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新地 皓貴 Hiroki Shinchi

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新地 皓貴 Hiroki Shinchi

パートナー  / 公認会計士 , 税理士

IPO準備会社が整えるべき税務に関する社内体制

2023年9月4日

IPO準備会社は、概して人材が不足傾向であり、数少ない人材リソースを主たる営業活動に投入せざるを得えずおのずと管理部門である税務領域には十分な人材を配置できない状態にあります。このため、多くのIPO準備会社では、税務領域について外部の税理士法人等に申告書作成等の作業を外部委託していることが多い傾向があります。

以下では、IPO準備会社が税務領域において外部委託を行う場合に際しての留意点や自社内で有しておくべき社内体制について解説していきます。

IPO準備のための税務体制整備の重要性

IPO準備のための税務体制整備の重要性IPO準備会社の多くは、株式公開を意識し本格的なIPOに向けての準備をする前段階においては、「中小企業の会計に関する指針」を採用し、決算書を作成しています。一方で上場会社は一般に公正妥当と認められる企業会計の基準にしたがって決算書を作成しています。

株式公開を目指す企業は、上場申請の直前々期 (N-2期)、直前期 (N-1期)、申請期 (N期) において、監査法人等による準金商法監査(金融商品取引法第 193 条の 2 第1項の規定に準じて、IPOを目指す企業に対して行われる監査)の監査証明業務を受けます。さらに上場申請書類上、5期間について、5年間の決算数値を比較可能な数値にする必要があります。このため、上場前の段階から、「中小企業の会計に関する指針」から企業会計基準に変更する必要があります。

当該変更は、過去の誤謬の訂正として、原則として上場申請書類の全開示対象期に遡及して修正する必要が生じてきます。当該変更は一般的に金額的・質的にも重要性がある場合が多く、資産・負債及び損益に影響を及ぼし、これに伴い税務上の処理も要求されます。

上場準備会社が株式公開を達成するためには、当然のことながら取引所の審査を突破する必要があります。取引所は、上場審査において市場ごとに5つの適格要件を定めています。具体的には下記の5つになります。

  1. 企業の継続性及び収益性
  2. 企業経営の健全性
  3. 企業のコーポレートガバナンス及び内部管理体制の有効性
  4. 企業内容等の開示の適切性
  5. その他公益又は投資者保護の観点から取引所が必要と認める事項

上記③「コーポレートガバナンス及び内部管理体制」の中に、「法令遵守体制の整備・運⽤、法令違反の可能性の排除」という項⽬があり、税務調査において重加算税(税金を納める額を少なくするなどのために意図的に隠ぺいしたり、仮装したりした場合にかかるもの(国税通則法第68条))が課されると、審査上、当該要件を充⾜していないのではないかとの疑念が⽣じます。このため、株式公開に影響を及ぼし、最悪上場延期や上場中⽌があり得ます。

しかもIPO準備会社は一般に売上高・利益が拡大している傾向が多くみられることから、税務調査が入る可能性が一般の非上場会社に比べて高くなる傾向があります。会社の成長性などに特段の問題がなくともこうした税務上のコンプライアンスの問題から上場が頓挫してしまうことがあり得ます。こうした税務リスクを上場準備の早い段階から意識するとともに社内に税務体制を整備しておくことが必要です。

税務領域に関する望ましい社内体制

税務領域に関する社内体制を整備する上で最も基礎になるのが経営者の関与・指導になります。これは経営者自身が、高度な税務知識を身につけるということではなく、経営者自身が率先して、税務コンプライアンスに関する意識を社内・全従業員に徹底させることを意味します。

(1) 税務コンプライアンスの維持・向上に関する事項の社訓、コンプライアンス指針等への掲載

経営者自身の税務コンプライアンス意識を社内に浸透させるために、コンプライアンスに関する社訓や指針等に税法遵守、原始記録の適正保存、不正な会計処理の禁止などの事項を明記することが有効です。コンプライアンスに関する社訓や指針等自体が存在しない場合は、内部統制上の問題からもこれらを設けることが望ましいと考えられます。その他税務に特化した指針等を策定することも有効です。

(2) 税務コンプライアンスの維持・向上に関する方針の経営者による発信

上記⑴の社訓や指針等の社内周知・浸透を図るため、経営者からの発信状況及びその浸透度を確認することが望ましいです。具体的には、役員が子会社・営業所・支店などを巡回し、税法遵守を指導することや社内 LANへの掲載、研修、コンプライアンス・ハンドブックの配布等により全社員に周知を行う、企業グループとしてコンプライアンス指針を策定し、グループ内企業で共有することなどの対応を行うことが必要です。

(3) 税務方針等の社内公表・明確化

企業(グループ)としての税務に対する取組方針を明確化するため、税務方針やタックスポリシー等を従業員とともに共有することが望ましいです。税法遵守、適正納税に向けた体制整備、適正なグループ内取引の実施などを明記した税務方針を社訓等とは別に策定して社内に公表するなどの方法が考えられます。

(4) 社内に対する税務調査への適切な対応に関する経営者からの指示

税務当局との信頼関係を構築していく上では、経営者が税務に対して協力的であることが重要になります。税務調査開始前に、調査対応を優先するよう指示文書を発信することや税務調査中に指摘された是正すべき事項に類似する取引の有無について、全社に徹底調査を指示するなどの対応をとる必要があります。

(5) 税務調査の経過や結果の経営者への報告

経営者が適切な関与・指導を行うため、税務調査の経過や結果の報告状況を確認する必要があります。また税務調査の対応に当たっている担当者は、税務調査の結果だけでなく、適時調査状況を経営者に報告する必要があります。

(6) 監査や税務調査等で税務上の問題事項が把握された場合における、その再発防止策に関する経営者の指示・指導

再発防止策の実効性を高めるため、経営者の指示・指導の下、経理担当部署等が再発防止策を策定・運用状況を管理・徹底した再発防止を社長メッセージとして電子メールや社内LAN等により指示することが望ましいです。

経理担当部署等の体制・機能

次に、実際に税務実務を担当する経理担当部署等の体制・機能としては下記のような体制を整備しておくことが望ましいです。

(1) 税務(経理)担当部署の 体制整備

IPO準備会社においては、各事業部からの相談に対する回答や税務調査に適切に対応するため、CFOや管理部長が税務について精通していることが望まれます。また、これらの管理者が人材育成を積極的に行い経理部のレベルの底上げを日々実施していく必要があります。また積極的に外部研修等も活用する必要があります。

(2) 会計処理手続の明確化

会計処理手続を、事業内容の変化に応じて適宜改訂するとともに、マニュアルを社内 LAN に掲載し、社内で共有する必要があります。

(3) 税務処理手続の明確化

過去の税務処理誤りや税務調査での是正事項を踏まえたマニュアルを作成し、税務調査後等に適時改訂するとともに、税務処理の誤り事例集を作成し、社内で共有する必要があります。

(4) 個々の業務における経 理処理のチェック体制整備による税務処理誤りの防止策

日々の税務(経理)処理の過程で生じる誤謬や不正を防止するため、例えば下記を整備し、業務分担等によるチェック体制の整備状況及びその運用状況を確認していく必要があります。

  • 特定の取引について、税務上検討すべき事項を網羅したチェックシートの作成を義務付けるとともに、必要 に応じ経理担当部署へ相談・協議する体制を整備
  • 複数の担当者の承認がなければ会計データに登録できないシステムを整備
  • 処理誤りが多い業務について、権限・職責に応じたチェック体制を整備(複数の担当によるチェック体制の 整備)
  • 決算後各部門に予算消化目的や繰上げ(繰延べ)計上等がないか再確認させ、その結果を経理担当部署へ報告

(4) 税務(経理)担当部署等による税務(経理)処理の事後チェックの実施(処理誤り等を把握した場合の対応を含む。)

税務(経理)処理の適正性を検証するため、日々の税務(経理)処理とは別に税務(経理)担当部署や社内監査部署が事後的に行うチェックの実施状況及び当該事後チェックにより誤りが把握された場合の対応状況を確認する必要があります。具体的には、模擬税務調査等の税務に特化した事後チェックを実施する、不適切な税務処理が把握された場合に、同様の処理誤りが想定される部署も併せて確認する必要があります。

(5) 税務(経理)担当部署等による事後チェックの経営者への報告

経営者が適切な関与・指導を行うため、税務(経理)担当部署や社内監査部署による事後チェックの報告状況を確認する必要があります。具体的には、不適切処理の有無にかかわらず、適時経営者に事後チェックの状況を報告する必要があります。

(6) 事業部門、国内の事業所と税務(経理)担当部署との税務上の処理(解釈)に関する情報の連絡・相談体制の整備(見直し状況を含む。)

日々の税務(経理)処理を適正に行うため、国内事業部・事業所と本社税務(経理)担当部署との連絡・相談体制の整備状況及び税務(経理)担当部署における、各事業部の事業活動に係る情報の入手状況を確認する必要があります。具体的には、下記が挙げられます。

  • 各事業部に経理担当を設置するとともに、本社経理担当部署に経理処理に関する相談窓口を設置(全社員に周知)
  • 稟議書や取締役会資料が本社経理担当部署に回付される仕組みを整備し、税務上検討を要する取引を早期に把握
  • 例外的な取引が発生した場合、各事業部から本社経理担当部署へ報告を義務化

(7) 不正な会計処理などの情報に関する内部(外部)通報制度の整備と周知

不正な会計処理、違法取引等を防止するため、内部(社員やグループ会社)や外部(取引先や一般消費者)からの情報提供の受付窓口の設置及びその周知状況を確認できる体制を整備することが必要です。たとえば、社内及び社外(弁護士事務所等)に通報窓口を設置することや研修、会議等で通報窓口を周知し、その際不正な会計処理も通報対象となることを説明しておく必要があります。

(8) 税務上の不適切行為を行った社員に対するペナルティ制度の整備(不適切事例の社内周知を含む)

仮装・隠蔽等の税務上の不適切行為を防止するため、懲戒規定等の整備状況と社員への周知を徹底する必要があります。また、再発防止の観点から、税務上の不適切行為の概要につ

いて、各事業部の管理職等を通じて社員にも周知を行っておく必要があります。

また、不適切行為に対する処分規定等に、税務上の不適切行為も対象となることを明記することが望ましいです。なお不正な税務・会計処理を行った取引実行者及び監督責任者に関しては厳格に処分を行うことが不正防止の観点からも望ましい対応といえます。

(9) 税務調査での指摘事項等に係る再発防止策

最初に記載したとおり、IPO準備会社は一般的な非上場会社に比べて、税務調査が入りやすい傾向にあります。税務調査が入った場合7割程度の確率で追加徴税がなされているのが現実です。このため会社として再発防止策を講じておく必要があります。具体的な対応策としては以下が考えられます。

  1. 再発防止策の策定。税務調査の指摘事項だけではなく、類似の誤りが生じる可能性のある事項についても再発防止策を策定する。
  2. 再発防止策の社内周知。誤りが把握された部署だけでなく、同様の誤りが想定される部署に対しても周知徹底する。また、不適切処理が把握された場合、緊急に研修等を実施する。なお決算前に再発防止策を改めて周知しておく。
  3. 再発防止策の策定・周知後のフォローアップ
    再発防止策が有効に機能しているかを確認するため、抜き打ちでサンプルチェックを実施する。また再発防止策の周知後、周知対象の部署において一定期間モニタリングを実施する。事務処理マニュアルを改訂し、改善状況を定期的に検査することも有効です。
  4. 税務に関する情報の周知
    申告書の作成や日々の税務・経理処理に影響する税制改正等の情報提供をCFOや管理部長等の税務精通者が積極的に行っていくことが必要です。具体的な方法としては、税制改正事項や誤りの多い事例について、解説を付したものを社内 LANへ掲載する。社内研修後、理解度チェックを行い、理解度が低い項目について再度個別に説明を実施する。会計や税務処理に関する社内ルールについて、e ラーニングを実施(履修しないと起票できないこととするライセンス制を採用)などが挙げられます。
    また子会社等が存在する場合は、グループの経理ネットワークを整備し、当該ネットワークを通じて税務に関する情報共有を行ったり、申告に当たってのマニュアルやチェックリストを作成・配付するとともに、説明会を実施することが有効な方法といえます。

外部委託する場合におけるレビュー体制

IPO準備会社は一般に、管理部門の人材リソースが不足している傾向があります。このため、税務申告等一部の作業を外部の税理士法人等に外部委託することが多いです。実際に、上場企業の中にも経理業務や給与計算、税務申告書の作成を外部委託している会社は存在します。IPO準備会社の場合、企業会計基準にも対応可能な経理人材を確保することは困難である場合が多く、外部委託を利用すること自体が特段問題となることはありません。

しかし、外部委託した税務業について自社内でレビューを実施せずに、委託先からの成果物をそのまま利用している場合には、上場審査や監査法人等の会計監査を受けるうえで、大きな問題となる可能性があります。この場合、IPO準備会社には、自社内で税務業務を遂行する体制が全く整備されておらず、税務に関する内部統制が全く社内に存在しないことになります。当該IPO準備会社の納税額が正確か否かはすべて、実質的に委託先企業次第ということになってしまい、この状況は上場審査上大きな問題となる可能性があります。

従って外部委託を行う場合は、自社内において委託先企業からの成果物をレビューする体制を整備する必要があります。また少なくとも年に数回は外部委託先である税理士法人等と状況報告を受ける機会を設け、最新の税制改正やIPO準備会社に適用できる税額控除等の有無の確認等最新の税務・会計トピックの情報共有を行っておく必要があります。

具体的には、委託先企業である税理士法人等に税務申告書の作成を委託した場合、最低限下記程度の社内レビューを実施する必要があります。なおレビュー実施に当たっては少なくとも担当者レベルと管理部長又はCFO等の2人体制で実施することが望ましいです。

  1. 税務申告書について外部委託先から直接、内容説明報告を実施してもらうこと。
  2. 税務担当者は、外部委託先から申告書を作成した元資料やエクセルデータなどの基礎データすべて入手し、当該基礎データと申告書との整合性を確認する。
  3. 税務担当者は、事前打ち合わせ等で情報共有した決算事項や税額控除等が税務申告に反映されているかを確認する。
  4. CFO又は管理部長は、担当者が実施した申告書レビューについて確認作業を実施し、問題がなければ承認する。

まとめ

IPO準備会社は株式公開を行うために上場審査を突破する必要があり、当該審査では、税務コンプライアンスの遵守状況を問われます。また過去税務調査において重加算税の追徴課税処分が存在した場合、最悪上場延期又は中止の可能性も存在します。このため、本来税務コンプライアンスは上場・非上場に限らず遵守すべきものですが、特にIPO準備会社の場合は、株式上場という目的を達成するためにもその遵守は重要性が高く、上記で述べたような税務管理体制を社内に整備し、万全の体制で上場審査に臨みたいところです。

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