米国関税政策の大転換と日本企業の対応~製造業のバックオフィス担当者が知っておくべき実務と戦略の視点~
2025年7月25日
2025年4月2日、米国政府は突如、関税制度の抜本的な見直しを発表しました。従来の平均2.5%という低関税体制から、すべての国・すべての品目に対して原則10%の関税を課す「ベースライン関税制度」への移行です。品目によってはそれをはるかに超える非常に高い関税が適用される例もあり、8月1日からの本格施行を前に、各国の輸出企業に大きな波紋を広げています。
本稿では、日本の製造業を中心に、関税政策変更に直面する企業の短期的な実務対応と中長期的な戦略的再構築の動きを整理し、今後の備えとすべき視点を提示します。なお、内容は執筆時点で得られた最新情報をもとに記載しています。
米国の関税政策変更の背景とインパクト
2024年、米国の財・サービス収支の赤字は9,184億ドルで、2023年の7,849億ドルから1,335億ドル増加しました。輸出は3兆1,916億ドルで、2023年から1,198億ドル増加し、輸入は4兆1,100億ドルで、2023年から2,533億ドル増加しました。この赤字の是正を名目に、2025年に入ってから米国は保護主義的な政策への急転換を進めています。
特にアジア諸国、なかでも日本、中国、インドの企業は長年、米国市場向けの輸出を通じて成長してきた経緯があり、今回の関税引き上げはその構造に直撃しています。これにより、収益性の低下、価格競争力の喪失、取引先との関係悪化などが懸念されており、今後の米国の関税政策が本格化した場合、日本企業への影響は極めて大きくなると見られます。
日本企業の短期的対応:契約・物流・体制の再点検
日本企業の対応はすでに始まっています。とくに短期的な施策として、以下のような動きが目立ちます。
(1)契約・価格の見直し
- 米国向け輸出に関する契約条項の再確認
- FOB(本船渡し)条件からCIF(運賃保険料込)条件への切り替え
- 為替リスクを含めた価格条件の再交渉
(2)サプライチェーンと物流ルートの再構築
- 第三国経由のトランシップメント(積み替え)戦略の検討
- 輸送経路の多様化、港湾の変更による通関手続きの最適化
- ボンデッド倉庫(保税倉庫)の活用による関税繰延
(3)社内体制の整備と強化
- 関税分類番号(HSコード)の再点検
- 米国向け書類作成プロセスの見直し
- 関連部門(貿易、経理、法務、税務)の連携強化
さらに、北米向けに進行中のプロジェクトに関しては、「継続すべきか、凍結すべきか、撤退すべきか」という判断が迫られており、一部では計画そのものの見直しも始まっています。
米国現地化の加速と“攻め”の戦略
短期的な対処にとどまらず、日本企業の中には中長期的な戦略転換を進める動きも活発化しています。
【米国内への直接投資と現地生産】
- 米国での新工場設立やライン増設による「現地生産・現地販売」体制の構築
- M&Aによる米国企業の買収(事業承継型の中堅企業が注目対象)
- 米国法人の新設による直接輸入・流通の確立
こうした動きはすでに大手企業にとどまらず、中堅・中小企業にも波及しており、関税回避だけでなく、米国市場での長期的な競争優位の確保を目的としています。
グローバル構造の見直し:リージョナル戦略の再定義
関税問題は米国に限った話ではなく、地政学リスク・通貨変動・原材料価格の高騰といった要因が複雑に絡み合っています。そのため、今後の海外戦略においては以下のような再設計が必要です。
- サプライチェーンの地域分散(“China+1”から“Asia+Africa”へ)
- 各国税制や関税制度を踏まえた最適立地戦略の再構築
- R&D・マーケティング機能を含むグローバルガバナンス体制の再設計
さらに、製品の差別化による「価格転嫁力」の強化や、高付加価値モデルの追求も重要です。単なるコスト削減ではなく、ブランド力と品質を活かした価値提供型のビジネスモデルへの転換が求められます。
新興国市場への展開:グローバルサウスの可能性
日本企業の中には、関税リスクを回避するだけでなく、米国依存からの脱却を視野に入れた新興国市場への展開も模索しています。注目されるのが以下の地域です:
- ASEAN(東南アジア):安定した消費市場と製造拠点の両立
- 中東・アフリカ:インフラ需要と人口増による潜在成長力
- 中南米:FTA(自由貿易協定)網の活用と地域提携による優位性
これらの地域では長期的な市場育成が必要ですが、為替リスクや労働力の確保を含めた統合的な戦略があれば、日本企業にとって第二の成長エンジンとなる可能性があります。
まとめ:関税危機を「変革のチャンス」と捉える
関税という“外圧”は、日本企業にとって確かに痛手です。しかし、過去の貿易摩擦の歴史を振り返ると、こうした危機をきっかけに企業が体質を強化し、グローバル競争力を高めてきた事例も数多くあります。今回も同様に、守りの姿勢にとどまらず、前向きな構造改革や市場戦略の見直しへと舵を切ることが求められているのではないでしょうか。本コラムが、関税に悩む企業のご担当者の皆様にとって、少しでも実務と戦略のヒントとなれば幸いです。