登記も行います。
監査役会は、3名以上の監査役から構成され、うち1名以上は常勤監査役であり、かつ、 半数以上は社外監査役でなければなりません。
なお、監査役会設置会社においては、社外監査役につき、社外監査役である旨は登記事項です。
公告をする方法の変更
上場会社においては、ほとんどが公告方法 につき日刊新聞紙又は電子公告ですので、IPOの準備をしている株式会社の公告方法が官報となっている場合は、必要に応じてそれを日刊新聞紙又は電子公告に変更し、その変更登記を申請します。
株主名簿管理人の設置
IPOを目指すにあたり、株主名簿管理人の設置は必須です。株主名簿管理人を置く旨を定款に定め、取締役会の決議によって株主名簿管理人を選任し、株主名簿管理人と契約後、その変更登記を申請します。